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ジェームズ・キャメロンは「タイタニック」をいかにして3D化したか
2023年2月16日 07:00
ジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』(1997)が、公開25周年を記念し、2月10日から2月23日まで、『タイタニック:ジェームズ・キャメロン25周年3Dリマスター』として劇場公開されている。
中には「あれっ? 『タイタニック』って3D映画だったっけ?」と思う人もいるだろう。もちろん初公開当時は普通に2D上映されていた。
この記事では、『タイタニック』制作の裏話と、そこで活躍した知られざる日本人スタッフの活動を紹介したい。今回は、いかにして『タイタニック』が3D化されたかを徹底的に追跡してみた。
元々、3D制作が意識されていた『タイタニック』
実は、キャメロンが『タイタニック』と並行して手掛けていた作品がある。ユニバーサル・スタジオの『T2: 3-D Battle Across Time』だ。タイトルにもあるように、60fpsのショースキャンで撮影された立体映像と、アーノルド・シュワルツェネッガーらの代役が演じるライブステージの組み合わせで構成されたアトラクションである。
日本でも大阪のUSJにて、『ターミネーター2: 3-D』として2001年から稼働しているが、お披露目となるユニバーサル・スタジオ・フロリダでオープンしたのは1996年だった。そしてこの時キャメロンは、「以後の自分の作品はすべて3Dで制作する」と発言しているのだ。
そのため、『タイタニック』も3D上映を強く意識していたものの、当時は一般の映画館で3D映写できる環境が、ほとんど失われていた。映画館で3D上映を行なうには、LR(左右)の映像を連動して映写可能なプロジェクターと、特別なスクリーンが必要なのだ。
3D映画ブームと劇場の上映環境
50年代前半に巻き起こった第一次3D映画ブームは、元々偏光メガネを製造・販売していたポラロイド社(社名の由来は偏光フィルターの商品名)が仕掛けたということもあって、100%偏光方式で上映されていた。この時代の偏光方式では、2台のプロジェクターをシャフトやベルトなどを用い、機械的に連動させていた。
80年代前半には米国のケーブルテレビで、50年代の3D映画が大量にアナグリフ(赤青メガネを用いる方式)で放送され、その影響で劇場用新作が作られるようになり、第二次3D映画ブームが起こる。
やはり第一次と同様に偏光方式が採用されたが、今回は1台のプロジェクターで上映が可能だった。その仕組みは、1つのフレームを上下に分割し、それぞれにLRを割り当てるというものである。これならば劇場側は、通常のプロジェクターに光学式アタッチメントを取り付けるだけで済む。
しかし、いずれの方法でも必須なのが、LRで90度ずれた直線偏光状態(光の電場および磁場の振動方向が揃った状態)を維持させるために、金属でコーティングしたシルバースクリーンを張ることだった。このシルバースクリーンがクセ者で、観客席の位置によって画面の明るさが変化しやすいのだ。だからブームが終了すると、劇場側は明るさが均一なホワイトスクリーンに戻してしまう。
そのため3Dブームの谷間では、LRの分離が不十分で、色彩も激しく変化してしまうアナグリフ方式を用いるか、IMAXシアターやテーマパークなどの特殊な環境にだけ置かれた、偏光式システムで上映するしかない。『タイタニック』の製作費は、2億8,600万ドルにも達しており、一般劇場で公開できなければ莫大な赤字となってしまう。結果として、1997年時点での3D制作は見送られたわけだ。
キャメロンでさえ興行的不振に悩んだ3D上映
その後、『タイタニック』を興行的に成功させたキャメロンは、ドキュメンタリー映画『ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密』(2002)と、『エイリアンズ・オブ・ザ・ディープ』(2005)を監督した。
前者は、北大西洋沖の深さ3650mに沈む本物のタイタニック号の残骸を、ロシアの深海潜水艇ミールで撮影したもの。後者は、深海の熱水鉱床をキャメロン自身が撮影した実写映像に、「木星の衛星エウロパの海底を探索した人類が高度な文明を築いている生命体に出会う」という、SFドラマを組み合わせたものだった。
これらの作品は両方とも3Dで制作されており、IMAX 3D方式で公開されることになった。しかし当時、常設のIMAX 3Dシアターの数は100館程度であり、全世界における興行成績は『タイタニックの秘密』が2,757万ドル、『エイリアンズ・オブ・ザ・ディープ』が1,277万ドルほどに過ぎなかった。
ShoWest 2005におけるシンポジウム
そのため、何としても再び3Dブームを巻き起こし、一般の映画館に上映環境を普及させる必要がある。そこでキャメロンは、ラスべガスで2005年に開催されたShoWest(※1)で、映画興行関係者に向けてデジタル3D上映の可能性を語り合うシンポジウムを開催する。
パネラーには、『ポーラー・エクスプレス』(2004)を3Dで作りながら、キャメロンと同様に上映館の問題にぶち当たっていたロバート・ゼメキス。映画の制作工程の完全なデジタル化を目指す「E-シネマ(後のデジタルシネマ)構想」が、DLPシネマプロジェクターの普及率の問題で滞っていたジョージ・ルーカス。
『スパイキッズ3-D: ゲームオーバー』(2003)や『シャークボーイ&マグマガール3-D』(2005)を、アナグリフ方式で手掛けたロバート・ロドリゲス。テーマパークの3Dアトラクションを数多く監督しているランダル・クレイザー。そして、デジタル3D上映システムを提供するRealD社の幹部が参加した。
彼らの主張は「いずれはネット配信の普及で、観客の映画館離れが訪れると予想される。これを食い止めるためには、劇場でなければ体験できない環境を提供する必要がある。その意味で、デジタル3D上映が大きな役割を果たすだろう」というものだった。そしてこの呼びかけは成功し、この時からゆっくりと第三次3D映画ブームが始まった。
※1:全米劇場所有者協会(NATO)が主催するコンベンション。2011年からはCinemaConと改名された
フュージョン・カメラ・システムの開発
その後、皆さんがご存じの通り、キャメロンは『アバター』(2009)で大成功を収め、全世界に3D映画の流行を巻き起こす。
各国の劇場には、RealD、XpanD、MasterImage、Dolby、IMAXなどの各種デジタル3D上映設備が導入され、シルバースクリーン(※2)の改良も進んだことで、以前ほど明るさのムラなどは生じにくくなっている(本誌の読者であれば、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022)を体験し、最新映写システムなどの劇的な改良も実感されただろう)。
だがキャメロンには、魚の骨が喉に引っかかっているような、思いが付きまとっていた。『タイタニック』を3Dで制作できなかったことである。そこで彼は、例のシンポジウムが行なわれた直後から、この作品を3Dに変換できないかリサーチを始めていた。
キャメロンには、『アビス』(1989)以来チームを組んでいる、ヴィンス・ペイスという仲間がいた。元々金属加工職人だったペイスはその技術を活かし、前述の映画『タイタニックの秘密』のために、ソニーのカメラ「CineAlta HDC-F950」をベースにして、深海でのステレオ撮影(※3)を可能にした“リアリティ・カメラ・システム”を開発した。そしてこのシステムを発展させ、“フュージョン・カメラ・システム”として、『アバター』の他、多くのデジタル3D映画を支える強力なステレオ撮影用リグを開発していく。
そしてキャメロンとペイスは、共同でキャメロン・ペイス・グループという会社を立ち上げ、このフュージョン・カメラ・システムの製造、販売、レンタルなどを行なった。こういう事情もあって、以前のキャメロンは、2D/3D変換(※4)に否定的な発言を繰り返していた。そのためこの言葉を素直に信じ、今でも「2D/3D変換は良くない」という概念を持ち続けている人は少なくない。
※2:XpanDやDolby 3Dでは、ホワイトスクリーンが使用できる。
※3:2台のカメラを用い、基線長(LRのレンズの間隔)が平均6.5cmの映像を記録する3D撮影法。6.5cmというのは、一般的な人の両目の幅である。この時、2台のカメラを取り付ける装置をリグと呼ぶ。その形状も様々で、まずカメラ2台を向かい合わせに配置し、V字型に配置したミラーに反射させて正面を向かせる「カメラ対向型」がある。主に1950年代に用いられた手法で、現在は見られない。最近は、カメラ2台を並列に配置する「サイド・バイ・サイド方式」や、映画に広く用いられるビームスプリッター(ハーフミラー)を介して、カメラ2台を90度に配置させた「ビームスプリッター方式」がある。またリグを使用せず、1台のカメラだけでフィルムや撮像素子にLRを記録する「カメラ一体型」もあり、2010年代に広く用いられ、現在もVR180フォーマットに採用されている。
※4:2D映像を3D映像に変換する技術。3Dコンバージョンや単にコンバージョンと呼ばれる場合もある。
2D/3D変換を行なう理由
それでは本当に、「2D/3D変換はステレオ撮影に比べて劣るのか?」という点については、正しくないと断言できる。
もっとも初期においては、技術的に未熟な作品も少なくなく、“ナンチャッテ3D”と揶揄されたのも事実だった。しかし、そのテクニックは急速に発展し、最近の3D映画では変換の方が主流になってしまった。
まずステレオ撮影は、人間が立体を感じる上で、両眼視差という要素のみを利用している。そのため“実際に人が脳で感じている立体感”とは異なってしまう。両眼視差が有効に働く距離は、せいぜい目から10m程度までなので、単純にLRの視差がある映像を撮っただけだと、遠景などは壁に描いた絵のようになってしまうのだ。
ところが人間は、線遠近法やテクスチャーの勾配、オクルージョン、運動視差、空気遠近法などの単眼情報や、経験による知識なども総合して、“脳内で3次元空間を再構築”している。
そのことは、トリックアート美術館などで見られる「ホロウマスク錯視(※5)」や、「リバースパースペクティブ(※6)」などで確認できる。これは人間が、両眼視差による脳内での三角測量の結果より、経験による知識を優先させてしまうために起こる現象だと考えられる。同様に、遠くの風景も実際の視差で感じられる遠近感よりも、脳が強調させた距離感を見せている。
一方2D/3D変換なら、人が実際に脳で感じていると考えられる、補正された心理的立体感を演出することが可能なのだ。また画面内の視差を、個々の被写体までの距離ごとに細かく調整することで、遠くの物にも近くの物にも適切な立体感を与えられる、マルチリグ手法の使用が可能になる。
さらにこれが新作映画であれば、通常の撮影機材がそのまま使用可能で、ステレオ撮影に必要とされる視差や輻輳角の調整の時間も省略できる。加えて今回の『タイタニック』のように、過去の作品を立体化することも可能になるのだ。
※5:「ホロウマスク錯視」の例 → https://illusion-forum.ilab.ntt.co.jp/hollow-mask/index.html(NTTコミュニケーション科学基礎研究所「イリュージョンフォーラム」より)
※6:「リバースパースペクティブ」の例 → https://illusion-forum.ilab.ntt.co.jp/reverse-perspective/index.html(NTTコミュニケーション科学基礎研究所「イリュージョンフォーラム」より)
2D/3D変換の技法
単純に2D/3D変換技術と言っても、そのテクニックは様々な手法が用いられる。もっとも基本的な手法としては、カメラからの距離ごとに被写体を分離していく、セグメンテーションという作業から始められる。これは手描きのロトスコープによって、被写体の輪郭を1つ1つなぞっていく面倒な作業だ。こうして分離された被写体は、距離に応じて左右にずらされていく。
シフト量がゼロであれば、そのセグメントはスクリーン面に存在するように見え、左目用セグメントを左方向に、右目用セグメントを右方向にずらした場合は、そのシフト量に従ってスクリーン面から奥に引っ込んでいく。だがその逆で、交差するように左目用セグメントを右方向に、右目用セグメントを左方向にずらした場合は、スクリーン面から飛び出してくることになる。
しかしさらに面倒なのが、視差を付けた分だけ画像に“ギャップ”と呼ばれる穴(または画素の伸び)が生ずるため、これをきれいに埋める作業(ギャップフィリング、またはイン・フィルと呼ばれる)が必要になることだ。ただし、ペイントプログラムのスタンプツールなどを使って、同一フレームから画素をコピーしただけでは、立体視をした時にそこだけ浮いて見えてしまう。したがって、前後のフレームから該当箇所を切り出して、不足分を丁寧に移植する作業が必要となる。
この「セグメント化と画像シフト」によるテクニックは比較的単純であるが、立体視した際に被写体に厚みがなく、舞台の書割りのように見えてしまうという欠点を持っている。
そこで考案されたテクニックが、被写体の奥行きを白黒の階調で表現した、デプスマップを用いる技法である。具体的な手順は、ロトスコープ作業でセグメンテーションされた画像を、さらに等高線のように深度別に分割し、それぞれを奥行きに従ってグレーの濃さで塗り分けていく。これを3DCGとしてレンダリングすれば、グレーの階調のもっとも明るい画素をZ軸(奥行き)の値を0とした場合、暗くなるに従ってマイナス方向に深くなっていく。
例えば鼻の先端を明るいグレーにして、エッジや口腔内などを暗く、さらに頬や額、眉の隆起、瞼なども細かく塗り分けていけば、人の顔の凹凸も表現可能になる。これをLRの2つの視点から3DCGで表示すれば、オリジナル画像が立体的に見える。だがこのままだと、やはり厚みのない書き割りの層になってしまう。そのため、1つのセグメントにおけるグレーの濃度を、なだらかなグラデーションにすることで被写体の曲面も表せる。
だがこれも手作業での工程となるため、多くのフレームにこの処理を施していくのは非常に時間が掛かる。特に、『タイタニック』のクライマックスのように、狭い空間に多くの人がひしめいている場面などは、地獄のように複雑な仕事になる。
泉邦昭氏のVDX
このように2D/3D変換技術は、原理こそ分かっていながら、なかなか実用レベルには到達しなかった。キャメロンは2005年から『タイタニック』のテストを繰り返していたが、現実的な制作には踏み切れないでいた。
そのころ日本の泉邦昭氏が、ステレオロジック(現・アレイズ)という会社を設立し、2D/3D変換技術“VDX”を独自開発していた。基本的に、元画像をロトスコープでセグメント化するまでは同じだが、全フレームに対して行なう必要はなく、1つのショット内でキーとなるいくつかのフレームだけ手動で切り出せば、後は自動補間によってその間のフレームが処理されていく。そして一度作成された変換パラメータは、すべて画素単位で保存されているため、試写を行ないながら監督の意見を即座に反映させて微調整することが可能だ。
泉氏は当時、日本の3Dコンソーシアムでも事務局長(現・副会長)を務めており、筆者も頻繁にお会いしていた。泉氏は、いくつかのイベント映像などにVDXを用いていたが、このころの日本ではIMAX 3D上映館が急速に減少し、一方でデジタル3D設備を導入した一般劇場はなかなか増えないという、3D映画のビジネスが非常に難しい時期だった。
それでも3D映画ブームの到来を予測していた大手衛星通信会社、大手放送局、大手出版系映画会社などが、ジョージ・ルーカス率いるILMから独立したKERNER社を中心に、日本で泉氏のVDX技術を用いた2D/3D変換会社の設立を準備していたが、リーマンショックによって頓挫してしまった。
そこで泉氏は、思い切ってステレオロジック社を畳んで2009年1月に渡米し、協力者である青木洋一郎氏らとハリウッドのルーズベルトホテルの一室を拠点にして、この技術を売り込む。しかしうまく行きそうな契約も、なかなかまとまる所までは至らなかった。
泉氏らが『アバター』に参加
実はこのころ、泉氏と同じような考えを持った人々が、盛んに2D/3D変換のプロダクションを立ち上げていた。
例えば、米国のイン・スリー社や、サスーン・フィルム・デザイン社、レジェンド3D社、アイデンティティFX社、ベンチャーD社、カナダのジェネレート(Gener8)社、インドのプライムフォーカス・ワールド社や、リライアンス・メディアワークス社、デジコアVFX社、フィンランドのステレオスケープ社、日本のクオリティエクスペリエンスデザイン社、キューテック社などが代表的な会社だ。さらに既存のVFXプロダクションでも、英国のシネサイト・ロンドン社や米国のデジタル・ドメイン社、ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス社らが進出しており、まさに群雄割拠状態だったのである。
一方、2009年12月の公開が迫っていた『アバター』には、大きな問題が生じていた。視差が弱すぎたり逆に強過ぎたり、LRで色や明るさに大きな違いが出ていたりと、不適切なショットが多数発生していたのである。
これはステレオ撮影最大の弱点で、一度撮った映像を後から調整できないのだ。こういった現場の混乱を、『アバター』でRDA(資源開発公社)の開発責任者パーカー・セルフリッジを演じていた、俳優のジョヴァンニ・リビシが見ていた。
実はリビシは、1月から泉氏のVDX技術に注目しており、パラマウント・ピクチャー・スタジオ内に2部屋だけの小さなスタジオを借りた。そしてスタッフとして、御子息の俊輔氏も加わり、さらに10名ほど雇ってサンプル映像を作り、キャメロンに見せる。キャメロンは、今さら撮り直す時間も残っていなかったことから、2D/3D変換に賭けることにした。そして念のために、他の変換プロダクションにも呼びかけ、ブラインドテストを実施してVDXの優秀性が確認され、5月に契約が成立する。
泉氏とリビシらは、変換プロダクションのステレオD社を6月に設立し、本番作業が半年間に渡って行なわれ、何とかキャメロンの満足する映像を仕上げた。こうして『アバター』は無事に3D公開を成功させたのである。
そして『タイタニック』の3D化開始
その後ステレオD社は、マーベル・シネマティック・ユニバースなどの変換を数多く成功させ、2年後には社員数が1,000名を超えたことから、Yahoo! が撤退したあとのビルに移転する。この目覚ましい活動に、ハリウッドの最大手ポストプロダクションである、デラックス・エンターテインメント・サービス・グループが注目し、2010年より傘下に収めた。
そして『タイタニック』の3D化計画は、一気に具体化していった。2D/3D変換には、全部で25社が売り込んでいたそうだが、やはりブラインドテストでステレオD社が選ばれた(一部、『グリーン・ホーネット』(2011)のベンチャーD社も手伝っている)。
そして、青木洋一郎氏をステレオスコピック・スーパーバイザーとするスタッフが、約60週間かけて3D変換作業を終えた。タイタニック号が船尾を持ち上げて沈んでいくクライマックスシーンでは、ひしめき合う群衆をロトスコープで1人ずつ分離し、それぞれに濃淡を付けたデプスマップを作成するという、気の遠くなるような複雑な作業が行なわれている。
さらに、深海のマリンスノー、人の髪の毛、舞い上がる水しぶき、電気の火花、水中の泡など、分離が困難な対象物に対しても、丁寧な処理が行なわれている。
最も驚くべきなのは、深海潜水艇のライトビーム、ヘリコプターの回転するローター、煙突やタバコの煙、窓ガラスの映り込み、フォーカスが合っていない前景のエッジ、絵画が沈んでいるシーンの水面の反射、白い息、海中を漂う遺体が着ている薄い服など、透明や半透明な物体越しの映像だ。また、ブルーダイヤモンド(ハート・オブ・ジ・オーシャン)のクローズアップでは、ダイヤの中の奥行き感まで表現されている。
こういう被写体は、前景と後景が混ざったものになっており、これらを完全に分離するのは非常に困難なのだ。おそらくそのいくつかは、オリジナルの画像を消して、CGで新たに再現したものであろう。このように本作は、まるで最初からステレオ撮影されていたかのような見事な3D映像を実現し、それまで2D/3D変換が持っていた悪いイメージを完全に払拭させた。こういった開発過程で、泉氏のVDX技術は5件の米国特許を取得している。
その後のステレオD
『タイタニック 3D』を終えた同社は、キャメロン監督の『ターミネーター2 3D』(2017)や、『ジュラシック・ワールド』シリーズ、モンスターバース・シリーズ、リブート版『猿の惑星』シリーズなど、数多くの大作映画を手掛けた。映画好きの方であれば、多くの作品のエンドクレジットの最後に、立体的な“D”のマークが付いていたことを覚えているだろう。
だが2015年には、泉氏親子が帰国され、残った日本人スタッフもやがて他の会社へ移って行った。3D映画の仕事が減少するに伴い、ステレオDの業務もコンポジットなどのVFX作業がメインとなって行く。2022年からはポスプロ大手のCompany 3社に買収され、総合VFXサービスを提供するSDFXスタジオとなった。現在2D/3D変換の業務は、DNEG(旧プライムフォーカス・ワールドと英国のダブルネガティブが統合された社名)社がもっぱら請け負っている。
現在上映中の『25周年3Dリマスター』は、2D/3D変換され、2012年に公開された『タイタニック 3D』から、キャメロン監督の手によってさらに精密な処理が施され、4K/HFR、HDR、Atmos音響などの新しい要素が追加されたものになる。25年前に鑑賞した方も、そして前回の3D版を鑑賞した方も、ぜひもう一度最新のタイタニックを最新の劇場システムで楽しんで欲しい。