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ゼンハイザー“ながら聴き”参入も示唆。Sonova民生部門トップにインタビュー

Martin Grieder氏

スイス・Sonova(ソノヴァ)が独ゼンハイザーのコンシューマー向け事業を買収してから1年半以上が経過した。買収後もゼンハイザーブランドからは完全ワイヤレスイヤフォンのフラッグシップモデルや開放型ヘッドフォン、サウンドバー、“聴こえ”をサポートするというヒアリングサポートデバイスも登場するなど、精力的に新製品が投入されている。

今回、Sonova Groupでコンシューマー・ヒアリング部門でGVP(グループ・バイスプレジデント)を務めるMartin Grieder(マーティン・グリーダー)氏に単独インタビューを行ない、改めてSonovaがゼンハイザーブランドを買収した意図を聞いたほか、日本を含む市場の動向、昨今人気を集めている“ながら聴き”製品やデスクトップオーディオへの参入意図など、今後の製品構想についても直撃した。

Sonovaは補聴器ブランドのフォナックなどを展開しているスイスの企業で、2022年3月1日付けで、ゼンハイザーのコンシューマー向け事業を獲得した。上述のとおり、事業獲得後もゼンハイザーブランドを維持して、数多くのコンシューマー向け製品をリリースしている。

日本市場は「健全な状態」。さらなるシェア獲得にも自信

――ゼンハイザーのコンシューマー事業を獲得して1年以上が経過しましたが、あらためて事業を獲得した経緯・意図を教えてください。

マーティン氏(以下敬称略):Sonovaがゼンハイザーのコンシューマー部門買収を決めた理由は、コンシューマー、一般消費者が持っている新たなニーズを捉えていくということに尽きると思います。

私たちはヒアリングソリューションデバイス、つまり医療機器登録なしでも普通に購入できるヒアリングデバイスを、より簡単に手に入れられるような販売網を必要としていました。すでに市場のなかで地位が確立された、名の知られたブランドを手に入れるということも重要でした。

これまでを振り返ってみると、非常に順調に推移していると思います。昨年からオーディオ愛好家の間でも(ゼンハイザーの)人気は非常に高まっていてプレミアムヘッドフォンとヒアリングエイドデバイスでのマーケットシェアも上がってきています。Sonovaが作ったヒアリングソリューションの製品を、ゼンハイザーブランドとして初めて世に送り出すこともできました。

2023年の第1四半期も非常に順調で、マーケットシェアも伸びていると聞いています。第2四半期の状況についてはまだ集計が終わっていませんが、引き続き良い感触を持っていますよ。

――そのなかで日本市場への印象はいかがでしょう?

マーティン:日本市場全体を見てみると、オーディオ関係の市場は健全な状態で、まだまだ成長の可能性があると考えています。特に強含みで推移しているのがヘッドバンドタイプ(オーバーイヤーヘッドフォン)の市場ですね。こういった機器が好調であることは、私たちとしても非常に嬉しく思っています。

ここ12カ月、日本のソノヴァ コンシューマー ヒアリングの強力な貢献のおかげもあり、マーケットシェアを伸ばすことができました。もちろん、これは我々にとってプラスの要因です。

また日本市場では価格帯の二極化が起こっていて、低価格帯の製品も、高価格帯の製品も、どちらも伸びています。Sonova、ゼンハイザーとしてはプレミアムのセグメントで戦っているので、そういった市況が下支えとなって、これからも成長できると考えています。

――市場の二極化という点では、オーディオ専業ではないブランドが高価格帯・低価格帯の市場に参入しており、競争が激化しています。こういったライバルに対するゼンハイザーならではの強みはなんですか?

マーティン:高価格帯の市場のライバルはプレミアム戦略を採っていて、それをひとつの原動力に成長を続けています。その成長というのは、プレミアムセグメント全体を押し上げていくような効果があるので、その点はゼンハイザーにも追い風になっていると思います。

低価格帯で勢いを増しているブランドは、いわゆるオーディオ初心者向け、低価格帯の製品を手掛けているブランドなので、私たちと直接競合するような立場にはありませんね。

もうひとつ、今のオーディオ市場には“エコシステム・プレイヤー”と呼ばれるようなメーカー・ブランドが多く存在します。スマートフォンを中心に据えて、まるで生態系のように、エコシステムのサプライチェーンを構築しています。これを武器に、彼らは成長を続けている側面もあります。

ゼンハイザーのスポーツ完全ワイヤレスイヤフォン「SPORT True Wireless」

ただ私たちは、こういったエコシステム・プレイヤーと直接バッティングすることはありません。私たちが注力している分野は、音響やスピーチエンハンスメント、あるいはスポーツ向けなど、専門化が進んだ分野のヘッドフォン・イヤフォンなので、その点では直接の競合相手ではありません。

Sonovaとゼンハイザーとしての強みには、大きく分けてふたつの要素があります。ひとつは、オーディオ愛好家が好むような製品群のなかで、しっかりとしたリーダーシップを確立しているということ。業界には、さまざまな競合メーカー・ブランドがありますが、私たちはトランスデューサー(ドライバー)を内製している数少ないブランドのひとつです。今もゼンハイザー時代と変わらず、アイルランドに工場を構えていますよ。

先ほども言及したように、ゼンハイザーを買収した大きなきっかけのひとつは、ゼンハイザーというブランドがオーディオ愛好家向けの製品のなかで、リーダーシップを確立していて、市場での地位が優位にあったこと。またプレミアムヘッドフォンのなかでも、いくつかのテクノロジーのラインがあって、それをSonovaに取り込んで、引き続き活かしていきたいという思いがありました。

買収後も戦略は変えずに、今まで各部門が築いてきたものを土台とし、さらに肉付けしていくような形で、高品質な製品を市場に届けようとしています。なので、トランスデューサーについても、ゼンハイザー時代と何も変えず、これまで通りに製造を続けています。

(同席した関係者によれば、工場のスタッフはゼンハイザー時代から変わっておらず、これまでと同じ姿勢でモノづくりを続けており、この点も競合他社と一線を画すポイントだという)

「オーディオファイル・エクスペリエンス・センター」
同センター内には試聴室も用意

マーティン:買収後の新たな取り組みとしては、アイルランド・タラモアにある工場の敷地内に「オーディオファイル・エクスペリエンス・センター」という施設を9月にオープンしました。ここでは一般のお客さまや報道関係者などを招いて、工場内のガイド付きツアー、新しい試聴室での試聴体験などが可能です。ヘッドフォンシステム「HE 1」の組み立ての工程も見学することも可能です。私たちが持つ技術を、よりユーザーの近くに届けるような施設になっています。

私たちはトランスデューサーを含めた技術的な優位性をバネにして、卓越した音響性能を生み出しています。

もうひとつの強みとして、Sonovaにはスピーチエンハンスメント技術として、独自に開発したアルゴリズムなどもありますし、この技術を応用する形でプレミアムヘッドフォンの世界で戦っていく素地もあると思います。

AIを活用したチップを使って、スピーチエンハンスメントをさらに進化させていくようなソリューションも考えられますし、コンシューマーヒアリングという分野でも、すでに持っている能力をプレミアムヘッドフォンのセグメントで、特化した形で活かしていければと思っています。

“ながら聴き”市場参入は「ぜひ期待していてください」

――戦う素地があるという高級ヘッドフォン市場について、もう少し詳しく聞かせてください。ゼンハイザーはHD 800 Sなどの高級ヘッドフォンを数多く展開していますが、こういった製品の今後について、どう考えていますか?

マーティン:日本も含め、世界的にワイヤレスヘッドフォンの需要は伸びています。コロナ後の反動的な側面もあると思いますが、それに加えて消費者の嗜好がワイヤレスヘッドフォンに傾きつつあるとも思います。こういった傾向は、興味深く見守っていきたいですね。

また有線のプレミアムモデルに目を向ける消費者も増えつつあります。これはヘッドフォンもイヤフォンも、どちらも伸びています。特に日本を含むアジア市場では、インイヤータイプの製品が好まれる傾向にあります。

オーディオ愛好家の方々が、より上質なもの、より高音質・高品質なものを求めて、高価格帯の製品でも喜んで購入してくれるような傾向が出てきています。将来的に、この分野についてもカバーしていきたいと考えています。

現在の私たちのヘッドフォンラインナップは、最上位モデルからもっとも廉価なモデルまでの価格差がかなり大きい状況です。これについては、その隙間を埋めていくような製品展開ができればと思っています。

――プレミアムモデル以外のものも含め、有線イヤフォン・ヘッドフォン人気には、eスポーツなどゲーミング機器の成長も影響していると思いますが、ゼンハイザーとしてはeスポーツ市場をどう捉えていますか?

マーティン:ゲーミング分野も重要です。ゲーマーの方々はゲームに特化したようなヘッドフォンを使っていますが、彼らからもゼンハイザー製品の音質の高さは好評ですから。

今後は今年12月からは既存のゼンハイザー製品ポートフォリオを活用して、ゲーマーの要望に応えるような訴求をしていきたいと考えています。

――昨今、市場では骨伝導イヤフォンや開放型イヤフォンなど、いわゆる“ながら聴き”デバイスが人気です。競合ブランドも“ながら聴き”市場に参入していますが、ゼンハイザーとしてはまだ製品を投入していません。

マーティン:最近“ながら聴き”セグメントの成長が著しいことは、私たちも認識しています。ただ、このセグメントのうち骨伝導を採用した製品については、ゼンハイザーとして参入する意志は今のところありません。音質の面で、私たちが納得いくものを提供できないと考えているからです。

しかし、オープン型のワイヤレス製品は、市場の25%を占めるなど、いい位置にあるので、ここは今後私たちとしてももっと攻めていきたいと思いますし、攻めていく可能性もあると思います。ぜひ期待していてください。

――コロナ禍における“巣ごもり”の影響もあり、ふだんパソコンを置いているデスクを活用して音楽を楽しむ“デスクトップオーディオ”の人気が高まりつつあり、競合からは小型のアクティブスピーカーも登場してきています。ゼンハイザーとしてはサウンドバーを展開していますが、今後アクティブスピーカーなどに進出する可能性はありますか?

マーティン:スタンドアロンのアクティブスピーカーは、市場環境としても競争が激しいセグメントです。私たちとして、このセグメントに参入する意志はありません。

ゼンハイザーのサウンドバー「AMBEO Soundbar」シリーズ

ただ、私たちも展開しているサウンドバーというジャンルでは、より小さな(ワイヤレス)スピーカーを組み合わせて、サラウンド環境を整えたり、拡張したりといった戦略を採っている競合メーカーも存在しています。

私たちとしても、将来的にそういった分野、(サウンドバーを中心とした)全体的なパッケージとして、エコシステムの構築には興味はありますが、個々の小型スピーカー自体を私たちが開発して、販売するといった可能性はほとんどないと思います。

――今後のゼンハイザー、Sonovaの展望について聞かせてください。

マーティン:ゼンハイザーが今まで培ってきたさまざまなレガシーについては、引き続き守り育てていく方針ですので、ゼンハイザーのコンシューマー部門買収以降も大きく戦略を変えることなく、しっかりと強化していきます。Sonovaとしては、ゼンハイザーの買収により、オーディオ愛好家向けの製品における、とても強い主導的なポジションに就くことができたので、その立場も含めて守っていきます。

プレミアヘッドフォンの分野は、極めて魅力度が高い分野ですので、既存の戦略を追求していくことになります。デジタルチャネルについても、それなりのシェアを持つていますが、この点については業務効率を追求して、より全体的なパフォーマンスを向上させていきたいです。

ゼンハイザーブランドのもとで展開するヒアリングソリューションおよび補聴器関連製品・事業についても、まだ緒についたばかりで、市場投入した製品もふたつしかありませんが、これからさらに増やしていく予定です。ヒアリングソリューション・補聴器関連の部門を、3つめの柱としていきたいと考えています。

ちなみにコンシューマー・ヒアリング部門でGVPという要職に就いているマーティン氏だが、インタビューには背中にブラックのストーンでドクロをあしらったレザージャケットを羽織った姿で応じるなど、堅苦しい印象は皆無だった。そこで、最後に少しパーソナルな質問もしてみた。

――ブラックのレザージャケットなど、かなりロックな出で立ちですが、ふだんどんなジャンルの音楽を聴いたり、映画を観たりしますか?

マーティン:シチュエーションにあわせて、幅広いジャンルの音楽を聴きますよ。その時の気分や目的にあわせてテクノやポップ、クラシック、ジャズ、ラテン、サンバなど、本当に幅広く聴きます。例えばリラックスしたいときはクラシックがぴったりですし、元気を出したいときはテクノを聴きますね。

忙しくて時間がないので、あまりテレビは観ませんが、ドキュメンタリー番組を観るのは好きです。人気の超大作映画を観ることもあります。最近では「オッペンハイマー」を観ましたよ。

――ちなみに、お気に入りのゼンハイザー製品などはありますか?

マーティン:最近のお気に入りは「Conversation Clear Plus(カンバセーションクリアプラス)」。オールラウンドで、いろいろなシチュエーションに対応できる製品だと思います。音質も良いですし、ノイズキャンセリングの機能も充実しているので、クリアなサウンドを楽しめます。

私の場合、フィットネスジムで運動しているときに活用していますよ。オーディオブックを聴く時に、周囲のノイズに邪魔されずに没頭できるんです。レストランなど騒がしい場所でもノイズキャンセリングは便利ですし、話し声を強調していくれるスピーチエンハンスメントを使えば、よりクリアな音声で会話を楽しめます。

「Sennheiser HE 1」

そして実は今、将来的に市場投入されるであろう“新製品候補”をテストしています。この製品も素晴らしい仕上がりですよ。また、もっと私にお金の余裕があれば、(エレクトロスタティック型ヘッドフォンシステム)「HE 1」を買いたいとも思いますね。

(編注:「HE 1」は日本円で700万円以上する超弩級システム。現在、日本では販売されていない)

ゼンハイザー、そしてSonovaの市場の立ち位置や今後の展開について語ったマーティン氏。特に「ぜひ期待していてください」とした“ながら聴き”製品については、音にこだわり、ドライバーも内製するゼンハイザーがどういった製品に仕上げてくるかは気になるところ。マーティン氏が登場を匂わせた“新製品候補”も含め、ゼンハイザーブランドの次の一手を待ちたい。

酒井隆文