トピック
Firefox OS搭載VIERAが狙うオープン&フラットなTV進化
手慣れた土台+Firefox OSで安定性とスマートを両立
(2015/7/9 10:00)
パナソニックは、2015年夏モデルから液晶テレビVIERAに「Firefox OS」を採用開始した。対象は4KモデルのCX800N/800シリーズとCX700シリーズで、スマートフォンと共通のUIと充実のアプリ実行環境で注目を集める。ただUIとアプリが刷新されるだけではなく、家庭における「テレビ」というデバイスのありかたにも一石を投じそうだ。
しかし一方では、これまで蓄積されたノウハウが生かされなくなるのでは? 肝心な部分がOSベンダーの意思に左右されるのでは? ひいては「テレビ」が望まない方向へ進んでしまうのでは? と疑念の声も聞こえてくる。
そこで今回、VIERAの製品企画を担当するパナソニック アプライアンス社 テレビ事業部の池田 浩幸氏に取材を敢行。CX800/CX700シリーズにおいてFirefox OSがどのように利用されているか、採用に至った理由と今後の見通しについて話を訊いた。すでに西田宗千佳氏によるインタビューも掲載されているが、本稿ではOSの構造やアプリ開発の現状などの面から、その実態に迫った。
テレビにおいて「OS」が果たす役割。なぜFirefox OSに?
取材へ進む前に、デジタル化以降のテレビにおいて「OS」がどのような位置にあるか、概説しておきたい。この点を理解すれば、Firefox OSやAndroid TVの採用がどのような意味を持つか、より鮮明に見えてくるはずだ。
まず、「独自OSから既製OSへ」という単純な解釈は改めたほうがいい。国内主要メーカー製薄型テレビのほとんどが、だいぶ前からOSにLinuxやBSD系UNIXを採用しており、テレビ開発チームはすでにPC-UNIXベースの機器制御/ソフトウェア実装に慣れている。UIやアプリ関連ライブラリを支えるOSの上位レイヤーは、Firefox OSやAndroid TVベースに変わるかもしれないが、カーネルに近い(≒ハードウェアに直接アクセスする)部分は変わらないため、営々と蓄積してきたソフトウェア技術の多くが活かせる。逆にいえば、基礎部分が共通だからFirefox OSやAndroid TVの採用に踏みきれたのだ。
超解像など画質関連の技術において独自性を発揮できなくなるのでは、という心配もいらない。基本的にカーネルやカーネルモジュール/ドライバなどOSの低位レイヤーに相当する部分は、今後もテレビメーカーが開発を続ける(もちろんオープンソースライセンスに沿う形で)。UI全般や録再機能、番組データの取得といったアプリケーション部分は上位レイヤーに任せることになるが、表示装置としてのアイデンティティである画質は従来どおりテレビメーカーの専権事項だ。
今回はVIERAがテーマなので、Firefox OSの特徴についても触れておきたい。
このOSは、カーネルやドライバ、基本的なライブラリ群からなる最基層の「Gonk」、HTML/JavaScriptエンジンを基軸とした処理系の「Gecko」、UIなどアプリケーションの部品を中心とした「Gaia」の3層構造であり、スマートフォンとテレビで共通のもの。そこに"VIERAの独自性"を担保するしくみがあるのか、それとも……それは取材の過程で明らかにしていこう。
-- Firefox OSの採用についてですが、なぜ外部のOSが必要だったのでしょうか。
池田氏(以下敬称略):この時代、1社だけでプラットフォームを進化させることは難しい、という判断が前提にあります。我々はこれからのテレビがどのような姿になるかじっくりと検討しました。テレビには多種多様なコンテンツ、たとえば放送波やYouTube、Netflixなどのネットサービスを表示しなければなりません。当面はDIGAのようなAV機器が対象ですが、将来的にはさまざまな家電との接続性も必要になるでしょう。視聴者は、テレビという機器単体ではなくスクリーン全体で評価しますから、それら外部機器と共通の技術を使おうという方向に定まったのです。
-- では、いくつかある候補の中からFirefox OSに決めた理由は何でしょう?
池田:現状、ひとつの企業を中心にしたクローズドな環境から誕生した技術が主流ですが、ネットに接続する技術は特定の企業に縛られず、機器やメーカーを横断して自由に使えるようにすべきと考えました。そこでどうするかとなると、他社へのライセンス提供を考えにくいiOSとwebOSはすぐに候補から外れ、TizenもSamsungがコントロールしている状況で……
Androidは、Googleが技術面からアプリマーケットを含めプラットフォームのすべてを用意してくれますから、メリットがあることは確かです。しかし、そのメリットは"特定の企業に縛られる"ことの裏返しでもあるわけですよね。
一方、Mozillaが進めるFirefox OSはHTML 5に深くコミットし、Javaなどミドルウェアを排除したシンプルな構造を持ちます。それが、Firefox OSの採用を決めた要因です。
-- CX800におけるFirefox OSのあり方、UIのコンセプトについて教えてください。
池田:放送やアプリなど、各種の情報をフラットに見せることが基本コンセプトとしてあり、そこにカスタマイズ性を持たせています。「お気に入り」の画面へすぐにアクセスできることが、その例ですね。ただし、UIデザインに関してはFirefox OSのライセンス上の規定があります。
注意を払ったのは、お気に入りの画面にすぐ行ける、経路を複雑にしない、ホームに登録できる、という3点でしょうか。つねにHTMLエンジンを動作させることにより、動作の軽快感が出るよう配慮しています。Android OSのようにミドルウェアを必要としませんから、同じCPUとメモリ容量であるならば他のテレビより速く動作するはずです。通知、ウィジェットといったスマートフォンでは当たり前の機能もサポートしています。
--(CX800で実行しているインフォメーションバーのデモを見ながら)ボタンや番組表の下には放送中の番組が透けていますよね。これは、Firefox OSとしてはどのような処理をしているのですか?
池田:我々は「ボトム」と呼んでいますが、画面のいちばん下に見える層はふだん放送波を表示するようにしています。電源をオンにすると、前回終了時のチャンネルが表示されることはその一例です。ボトムにHTML 5アプリのレイヤーを重ねて表示しているわけですね。電源オン直後にHTML 5のエンジンが稼働しますから、アプリもすぐに動かせるのです。
-- おすすめのテレビ番組や録画番組の情報もすぐに表示されますね。こういった処理は、どのように行なわれているのでしょうか?
池田:リアルタイムにデータを収集しているわけではなく、ときおりバッチ処理を実行して集めています。チューナで選局した情報はログとして記録されているので、それを集めるわけですね。このしくみは、Firefox OS採用以前と基本的に変わりません。録画番組は視聴/未視聴の情報などですね。アクトビラのような配信サービスの場合は、送信されてきたリコメンド情報を表示します。
-- Firefox OSは、ハードウェアに近い部分の処理はGeckoより低位のレイヤー「Gonk」が担いますよね。スマートフォン版Firefox OSは、GonkレイヤーがAndroid(AOSP、Android Open Source Project)由来のLinuxですから、CX800シリーズに採用されたFirefox OSもLinuxベースということなのでしょうか?
池田:従来のVIERA同様、FreeBSDになります。Firefox OSの構造でいえば、GonkレイヤーはFreeBSDベースのものが担う形になります。スマートフォン版のFirefox OSは、GonkレイヤーにAndroid由来のカーネルを使用していますが、CX800シリーズは違います。もともとVIERAシリーズで使用してきたFreeBSD由来の部分は変えていません。
-- では、画質関連のICにアクセスするなど“ハードを叩く”処理は従来どおりということですか?
池田:そうなります。これまでに積み重ねてきたノウハウがあまりにも多くありますから、そうやすやすとは変えられません。カーネルなどOSのコア部分は歴代のVIERAシリーズ同様ということになりますから、ハードウェア制御などのノウハウは基本的にそのまま継承しています。
VIERA/Firefox OSにおけるアプリとは
-- 話は変わって「アプリ」について教えてください。たとえば、サードパーティーが番組表アプリを開発し、アプリストアで公開できるのでしょうか?
池田:現状、スマートフォン向けの「Firefoxマーケットプレイス」のような配布元はありませんし、アプリの配布元を一元化することは考えていません。今後テレビ向け開発環境を開示できるようになれば、むしろマーケットプレイスのような枠を取り払う形で展開したいですね。
実際のテレビの利用という意味でいうと、大手の動画配信サービス(VOD)への対応をきちんと行なえば、現在のユーザ層には満足していただけると思います。ただ、将来いろいろなコンテンツに対応できそうだと実感していただくことも重要で、今後の道筋を提供していくためにもネット/アプリ関連機能は必須と考えています。いまは需要が少ないとしてもやらねばなりません。
番組表は、HTML 5で記述したアプリにより動作しています。アプリからチューナにアクセスし、Gガイドの情報を取得するという流れですね。このアプリはパナソニックで自社開発しました。
選局APIはプライベートなもので、パナソニック社外には開示していません。開示するときには、Firefox OSのテレビ向け開発環境をどう提供していくかというなかで検討することになるでしょう。画面上のどの位置に表示すれば放送波と混同されないかなど、一定のルールが必要だからです。
-- 現在、Firefox OSを採用するテレビメーカーは、パナソニック 1社ですが、他のメーカーもFirefox OSを採用したテレビを開発できるでしょうか?
池田:Mozillaはテレビ向けにかなり機能を拡張していますし、我々パナソニックもソースコード提供という形でコントリビュートしています。当然、オープンソースライセンスに従えば、誰でも使える形でです。ただ、ロゴを使う場合や、将来展開するかもしれないマーケットプレイスを利用することになった場合は、APIの互換性などもあるため、ブランディングライセンスは発生するでしょう。
-- Firefox OSは、スマートフォンの分野で実績があるとはいえ、シェアはGoogle陣営に大きく水をあけられていますよね。その状況下、VIERA/Firefox OS向けのアプリは順調に増えるでしょうか?
池田:現在、MozillaはPCとスマートフォン向けの開発環境を提供していますが、テレビは対象にしていません(著者注:ベータ版としてSTB向けは存在する)。近い将来に公開される予定ですが、時期は未定です。テレビで使えるAPIが公開されれば、PC上のエミュレータと実機の両方でアプリを動作させるようになります。
現在、Android向けのアプリはハイブリッド型、コーディングはJavaではなくHTML 5というタイプのアプリが増えています。ですから、Firefox OSへのアプリの移植はそう難しいことではないと考えています。
開発環境は、Firefoxに付属の「WebIDE」を利用する、スマートフォンのFirefox OSと同じものです。テレビのシミュレータも用意されることになるでしょう。VIERAで実際に動作させるのは、セキュリティ上問題ないかなどさらに検証を進めてからになりますが、そう遠くない時期に提供できると思います。
-- 公開するAPIの情報と、アプリストアの予定について教えてください。
池田:放送関連などの調整が難しい部分をのぞき、まずはシンプルなAPIを提供します。自作のアプリを手軽に試せるような環境には、必ずなります。そこからFirefoxマーケットプレイスで提供できるようにしなければなりませんが、その時期をいつにするか、マーケットプレイスへの導線をどう用意するかはもう少し煮詰める必要があります。
方法もいろいろあると思います。現在あるパナソニックのアプリマーケットの横にFirefoxマーケットプレイスのアイコンを置くのか、それともブラウザでアクセスするタイプにするのか。Web読み込み型(Webブラウザ上で動作するタイプ)とパッケージ型(スマートフォンアプリに相当)の両タイプのアプリ形式をサポートしますし、アイコンを置く場所もアプリ一覧に置くのかブラウザ上に置くのか……あともう少しで仕様が決まるところまで来ているのですが。
-- VIERAにとってアプリはウェルカムな存在なのでしょうか? 「テレビ」なのだから、現状で充分という考えもありますよね?
池田:充分ということはありません。これからWebのリソース/サービスが続々出てくるでしょうから、そこにリーチする機能を用意していかねばなりません。その点、方針は固まっており今後揺らぐことはありません。
ただ、パナソニックが動作チェックするアプリとそれ以外のアプリとの間に一線を引くか引かないか、というジレンマはあります。現実として、ブラウザにURLを入力すればWebアプリを実行できてしまうこともありますからね。
-- VIERAの立場でFirefox OSに期待することがあるとすれば何でしょう?
池田:テレビといえば画質・音質、そしてデザインということになりますが、コンテンツの入力経路が増えてくると「使いやすさ」が重要になってきます。使いやすさは「わかりやすさ」と「すばやさ」に分解できますよね。そしてすばやさを技術的にいうと「性能」になります。性能は描画であり、インプットデバイスのレスポンスであり、それらが揃って性能、ひいては使いやすさにつながっていくわけです。Firefox OSに期待しているのは、その部分ですね。
Firefox OSに決めた「もうひとつの理由」
AVとITの融合はかねてから指摘されてきたことだが、漠然とした方向性はあるにせよ、具体的な方策なり道筋はいまだはっきりと見えてこない。その先陣を切る(矢面に立つ?)テレビも例に漏れず、「スマートテレビ」なる造語は用意されていても、なにをもってスマートとするのか、明確な定義はない。まさか、スマートフォン/タブレットとの連携を強化したからスマートテレビ、という安直なものではないだろう。
パナソニックがVIERA CX800シリーズにFirefox OSを採用したことは、「スマートテレビ」という流れを意識した方策のひとつと考えられるが、その戦略は予想を超えて明快だった。ひとことでいえば「オープン」だ。
アプリの扱いに関しては、アプリストアのデザインなど不確定要素がいくつか存在したものの、自社技術/特定企業の技術に囲い込まないという方針は確立されている。Webブラウザで利用できるアプリ(HTML 5アプリ)を排除しない、むしろその方向を意識してHTML 5に強いOSを選定したという点では、GoogleのAndroid TVを選択したソニー、シャープとは一線を画していると言っていいだろう。
HTML 5アプリというと、ネイティブコードで書かれたアプリに比べパフォーマンス面での不利は否定できないが、Firefox OSの最基層に位置する「Gonk」がVIERAシリーズで実績あるFreeBSDベースであることは有利に働きそうだ。HTML 5アプリを高速化するという意味では決してないが、土台部分がいわゆる枯れた技術であれば安定性も期待できる。
それに、手慣れた土台のほうが、パフォーマンスチューニングや画質関連ICの制御といった"テレビ屋の技術"を生かしやすいはずだ。基礎レイヤー込みの提供となるAndroid TVでは、そうは行かない。これが、パナソニックがFirefox OSを選んだもうひとつの理由と考えられる。
とはいえ、サードパーティーに公開するAPIなどアプリ開発環境の仕様はまだ確定されておらず、アプリストアというエコシステムを見ればAndroid TVに及ばない部分がある。ゲームのようなエンターテインメント性の強いコンテンツは出てこないという読みのようだが、Android TVはそうでもなさそうだ。まだまだ混沌としているカテゴリだが、いちど流れが決まってしまえばそれに抗うのは難しくなる。Mozillaとあわせ、一気呵成の展開を期待したい。