プレイバック2024

吸音パネルからInter BEEで出会った「ON・YU」まで、魅力的な機材と戯れた1年 by橋爪徹

静科の「LACOS」

2024年も魅力的な機材と戯れた1年だった。かれこれ10年ほどライターの仕事をしていて、自分のことは“評論家”と思ったことは一度もない。ちょっと考えもあって、あえてそう名乗っていないのもある。オーディオライターと名乗っているのは “オーディオをお勧めする人”でありたいと考えているからだ。

そのお勧めする過程で、自分でも本気でその機材のことを好きになり、自宅にお迎えすることは少なくない。2024年購入した機材で最も印象深いのは、静科の「LACOS」だ。ベーストラップであるLACOSは、見た目のスマートさに似合わず、不要な低域を効果的に吸音してくれる。結果として、中高域にもプラスの影響を与えてくれるので、音楽から映画、ゲームに至るまで全てのオーディオ体験が改善した。価格もなかなかだが、SHIZUKA Panelをいくつもレビューしてきた筆者が思いきって2個も買ってしまったLACOS。年度末の今、改めてイチオシする次第だ。

静科との出会いは、おそらくInter BEEだった。音と映像と通信のプロ向け展示会であるInter BEEは、幕張メッセで毎年秋に開催されている一大イベント。筆者は音声を専門にした音響エンジニアでもあるので、録音機材周りの最先端を知るために2016年ごろからちょくちょく足を運んでいた。近年はすっかりイベント自体のファンになり、知人のナレーターや声優を誘って宅録の知識を深めたりと、いち個人として案内する側にもなっている。

Inter BEE

今年も声優・ナレーターの方が宅録機材について学びたいということで、ご家庭でも使えそうな機材展示を中心に回遊と解説をして回った。コロナ禍以降、機材沼に目覚めるナレーター・声優の方も増えており、筆者も驚くほどの本格機材を使っている方も珍しくない。筆者もホームスタジオがあるからと呆けてないで、常に最先端のテクノロジーにアンテナを張っておかなくてはと気を引き締めたくなる。

今年は、「放送・配信のラウドネスの現状について」というセミナーにも参加。ラジオ業界のラウドネスの現状など、大変興味深い話を伺うことが出来た。民放ラジオにおいて、ラウドネス基準による運用は、番組そのものは2022年11月に始まっていたが、CMはつい最近2024年の11月に運用が始まったばかりというのは普通に驚いた。ちなみにテレビ放送は2012年10月からだ。

筆者にとって映像関係のブースは社会科見学並みに未知のエリアであるが、プロフェッショナルオーディオのブースは一回りしたくなるくらい興味深い展示のオンパレード。特に気になった、かつ当媒体で他の先生方が取り上げてないプロダクトを振り返ってみる。

KORGのインテリア雑貨「ON・YU」

まず、KORGのインテリア雑貨「ON・YU」の一般販売について。既にクラファンは終わり、一般への販売も行なっているが、どうやら写真のような樹脂製のモデル(白色)も準備中だという。ON・YUについて簡単に言うと、小型筐体の左右にある2個のスピーカーだけで包み込まれるような、心地よい3D立体音響を実現する音響インテリアだ。

楽器メーカーのKORGが専用ハードを開発し、音源もON・YU専用にレコーディング・ミキシングした気合いの入った製品なのだ。樹脂バージョンのON・YUは、木製よりも安価になることが期待され、かつ量産も容易なことから、一般の店舗でも買えるようになるかもしれない。スタッフの方とは、レビューのお礼もしつつ、USB接続によってアドオンで追加音源をインストール出来るといいですね的な話でも盛り上がった。同レビュー記事は、筆者の個人noteで掲載しているのでご興味のある方は検索してみてほしい。

ON・YU(音癒)でデジタルデトックス!? ~お家にいながら癒しの空間を楽しめるKORGのインテリア雑貨とは~

続いて、USBカメラやUSB 2.0周辺機器をLANケーブル伝送に変換することで、長距離接続を可能とするINOGENIのU-BRIDGE。USBからLAN伝送に変換する機器と、LANからUSBに戻す機器の1セット。主な用途はUSB接続のカメラのようだが、ピクトグラムを見ると、マイクやスピーカーも描かれているのでオーディオデバイスもいけるのかと興味をそそる。というのも、筆者はネットテレビの仕事でオーディオインターフェースとそれを接続するMacとの距離がどうしても長くなってしまうケースを体験したことがある。

INOGENIのU-BRIDGE

オーディオデバイスでは、USBケーブルの長さは2m以下が安定した通信のためにも望ましいとされているが、やむを得ず4mのケーブルを使って運用した。ケーブル起因の不具合は幸いにも起きなかったが、長くUSBケーブルを引き回さなくていいならそれに越したことはない。

小規模の配信等では、AVBやDanteなどのLANケーブルで通信させる機器は現実的ではないし、U-BRIDGEのような機器が使えれば便利そうだ。LANケーブルは最大で100mまで仕様上問題ないので、小規模スタジオならまず事足りるだろう。今年の末にはUSB3.0対応のU-BRIDGE 3も発売されるとのこと。機会があれば、試してみたいものだ。完全に業務用のようで、一般販売の気配はない。

audfly

最後にHSS Japanが取り扱うaudfly(オーディフライ)。超音波を利用したスピーカーで、狙ったところにピンポイントで音を届けることが出来る。例えばこんな活用手段がある。ATMやチケット発券機の音声案内を目の前の顧客にのみ届ける。美術館や博物館で、展示物の目の前に来た観客だけに解説の音声を聞かせる。Inter BEEのような展示会では、製品の前で立ち止まった人に、解説を聞かせる……という感じだ。

一際小型なaudfly miniを試してみると、スピーカーの目の前に立たないとまったく音が聞こえない。目の前に行けば、高域寄りのラジオのような音だが、何を喋っているかは十分聴き取れる。再生周波数帯域は300Hz - 8kHzとのこと。入力は、3.5mmステレオと、Bluetooth5.0。電源はACアダプター式。超音波のため、スピーカーと自分の顔との間に手をかざすとまったく聞こえなくなるのも新感覚だった。

スピーカーと自分の顔との間に手をかざすとまったく聞こえなくなる

これならオーディオインターフェースやUSBマイクのスピーカーアウトと繋いで、WEB会議のスピーカーとして活用できそうだ。ずっとイヤフォン/ヘッドフォンをしているのは疲れるし、audflyがあれば他の人に聴かれなくても済む。価格は税別で8万5千円弱と結構なお値段だが、こちらも基本的には業務用なので安い方だろう。

Inter BEEはオーディオビジュアルファンにとっても意外と楽しめるイベントだと思う。ヘッドフォンやマイクの聴き比べコーナーや、配信などに特化したブースもあって、コンシューマーレベルの機材も意外と充実しているからだ。

余談だが、NHKのブースで「放送100年、そして未来へ」の展示を見ていたら、過去のブラウン管やプラズマテレビに混ざって、ソニーの小型有機ELテレビXEL-1が展示されていて懐かしさで悲鳴を上げそうになった。2007年当時、世界初の有機ELテレビとして話題になり、有機ELでテレビが見られる感動を量販店の展示機でかみ締めた記憶がある。解像度はフルHDの1/4しかなく、今となっては信じられない。そう考えると向こう20年も楽しみになってくる。

ソニーの小型有機ELテレビXEL-1

余談続きで恐縮だが、Inter BEE名物を紹介して原稿の〆としたい。「ロケ弁グランプリ」だ。実際に業界人が食べているロケ弁を食べられるとあって、毎回座席が見つからないほどの大混雑。コロナ禍で規模を縮小して「ロケ弁ラウンジ」として継続していたところ、満を持してグランプリ復活。今年は3人で行ったのにまとまった席がなくて別々で食べる羽目になった。筆者は当日追加されたメニューの唐揚げ弁当。ボリューム満点でとっても美味しくて、「業界人はこんなデリシャスな弁当を食べているのか!ぐぬぬ……」となったのはここだけの話だ。

Inter BEE名物「ロケ弁グランプリ」

来年のInter BEEは11/19-21、すべて平日開催だが、会社勤めの方もお休みを取って足を運んでみてほしいと思う。

橋爪 徹

オーディオライター。音響エンジニア。2014年頃から雑誌やWEBで執筆活動を開始。実際の使用シーンをイメージできる臨場感のある記事を得意とする。エンジニアとしては、WEBラジオやネットテレビのほか、公開録音、ボイスサンプル制作なども担当。音楽制作ユニットBeagle Kickでは、総合Pとしてユニークで珍しいハイレゾ音源を発表してきた。 自宅に6.1.2chの防音シアター兼音声録音スタジオ「Studio 0.x」を構え、聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。ホームスタジオStudio 0.x WEB Site