レビュー
膨らむ低音を退治せよ! 高速道路の防音から生まれたSHIZUKA Panel「LACOS」を試す
2024年2月8日 08:00
SHIZUKA Panel(シズカパネル)という吸音パネルをご存じだろうか。静科が開発・製造を手掛ける、室内音響のための吸音パネルだ。筆者は2年前の3月、「薄型軽量で持ち運びも手軽。抜群の吸音性能を誇るルームアコースティックの改善アイテム」としてSHIZUKA Stillness Panelを取り上げた。
当時ピックアップした製品は「B-500-1」と「SDM-900」の2製品。音響エンジニアでもある筆者としては、吸音する周波数帯域と案配が適切で、質感への影響もないB-500シリーズが好みであった。薄くて軽いのに、2枚設置するだけで劇的な音響改善が実現した。
これらの製品は、主に中高域の吸音を得意とするアイテムだ。
一方、昨年8月に登場した「SHIZUKA Stillness Panel LACOS(ラコス)」は、ユーザーからの意見を踏まえ開発された低音域の吸音に特化したパネルだ。「ベーストラップ」と呼ばれるこの製品カテゴリーは、部屋の隅に溜まりがちな“余分な低音”を吸収することを目的に、コーナー設置を前提とした構造をしているのが通例。LACOSは三角錐のかたちをしており、部屋のコーナーにもぴったりと置くことが可能だ。
SHIZUKA Stillness Panelは、今となってはオーディオやホームシアターユーザーにもご存じの方はいるかもしれないが、登場した当初はDTMやレコーディング/ミックスを行なう音楽業界人を中心に話題を集めていた。製造元の静科は、2006年に創業された吸遮音材などの製造販売メーカーであり、高速道路の防音対策や、新幹線などの輸送機器の静音化など、主に産業用の騒音対策で実績を重ねてきた。防音への様々な悩みや要望に向き合ってきたからこそ、蓄積したノウハウでオーディオやスタジオユースでも親しまれる吸音パネルを作ることができたのだろう。
低音域の改善に特化
そんなSHIZUKA Stillness Panel SDMシリーズを使用しているユーザーからは「低音域に対して特化したものがほしい」という声が静科に寄せられていた。
静科が開発を開始してみると、SHIZUKA Stillness Panelのセールスポイントである「軽量、薄型」と「低音域の効果的な吸音」の両立は容易ではなかったそうだ。一般に低音域の吸音は、質量や厚みを増やすのが手っ取り早いが、それでは軽くも薄くもなくなってしまう。
新しい部材や様々な部材同士の組み合わせを試してデータを取り、目指すべき「低音域の効果的な吸音」を模索していったそうだ。
LACOSは、主な吸音層として発砲樹脂材を選定している。密度や大きさを吟味し、最も適した部材を決定していったそうだ。また、発砲樹脂材のみではなく、様々な吸音や遮音、制振また防振に適した部材も組み合わせ、よい結果が得られたものを取り入れているという。
活用シーンとしては、オーディオルームやマスタリング環境などを想定している。低音は中高音域と比較して透過、回折しやすい(障害物を回り込みやすい)という特性があり、スピーカー裏のように部屋のコーナー部に溜まるなど、対策が難しい音域だという。特に低音の反射問題は、本来聴かせたい中高音域を過剰にマスキングしてしまう悪影響もあるとのこと。低音域だけでなく、中高域の問題も結果として解消出来るという点は、筆者の環境でも明らかだったので、後ほど解説したい。
製品を見てみる
LACOSのラインナップは大きさ違いで2種類、カラーバリエーションは2パターンある。
LACOS-1000は、高さが1,000mm。LACOS-500は、高さが500mmとちょうど半分になる。1000の上に500を積み重ねることもできる。カラーはシルバーとブラック。ブラックの方が価格は少し上乗せされている。価格はともにオープンプライスで、直販価格はLACOS-1000のシルバーが121,000円、ブラックが154,000円。LACOS-500のシルバーが88,000円、ブラックが96,800円。固定脚は別売だ。
製品は受注生産。主な販路は、宮地楽器RECORDING PRO SHOPや、静科のサイトからアクセスできる直販サイト サイレント・プロバイダーとなる。
表面材はアルミ繊維材。吸音層は発砲樹脂。枠にあたるフレームはスチール製だ。フレームにカラバリはなく、全て黒となる。三角錐は、ご覧の様に二等辺三角形のカタチをしている。ラージタイプは広範囲でしっかりと吸音したい人向けで、重さは7kg。スモールタイプは重さ4kgと手軽に移動が可能だ。
SHIZUKA Stillness Panelは薄型軽量、ミニサイズでも抜群の吸音性能を持っていることを体験していた筆者は、持ち運びも手軽なLACOS-500を試すことにした。カラーはシルバーとブラックを1つずつ。メインのオーディオルームである防音スタジオと、リビングのオーディオでその効果とデザインマッチングをチェックした。
まずはリビングで効果を試してみる
実は、筆者はLACOSを事前にこの目で見ていた。Inter BEEというプロ向けのメディア総合イベントで、静科のブースへ訪問。その姿を見たら、ますます興味が膨らんだ。
お借りした実機をさっそく設置してみる。重さ4kgとあるが、両手で持てば特に重くない。5kgのお米と比較すると、余裕といってもいい。家中に持ち運んで楽しむことが出来るだろう。表面のアルミ繊維材は、以前試したB-500とほぼ同じで硬質感がある。フレームは見た目ほど露骨なスケルトン感はなく、持った感じも手に馴染むし、質感も悪くない。
最初はリビングで試してみた。広さは約14畳ほどで、キッチンが併設されている。リビングのシステムは、ヤマハのAVアンプ「RX-V6A」に、DALIのスピーカー「MENTOR2」を組み合わせたフロントスピーカー2本のみのシンプルなリビングシアターである。V6Aの設定は全てピュアダイレクトで試聴した。
LACOSをリスニングポイントの後方、右と左の隅に置いてみる。リスニングポイントからの距離は部屋の構造上等しくはならないが、低域が溜まりがちな部屋のコーナー設置を重視した。
大晦日に放送されて話題となった紅白歌合戦からYOASOBIの「アイドル」のシーン。もう何十回リピート再生したか分からないほど、繰り返し視聴している。一聴して、これまでの音場はいかに淀んでおり、無駄な音が臨場感を損なわせていたかを思い知らされた。
中低域にまとわりついていた贅肉がなくなり、楽器音のディテールと分離感、奥行きが劇的に改善した。シンセの音がとても精密にクッキリと映え、バンドセクションとの描き分けもよくなっている。中盤のダンスシーンでのドラムソロは、響きの余韻がクリーンに。アンビエンスによる空間の広さもよりリアルに感じられた。SONYのレコーダーでDSEE HXによる音声復元を行なっている効果もあるだろうが、圧縮音源のテレビ放送で鳥肌が立つとは思わなかった。しかも、何度も見ている番組で、だ。
続いて、Blu-rayソフトを観てみる。クロノクロスのライブBlu-ray「CHRONO CROSS 20th Anniversary Live Tour 2019 RADICAL DREAMERS Yasunori Mitsuda & Millennial Fair FINAL」より、冒頭のCHRONO CROSS ~時の傷痕~。音声は96kHz/24bitのリニアPCM。
あの印象深い、イントロのギターが鳴った瞬間でもう音が違う。エレキベースの骨格は付近に付着するモヤが無くなって克明に描かれるし、バスドラは引き締まって有機的な質感も伝わってくる。元々ミックスの優れたソースだが、さらに分離が良くなり、トランジェントも向上している。特に音の立ち上がりが鋭く聴こえる。非常に多くの楽器があるのに、混濁感がほぼないのも驚きだ。
「MENTOR2ってこんなにいい音で鳴っていたの?」
これが正直な気持ちだ。11年間も使っているスピーカーなのに新たな発見があったことに心が震える。
テレビアニメのBlu-rayも試聴する。NHK Eテレで再放送中の「宇宙よりも遠い場所」最終話。セリフはテレビアニメなのでコンプレッサーが強目にかかっているが、LACOSを置くと抑揚や強弱がもっとリアルに感じられた。それこそ生で声優の芝居を聴いているような間隔だ。やや極端に言うと、平坦だった演技がダイナミック、かつ彩り豊かに変化した。効果音とセリフの分離が向上し、南極の風とか外の環境音も空間を感じられてリアルだ。
あまりにも音が変わるものだから、きっと目に見える形で数値も変わるのだろうと、iPhone 12 miniにインストールしたアプリ「Spectrum」を使って確認してみる。Windowsのアプリ「WaveGene」で作った96kHz/24bit WAVのピンクノイズをNASに保存、V6Aのネットワークオーディオ機能を使って大きめの出音で再生した。デスクの椅子に座り、スピーカーの正面でiPhoneのマイクを正面に構えてLACOSの有り無しで周波数特性を簡易測定してみたら、ご覧の様にほとんど波形は変わらない。iPhoneのマイクで測るくらいでは、目に見える違いは現れないのかもしれないが、人間の耳は左右に2つ付いていて、かつとても敏感なので、測定結果に表れない微細な変化を感じ取っているのだろう。
リビングのルームチューニングは、シルク100%のカーテンをスピーカーすぐ左横の出窓に設置したり、カーペットは化繊からウール100%に変更したりと、特定の周波数ピークを作らないよう質感改善の対策はしていた。しかし、LACOSを追加したことで、ただのリビングとは思えなくなるほどに正確なサウンドが味わえた感覚が確かにあった。変化の方向性としては、スタジオのような無駄のない正確な音に変わっているという印象だ。音が良く見える、すっと耳に入ってくる。
スタジオでも
続いて、防音スタジオに環境を変える。筆者の防音室「Studio 0.x」は、映画やオーディオもやるし、音声の録音や編集もやるということで、デッド寄りではなく、そこそこ響きが残るように設計してもらった。定在波の偏りがないように部屋の寸法比も配慮されている。広さは6畳弱ほどだ。
システムは、AVアンプが「RX-A6A」、フロント駆動用にラックスマンの「L-505uXII」を使用。ネットワークトランスポートにSFORZATOの「DST-Lacerta」。USB-DACはiFiの「NEO iDSD」。フロントスピーカーはDALIの「RUBICON2」、センタースピーカーは使わず、サラウンドバックとサラウンドにフォステクスの「FF125WK」を計4つ、天井のトップミドルに「FF105WK」を2つ使用している。サブウーファーはDALIの「SUBE-9N」だ。
最近、サラウンドを口径の少し大きいFF125WKに変更してもらったばかりで、SEや環境音などの説得力が大きくクオリティアップした。Blu-ray試聴時は、AVアンプの「サラウンドAI」をONにして試聴した。同モードは、Dolby AtmosやDTS:Xとの重ね合わせも出来る。AURO-3Dでは専用のデコード設定に変更した。
LACOSを視聴ポイント真後ろの左右隅に置く。左側後方は、録音機材や録音時の作業デスクがあるため、左右対象にLACOSを置くことは出来ていない。
まずは、ボブ・ジェームス・トリオ「Feel Like Making Live!」からTOP SIDE。AURO-3D音声が至高のUHD BDだ。
やはり、変わるのは低音域だけではない。そもそもこの専用室は低域に関する不満は特になかった。ダブつきやブーミーさは感じないため、低音域メインの吸音パネルでどれほど変わるか興味はあったが、冷静な気持ちを一瞬で興奮に変えてくれた。
TOP SIDEは、ドラムとベースとピアノ&Wurlitzerだけではなく、マニュピレートによるシンセトラックも存在している。AURO-3Dのミックスにあたって、サラウンドにコーラスやシンセのリズムトラックが振られているようで、それが新感覚の音楽体験を楽しませてくれる。LACOSを置くと、それらの音にまとわりついていたモヤが取れて、ディテールは彫りが深く緻密に変化した。フロント側のドラムも残響成分が適度に後方のスピーカーにも振ってあるのだが、よりクリアに分かりやすくなる。
バスドラやアコースティックベースも、フォーカスが精密になり、脳内で捉えやすくなった。Wurlitzerは、少し汚れた電気の音(質感)が魅力なのだが、余韻のザラッとした感触も淀みなく表現出来ている。
試しに左後方のLACOSを、左側の壁に接して置いているデスクの下に設置してみた。左側に定位するWurlitzerが大きく聴こえて、左右のバランスが崩れてしまった。素直に真後ろに置いた方が良さそうだ。
続いて、超絶美麗な4K/HDR映像が楽しめる映画「グランツーリスモ」のUHD BD。音声はDolby Atmosだ。GTアカデミーの最終選抜レースや、ル・マン24時間レースの雨のシーンを視聴。エンジン音、コックピット内の各種操作音、落ち葉の舞う音、風切り音、それら全てが鋭く、シャープに素早く立ち上がっていて、カーレースが俄然スリリングに感じられる。雨音は、パラパラと天井に打ち付ける感じが解像感豊かで自分が車に乗っているみたいだ。音のスピード感が改善したように聴こえるのは、まるでアンプを買い替えたような音の変化に近い。
エンジン音の瞬発力や、シフトチェンジのメカニックな音も本物らしさが格段にアップしていて驚愕である。試しに、リスニングポイントの真後ろに1個だけLACOSを置いてみたところ、2個置いたときと同じような傾向の音質改善が確認出来た。全面が吸音層なので、壁との距離はあえて離して少しでも吸音できるように設置している。LACOSは決して安価とは言えないプライスのため、まずは1個だけ導入してその効果を確かめるのも悪くないかもしれない。
静かな日本での日常生活を描いたドラマ映画「メタモルフォーゼの縁側」BD(5.1ch DolbyDigital)でも、街中の喧騒や部屋の空調音、屋外のそよ風、スマホのタップ音に至るまで、贅肉がない忠実でクリアな音像に息を呑む。無駄な音を吸音することで音場が整理整頓されて、耳に情報がスコーンと入ってくる感覚だ。ホームシアターというと、何となく街中っぽい感じ、そこはかとなく森の中みたいな音場を想像されるだろうし、自分もその感覚だったが、現実世界で感じているサウンドフィールドにより近付いたと思う。これは作り手の意図が正確に再現されたということだろう。
ステレオのハイレゾ音源も聴いてみる。「ゼノブレイド3 OST」より挿入歌「A Step Away」。アヌーナのシンガーSara Weedaによる感動的なバラードだ。ピアノとストリングスが心に染みる一曲。比較して、おやっと思ったのは、シアター視聴のときと比べて、LACOSが無いときの不満が少ない。確かにより響くようにはなるものの、不快な響きではない。吸音や定在波の対策をされている専用室をお持ちの方は、LACOS追加による過剰な吸音は注意した方が良いかもしれない。
幸い、筆者の環境では2個使っても問題はなかった。エネルギー感が減衰するとか、音が痩せるといった影響は無く、余分な中低域が吸われることで、必要なものだけ残った印象。ベースやドラムの骨格がしっかりと浮き立ち、音の芯が捉えやすくなった。前後感の表現はより精密になって、リバーブの余韻は膨らまずクリーンに消えてゆく。ボーカルのアタックは素早く立ち上がってすぐに収束していく。よりハイレゾらしい生々しさが増幅されている感触だ。
劇伴やポップロックなども再生してみると、とにかく前後の奥行きが深く、描き分けも精密になり、スピーカーの存在が消えるように感じられた。音離れが良く、左右のスピーカー間を自然に音が満たしている。よりリラックスして聴けるのも想定していなかった効能だ。
片方を撤去し、1個のみ前方真ん中に寝かせて置いてみた。前方に置くことで、相対的に中低域が多めに吸われている模様。おそらく、スピーカーの近くに置いたせいで初期反射音が多めに吸われたのだろう。写真のように2パターン置いたが、家の環境ではそれほど置き方による音の違いはなかった。響き過ぎな環境では、シャープで淀みが少ない音場を楽しめると思う。
変わるのは低音だけではない
吸音パネルLACOSを実際に使ってみると、低音域だけでなく、中高域も大きく変化させるアイテムであることを実感。軽量、持ち運び可能なLACOS-500でも予想以上の効果だった。筆者の環境では、デメリットを感じなかったことを特筆しておきたい。
もちろん、部屋の環境に応じて、適切な設置場所や個数は異なってくるので、購入前に貸出しをメーカーに相談するのも一案だ。SHIZUKA Stillness Panelの公式サイトのお問い合わせフォームから要望を送ることが出来る。今後、無償貸し出しサービスを行なっているサイレントプロバイダーのサイトでもLACOSが選べるようになるそうだ。