トピック

デジタル処理で新次元のレコード再生、Technics「SU-R1000」を聴く

ハイエンド・フルデジタルアンプ「SU-R1000」

Technicsが開発し、2月に発売されるハイエンド・フルデジタルアンプ「SU-R1000」(税別83万円)。前編では、進化したアンプ部分を紹介したが、後編ではいよいよ、デジタル技術を活用した積極的なアナログレコード再生と、本機ならではの技術的な特徴、そしてフルデジタルアンプにおける重要なポイントである音量調整について語っていこう。

デジタル技術を活用し、一歩も二歩も踏み込んだアナログ再生を

MC型フォノカートリッジにも対応する本格的なフォノ入力も、SU-R1000の大きな特徴に挙げられよう。MM(ムービングマグネット)型とMC(ムービングコイル)型への万全な対応、そして一般的なRCA端子のシングルエンド入力に加えて、最近のトレンドであるXLR端子のバランス入力も備えている。光カートリッジには対応していないが、文句のつけようがない布陣だ。

Technicsはフルデジタルアンプ「SU-G700」や「SU-G30」などの下位機種でMM型だけに対応するフォノ入力を搭載しているが、それは一般的なアナログ領域での信号増幅。いうなれば単体フォノイコライザーアンプの回路を内蔵したようなものだ。

それに対してSU-R1000では一歩も二歩も踏み込んでおり、デジタル技術を積極的に活用した斬新なフォノカートリッジ対応を実現。「インテリジェントフォノイコライザー」(Intelligent PHONO EQ)と呼ばれるアプローチがそれで、Technicsによれば「アナログディスクの音溝に刻まれている音楽情報を極限まで引き出し、従来のフォノイコライザーでは実現できない再生音を提供する」という。

しかも、計測用の信号が記録された専用のキャリブレーション用アナログ盤が付属しているのだ。

なんと、計測用の信号が記録された専用のキャリブレーション用アナログ盤が付属している

フォノカートリッジの出力レベルはきわめて低い。例えばMC型の場合、永久磁石のN極とS極を近接させた磁気ギャップ(磁束)の中に発電用コイルが置かれ、針先がついたカンチレバーと直結された発電用コイルが音溝の信号に従って振動することで、0.1mV~0.5mV程度の微小電圧が発生する。フォノイコライザー回路ではそれを最終的にラインレベルまで増幅しなければならない。CDプレーヤーのラインレベル出力はピークで2V(2,000mV)と規定されているので、どれほど増幅しなければいけないのか容易に想像できるだろう。

しかも、アナログ盤は低音域が低いレベルで刻まれており、その逆に高音域は高いレベルで刻まれている。この記録曲線は一般的にRIAAカーブと呼ばれるもの。RIAAとは全米レコード工業協会(Record Industries Association of America)の略。1950年代にレコード会社によってまちまちだった記録曲線を統一するために制定された米国発祥の規格であり、それが世界標準になったという経緯がある。

というわけで、アナログ盤を再生する側のフォノイコライザーでは、記録時のRIAAカーブとは真逆の信号補正が必要になる。つまり、低音域を持ち上げて高音域を下げるというイコライジングを行なうのだ。アナログ回路のフォノイコライザーでは、その手法として負帰還(NFB=ネガティブ・フィードバック)を応用したNF型と、コンデンサー(キャパシター)と抵抗器を組み合わせたCR型が一般的。それらの長所を活かしたNF/CR型や、CR型にコイル(インダクター)を組み合わせたLCR型というのもある。

SU-R1000では、アナログ領域とデジタル領域を適材適所に組み合わせたハイブリッド型といえる斬新なイコライザー回路「アキュレートEQカーブ」を構築。フォノカートリッジの出力信号は、最初にアナログ領域で信号のレベルアップと-6dB/オクターブの高域減衰が行なわれる。これはシンプルな回路で、標準的といえる信号レベルとまあまあフラットな周波数特性が得られることになる。その信号を、内蔵するA/Dコンバーター素子(AKM5572)で、192kHz/32bitのPCMデジタル信号に変換するのである。

A/Dコンバーターはラインレベル信号のデジタル化にも使われている素子。そこで変換されたPCMデジタル信号を、今度はDSPの演算処理によりRIAAカーブに忠実な周波数特性へと高精度に仕上げていくのだ。イコライザーの曲線は一般的なRIAAのほか、旧式のIEC、Columbia、DECCA/FFRR、AES、NAB、そしてRCAの全7パターンが用意されている。いずれもDSPの演算プログラムを変えての対応。これがハイブリッドEQの基本的な内容である。

RIAAカーブを選択したところ
IEC
DECCA/FFRR
NABなど全7パターンが用意されている

デジタル領域での信号処理は、アナログ回路で使われる複数の素子の個別偏差(誤差)から根本的に解放されるという利点が挙げられよう。旧式のイコライザーカーブは、古いアナログ盤を収集しているコレクター諸氏から歓迎されるはずだ。

キャリブレーション用レコードを再生し、クロストークなどを軽減

これだけでもフルデジタルアンプに相応しい秀逸なフォノ回路だと思うのだが、SU-R1000では専用のキャリブレーション用アナログ盤を付属させている。それをフォノカートリッジで再生・計測することで得られるのが「クロストーク・キャンセラー」と「フォノ・レスポンス・オプティマイザー」という、異なる2タイプのファクターである。

キャリブレーション用アナログ盤を再生して計測する

キャリブレーション用アナログ盤を一度計測するだけで両方の効果が得られ、それぞれのON/OFFはメニュー画面で選択できるので便利だ。アナログ盤には計測用の信号が4トラック(A面とB面の合計)刻まれている。内容はまったく同じなので3トラック分は予備用と思おう。

クロストーク・キャンセラーとは、フォノカートリッジに起因するクロストークを減らすもの。クロストークとは音声信号に他チャンネルからの音が混入することで、セパレーションの悪化を招く。左右チャンネルのセパレーションが悪化すると、本来の立体的な音場表現が狭まってしまうのだ。どんなフォノカートリッジでも構造的に少なからずクロストークが発生するのはやむを得ないことで、カートリッジメーカーでは1kHz信号でのチャンネルセパレーションを表示するのが一般的。

たとえばデノンの「DL-103」は25dB以上、オーディオテクニカ「AT-OC9 XSL」では28dBとなっている。付属するキャリブレーション用アナログ盤の計測用信号を元に、SU-R1000は機械学習の方法でクロストーク成分を抽出するという。キャンセリングだから、別チャンネルから混入している音の逆相信号を加えて相殺しているのだろう。

このクロストーク・キャンセラーとよく似た手法は、実は今から40年以上も前の1970年代後半に登場していた。それは日本コロムビア時代のデノンからで、「PCC-1000」という単体機器(PCC=フォノ・クロストーク・キャンセラー)と数機種のプリメインアンプに実装されたことがある。いずれも調整用のアナログ盤(17cmの45回転EP盤)が付属していて、機器側で逆相成分を加えることによりチャンネルセパレーションを向上させるというものだった。ただし、その加減はユーザーの聴感に委ねられるというマニュアル手法。残念ながら早々に姿を消してしまったユニークなアナログ技術だった……。SU-R1000では加減を調整することはできず、ON/OFFの選択となる。

レコード棚を探して見つけた、DENONの調整用アナログ盤ST-104
SU-R1000の「クロストーク・キャンセラー」

フォノ・レスポンス・オプティマイザーは、フォノカートリッジのインダクタンス成分と出力信号を伝送するケーブルが持つ容量(キャパシタンス成分)に加えて、入力インピーダンスのマッチングから生ずる高音域のピーク成分(おおよそ7kHz以上で発生)を抑制する補正機能である。キャリブレーション用のアナログ盤に刻まれた信号からゲインと位相特性を左右チャンネルそれぞれに測定することでインピーダンスのミスマッチによる高音域のピーク成分をチャンネル個別に補正し、同時に左右のレベルも整えてくれる。

これまではフォノカートリッジとアンプとの相性と考えられていた領域がデジタル演算処理によって緩和されるというのは有意義というべきだろう。

アナログ盤再生では盤面の反りや偏心の影響により超低域で“あばれ”が生ずることがある。ウーファーが不用意に振幅したりするのだ。それを解消するのが超低域を減衰させるサブソニックフィルターなのだが、このSU-R1000ではデジタル領域でフィルタリングを行なっている。アナログ領域で行なうと可聴帯域の音もフィルター回路を経由するので微量な音質劣化を伴うことがあるけれども、デジタル領域で行うSU-R1000の場合はそんな心配は無用といえる。

これから述べていくアナログ盤の試聴でサブソニックフィルターのON/OFFを試してみたが、自宅の試聴環境ではONにする必要性をそれほど感じなかった。

まずはそのままアナログ盤を再生してみる

さて、個人的にも興味深く思っているアナログ盤の試聴を始めよう。前編でも述べているが、まずは試聴に用いたアナログ盤再生の環境を紹介しておこう。スピーカーはマジコ「M3」。SU-R1000との組み合わせでの自宅試聴では帯域バランスが整っていたため、ダイレクト・モードで聴いている。SU-R1000には「低音域」「中音域」「高音域」という3バンドのトーンコントロールを装備していることを述べておこう。また、前編では試聴に使ったデジタル音源にMQAが含まれていなかった関係から、MQAはOFFの状態にして聴いている。

アナログ盤再生の環境

アナログプレーヤーはリファレンス・ターンテーブルのTechnics「SP-10R」を積層ボードに乗せた自作機である。ボードは米国の友人(故人)が業者に造らせたワンメイク品で、日本では流通していないパンツァーホルツ(Panzerholz)合板を使った重量級。トーンアームは1点支持で人気を博した往年のオーディオクラフト製「AC-3000MC」である。マイソニック製のヘッドシェルには、経験豊かなビルダーの助廣哲也氏が手掛ける自身のブランド・プラタナスのデビュー作である「PLATANUS 2.0S」というMC型フォノカートリッジを装着した。

出力ケーブルはサエク製でPC Triple-C銅線を採用するSCX-5000(XLR端子のバランス対応)とSCX-5000D-R(RCA端子のシングルエンド対応)を用意。

サエクのバランス出力トーンアームケーブル

まずはSU-R1000との結線である。最初はSCX-5000D-Rをトーンアームに接続してアンプのフォノ入力はRCA端子に。ノイズ対策のためにケーブルのアース線に加えてSP-10Rから引き出したアース線も一緒に接続しておいた。

フォノ入力はPHONO-XLRとPHONOから選ぶことができる。そう、SU-R1000のフォノ入力は独立した2系統が用意されているのだった。RCA端子での接続だから、ここではPHONOにしている。デフォルトはMM型の対応だったので、MENUからMCを選択。この状態で手持ちのアナログ盤から音の大きそうな個所を再生してみて、音が歪んだり逆に小さすぎるように感じたらMENUからGAINを選んで聴感で適当なゲインを調整することになる。これでひとまずOKといえるだろう。

最初はキャリブレーション用アナログ盤を使わずに、SU-R1000の素の音を楽しんでみようと考えた。用意したのは音の良さで選んでいる数枚の愛聴盤だ。最初に聴いたのはボーカリストの井筒香奈江が東京・文京区のキングレコード関口台スタジオで収録した45回転ダイレクト盤「井筒香奈江 / Direct Cutting at KING Sekiguchidai Studio」である。2019年11月リリースだったが早々に売り切れて廃盤になってしまったという。同じ内容のDSDレコーディング盤ならまだ入手できるかもしれない。

井筒香奈江 / Direct Cutting at KING Sekiguchidai Studio

A面のスパルタカス愛のテーマを聴いてみたが、透徹な空気感を漂わせている、きわめてシャープな音像描写に驚かされた。クリアーな音を忠実に再現してくれる現代的な音質傾向なのは間違いなく、音像描写のフォーカスも整っている満足感の高い本格的な音だった。冒頭から活躍するビブラフォンの音叉にも似た澄んだ音色は、さすがダイレクト盤。アナログテープによる収録では混変調が発生して音色が少し濁ってしまう難しい音源なのだ。途中から入ってくるグランドピアノの音色もしっかりしていてワイドレンジな音である。

その他の盤も聴いて音の傾向がある程度は把握できたので、今度はRCA端子のシングルエンド接続とXLRのバランス接続の音を聴きくらべてみる。トーンアームから慎重に5ピンの出力ケーブルを抜いて、今度はバランス対応のSCX-5000に換装。サエク製のこのケーブルは出力端子だけが異なるようなので、ケーブルによる音質差はないと思っていい。SU-R1000側の接続をバランス(XLR)に変えたので入力はPHONO-XLRにする。PHONO-XLRはMC専用でMM型には対応していなかった! MC型フォノカートリッジにしておいて良かったと安心しながら、同じ井筒香奈江のアナログ盤をかけてみた。

おや、明らかにPHONO-XLRで聴いているほうが背景のノイズが少ない……。Technicsによると全段バランス伝送になっているぶん外来ノイズの影響が低減されるというが、実際に雑味が減って色濃い音の表現になっているようだ。これ以降は結果オーライのバランス入力で聴くことにした。

続いて聴いたのも45回転ダイレクトカッティング盤である。ディスクユニオン Jazz TOKYO RECORDSからのリリースで、ピアニスト・八木隆幸トリオによるアルバム「コンゴ・ブルー」。2020年11月にBlu-spec CDと同時に発売されている話題作だ。アナログ盤は2枚組で、ここでは2枚目のA面(C面)からタイトル曲「CONGO BLUE」を聴いてみた。

八木隆幸トリオ「コンゴ・ブルー」

井筒香奈江のダイレクト盤と同じレコーディングスタジオでの収録だが音楽ジャンルは異なりエンジニアも違うため、趣の異なるスリリングな録音だ。ピアノとベース&ドラムスの演奏はジャズらしく一音一音が骨太で逞しく、音像が濃厚に描かれていく。それでいて音の分解能も不足なく得られている重厚さが印象的。全体的な音はモダンジャズらしいカタマリ的な凝縮感があって中音域が薄まることのない、ガッツのある音が味わえた。

その次にもダイレクト盤を聴いている。そう、私はダイレクト盤マニアなのだ。アルバムは学生時代から好んで聴いているオーディオファイル盤。ジャズ・フュージョン&映画音楽の巨匠、デイヴ・グルーシンがマスタリングの名手ダグラス・サックスが主宰していたシェフィールドラボから1976年にリリースした「Dave Grusin / Discovered Again!」である。彼のキーボードとハーヴィー・メイスンのドラムス、ロン・カーターのベース、そして当時26歳の若さで同年にデビュー作を発表したリー・リトナーがギターで参加している。

「Dave Grusin / Discovered Again!」

聴くのはA面1曲目の終わりごろからスタートさせる2曲目「Keep Your Eye on the Sparrow」である。曲間のグルーヴ音も静かでフォノイコライザー回路のS/N感がきわめて優秀であることを音で示しながら曲がスタートする。ウッドベースが弾かれるピーク部分で音が少し歪んだため、私はゲイン設定を再調整して聴きなおした。やはりダイレクト盤らしく、音の立ち上がりが鋭く全体的に伸びやかな解放感が得られている。演奏自体は緊張感に満ちているのだが音質は非常に良好。奥行き感もじゅうぶんイメージできるし、フルデジタルアンプならではの低音域のハイスピードさが際立ったワクワクしてしまう演奏だった。

最後はクラシック音楽から。必ず試聴時に聴くことにしているエルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団「ファリャ:三角帽子」である。1961年の古い録音だが音質は今も最高クラスといわれる名盤。いつもは英国DECCAのメタル原盤を使った国内プレスを試聴に使うのだが、ここでは英国DECCAのAce of Diamonds盤を聴いている。

エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団「ファリャ:三角帽子」

この英国プレスが聴かせた音も鮮烈だった。SU-R1000のフォノ回路は低音域までじゅうぶんなエネルギーバランスを持ち合わせているようで、ファリャが作曲した「三角帽子」の特徴的な悲哀感に満ちている旋律とオーディオ的な聴きどころでもあるカスタネットや笛の切れ味鋭い音色を積極的に聴かせてくれる。量感を伴うスケールの豊かさも素晴らしく、オーケストラ演奏ならではの様々な音色や音数の豊富さも見事に表現してくれた。

クロストーク・キャンセラーとフォノ・レスポンス・オプティマイザーを試す

ひととおりアナログ盤を試聴してみたので、SU-R1000のフォノ入力が大きな特徴としているクロストーク・キャンセラーとフォノ・レスポンス・オプティマイザーを試すことに。

付属のキャリブレーション用アナログ盤は規則的な信号が刻まれているからか、音溝の輝きに特徴がある。見たところ重量盤プレスは東洋化成で行ったようである。注意しておきたいのは、ステレオのフォノカートリッジだけを対象にしていること。モノーラル用フォノカートリッジでは正しい計測ができないので注意してほしい。

SU-R1000のMENUから「Cartridge Optimiser」を選択してOKを選ぶ。その次に「Measurement Start」を選択してOKにする。そうすると表示が「Prepare Calibration Record」と準備完了になる。ここでキャリブレーション用レコードを再生してOKを押そう。このレコードには、フォノカートリッジ~信号伝送系の特性を測るためのLogスイープ信号とホワイトノイズがそれぞれのチャンネル毎に入っている。実際の音は「プッ」という開始信号から、インパルス応答から周波数特性を調べる Log-Swept Sine(Log スイープ)信号「フィ・フィ・フィ・フィ・フィ」が5回(おそらく、5回積算するのだろう)を左から右という順序で鳴る。その後には1分34秒ほどのホワイトノイズが左、そして同じく右から1分34秒ほどのホワイトノイズだ。これでテスト信号は終わる。

計測時間はおおよそ4分間である。計測が終わったら「Lift up the tone arm」と表示されるので、レコード再生を終了。SU-R1000がデータ処理を終えるまでに費やすのは10分ほどだった。けっこうな時間がかかるなあと思いながらも、かなり複雑な演算に違いないからな~と納得……。

「Cartridge Optimiser」を選択、「Measurement Start」を選ぶ
「Prepare Calibration Record」と表示されたら準備完了。キャリブレーション用レコードを再生してOKを押そう

最初はフォノ・レスポンス・オプティマイザーの効果を聴いてみた。なるほどと驚きと共に感心したのは、スウッとハイエンドまで素直に伸びている音調の自然さ。これまでは高音域で僅かに華やかに目立っていたボーカルの子音や、シンバルに代表される金属的な響きが穏やかになったという印象なのだ。一聴するとおとなしくなった感じに思えるが、聴き疲れのしない整ったエネルギーバランスになっていることが判る。想像していたよりも素直な音に仕上がっているというのが大きな収穫だった。

クロストーク・キャンセラーも秀逸! ただし、賛否が分かれるだろうと述べれば大袈裟になるけれども、これまでに聴いたことのない音に戸惑うオーディオファイルもいるだろう。実は私もその一人に数えてもいい。ここでは前述のフォノ・レスポンス・オプティマイザーをOFFにして聴いてみた。トーンアームに装着しているフォノカートリッジ「プラタナス 2.0S」の音は熟知しているつもりだったが、左右の拡がりと奥行き方向の深さがまったく違う……。音場空間の拡がりがグッと高まったことで、これまで自分の脳裏にしみついているアナログ盤で描かれた音の全体像から変わっているのだ。しかも、決してネガティブな方向の変化ではなく、元々のマスター音源に近づいているなと確信できる音だった。

ここでフォノ・レスポンス・オプティマイザーも併用して聴いていくと、井筒香奈江のアナログ盤は、e-onkyoでダウンロード販売されているデジタルファイルの音に酷似した音の構築。DSDではなく192kHzのWAV/FLAC音源に近い立体感と音のタッチである。

八木隆幸トリオのジャズはCDを持っていないのだが、やはり解放感が加わりながらも音のキレ味が増して視覚的な展開になる。デイヴ・グルーシンも同様で、かつて販売されていたXRCDの音を彷彿とさせる全体像のイメージであるが、ダイレクト盤のほうが明らかに鮮明な音質で優れていた。アンセルメ指揮の三角帽子は、CDやSACDの音よりもずっと鮮度感も高い写実的な音の描写になり、これまでに体験したなかでベストの音といっても差し支えないほど。アナログ盤はピュア・アナログのアンプ環境で聴くべきという信念を持っているベテランのオーディオファイルにも聴いてもらいたい新体験の音である。

その後にクロストーク・キャンセラーとフォノ・レスポンス・オプティマイザーの両方をOFFにして聴いてみるとホッと安堵する聴き慣れた音調になったけれども、それらの効果を自分で選択できるのだから、簡単に日非常的なアナログ盤の音世界にワープできることになる。

TechnicsのSU-R1000が一般的なアナログアンプにはない多くの特徴があることを御理解いただけただろうか。入力から出力までフルデジタル処理で動作するアンプならではの利点を最大限に生かしているという好印象を与えてくれた、世界的にも類例のない新次元のフルデジタルアンプである。

私は長いことソニーのフルデジタルアンプ(TA-DR1a)をサブシステムで使っていた時期があるけれども、SU-R1000はフルデジタルアンプというカテゴリーでは同じだが、ユーザーが設定できる項目の多さと音の雰囲気はまったく違っている。オリジナルのTA-DR1とその後継機種のTA-DR1aは、音量調整以外の操作はできないようなアンプだった。メーカーを問わずSACDとCDをデジタル接続できるi-Link対応という得難いメリットはあったのだが……。

歪を抑えるADCT

SU-R1000にはこれまでのTechinics製フルデジタルアンプにはなかった新技術が搭載されている。それはADCT(Active Distortion Canceling Technology)というデジタル領域のフィードバック技術。先行していたSU-G700やSU-G30はフィードバック(帰還)回路をまったくもたない無帰還アンプだった。

ちなみに、世界初のフルデジタルアンプのTACT製「Millennium」や前述したソニーのフルデジタルアンプも無帰還の構成。フィードバック回路のような複雑な信号経路など及ばなかった時代の製品だ。SU-R1000が特徴にするADCTという巧妙なデジタル領域のフィードバックは、スピーカーシステムからの逆起電力やアンプの電源電圧の変動などによる悪影響に対処するもの。アンプのスピーカー端子に直結されている専用のA/Dコンバーター素子を利用して、出力素子であるGaN-FETが出力するPWMデジタル情報とフルデジタルアンプの中枢部である「JENO Engine」 から出力されるPWMデジタル情報を常に比較しており、その差分として得られた誤差情報をJENO Engineの入力に負帰還(ネガティブ・フィードバック)するのである。

ADCTのイメージ図

フィードバックされるのは歪成分だけというのも特徴で、ラックスマンがアナログで行っているODNF(オンリー・ディストーション・ネガティブ・フィードバック)と似たイメージだ。

スピーカーシステムからの逆起電力を受けている出力素子(GaN-FET)の動作に常に正確性を与えている技術といえる。

ベテランオーディオファンも、ポータブルオーディオファンも注目

最後にSU-R1000の音量調整について述べておこう。フルデジタルアンプで避けなければいけないのは、いわゆる「ビット落ち」と呼ばれる音情報の消失。DAC素子のデジタルボリュームも同様で、音量を絞りこんでいくと下位ビットの信号が切り捨てられることになる。

幸いにも昨今のDAC素子は32bit対応が多くなっているので音量を絞っても悪影響はほぼないのだが。TACTのMillenniumやソニーのTA-DR1(TA-DR1a)では、2段階の音量調節を行なっていた。ソニーは数値を公表していなかったが、TACTの例を挙げると中音量~大音量では出力素子のMOS-FETに供給する電源電圧をアナログ的にコントロールしていたのだ。電源電圧を変えるとスピーカーを駆動する電力量が変化するわけで、具体的には直流電圧を3Vから55Vの間で調整していたのである。

しかしながら、絞りすぎるとMOS-FETが正しく動作しなくなるので小音量の調整ではDSPを使ってデジタル領域の絞り込みを行なっていた。出力素子のMOS-FETに供給する電源電圧は段階的に変更していたようだから、DSPの演算処理も少し併用していた可能性もある。そのためか、TACTとソニーは共に強力なアナログ電源部を搭載していた。

Technicsのフルデジタルアンプは、音量調整をすべてデジタル領域で行なっている。すなわち、JENO Engineが内蔵するDSP機能で最小音量から最大音量までをコントロールしているのだ。

そこで「ビット落ち」が発生するのではと心配する必要はない。Technicsに伺ったところ、JENO Engineのビット深度は40bitということだ。これなら蚊が鳴くような微小音量でも問題がないはず。そしてSU-R1000の電源部は約400kHzという高速で動作するスイッチング電源。そこで発生するノイズは一般的なアナログ電源のそれよりも小さいという。ちなみに、電源部にも形状の異なるGaN-FET素子が使われているのだ。

スピーカーシステムにマジコの「M3」を組み合わせたTechnicsのSU-R1000は、抜群のドライブ能力を発揮してくれた。出力素子のGaN-FETはバランス動作のブリッジ構成である。

私は本機の音をベテラン諸氏を含むオーディオファイルに広く聴いていただきたいだけでなく、オーディオに興味を抱いてDAP(デジタルオーディオプレーヤー)で音楽を愉しんでいる若い音楽ファンにも体験してもらいたいと願う。フルデジタルアンプならではのストレートな音の語り口とスピード感に優れた低音のドライブ能力は、イヤフォンやヘッドフォンで音楽を聴くダイレクトさに通じる魅力があると思うのだ。

私個人はアナログアンプでずっと育ってきたオーディオファイルだが、フルデジタルアンプならではの魅力に触れることでオーディオの音世界がさらに広がった気分である。

SU-R1000は83万円というハイプライスであるが、その価格が納得できる音質と機能のパフォーマンスが光っている。本機の背面にはファームウェアの更新に使われる専用のUSB-A端子があった。将来的にはファームウェアのアップデートでさらなる音質と機能の向上がもたらされるかもしれない。

三浦 孝仁

中学時分からオーディオに目覚めて以来のピュアオーディオマニア。1980年代から季刊ステレオサウンド誌を中心にオーディオ評論を行なっている。