トピック

スピーカーを最適駆動、Technics次世代デジタルアンプ「SU-R1000」の音

Technicsのハイエンド・フルデジタルアンプ「SU-R1000」

Technicsからハイエンドのフルデジタルアンプ「SU-R1000」が登場する。価格は83万円(税別)と、テクニクス史上で最も高価なプリメインアンプのフラグシップ機。当初は2020年12月11日の発売予定だったが、スイッチング電源部の制御回路をリファインするため2021年2月中旬頃に延期された。設計は日本で行なっているが製造場所はパナソニックの海外拠点(マレーシア)。時間的に余裕を持たせたインターバルが必要になったのだと思う。

デジタルアンプ部分に新たな技術が投入されているほか、デジタル信号処理を積極的に活用し、アナログレコード再生でも意欲的な試みが行なわれている製品である。幸運なことに、私は2週間のあいだSU-R1000を自宅で試聴する機会を得た。見どころが多い製品なので、そのリポートをアンプ編と、アナログレコード再生編の2回に分けてお届けしよう。

奥行きは46cm

堂々と構えたフルサイズコンポーネントの全高は19cm。奥行きは全幅の43cmよりも少し深く46cmもある。オーディオ専門誌「ステレオサウンド」のグランプリも受賞しているSU-R1000は、フルデジタルアンプならではの利点を徹底的に追求して設計された、きわめて完成度の高い製品であった。

借用するSU-R1000が自宅に届く前日は、大掃除を兼ねた移動作業に明け暮れた。スピーカーシステムであるマジコ「M3」の間にはパス・ラボラトリーズの「X600.8」モノーラル・パワーアンプが鎮座しており、SU-R1000の居場所を確保するため2台の大型パワーアンプを部屋の隅に移動することに。ところが1台55kgもある代物なので少しスライドさせるだけでもタイヘン。そのあとから試聴用にTAOC製オーディオラックを組み上げ、これまた40kgはあろうかというTechnics「SP-10R」をマウントしたアナログプレーヤーを定位置からオーディオラックの上に置くという作業まで自分一人で行なった。おかげでSU-R1000を受け取る当日は筋肉痛と腰痛に苛まれていた……。

SU-R1000のセッティング完了。組み合わせるスピーカーはマジコ「M3」だ

届いたSU-R1000を無事にオーディオラックの下段へと納めた私は、M3と接続。M3はシングルワイヤー接続専用なので簡単だ。そして到着初日から3日間ほど、SU-R1000を通電して音楽を小音量でかけっぱなしに。その間に試聴をどのように行うかの段取りについて考えることにした。

試聴のための機器接続は以下の3パターンとした。

  • デジタル音源→DELAのN10(NAS)が装備するUSB-DAC出力をUSB-B端子へ
  • アナログ音源→Mytek Digital「Manhattan DAC II」の出力をRCA or XLR入力端子へ
  • LPレコード音源→トーンアームからの信号出力をRCA or XLR入力端子へ
  • アナログプレーヤーはTechnicsのリファレンス・ターンテーブル「SP-10R」を、米国の友人(故人)が製作したパンツァーホルツ積層合板製キャビネットに納めた自作システム。試聴時は往年のオーディオクラフト製「AC3000」ワンポイント支持トーンアームに、MC型フォノカートリッジ「プラタナス2.0S」を装着。出力ケーブルはPC-Triple C銅線を採用するサエクのXLRバランス出力「SCX-5000」と同RCAシングルエンド出力「SCX-5000D-R」である
NASのDELA「N10」
Technicのターンテーブル「SP-10R」と、友人が製作したキャビネットに納めた自作システム
サエクのバランス出力トーンアームケーブル「SCX-5000」

詳細は後述していくが、SU-R1000の主な特徴を以下に挙げておこう。

  • 独自開発の「JENO Engine」(ジェノ・エンジン)による洗練されたフルデジタル伝送
  • 高速かつ低損失の「GaN-FET」素子の採用によるパワフルで直線性に優れたドライブ
  • 出力特性と位相特性を測定して接続されたスピーカーを理想的に鳴らす「LAPC」技術
  • スピーカーからの逆起電力の影響を抑えて歪を高精度にキャンセルする「ADCT」技術
  • アナログとデジタルのハイブリッド構成によるインテリジェントPHONO EQプロセス
  • 高速スイッチングと低ノイズを両立させた高性能スイッチング電源部の搭載

そもそもデジタルアンプとは何か?

独自開発の素子「JENO Engine」について語る前に、私はフルデジタルアンプについて定義しておきたい。フルデジタルアンプとは、その名称が示すとおり入力から出力までをデジタル領域で行なうアンプである。SU-R1000では、スピーカーを駆動する電力供給の「出力段」にGaN-FETを出力素子とする、クラスD方式アンプ(D級アンプ)が担っている。フルデジタルの出力段とスピーカーの間には高周波帯域に発生する雑音成分をカットするパッシヴ・フィルター回路(L=インダクターとC=キャパシターで構成)があり、これで理想的なアナログ波形が生成されることになる。(アンプ側のスピーカー出力端子の直前にフィルター回路がある)フルデジタルアンプとは、スピーカーをダイレクトに鳴らすことができるD/Aコンバーターと理解すればいい。

実はクラスDの「D」は増幅形態を顕すもので、“D = Digital”というわけではない。しかしながら、クラスDはPWM(Pulse Width Modulation = パルス幅変調)という方式のアンプであり、電力を発生させる出力素子はONのフルパワーとOFFのゼロという2値で高速動作するもの。ONのフルパワー「1」とOFFのゼロ「0」ということは「1」と「0」のデジタル動作と解釈できるため、クラスDはデジタルアンプと称されるようになった。「1」と「0」だけで動くPWMは波形を顕すためにそれぞれの時間、すなわち長さ=幅(Width)が異なる。そう、PWMは1ビット・デジタルの一種とみなすことができるのだ。

クラスD方式の歴史は意外に古く、発明されたのは今から70年近く前の1950年代である。本格的なオーディオ用途のクラスDアンプとしては、V-FET (縦型FET)を搭載して1977年に発売された ソニー「TA-N88」ステレオパワーアンプが世界初だと記憶している。当時の製品カタログには「デジタル技術を駆使したPWM方式に着目」と記載されているものの、彼らはデジタルアンプとは呼んでいなかった。まあ、PCMデジタル録音が実用化されて間もない頃だったから無理もないだろう。アナログ音声信号からPWM信号への変換も、きわめてアナログ的な手法で行われていたのである。

TechnicsのSU-R1000はフルデジタルアンプである。TA-N88以降、PWM方式のクラスDアンプは技術的な発展を遂げてきたわけだが、音声入力に関してはデジタル信号ではなくアナログ信号に限られるという状況が続いてきた。現在も大半のD級アンプはアナログ入力オンリーで、デジタルインターフェースを装備していない。

世界初のフルデジタルアンプが登場したのはCDが登場してから約15年が経過した1998年のこと。デンマークのタクトオーディオ(TACT)から、「MILLENNIUM」 という世界初のフルデジタルアンプが登場したのだ。その当時に私は技術開発を行なったトッカータ・テクノロジー(デンマーク)のエンジニアと会うことができて概念図をいただいている。

フルデジタルアンプ「MILLENNIUM」の概念図

MILLENNIUMは、48kHz/24bitまでのPCMデジタル入力に対応したフルデジタルアンプだった。デジタルオーディオの信号形態がすでに確立していたからこそ実現したといってもよく、PCMデジタル信号はEQUIBIT(イクイビット)と呼ばれるDSPセクションで PCM → PWM変換を行ない、出力段のMOS-FET素子をドライブしていた。

CDトランスポートからのデジタル接続で聴いたその音は鮮烈ながらもスムーズで、浸透力を持ち合わせているクリアな音という好印象だった。それから暫くして、ソニーから「S-Master」と呼ぶ技術を搭載したフルデジタルアンプ「TA-DR1」が登場している。ブロックダイアグラムのレベルでは、TA-DR1とMILLENNIUMはほぼ同一。先行開発していたのはソニーのほうだったと私は聞いているが、真偽のほどは定かではない。ちなみに、デンマークのトッカータ・テクノロジーは2000年にTI(テキサスインスツルメンツ)に買収され、EQUIBIT技術はTIのものになりデバイスとして発展している。

さて、TechnicsのSU-R1000である。このフルデジタルアンプの心臓部は「JENO Engine」と呼ばれる独自のPCM → PWM変換素子である。JENO Engineでは、デジタル信号に対するサンプリング変換回路とデルタシグマ変調(ノイズシェイピング)によるPWM信号への変換、そしてジッター成分を抑制するクロック回路で構成されているという。

JENO Engine部

JENO(ジェノ)とは、「Jitter Elimination & Noise-Shaping Optimization」の略である。新生Technicsとして再始動した最初の製品、リファレンスのR1シリーズである「SE-R1」ステレオパワーアンプや、プレミアム・シリーズの「SU-C700」プリメインアンプから、このJENO Engineが使われている。低周波領域のジッター成分と高周波領域のジッター成分のそれぞれに効果的な抑制処理を行なっているのが大きな特徴といえよう。

JENO Engineで生成されたPWM(パルス幅変調)信号は、出力素子であるGaN-FETを高速動作させる。このGaN-FET素子はクラスDアンプで一般的なMOS-FET素子よりも立ち上がりが早く、オン抵抗もきわめて低いのが特徴。耐圧特性にも優れており、テクニクス技術陣がフルデジタルアンプのために相当にこだわって選んだ素子のようである。

GaNとは窒化ガリウムで、ガリウムナイトライドとも呼ばれる素材。半導体(この場合はFET)に使われる基板材料の名称である。一般的なシリコン基材よりも特性が優れており、ダイオードへの使用などで名前が知られるようになったSiC(シリコンカーバイド)と比べても熱伝導率を除くと性能が良いとされる。JENO Engineでは、1.536MHzの超高速スイッチングでPWM信号を生成しており、出力段であるFETの応答速度が求められた結果の選択がGaN-FETだったのだ。

GaN-FET

接続するスピーカーの負荷に合わせてドライブする「LAPC」

さて、SU-R1000の音を聴いていこう。本機を導入したらまず行なっておくべきは「LAPC」である。LAPCは「Load Adaptive Phase Calibration」の略であり、アンプ側が数種類のテスト信号を発生してターゲットになるスピーカーの振幅と位相を自動的に測定。そこで得られたデータに基づいてスピーカーから理想的なインパルス応答が得られるように補正(振幅と位相の平坦化)をする、Technics独自の負荷適応アルゴリズムである。ここではスピーカー端子を内蔵のA/Dコンバーターと接続し、データを取り込んで測定している。

私がLAPCについて大いに感心するのは計測用マイクが不要という圧倒的なシンプルさ。そのON/OFFはリモコンでサッと可能なので、LAPCによる音質変化を容易に比較できるというのもいい。もしもスピーカーが新品だったら最初にLAPC計測を行なっておき、ブレイクインが済んだと思われる頃に再びLAPC計測を行なうといいだろう。

LAPC測定中のディスプレイ。マイクを繋がなくても測定できて便利だ
付属のリモコン。中央付近に「LAPC」ボタンがある
LAPCをONにすると、フロントディスプレイ中央のランプが光る
LAPCのON/OFFは気軽に切り替えられる

最初に聴いたのはデジタル音源。信号伝送の経路でアナログ音声に変換されることがなく、フルデジタルアンプには最も相性の良い音源といえよう。ここではオーディオ専用NASであるDELAのNAS「N10」を用意し、そのUSB-DAC出力をSU-R1000のUSB-Bに入力した。試聴音源はすべて「N10」に格納されている。

DELAのNAS「N10」と組み合わせて、USB入力の音をチェック

最新アンプならではだが、SU-R1000ではデジタル信号に対する幅広い対応が特筆できる。USB-B入力では、32kHz~384kHz、16~32bitのPCMに、DSDは2.8MHz(DSD64)~22.579MHz(DSD512)までと幅広く、将来的にも陳腐化することのないワイド対応といえるだろう。同軸デジタル入力は192kHz/24bitまで。光デジタル入力は96kHz/24bitまで対応している。加えてMQAにも対応しており、メニューからMQAのON/OFFが可能というのも特徴である。

ありがたいことにSU-R1000はUSB-B端子を2系統装備しているので、前述の構成によるネットワークオーディオ再生環境と、PC/Macのコンピューター接続環境が両立できる。ただ、ひとつ不思議なのは、USBなのにフロントの表示と背面の記載が「PC1」と「PC2」な事。なお、USBはAudio Class 2.0でアシンクロナスモードである。

入力されたデジタル信号は、JENO Engineが内蔵するサンプリング変換回路(SRC)により、すべて768kHz/24bitのハイサンプリングPCM信号に変換されて、PWM変換が行われる。DSD信号はUSB入力だけに対応しており、この場合はUSBインターフェースのLSIで176.4kHzサンプリング/32bitのPCM信号に変換されたのち、内蔵SRCで768kHz/24bitに変換されるようだ。

SU-R1000の背面

LAPCで、アンプとスピーカーとのシェイクハンドが緊密に

最初に聴いたのは、ドラム奏者のマヌ・カッチェのアルバム「サード・ラウンド」からの『キープ・オン・トリッピン』(88.2kHz/24bit)。これはLAPCの有無を決めることも目的にしていた。まずはLAPCがOFFの状態を聴いてから、今度はLAPCをONにして聴いてみている。なお、SU-R1000には「低音域」「中音域」「高音域」という3バンドのトーンコントロールを装備しているが、スピーカーのマジコ「M3」との組み合わせでは帯域バランスが整っていたためダイレクト・モードで聴いている。また、試聴音源にMQAが含まれていなかった関係から、MQAはOFFの状態にしている。

マヌ・カッチェのアルバム「サード・ラウンド」

LAPCがOFFの状態でもフルデジタルらしいストレートな音を印象づける鮮度の高い音で嬉しくなったけれども、LAPCをONにした音はその音の描写がより視覚的にハッキリしてきてマヌ・カッチェらしい多彩なシンバルワークやバンド演奏全体のディテールも緻密に描かれる。キックドラムやベースで構成される低音域は解像感が高まってリズムのキレが増し、ダイナミックかつ明確化されるのだ。音を意図的にイジッたようなギミック感は皆無だし、なによりも自然な雰囲気が漂っているのが嬉しい。ブロウするサキソフォンの音色も好ましく全体的に抑揚感がアップしているのだ。LAPCをONにした音は、アンプとスピーカーとのシェイクハンド(握手)が緊密になったようで音のリアリィティが増してくる。

女性ボーカルのリファレンス音源にしている手嶌葵『月のぬくもり』は、彼女のコンピレーションCD「コレクション・ブルー」からのリッピング音源。グランドピアノの澄んだ音色から始まるこの曲は、透き通るように美しい彼女のウィスパーボイスがセンターに自然に定位する。温度感はニュートラルでピアノのボディが鳴る低音(個人的に重視している音質ポイント)も過不足なく聴こえるし、金属弦の響きも基音がしっかりしていて質感が高い。やはりLAPCをONにしたほうが全体の音が生々しいのだが、フワリとした空気感を漂わせたいならLAPCをOFFにすると良さそう。奥行きが豊かに感じられる広々とした立体的な提示は、さすがハイエンド機と納得させられる音だ。

手嶌葵「コレクション・ブルー」

クラスDのアンプは総じて低域の応答性が優れている。このSU-R1000も例外ではなく、沈み込む低音域までスピード感を持ち合わせた積極的な音傾向といえよう。ハイレゾ音源 (96kHz/24bit) で聴くドナルド・フェイゲン「モーフ・ザ・キャット」からのタイトル曲はキーボードとエレクトリックベース、そしてドラムスからなるリズムが強靭で、しかも締まっていてキレの良い低音を聴かせる。やはりLAPCをONにしてほうが迫力があり鮮やかな演奏が心地よい。音情報も豊富で申し分のない再生音だと思う。

クラシックのオーケストラは、カルロス・カルマー指揮オレゴン交響楽団「アメリカの魂」を聴いている。ペンタトーン・クラシックからの2.8MHzサンプリングDSD (DSD64) 音源で、ハイブリッドSACDでもリリースされている。このアルバムからは、アーロン・コープランド作曲「交響曲 第3番」を選んだ。試聴に用いた『第4楽章』ではオーディオファイルにも有名な「市民(庶民)のためのファンファーレ」が使われている。冒頭は管楽器に始まりブラス楽器による金属的な響きと、それに続く打楽器の大迫力が体感できた。フルートに代表される管楽器群の音ヌケの良さやヴァイオリンなどの弦楽器の音色も精細で鮮やか。臨場感の豊かさと堂々とした音の語り口に、私はひとりで拍手喝采。

カルロス・カルマー指揮オレゴン交響楽団「アメリカの魂」

試聴曲を締め括るのは、ピアニストの河村尚子によるベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第7番 作品10-3」の『第1楽章』である。こちらも2.8MHzサンプリングDSDによる音源で、やはりハイブリッドSACDでもリリースされている。一音一音が鮮明かつ力強い快活な演奏であり、SU-R1000はリズミカルで倍音成分を鮮やかに描いてみせる。収録現場であるホールに響きわたる余韻の細やかさと美しさも申し分ない。

河村尚子「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集1 悲愴&月光」

アナログ入力にも魅力

Manhattan DAC IIと接続し、アナログ入力の音もチェック

USB-B端子を使ってデジタル音源の音を聴いた私は、続いてアナログのラインレベル接続の音を聴いてみた。試聴曲は先ほどのUSB接続時と同じで、音源もDELAのN10(NAS)から。音源の送り出しはMytek DigitalのManhattan DAC IIである。拙宅の機体にはオプション設定のストリーマー・ネットワーク基板がインストールされており、DELAのN10が備えるPLAYER端子(RJ45)からLANケーブルで接続している。RCA端子のシングルエンド接続とXLR端子のバランス接続の音質的な違いは大きくなさそうなのだが、比較の結果、バランス接続を良しとして聴くことにした。SU-R1000側ということではなく、Manhattan DAC IIがバランス出力の音質を重視しているようだったのだ。

アナログライン入力の信号は、SU-R1000の内部でAKM製のA/Dコンバーター素子「AK5572」を経由して192kHz/32bitのPCM信号へと変換。それから先は同じようにJENO Engineへと引き継がれ、768kHz/24bitへと変換されていくようだ。

LAPCの有無を確認するために聴いたマヌ・カッチェ『キープ・オン・トリッピン』は、USB-B入力で聴いた音の印象と比べると音像の輪郭を僅かに目立たせたような艶やかな印象を与えるものの、決して音質的に劣っているわけではなかった。ただし、音場空間の拡がりや音のフォーカスについてはManhattan DAC IIの音質的な個性が顕われているようで、どちらかといえばUSB-B入力で聴いたスムーズさが好みだった。

手嶌葵『月のぬくもり』も、雰囲気の良さや空間の透明感についてはUSB-B入力のほうを選びたくなるが、Manhattan DAC IIが搭載しているDAC素子(ESS製ES9038PROが1基)の強弱のコントラストが鮮やかなキャラクターが反映されたアナログ入力の音も決して悪くはない。頭の中で想像していたよりもデジタル→アナログ変換(The Manhattan II)→デジタル変換(SU-R1000)の音質的な変化がきわめて少ないと実感できたのが大きな収穫である。

ドナルド・フェイゲン『モーフ・ザ・キャット』も、甲乙つけがたい魅力的なパフォーマンスだった。ボーカルの声色も説得力を内包した存在感を際立たせていたし、リズムのキレや押し出しの強さも好ましい。誤解してほしくないのは、USB-B入力の音と同じというわけではないこと。こちらのアナログ入力で聴いた音のほうが僅かにライヴな雰囲気を醸し出していたというと御理解いただけるだろうか。

ドナルド・フェイゲン「モーフ・ザ・キャット」

USB-Bからのフルデジタル増幅というメリットを意識させたのはアコースティック楽器の響きを収録するクラシック音楽だった。アナログ入力ではコープランドの『交響曲 第3番』は、音場空間の拡がりと立体感がやや狭まって感じられた。打楽器の強打による迫力は遜色ないといえるけれどもローエンドまでの深々とした伸びに関してはUSB-B入力が勝っていたのだ。多彩な楽器の音色が織りなす響きの複雑さも同様。繊細な音の描写力もUSB-Bのほうが丁寧に感じられ、演奏に込められた感情の起伏も富んでいる。河村尚子が弾くピアノもUSB-Bのほうが一音一音の密度が高く音数が多い。収録現場のホールに漂う透徹な空気感も印象深く、芯のある迫真の演奏に感じられたのである。

自宅で行なったSU-R1000の試聴では総じてアナログ入力の音よりもデジタル音源をUSB(B)端子に入力したフルデジタル増幅のほうが好印象をもたらしたわけだが、その差はほんの僅かというのが正直なところ。CD再生ならデジタル接続が比較的容易な一方、例えばSACDやDVD-AUDIO、そしてBlu-ray Audioの音はSU-R1000ではアナログ入力で聴くことになる。その場合も再生機器の音質的なキャラクターは活かされているので安心してほしい。

次回はSU-R1000で聴く、興味深いアナログディスク再生の音を中心に述べていきたい。

アナログプレーヤーで再生しようとしているのは、測定用の「キャリブレーション・レコード」。詳細は次回!!
三浦 孝仁

中学時分からオーディオに目覚めて以来のピュアオーディオマニア。1980年代から季刊ステレオサウンド誌を中心にオーディオ評論を行なっている。