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TWSはここまで進化した、B&W「Pi8」驚きのカーボン振動板サウンド。iPhoneでも96kHz/24bit伝送

Bowers & Wilkins「Pi8」ミッドナイトブルー

Bowers & Wilkinsと言えば、ビートルズでお馴染みのアビーロード・スタジオにモニタースピーカーとして採用された800 Series Diamondなど、革新性のある高音質とデザイン性を兼ね備えたスピーカーメーカーとして、オーディオファンに知られている。

ヘッドフォンブランドとしても着実に成長しており、最近では高い音質とラグジュアリーな質感、ファッション性の高さもあるヘッドフォン「Px8」や「Px7 S2e」がハイクラスなワイヤレスヘッドフォン市場で人気だ。

そして9月中旬、イヤフォンにおいてもB&Wは大きな進化を遂げる。プレミアム完全ワイヤレスイヤフォン「Pi8」(オープンプライス/実売72,600円前後)の登場だ。

「Pi8」ミッドナイトブルー

完全ワイヤレスイヤフォンとしては高価な部類になるが、使ってみると既存のTWSとは一線を画すピュアオーディオライクな音質と、充電ケースがaptX Adaptive(96kHz/24bit)対応のBluetoothトランスミッターになり、iPhoneなどでより高音質が楽しめるなど、見どころの多いイヤフォンに仕上がっている。

小さく、よりエレガントになったイヤフォンと充電ケース

Pi8の外観から見ていこう。

従来のB&W完全ワイヤレスイヤフォン最上位モデルは、2023年に登場した「Pi7 S2」だが、それと比べると、Pi8のデザインは大きく変化している。

Pi7 S2は、丸みを帯びた横長の筐体と、シルバーの円柱をドッキングさせたような変わった形状だったが、Pi8はそら豆のようなシンプルなスタイルになった。

左からPi8、Pi7 S2

両者を並べると、Pi8の方が小さくなっており、装着した状態で耳の外に出る筐体が、あまり目立たなくなった。全体のデザインはシックかつ高級感があるため、サラリーマンがスーツ姿で装着しても、マッチしそう。Pi7 S2よりも奇抜さは減ったが、それゆえ、どんな時にも持ち出しやすくなったと言える。

ラグジュアリーさも、アップしたように感じる。トップキャップ部分にBowers & Wilkinsというロゴが配されているのだが、その表面にガラスのような光沢と透明感のある仕上げが施されている。深い色合の中に、ゴールドのロゴが浮かび上がるようなデザインで、角度によって反射する光によって表情が変化する。

ガラスのような光沢と透明感のある仕上げが施されている

カラーバリエーションは、アンスラサイトブラック、ダブホワイト、ミッドナイトブルー、ジェイドグリーンで、ジェイドグリーンのみ12月下旬の発売予定。今回、ジェイドグリーン以外をお借りしたが、いずれもラグジュアリーさで甲乙つけがたい。

左からミッドナイトブルー、ダブホワイト、アンスラサイトブラック

一見するとシックなのだが、側面に設けられたサークル状の空気穴がゴールドに装飾されており、それがエレガントさを醸し出している。個人的にアンスラサイトブラックかミッドナイトブルーが好みなのだが、ダブホワイトも実物を見ると気品のある色味で「これもいいなぁ」と気に入ってしまった。

ダブホワイトもかなり高級感がある
側面のゴールドも映える

充電ケースもかなり小さくなった。Pi7 S2は縦方向に長さのあるケースだったが、Pi8は小石のようなコンパクトなデザインになり、引っ掛かりのないフォルムになっているため、ズボンやワイシャツの胸ポケットにも入れやすい。これも“持ち出しやすさのアップ”に繋がっている。

左からPi8、Pi7 S2。充電ケースもかなり小さくなった

Bluetoothチップセット内蔵のDSP、DAC、アンプをあえて“使わない”こだわり

外観だけでなく、中身も大きく進化している。

まず、イヤフォンの命と言ってもいい内蔵ドライバーだが、Pi7 S2はBA(バランスドアーマチュア)と9.2mmのダイナミック型のハイブリットだったが、Pi8では12mmの大口径ダイナミック型・カーボンドライブユニットのみに変更された。

イヤフォンのサイズが小さくなったのに、より大口径のダイナミック型を搭載できたのも驚きだが、この振動板自体にもB&Wらしいこだわりが詰まっている。

同社はワイヤレスヘッドフォンの最上位モデルとしてPx8を展開しているが、このPx8には、B&Wのスピーカー「700シリーズ」のカーボンドーム・ツイーターからインスパイアされた、「40mmカーボンコーン・ドライブユニット」を搭載している。

Px8のロイヤルバーガンディ

振動板には、振幅した際の高速なレスポンスや、歪の原因となる分割振動が起きにくくするために、剛性の高い素材が求められる。そこに最適なのがカーボンというわけだ。

そして、Px8のユニットで培った技術を投入して作られたのが、Pi8の12mm径ドライバーであり、Px8と同様に、カーボン振動板を使っている。

実際にこのユニットに触ってみたが、PETなどの一般的イヤフォンで使われている樹脂の振動板と比べ、圧倒的に固い。指で触れてもまったくペニョペニョせず、ちょっとの力では変形しない剛性を備えているのがわかる。

この振動板をドライブするアンプや、DACなどにもB&Wらしいこだわりがある。

TWSに詳しい方はご存知だと思うが、一般的な完全ワイヤレスは、DSPやDAC、アンプといった、イヤフォン作りに必要な機能をワンチップに内包したBluetoothチップセットと、ユニットを組み合わせて作られている。

バッテリーも内蔵する必要があり、ただでさえスペースが少ないイヤフォン筐体の中に、様々な機能を搭載するのは難易度が高い。そのため、マルチな機能を集積したBluetoothチップセットは、メーカーにとっては便利な存在だ。その一方で、メーカーが自身の音作りを行なう時に、手を入れられる部分が少ないという問題がある。

Pi8も、Bluetoothチップセットは搭載しているのだが、なんとBluetoothチップセット内蔵のDSP、DAC、アンプは使わず、わざわざディスクリート構成のAnalog Devices製DSP、DAC、アンプを別に内蔵している。音の解像度や精度を追求するためだそうだ。

普通の人からすると「なんでわざわざ」と思われるかもしれないが、オーディオファンからすると「それでこそオーディオブランド」とニヤリとするポイントだ。

コーデックも充実している。SBC、AACに加え、aptX、aptX Adaptive(96kHz/24bit)、aptX Losslessまでサポートしている。ここも、音へのこだわりを感じる部分だ。

そして、ユニークな機能として“充電ケースがBluetooth送信機になる”というのがある。しかもイヤフォンへの送信は、aptX Adaptive(96kHz/24bit)コーデックで行なうという高音質仕様だ。

Pi8には、USB-Cのケーブルと、ステレオミニからUSB-Cへの変換ケーブルの2本が付属しており、これと充電ケースを組み合わせる。どう使うのかというと、例えば、Nintendo Switchのイヤフォン出力に、ステレオミニからUSB-Cへの変換ケーブルを接続、その先に充電ケースを接続すると、Switchのサウンドを、aptX Adaptive(96kHz/24bit)で飛ばして、イヤフォンから聴けるわけだ。

充電ケースがBluetooth送信機になる。Nintendo Switchのステレオミニ出力をワイヤレス伝送しているところ
USB-Cのケーブルと、ステレオミニからUSB-Cへの変換ケーブルの2本が付属する

他にも、飛行機に乗った時に、機内のエンターテイメントシステムのステレオミニ出力を、aptX Adaptive(96kHz/24bit)で飛ばしてイヤフォンで聴くというのも可能だ。

USB-Cは、パソコンやスマートフォンとの接続に使える。カフェでノートPCを開いた時に、ノートPCと充電ケースをUSB接続して、パソコンの音をイヤフォンでリッチに聴くというのも可能。

iPhoneユーザーは、AAC接続を使うのが一般的だが、iPhoneのUSB-C端子に充電ケースを接続すると、音楽をaptX Adaptive(96kHz/24bit)でより高音質にワイヤレス伝送し、Pi8で聴けるという利点もある。これは後ほど試してみよう。

他にも、独自のアルゴリズムを使ったアクティブノイズキャンセリング(ANC)機能も進化しているほか、バッテリーの持ち時間もアップ。ANC利用時でイヤフォン単体6.5時間、充電ケースで13.5時間の使用が可能になっている。なお、充電ケースはワイヤレス充電にも対応する。

大きく進化したサウンド

Pi8を聴く前に、従来のハイエンドイヤフォンPi7 S2を聴いてみよう。コーデックはaptX Adaptive(48kHz/24it)で揃えた。

左からPi8、Pi7 S2

まずはPi7 S2から。いつもの「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生すると、全体のバランスとして、どちらかと言えば低域寄りの安定感のあるサウンドが流れてくる。アコースティックベースの低域が肉厚に響く、ドッシリとした低域。その上に、ボーカルやピアノなど、解像感の高い中高域が組み合わされる。BAとダイナミック型の得意なところを合体させた、ハイブリッド構成らしいサウンドだ。

これはこれでハイレベルな仕上がりだが、個人的にはちょっと低域の量感が強めなのが気になる。また、中高域の高解像度と比べると、低域の解像度がもう少し欲しいという印象もある。

Pi8

Pi8に切り替えると、前述の要望が全て昇華されたような、素晴らしいサウンドが流れ出す。

低域の張り出しは少し抑えられ、全体のバランスがよりモニターライクな、ニュートラルなバランスになった。

しかし、低域が弱くなったのではない。アコースティックベースの「ズン」と沈む音はしっかりと深く出ている。あくまで余分な膨らみが抑えられ、よりタイトに、芯のある低域になったと言える。

トランジェントの良い低域は、剛性の高いカーボン振動板を採用した効果だろう。また、ユニット構成がダイナミック型ユニットのみになった事で、低域から高域まで、解像感が統一されており、統一感のある、自然なサウンドになった。

中高域の細かな描写も、Pi7 S2からさらに見通しやすくなった。歌い出しの「スッ」と息を吸い込むブレスの描写や、歌声が左後方の空間にスーッと広がり、消えていく細かな音も、容易に聴き取れる。

音場も広大だ。

「手嶌葵/明日への手紙」や「宇多田ヒカル/花束を君に」などを聴くと、女性ボーカルやピアノの響きが、広い空間に広がっていく感覚が気持ち良い。屋外で歩きながら聴いていると、広がる音と外の景色が融合して、現実世界にも音が広がって行っているような気分になる。

音の描写が細かいので、ヴァイオリンの神尾真由子「バッハ:パルティータ 第1番」など、弦楽器を聴くと、弦と弓がこすれる様子や、その響きが筐体に響いている様子などが目に浮かんでくる。この精細な描写は、まさにB&Wという印象だ。

低域の解像度も上がった事で、ロックも最高に楽しめる。

ベースの低音やドラムのビートが炸裂する「米津玄師/KICK BACK」では、ベースラインがタイトに、鋭く、それでいて深く刻まれる。その鮮烈さに、聴いていてゾクゾクしてくる。トランジェントが良いからこその描写だが、この低音は、単に振動板の剛性が高いだけでは実現できない。

無音の状態から、音がズバッと立ち上がるだけでなく、消える時はサッと消えなければならない。振動板を止めたつもりが、いつまでもフラフラ動いていたら、余分な音が出てキレのない音になる。つまり、振動板をドライブするアンプの駆動力が高くなければ、このキレキレなサウンドは実現できない。

Pi8は、あえてディスクリート構成のAnalog Devices製DSP、DAC、アンプを個別に搭載しているが、このこだわりが、まさに低域の解像度や、全体的なサウンドの鮮度感向上に寄与しているのだろう。

また、アプリの「Music | Bowers & Wilkins」をスマホにインストールすると、5バンドのアドバンスドEQが利用できる。実際に触ってみたが、EQを使った時の鮮度感の低下はあまり感じられないので、常用もアリな機能だと感じる。カスタム設定を無効にしたい時は「TRUE SOUND」ボタンをONにすると、即座にニュートラルなサウンドに戻る。

アプリの「Music | Bowers & Wilkins」から、5バンドのアドバンスドEQが利用できる
「TRUE SOUND」ボタンをONにすると、即座にニュートラルなサウンドに戻る

モードを切り替えてわかるANCのこだわり

アクティブノイズキャンセリング(ANC)機能も使ってみよう。

喫茶店に入り、周囲に人がいて、天井にエアコンの吹出口がある席をチョイス。耳に装着して、ANCをONにしてみた。

まずPi7 S2から試してみると、エアコンの「グォオオ」という振動や風の音はほとんど消える。隣の机で話している人の声は、小さくなるものの、どんな話なのかはわかる程度に声が残る。鼓膜に感じる圧迫感は少し強めで、やや閉塞感がある。

Pi8に切り替えてみると、エアコンノイズがより完璧に消え、空間自体がより静かになる。さらに、鼓膜への圧迫感・閉塞感も低減されており、よりANC利用時のストレスが少なくなったのがわかる。これは長時間使用しても疲労が少ないだろう。

隣の席からの声も低減されるのだが、声の中の中低部分が大きく低減され、高音部分が少しだけ残るため、周囲の声がシャラシャラして聞こえる。もちろん「パススルー」機能もあるので、駅のアナウンスなど、周囲の音を聞きたい時は、それを取り込む事も可能だ。

驚いたのは、ANCをON/OFFした時の、“サウンドの変化のなさ”だ。Music | Bowers & Wilkinsアプリから容易に切り替えられるのだが、ON/OFF/パススルーと連続で切り替えていっても、流れている音楽のバランスや解像度にほとんど変化が無い。

ANCモードを切り替えても、サウンドがほとんど変化しない

他社のイヤフォンでは、ANCをOFFにすると素っ気ない音で、ONにすると急に派手な音になって「ANC ONを前提とした音作り」になっているものも多いが、Pi8はどんなモードでも“高音質を維持する事”を第一に考えて作られているのがわかる。

ANCのノイズキャンセル能力に関しては、例えばソニーやボーズなどの高級モデルと比べると見劣りはする。逆に言えば、「ノイズキャンセルの強さは、最も大切な音質に影響が及ばないレベルに留める」というこだわりを感じる。これも、ピュアオーディオメーカーらしい考え方と言えるだろう。

充電ケースaptX Adaptive(96kHz/24bit)伝送も試す

充電ケースがBluetooth送信機になる機能も使ってみよう。

あいにく手元にUSB-CのiPhoneが無かったので、USB-CのiPad mini(第6世代)を代用。まず、iPad miniからAACでPi8にワイヤレス接続して試聴。その後に、iPad miniと充電ケースをUSB-Cケーブルで接続。aptX Adaptive(96kHz/24bit)伝送で、Pi8から聴いてみた。

これが笑ってしまうほど違う。

音の鮮度感はもちうろんだが、中低域の肉厚さ、高域の伸びの良さなど、あらゆる面で充電ケースから伝送したサウンドの方が情報量が多く、鮮烈で、クリアだ。利便性の面で、常に充電ケースから伝送するわけにはいかないと思うが、例えば、喫茶店でじっくり聴きたいとか、電車の席に座れたので落ち着いて聴き込みたい時などは、充電ケースからの伝送を使うとリッチな気分で楽しめるだろう。

“解像感と美味しさの両立”

Pi7 S2とPi8を比べると、サウンドはよりモニターライクで、ニュートラルなバランスになり、全体の情報量が増加し、解像感は特に低域において大きく向上した。ピュアオーディオで例えるなら、スピーカーとアンプとDACを一気に新調したような感覚で、その進化っぷりに驚く。

また、モニターライクでありながら、無味乾燥なサウンドではなく、中低域の力強さ、響きの豊かさもキッチリ伝わってくるため、音楽の美味しさもしっかり味わわせてくれるサウンドになっている事。この“解像感と美味しさの両立”は、B&Wのスピーカーから感じる魅力と同じだ。

ポータブルオーディオファンはもちろんだが、据え置きのピュアオーディオをやっていて、完全ワイヤレスイヤフォンはあまり買ってこなかったという人も、Pi8は聴いてみて欲しい。「完全ワイヤレスイヤフォンて、こんなレベルまで到達していたんだ」と、きっと驚くだろう。

山崎健太郎