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シャープ、「省電力」、「高精細」などIGZO技術を解説
「量産技術」に強み。アイドリングストップは偶然に
(2012/12/21 20:05)
シャープは21日、「IGZO」についての記者説明会を開催した。同社でIGZO液晶を使ったディスプレイパネルの開発と製造技術を担当する、ディスプレイデバイス開発本部技術開発センター技術企画室室長の今井明氏と、ディスプレイデバイス第2生産本部第2プロセス開発室室長の松尾拓哉氏が登壇、詳細を説明した。
「電子移動度」の高さによる「透過度アップ」が第一の価値
IGZO液晶は、シャープで2012年3月から量産を開始しており、現在、NTTドコモ向けのスマートフォン「AQUOS PHONE ZETA SH-02E」、KDDI向けのタブレット「AQUOS PAD SHT21」に採用され、すでに発売されているほか、2013年3月発売のソフトバンク向けスマートフォン「AQUOS PHONE Xx 203SH」へも採用が決まっており、2月には32型/4K2Kパネルを採用した業務用ディスプレイも発売される。
IGZOと従来の液晶の違いは、用いられる材料の違いだ。
IGZOとは、インジウム(Indium)、ガリウム(Gallium)、亜鉛(Zinc)、酸素(Oxygen)で構成される酸化物半導体。シャープでは、2009年に半導体エネルギー研究所が発見した「CAAC-IGZO」と呼ばれる薄膜化技術を用いたものと、アモルファス構造のものの両方の量産をスタートしているという。
シャープによれば、CAAC-IGZOを採用している製品は「AQUOS PHONE ZETA SH-02E」。基本的な特性はCAACが有利なため、CAAC化を進める方針だが、「顧客にあわせて最適なものを選択している。現時点ではCAACは高精細が求められる用途、アモルファスは中型、大型向け」とのこと。
IGZOは、テレビなどの液晶パネルに使われる「アモルファスシリコン」(a-Si)に比べ、電子移動度が20倍から50倍異なる(松尾氏)という。電子移動度そのものは、現在シャープが携帯電話向けなどで使う「CGシリコン」の方がさらに速い(a-Si比で100倍程度)が、IGZOではa-Siに近い設備と画素設計で生産が可能であるという。
これによって生まれるのが、薄膜トランジスタ(TFT)の小型化による「バックライト光の透過量アップ」だ。バックライトの前に来る制御用トランジスタの小型化によって、パネルを透過する光の量が増えると、より省電力で同じ明るさを実現できる上に、同一面積上でより細密にすることもできる。
実際の開口率の差を明かすことはできないとしながらも、「CAACならば同一面積でa-siの1.5~3倍くらいまでは可能」(松尾氏)とのことで、「2013年、ハイエンドのスマートフォンでは、フルHD(1,920×1,080ドット)液晶を採用した製品が多く出てくる」(今井氏)と見込む。精細度は、400ppiから500ppiと、現在よりもさらに精細なものになる。スマートフォン向けのほか、「タブレットやUltrabookなどのパネルでも価値が高く、需要を期待している」という。
なお、色などの画質傾向はフィルタやバックライトで決まるため、IGZOそのものは関与しないが、バックライト透過度の向上により、明るさにはプラスの影響があると考えられる。
「液晶アイドリングストップ」は偶然から生まれた?!
透過度アップは、IGZOの素早い電子移動度のうち、「On性能」と呼ばれる、TFTを「オン」する際の素早さに着目したものだ。だが、IGZOの価値は「Off性能」にもあった、と松尾氏は話す。
IGZOのOn性能は、a-SiよりIGZOの方が速い。しかし、現在シャープが携帯電話向けに使っている「CGシリコン」(LTPS)技術は、IGZOよりさらに2倍程度速く、a-Siの100倍となる。
だが、Off性能は全く異なる。Off性能とは、他のLSIでいう「リーク電流」のことで、スイッチをオフした場合に漏れる電流量を指す。IGZOは、これがa-Si比で100倍、LTPS比で1,000倍も小さい。結果、消費電力がさらに下がることになるのだが、シャープ開発陣が“偶然”見つけたのはそれだけにとどまらなかった。
「当初は電子移動度の『高さ』(On性能) に引かれたが、実はOff性能も重要だった。途中で奇妙なことに気づいた。開発中、電源を切ってもまったく絵が消えないことがあった。数時間経っても絵が残っている。これがなぜか、当初はわからなかった」(松尾氏)
IGZOのOff性能が高いため、電流をほとんど流さない状態でも映像を保持できることがわかった瞬間だ。これは、2009年頃から始まった技術開発の過程で見つかったもので、確立したのも最近のことだという。
結果、IGZO液晶に採用されたのが「液晶アイドリングストップ」という考え方である。
シャープのIGZO液晶には、通常時は毎秒60回(60Hz)行なう画面書き換えを「1Hz(秒1回)から60Hz」の間で変更する機能が搭載されている。液晶パネルは常時同じ頻度で書き換えるのが通常で「1Hzというのはまったく想像外の周波数」(今井氏)だという。現状は画面全体の書き換えを想定しているが、今後は「画面の一部だけを書き換え、他の部分は書き換えない、という形も実現できる」(今井氏)そうだ。
同じ画面が表示されている時には書き換えず、画面内容が変わった時だけ書き換えることで全体の消費電力を下げる、というのが、シャープのIGZOでのやり方だ。結果、同社製のシステムCGシリコン(LTPS)と比較した場合、書き換え時には同じような消費電力となるが、書き換えを行なわない場合には数分の1(デモ機材では7分の1以上)となっていた。
特に液晶アイドリングストップによる省電力化は、電子書籍やウェブの閲覧などでプラスである、「(単価が高い)比較的大型な、タブレットやUltrabook向けの用途が広がることは、我々にとって追い風」(今井氏)だという。
On性能の良さは、書き換え速度の変更にもプラスだという。「素早くOnに出来るため、書き換え速度変更に対する反応が早いから実現できる」(松尾氏)ことだというのだ。現状では1Hzから60Hzとしているが、「より速い書き換え、1Hzより遅い書き換え頻度も検討している。ただし、電子ペーパーやメモリー液晶のように、非常に長い間電源が入らない状態で表示を保持することについては、用途を考えながら検討する」(松尾氏)という。
利点はそれだけにとどまらない。液晶アイドリングストップを、消費電力低下とは違う方向に使ったのが「タッチ精度の向上」だ。
「静電容量式タッチセンサーでは、ノイズに紛れてしまった微細なタッチを読み取るのが難しかった。だがIGZOでは、タッチ時に画面書き換えを止めて、ノイズの影響を排除した。結果、静電容量式では難しかった、精度の高いペン入力を、特殊なペンを使うことなく実現できる」(今井氏)という。
特にタブレット「AQUOS PAD SHT21」では、この特性を生かし、快適な手書き入力を実現しているという。
IGZOは素材技術であり、その技術はシャープだけのものではない。すでにAUOやサムスン電子なども、IGZOへの投資とパネル生産を公言しており、「シャープだけの利点にはならないのではないか」との声もある。
だが松尾氏は「量産に向けての技術は弊社で開発した上で特許をとっており、他社が簡単に追いつけるものではない」と自信を見せる。特に、液晶アイドリングストップやタッチセンサー精度向上については、液晶パネルの製造技術だけでなく、液晶パネルをコントロールする周辺技術で実現されている部分が多いという。そのため、双方の技術を一体のものとして開発しないと、実現が難しい。「他社も追いかけてくるとは思うが、技術開発では先行しており、特許も取得している」(松尾氏)としている。また、「場合によっては他社への技術ライセンスなども期待している」(今井氏)という。
なお、IGZO技術の有機ELへの転用については、「基本的に有機ELにも向いた技術。研究開発は進めており、技術的には十分実現できる。あとは、ビジネス判断という段階。技術としては準備しているが、今は事業としてはコストが合わないと判断している」(松尾氏)とした。