第500回:【特別編】デジタルオーディオの10年を振り返る
~オーディオの迷信、DTM、DSD、CCCD、そしてiPad ~
MAGOnで始めた「藤本健のDigital Audio Laboratory's Jurnal」 |
2001年1月に創刊したAV Watch。その連載コラムとして、2カ月後の3月12日からスタートした「藤本健のDigital Audio Laboratory」が今回で500回目となった。
当初、数カ月程度の連載のつもりで軽く引き受けたのだが、すでに12年目に入る長期連載となった。これまで読んでいただいた多くの読者のみなさま、取材や機材提供いただいたメーカー、ベンダーのみなさま、そしてこの連載を支えてくれたスタッフのみなさまに、改めて厚くお礼申し上げたい。今回は過去500回の記事の中から筆者自身、印象深いものをいくつかピックアップして振り返ってみたいと思う。
■ 改めて、この連載を始めたきっかけ
先月からDigital Audio Laboratoryの特別編的な位置づけで、EPUBマガジン「MAGOn」(マグオン)において、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Jurnal」というものをスタートした。この中でも過去記事を振り返りつつ、現在の視点で考察しているのだが、改めて500回分の記事を眺めてみると本当にいろいろなことを取り上げてきた。さすがに10年以上書き続けていると、ほとんど記憶に残っていない記事があるのも事実だが、やはり思い出深い記事は最初の年に多い。
第1回の記事 |
まずは、第1回目からシリーズで続けていった「迷信だらけのデジタルオーディオ」。数多くあるデジタルオーディオに関する怪しい話を、実験を通じて叩き切っていこうと、スタートしたのだ。手始めにCD-Rにコピーした音に違いが出るのは本当かということを検証していったのだ。実験すれば、何でも明らかになるだろう…と考えていたのだが、実際にはそんな甘いものではなかった。「音の違いを目で見せられるようにする」のは、思いのほか難しく、グラフなどでは同じに見えても聴くと違いが出るということが実際にあることを思い知ったのもそのときだった。
ただ、このときのコンセプトはその後10年以上経過した今でも大切にしているつもりだ。自分の耳に絶対的な自信はないことが根幹にあるのも事実ではある。しかし、いろいろあるオーディオ機器の評論記事はすごいとは思うものの、あくまでも印象を語る記事ばかりでハッキリした根拠がない、と以前から思っていた。そのため、このDigital Audio Laboratoryではできるだけ印象論を廃し、客観的事実を見せていくことを基本としたのだ。だからこそ、「Laboratory」という名前を付けたのである。
そのオーディオ実験の第二弾として取り組んだ第9回からの「パッケージソフト全盛時代の現代MP3事情」も、その後、長い間扱っていったテーマだ。MP3の音がいいとか、悪いといった話を目で見せていく内容であり、ビットレートによってどれだけ音が違うのか、さらにはWMA、AAC、OggVorbisなど次々と登場してくるオーディオ圧縮技術によって音がどう違うのかを見ていったのだ。
第9回で紹介したパッケージソフト「MP3 BeatJam XX-TREAME」 | ビットレートによる音の違いなどを比較した |
ただ、今振り返ると反省点も少なくはない。一番目に見えて違いがハッキリする周波数特性を前面にみせていったのだが、実際にはダイナミックレンジによる違いもかなり大きく、そこは見せることが難しかったため、あまり大きくは扱ってこなかった。また、わざと違いを見せるために横軸を対数ではなく、リニアで表示させた。グラフから想像するほど大きな差を感じられなかったりするからだ。逆にグラフでは分からないけれど、音で聴くと違いを感じるというものもあり、自分でも少し矛盾を感じながら記事展開してきた部分もあったのは事実である。
また「MP3なら128kbpsが最適で、それ以上にしても大きなメリットはない」といった旨のことを書いて、多くのところで批判されたこともあった。これは真意が伝わらなかったのが原因だとは思うが、確かに128kbpsより192kbpsのほうが音がよくなるし、320kbpsにすればもう少しは改善する面はある。けれど320kbpsにしたってWAVとは明らかな差があるし、ファイル容量だって大きくなってくる。
グラフなどを見ても32kbpsから64kbps、96kbpsそして128kbpsと劇的に音質向上するが、128kbpsを超えたあたりから大きくは変わらないので、どうせ妥協するならWAVファイルの約1/11というコンパクトな128kbpsが無難なのでは…という提案であり、今でもそう思っている。とはいえ、それから10年以上が経過し、HDDもフラッシュメモリも1,000倍近いサイズになったことを考えれば、ロスレスなんてケチなことをいわず、扱いやすいWAVがベストだろうと思っているわけだが……。
■ DTM界の動きを振り返る
タイトルどおりのデジタルオーディオのネタを展開しつつも、やはり自分の趣味指向からDTM系のネタも増やしていった。そもそもAV WatchというAudio & Visualを扱うメディアでDTM系の話をしてもいいものだろうか……とも思っていたが、ほかにその辺を詳しく扱うネットメディアが少なかったこともあり、記事を増やすとともに“DTMを扱う連載”として既成事実化させていったわけだ。
そのDTMという世界を俯瞰すると、連載がスタートした2001年はまさに大きな転換期となっていた。それまでGS音源やXG音源といった外部MIDI音源を使うのがDTMだったのが、Cubase VST5そしてSONARの登場によってソフト音源の時代へと移り変わっていった時期だったのだ。
SONAR |
DTMネタの初回は上記の「迷信だらけのデジタルオーディオ」と「パッケージソフト全盛時代の現代MP3事情」の間に「第8回:Windows用レコーディングソフトの最新事情~DXi対応ソフトシンセSONARを使用する~」を取り上げた。そして「第30回:2001楽器フェアに見るDTM最新動向 Part1」では、実質最後のGS音源(ローランドのSD-90)、XG音源(ヤマハのMU2000)がリリースされたレポートを行ない、そのすぐ後の「第36回:CubaseVSTが5.1にバージョンアップ」でCubase VST 5のマイナーアップデート版をレビューしている。その後の記事を見ても完全にソフト音源中心になっていったのが分かる。
ローランドのSD-90 | ヤマハのMU2000 | Cubase VST 5のマイナーアップデート版 |
翌2002年の記事で懐かしく感じたのは「【特別編】AVEXにコピーコントロールCDについて聞く」と「【特別編 その2】コピーコントロールを検証する~コピーコントロールは、プロテクトたりえるか~」。いまや忘れかけていたCCCDについての話だ。結局ユーザーの不評を買って、数年後にはなくなってしまったCCCDだが、スタート当初から混乱していたことが、この記事の内容からも見て取れる。ちなみに、私自身すっかり忘れていたが、その後2005年には「第186回:自分でCCCDが焼けるプラグイン~MaXMuseが採用したS-CDRを試す」なんていう記事も書いていた。
同じく2002年、DTMの世界で画期的だったのは「第62回:アナログ感覚のソフトシンセ、REASON 2.0」で扱ったPropellerheadのReason 2.0の登場だろう。すでにその原型であるReason 1.0はリリースされていたわけだが、実質的な完成版であるReason 2.0の登場でソフト音源の発展の可能性がハッキリと示されたように感じた。そのReason 2.0を題材にした解説書「Master of Reason」を出したのはそのしばらく後だ。これがBNN新社のDTM解説書シリーズの第1弾となり、その後「Master of SONAR」など数多くの書籍が刊行され、現在も続いている。
話題となったCCCD(コピーコントロールCD) | Reason 2.0 |
■ オーディオインターフェイス、PCMレコーダの進化
最近、読者から「オーディオインターフェイスを買うときにはAV Watchの記事をいつも参考にしてるよ」と声をかけられることが多くなった。確かにネットで検索すると、この連載記事にたどり着くことが多いし、ここ7、8年はDTM系の主要オーディオインターフェイスはほとんどレビューしてきた。その原点となったのは2003年の「第83回:PC用オーディオデバイスの音質をチェックする~ 序章:ノイズ、レベル、波形変化の検証法 ~」からスタートしたシリーズ記事だった。
それまでオーディオインターフェイス自体、それほどポピュラーな製品ではなかったし、スペック面ばかり先行し、評価基準というものがなかなかなかったので、音質をデジタル的に評価するという手法をとってみたのだ。当初の記事で、いろいろと試行錯誤をしていたが、そのときはS/Nやf特、また矩形波の波形を拡大して信号のキレイさなどをチェックしていた。そして、その手法を用いて多くの機材をテストしていったのだ。ただ、そのテストをするのにかなり長い時間と手間がかかるので、困っていたところ、とある取材において、もっと手軽に測定することができ、すでにいろいろな人が実験を行なった結果が公開されているRMAA=RightMark Audio Analyzerというソフトの存在を教えてもらった。
2003年当時に行なっていたテストの一例 | RMAA(RightMark Audio Analyzer) |
試してみたところ、それまで行なっていた実験と非常に近い内容であり、しかも高速で手軽にチェックができたのだ。そのときの記事が「第143回:オーディオカード性能を手軽に評価~ Right Mark Audio Analyzerを試してみる ~」。Digital Audio Laboratoryでの実験は、できる限りその手法を公開し、読者が同じテストを自分でもできるようにしてきたので、その点でも考え方が合致するということで、「第143回:RMAAにオーディオカード性能を手軽に評価」の記事以降、RMAAを使うようになった。その後RMAAがバージョンアップするとともに、ASIOドライバに対応し、より正確に測定可能なRMAA Proが出てからはそちらに乗り換えている。今後も引き続き、オーディオインターフェイスは連載の大きな柱として継続的に紹介していくつもりだ。
ローランドのPCMレコーダ「R-1」 |
そのオーディオインターフェイスと並んで大きなテーマとして扱ってきたのがリニアPCMレコーダだ。いまでは大手量販店に販売コーナーまででき、幅広いユーザーが使う製品にまで育ってきたリニアPCMレコーダだが、それを最初に取り上げたのは2004年の「第164回:RolandのWAVE/MP3レコーダR-1を試す」だった。
筆者自身もそれまで多用していたDATを使わなくなってしばらく経過していたころだったが、Rolandが出したR-1というマイク内蔵のこの機材はとても斬新で画期的な存在に感じられた。スペック的には24bit/44.1kHz対応で、記録メディアはコンパクトフラッシュ、また形状的にもやや大きめな機材ではあったが、現在のリニアPCMレコーダのエッセンスはすべてここに凝縮されていた。個人的には、このR-1に搭載されていたマイクモデリング機能が非常に面白く感じていたが、それは他社製品も含め、後の機材には引き継がれなかったようだ。
より小型になって録音品質も向上した「R-09」 |
このR-1のときは、本当に一部の人たちに受け入れられた程度であったが、その後、「第233回:Rolandの24bit WAVEレコーダR-09~ 低価格“生録”の本命。使い勝手/録音品質とも向上~」の記事でも取り上げたR-09でリニアPCMレコーダは市民権を得ていったのだ。そのリニアPCMレコーダの性能を定量的に測定するために、モニタースピーカーから再生させた同じCDのサウンドを同じ条件で録音し、周波数分析をかけるという手法はそのまま現在でも使っている。
■ 気になるSACD/DSDの今後
500回も連載をしているので、中には継続的でありつつも、本当に時々とりあげるというテーマもある。そのひとつがSACD(スーパーオーディオCD)に採用されているDSD=Direct Stream Digitalについてだ。正直いって、DSD自体の一般的な認知度は極めて低いし、SACD自体、規格化されて13年も経過しているのに、いまだにパッとせず、このまま消えてしまいそうな雰囲気すらある。
しかし、せっかく登場したCDをはるかに超える音質の技術なのだから、これを少しでも応援して世間に広めなければという思いから、取り上げている。その初回となったのは、SACDでもプレイヤーでもなくVAIOのハードウェアだった「第204回:ついに登場したDSD対応の新「VAIO」【ハード編】~ 自社開発チップ「Sound Reality」で高音質化 ~」。これで、クローズドなSACDの世界が大きく開けるのでは……という期待をしたからだ。
実際、その後、KORGからMR-1やMR-1000、またその後継のMR-2などコンパクトで安価なDSDレコーダが登場したり、一般ユーザーが作れるDSDディスクという規格も登場するなど、環境は整いつつあるようにも思うが、どうにも広がっていないのが実情ではある。すでにVAIOもDSDからは撤退してしまったし、DSD関連のチップの供給も怪しくなってきているという話を聞くと、ますます厳しそうではあるのだが、このDSDネタも新情報があれば、ぜひ伝えていきたいと思っている。
DSDに対応した「VAIO」も登場した | コルグの「MR-1000」 |
■ DTMにも衝撃を与えたiPadの登場
初代iPadとCamera Connection KitでDTMの可能性が広がった |
このDigital Audio Laboratoryに限った話ではないが、ここ数年で大きな話題になったのはやはりiPadだろう。国内での発売直後に書いた「第418回:iPadに裏技? USBオーディオが使用可能~Camera Connection Kitで接続。録音再生が可能に ~」では、外部機器が使えるということで、大きな話題になった。
そしてDAW、レコーダ、ソフトシンセ、エフェクト……とDTM系のアプリが続々とiPad/iPhone用に登場し、DTMにおける台風の目となっている。Appleの度重なる仕様変更により、それまで使えた機器が突然使えなくなってしまったり、CoreAudio、CoreMIDIのような新規格が登場するなど、大混乱を起こしつつも、どんどんと面白くなってきている。このiPadやiPhoneからは今後も目を離せないが、徐々にAndroid方面でもDTMアプローチが活発化してきているようなので、これからは両睨みで、動向を追いかけていきたい。
以上、本当に駆け足ながら500回を振り返ってみたが、いかがだっただろうか? 個人的にも懐かしい場面がいろいろと蘇ってくる。今後、どこまで連載を続けられるのかはわからないが、可能ならば1,000回を目指して進んでいけたら……と思っているところだ。ぜひ、今後とも継続的にご愛読いただければ、と願っている。