西川善司の大画面☆マニア
第226回
「画面から音を出したかった」。新しい体験のためのソニー有機ELテレビ「A1E」
2017年1月7日 21:19
日本メーカーの有機EL(OLED)テレビの発表が続く。今回のCESではパナソニックに続いてソニーも有機ELテレビを発表したのだ。65型の1サイズ展開のパナソニックEZ1000シリーズと異なり、ソニーのA1Eシリーズは55型、65型、77型3サイズ展開だ。気になるこのA1Eシリーズについてレポートしたい
液晶(Z9D)と有機EL(A1E)はどちらがすごい? ソニーが出した答えは?
ソニーはかつて有機ELテレビとして「XEL-1」を発売していた。今から約9年前の2007年のことだ。
XEL-1では自社製造した有機ELパネルを採用していた。画面サイズは11インチで解像度は960×540ピクセルで、縦横フルHDの半分程度。それでも価格は20万円した。「新しモノ好きの人に訴求したい」とソニー自らが言い切るくらいの大胆なコンセプトの製品だった。
今回のA1Eシリーズでは、有機ELパネルは他社から提供を受けたものを採用している。パネルメーカーは公表していないが、LG Displayのものと見て間違いない。つまり、赤青緑+白(RGBW)サブピクセル方式の有機ELパネルだ。パネル世代についての説明はなかったが、パナソニックのEZ1000シリーズと同世代のものだろう。ちなみに、パナソニックのEZ1000も、ソニーのA1Eも3D立体視には未対応で、表示面には3D立体視用の偏光フィルムは貼られていない。
画面サイズは55インチ「XBR-55A1E」、65インチ「XBR-65A1E」、77インチ「XBR-77A1E」がラインナップされている。この型番は北米仕様のもので、末尾の「E」はモデルイヤーを表すものだとのことで、2017年モデルはX940E、X930EなどEが付与されている。価格も発売時期も未定だが、昨年のCESで参考出展されたBacklight Master Drive搭載のテレビが、年内にBRAVIA最上位モデル「Z9D」として発売されたことを考えれば、意外とA1Eシリーズの発売は早そうだ。
さて、画質に注目するユーザーの間では、「液晶テレビよりも有機ELテレビの方が偉い」的な捉え方がなされていた。なので、CESで発表されたAE1シリーズは、昨年末に発売されたハイエンド液晶テレビZ9Dの上位シリーズと考えている人も多いかも知れない。
しかし、ソニーは意外なことに「最高画質性能を提供できるのはZ9D」と明言する。
「バックライトの綿密なエリア駆動。液晶による画素単位の駆動。この『二段階駆動だから行なえる映像表現のダイナミックレンジの高さ』こそがZ9Dの最上位画質の秘訣である」とのこと。
それでは有機ELのA1Eシリーズの魅力は何処にあるのか? その回答は「新しい映像体験の提供こそがA1Eに課せられたミッションだった」というものだ。
「新しい映像体験」のための要素は、「究極のコントラスト・質感によるリアリティ」と「究極の没入視聴体験の実現」の2つ。
それぞれを順番に解説していくことにしよう。
A1Eの有機EL駆動のキモは、映像エンジン「X1 Extreme」にあった
まずは「究極のコントラスト・質感によるリアリティ」の映像表現部分から。
「有機ELパネルというデバイスそのものの特性」そして「RGBW方式という独特なサブピクセル構成の特性」から、その映像表現の作り込みに対しては独特な工夫が求められるということは、既にパナソニックのEZ1000についての技術解説した記事に記している。
有機EL/RGBW方式有機ELの特徴をまとめると以下のようになる。
- 黒が画素オフで表現できるのでコントラストが凄い
- 描画応答速度が桁違いに高速
- 視野角が圧倒的に広い
短所としては
- 自発光ゆえに暗く光らせるのが難しく暗部階調表現が苦手
- 白色有機EL画素をカラーフィルターで刮いでフルカラーを表現するので輝度がそれほど高く取れない
- 輝度を稼ぐために白色サブピクセルを追加しているが、明部階調で彩度表現が苦手
といった感じになる。
長所の方については取り扱いは簡単だ。自然と享受できるメリットだからだ。
大変なのは短所の克服の方である。パナソニックのEZ1000についての記事でも触れたが、ソニーのA1Eの開発においても同様に苦労した部分のようだ。
この難題の克服に大きく貢献したのが、ソニーの映像エンジン「X1 Extreme:4K HDR Processor」(以下X1 Extreme)である。
X1 Extremeは液晶テレビのZ9Dにも採用されている映像エンジンだが、設計段階から様々な映像パネルの駆動を想定して開発されたのだという。そこには当然、RGBW方式の有機ELパネルもあったということだ。
下図がX1 Extremeの動作ブロックダイアグラムである。下図では駆動対象映像パネルがOLED(有機EL)になっているが、Z9D等ではここがLCD(液晶)になる。
入力された映像信号は「Signal Analyzer」によって解析され、表示対象映像パネルである有機ELパネルに適した駆動を「Signal Processor」で導き出して実際の駆動は「Panel Driver」行なう。
Signal Processorでは、有機ELが苦手な暗部階調を再現するための処理なども行なわれる。ここで「Super Bit Mapping」(SBM)の処理なども介入するとみられる。
興味深いのは、駆動したパネルからのリアルタイム情報をSignal Processorにフィードバックしているところだ。これは有機ELパネル側に後付けの照度センサー類を付けてフィードバックしていいるというわけではなく、パネルの駆動結果としての電気信号を戻しているだけなのだそうだ。
恐らく時間方向に有機ELパネルの各画素の駆動状態を監視し、現在の有機ELパネルの各画素の状態から、次の予定されている各画素の最適な駆動を導き出す機構だと推察される。極端な例でいえば当該画素の電圧を完全にオフにするのか、それとも電圧を残すのか……といったイメージだ。なお、担当者によれば、基本的なパネルの個体差は製造段階で調整してしまうが、それでも残る微妙な個体差もここで吸収できるという。
それと、ソニーが誇るデータベース型超解像の利用の仕方も、液晶(Z9D)と有機EL(A1E)では変えているという。
とはいえデータベース自体にZ9Dからの差異はなく、データベースからのデータ選択の手法、取り出したデータからパネル駆動への活用の仕方に関して、RGBW方式有機ELに向けての最適化を行なっている。
ソニーのデータベース超解像は、データ構造としてデュアル構成になっている。
1つはノイズ低減のためのデータベースだ。これは様々な映像シーンにおいて表現したい対象物なのか、それとも揺らぎとしてのノイズなのかを見極めるためのデータベースだ。
2つ目は超解像処理のためのデータベースだ。これは「本来はこういう高解像度情報だったのではないか」と推測して高解像度情報に置き換えるためのデータベースだ。
有機ELパネルでは、パネル特性の違いから、陰影表現やノイズの見え方が液晶と変わってくる。この差異を吸収して「ソニーの考える高画質」の映像に処理していくのだ。
具体的な事例として、暗部に乗る時間方向のノイズ低減の話が紹介された。
有機ELは漆黒表現は得意だが、暗部階調表現が苦手なので、暗部の時間方向のノイズは、時間方向、空間方向のチラツキとして見えがちだ。これをデュアルデータベース超解像を有機EL/RGBW方式有機ELに最適化してパネルを駆動するのだ。
つまり、今の事例でいえば、表示したい映像表現は「暗部階調の時間方向、空間方向のチラツキ」ではなく、「安定した暗部階調」なので、そういう表示のためのパネル駆動を行なうための、データベース選択を行なうように最適化をしたと言うことだ。
これは「原信号を作り替えてしまうことになるのでは?」と不安を抱く人もいそうだが、そうではない。「原信号のままでパネルを駆動するとちゃんとした表示にならないので、ちゃんとした表示になるように映像信号を変調する」と理解すべきだろう。
A1Eは幅広いユーザーに向けた製品である
ソニー担当者によれば、「(RGBW方式)有機ELパネルが、やっと我々の考える映像表現を行なえる映像パネルになってきた。だからこそ今回A1Eシリーズを開発した」と述べていたが、要するにソニーとしては「有機ELパネルが注目度高いからA1Eを作った」のではなく「ソニーの表現したい映像が表示できるポテンシャルを有するようになったからA1Eを作った」というわけなのだ。
それを踏まえた上で、ソニーとしてはハイエンド液晶テレビの「Z9D」の方が上位モデル……ということなのだ。
実際に映像のデモを見せてもらったのだが、提示されたのはHDR映像はなく、SDR映像をX1 Extremeを駆使してHDR化したもののみであった。また、映像モード(画調モード)もビビッドのみ。
Z9Dの時には「マスターモニター画質とここまで近づいた」というプレゼンテーションを行なっていたのとは対象的だ。
これはA1EのターゲットユーザーがZ9Dとは異なっているから。
A1Eは「圧倒的なコントラスト」「鮮烈な色彩表現力」が織りなす「リアリティ」を体感するためのモデルというのだ。
平たくいえばA1Eは「マニア向けではなく、幅広いユーザー層に満足してもらえるテレビ」として仕立てたということなのだろう。
さて、Z9Dと直接見比べられたわけではないが、実際に映像を見た感じでは、RGBW方式有機ELの短所はほとんど感じられず、Z9Dにも引けを取らない映像に見えていた。それよりも分かりやすい有機ELの長所である「黒の沈み込み」や周辺画素状態にほとんど影響を受けないピクセル単位の鮮烈な明暗表現/陰影表現の方に感動させられた。
最大輝度は「非公開」とのことだが、Z9Dには及ばない値だろう。機会があればZ9Dと横並びで見てみたいものだ。
A1Eの最大の謎。有機ELパネルを振動させて、画面から音を出す
A1Eシリーズが提唱する「新しい映像体験」の二つ目、「究極の没入視聴体験の実現」について話題を移そう。これは要するにA1Eの音響機能のことだ。
A1Eは、外観デザインとして「ただそこに映像パネルだけ」という感じになっていてスタンドもなければ、スピーカーユニットが収まる太い額縁もない。注意深く観察すると下辺の額縁が若干太いが、上下左右の額縁はかなり狭い。もはや「細い」という表現の方が適切か。
では音はどこから鳴っているかというと、画面から鳴っているのである。
有機ELパネル自体をスピーカーの振動板に見立て、有機パネル自体を振動させて音を鳴らしているのだ。ソニーはこの技術に「Acoustic Surface」という技術ブランド名を与えている
「そんな!まさか!」という声が聞こえてきそうだが、実際に音を鳴らしてもらったところ、画面がたしかにブルブルと震えている。
ソニー担当者も「ソニーが有機ELテレビの開発に着手した、大きな動機の1つがコレだった」と笑う。
つまり、A1Eは「画面で音を鳴らす」ことを企画段階から想定したと言うことだ。
A1Eの背面に目をやると画面の左右に渡る棒状のビームが存在する。実はここの左右に2つずつ、合計4基のアクチュエータが実装されているのだ。
アクチュエータは前後反復運動をするリニアモーターで、有り体に言えばスピーカー駆動用のボイスコイル。左右の2基ずつのボイスコイルは、それぞれ左右のステレオ音像の再生に貢献する。
同一平面上を二箇所のボイスコイルで駆動してしまっては、左右の音声が混ざってしまわないか心配だが、これはボイスコイルが実装されているバックカバー部分を左右二分割する構造にすることで回避/低減しているという。
有機ELパネルを振動させて音を出す技術の背景
A1Eはいわば、有機ELパネルを振動板にした平面スピーカーを採用していることになる。
さて、平面スピーカーと言えば、「言葉で説明できても、その実現は難しい」とされてきた。
従来型のスピーカーは電磁気学的に駆動されるコーン型振動板が、入力された電気信号の周波数に応じた前後運動をし空気中に疎密波を発生させることで音を出力している。電気信号の周波数が高ければ激しく震えて高い音が出るという仕組みだ。一般的なスピーカーがコーン(円錐)型の形状をしているのは、ユニット中心部で起こる複雑かつ高速な電磁気学な振動に耐えうる強度を保つ目的と、一様に音波を出力する目的があるからなのである。
この従来型スピーカーではコーン型振動板のピストン運動は電気信号に完全にシンクロする形で、なおかつコーン型振動板全体が均一に振動することが理想とされる。
ところが、実際の従来型スピーカーでは,高い周波数の電気信号を入力した場合や、慣性やその他の力学的なフィードバックなどの要因により、期待された動きをしてくれないような状況がある。
極端な例を挙げるとすれば例えばコーンの一部が前に出ていて、別の一部がへっこんでいる…といった状況があるということだ。
これは「分割振動」現象と呼ばれる。こうしたケースでは本来出力されるべき音とは違った音が出てしまい、スピーカーとしては「音が悪く」なってしまう。これまで従来型のスピーカーで高品位なものを設計しようとした場合には、この部分に細心の注意を払ってきた経緯がある。
「分割振動」はこれまでのスピーカーの常識では「敵」だったわけだが、長年の研究でこれを「味方に付ける」という発想の逆転が行なわれた。つまり「分割振動が避けられないのならば、最初から分割振動を起こさせて、それでいて『音質がちゃんとしている』アプローチを見つければいい」…ということだ。
そして平面の振動板は、最初から分割振動を起こさせるのに都合がいいのである。
一枚の紙を想像してみて欲しい。初めから分割振動させるということは、瞬間的にその紙のある部分は盛り上がり、ある部分は盛り下がる(へこむ)ということになる。時間が進むとその盛り上がりと盛り下がりが逆転するかも知れない。
分割振動をしているとき、平面上の振動は一様ではないため、平面の各部分ではある意味、それぞれ違った音波を出していると言ってもいいだろう。
ここで分割振動のしかたを制御,予測することを考えてみる。平面の部分部分で違った音が出ていたとしてもその平面全体として音を聞いた場合に理想型の音を出せる分割振動モデルがひょっとしてあるんじゃないだろうか。
この分割振動のしかたは、その平面の縦横比、面積、材質、そして平面のどこを振動させるかといった様々な要因を変化させていくとで変わってくる。無数にあるこの組み合わせをコンピュータシミュレーションを使って分析していけば、その最適な分割振動モデルの解が見つけられるかも知れない。
このように研究が進められた結果、現在ではその理想型に近いモデルが算出できるようになった。
今回のA1Eも設計にCAE(Computer Aided Engineering)が駆使されたそうである。
もうひとつ、平面スピーカーで無視出来ないのが逆位相音の問題である。
従来型のスピーカーではコーン型振動板の前方からは希望の波形が出力されるが、その後方からは前方とは逆位相の波形が出力される。これが前方の波形に混じることは原音再生の見地から見れば最悪の事態だ。そこで従来型スピーカーではこの逆位相の音の回り込みを遮断する目的でコーン型ユニットをバッフルという平面板に取り付ける。それだけでなくこの逆位相の音波を閉じこめる目的でスピーカーをエンクロージャに詰め込んだりする。
しかし、A1Eのような薄い一枚板を振動させる平面スピーカーで、逆位相音を堅牢なエンクロージャに封印できていない状態では、どうしても逆位相の音が出てきてしまう。
実際に、A1Eのサウンドを試聴した感じでは、皆無とは言えないまでも、上手に逆位相音を低減出来ていたように思う。
これはどのように実現したのか。このあたりも「非公開としたい」と言われてしまったが、おそらく、これは背面から出力される逆位相音波も、目的の音を再生するためのエネルギーとして利用する分割振動制御を行なうことに成功しているのだろう。
ただ、ソニーのAcoustic Surfaceは、有機ELパネルにただボイスコイルをくっつけて振動させているわけではなく、相当高度な構造解析を行なって設計を行った上でできあがっているものなのだ。
サブウーファも搭載。ステレオ感増強は「S-Force」技術で対応
さて、分割振動制御を行なった平面スピーカーでは低音を鳴らすのが不得意である。そこで、A1Eでは、背面側に組み付けられた自立用の「ついたて」スタンド部に潔くサブウーファを実装させた。
トータル音響デザインは、このサブウーファと有機ELパネル駆動平面スピーカーと組み合わせて行なわれていて、その再生特性は意外なほどにフラットだ。
実際の試聴デモでは、画面内にCGの鳥を左右に飛ばしたり、機関車を左右に走らせて、音像移動が画面内の映像移動に連動して付いてくる様子を実演した。これをソニーは「空間的なリップシンク」と表現していた。
なるほど、これまでのリップシンクとは「映像と音の時間的なずれを補正する」ことを指していたが、画面そのものから音が再生されるA1Eであれば「空間的に同調させれられる」というわけだ。
なお、画面裏側に二箇所にボイスコイルがあるだけではステレオ感/ワイド感に乏しいのではないか、という疑問が持たれるかもとれない。
これについてはデジタルサウンド技術の「S-Force」を駆使して対策しているとのこと。実際に音像は、画面外の左右にも移動していたので、S-Forceの効果は確かに大きいようだ。
画質に関しては「Z9Dが最高位に君臨したまま」というが、A1Eは、なかなか所有欲を刺激させられる製品に思えてこなかっただろうか? マスターモニター画質を目指したパナソニックのEZ1000に対し、エンターテインメント色が色濃いA1Eという構図で、日本メーカーの有機ELテレビ製品選びも楽しくなりそうだ。