西川善司の大画面☆マニア
第214回
DLPも4Kに。キヤノンの8K展示やロボなどプロジェクタ新時代
(2016/1/14 10:00)
大画面と言えばプロジェクタである。今年のCESは、プロジェクタのネタが豊富というわけでもなかったが、4K DLPやプロジェクションマッピング、ロボット化など面白いトピックもいくつかあった。代表的なものをまとめて紹介したい。
TI、ホームシアター向けの4K DMDチップをお披露目
先端MEMS技術で実装された画素サイズの鏡を高速振動させて明暗階調を作り出すDLP(デジタルライトプロセッシング)技術のコアパーツであるDMDチップは、輝度:数万ルーメンクラスの業務用4Kチップは2011年に発表され、2012年以降に各社から発表された数多くの業務用4Kプロジェクタに採用されてきた。
一方で、ホームシアター向けの4K・DLPプロジェクタは製品化がなされず、この分野では長らくJVCやソニーの反射型液晶(LCOS)プロジェクタに後塵を拝する状況となっていた。
原因は、チップのサイズで、2011年に発表された4K DMDチップは、1.38型サイズで、ホームシアタープロジェクタ向けとしてはややサイズが大きすぎたのだ。その後、製造プロセスルールの微細化が実現し、今回のCESでは、0.67型の4K DMDチップがお披露目となった。
CESのTIブースでは、この新0.67型4K DMDチップを採用したDLPプロジェクタモジュールの試作機を稼動させ、120インチの画面に投射するデモを実演していた。
試作機は超高圧水銀ランプを光源に使った試作機で、輝度性能は約1,700ルーメン。カラーホイールは6セグメント構成だとのこと。この試作機では、水銀系ランプを採用していたこともあり、sRGB色域への対応に留まっているが、担当者によれば、LED光源、レーザー光源などとの組み合わせで、より高輝度でより広色域な映像生成も可能だとのことであった。
DMDチップ自体の製造・リリースは2016年春から開始される見込み。
従来のホームシアター向けのフルHD DMDチップが0.65型であり、今回新発表となった0.68型4K DMDチップとサイズがほぼ同等であるため、従来のフルHD機の筐体や光学設計が流用できるはずで、早ければ、実際の搭載製品は各社から2016年第3四半期の秋口くらいから始まることであろう、とのこと。
実際の映像を見てみたが、さすがはDLPプロジェクタらしく、黒のしまりが良好で、非常にハイコントラストであった。発色は、sRGB対応止まりとはいうものの、決して色が悪いと言うことではない。光源側のチューニングを推し進めることで、より優れた画質に追い込んでくれることだろう。
キヤノンの5,000ルーメンの4K反射型液晶プロジェクタの実力をチェック
今回のCES 2016で、ソニーブースの「VPL-VW5000ES」と同等かあるいはそれ以上の超高画質映像を投射していたのがキヤノンブースだ。
キヤノンは先頃日本でも発表になった4Kプロジェクタ「4K500ST」の実機投射デモを実践。筆者のような大画面好きの来場者達から人気を博していた。
4K500STは4Kプロジェクタであるが、ブース内の特設シアターでは、この4K500STを用いた8K映像(7,680×4,320ピクセル)の映像を投射していたのだ。画面サイズは約185インチ。
実際にその映像を見てみたが、非常に明るくハイコントラストで、黒のしまりも良好であった。樹林の情景、石畳の街並みの風景など、高周波表現を伴った映像が、185インチの大画面になっても、鮮明に見える様は感動的。8Kの醍醐味は、100インチオーバーの大画面でも高精細な映像体験が楽しめるところにあり……と改めて再認識したわけだが、どう見ても「8K一画面」にしか見えないこの映像をどうやって4Kプロジェクタの4K500STで実現しているのか。
種明かしを聞いてみれば仕組みはシンプル。
4台の4K500STからの映像を「田」の字状に4台ならべ、投射映像も「田」の字状に投射しているというのだ。ちなみに、投射はスクリーンの背面から行なう「リア投射式」であった。
しかし、筆者は、このデモ映像を3回見直したのだが、田の字状の映像の継ぎ目が見えなかった。
これに関して再びキヤノン担当者に聞いてみると、それこそがキヤノンの独自技術の賜だという。
4K500STには、ハードウェアレベルで、主たる投射映像とオーバーラップ領域の階調を調整できる機能があり、継ぎ目の消失にはこの機能がまず大きく貢献しているというのだ。具体的にいうと、オーバーラップ箇所でRGB単位で出力ゲインが変えられる仕様になっているのだ。なお、今回の4台の4K500STを使った8K投射デモでは縦512ピクセル、横240ピクセルをオーバーラップさせているとのこと。
しかし、そうはいっても、プロジェクタからの投射映像は、周辺と外周では輝度分布が微妙に異なるため、理想通りにはいかないはずだ。しかし、このあたりについてもキヤノンの技術により、理想に近づけている。そのミソとなっているのが光学システム「AISYS」と「超高性能4K対応レンズ」からなる卓越した光学性能である。
「AISYS」では昆虫の蠅の目のような構造のフライアイレンズを2枚組み合わせ、光源からの光線を縦と横で独立に収束させている。縦方向は迷光を低減させ、横方向は輝度を上げる制御を行なうのだ。
加えて、4K500STに搭載される「超高性能4K対応レンズ」は、ズーム時のテレ端からワイド端までがF値2.6一定の、輝度変動の小さいレンズなのである。
また、4K500STの投射レンズは画面周辺と画面中央とで個別にフォーカスを微調整できる「周辺フォーカス機能」を搭載しており、これも継ぎ目の消失に大きく貢献しているという。周辺フォーカス機能は、こうした映像をオーバーラップさせて投射する用途以外に、凹凸面のあるプロジェクションマッピング用途や、プラネタリウムのようなドーム型スクリーンに投射する際に効力を発揮すると思われる。
4K500STの特徴は映像パネルには4,096×2,400ピクセルの反射型液晶パネルを採用しているところ。この採用反射型液晶パネルのメーカーは非公開で、仕様表にも詳しいことは書かれていない。ただ、筆者が確認したところ0.76型サイズで日本製、デバイスコントラストは5,000:1らしい。
輝度は5,000ルーメン。奇しくも、ソニーのVPL-VW5000ESと同じだ。ただし、4K500STの本体重量は約18kgで、VW5000ESの半分以下。約18kgは、ハイエンドのホームシアター向けプロジェクタと同等で、一般家庭でも天吊りが行なえるレベルである。サイズも470×533.5×175mm(幅×奥行き×高さ)で、これもVPL-VW5000ESよりだいぶ小さい。
価格は約600万円を想定。VPL-VW5000ESが700万円なので100万円安価という事になる。
今回のデモを見る限りは、十分な発色性能があると感じられたが、4K500STは光源に超高圧水銀ランプを採用していることから、色域設計はsRGB基準となる。色スペック的にはレーザー光源を採用し、DCI-P3色域カバー率100%のVPL-VW5000ESには及ばないことになる。
この点に関してはキヤノン側も把握しているそうで、HDR対応も含めて前向きに改善・改良を検討していきたいとのことであった。
Cerevo、自ら動いて変形して映像を投射する「自走式ロボット型プロジェクタ」
ユニークなネット家電を発表し続けている日本のベンチャー企業Cerevoは今年もCESに出展。今年はついにプロジェクタ製品を発表した。
「Tipron」と名付けられたこの製品は「自走式ロボット型プロジェクタ」とも言うべきもので、自ら移動することができるDLPプロジェクタである。しかも移動時にはプロジェクタコアを内包する頭部を首を折り曲げてボディに収納する変形機構付き。
光源にはRGBのLEDを採用し、輝度性能は250ルーメン。小型のLED光源採用プロジェクタとしては明るい部類に入る。DMDチップの解像度は1,280×720ピクセルの720p。
投射レンズにレンズシフトやズーム機構はなし。画面サイズのイメージは「投射距離3m時に最大80インチ」と説明されるが、250ルーメン程度の輝度では、一般的な生活照度の環境下では投射距離は1~2m程度が現実的な使い方になるはずだ。もちろん暗室では投射距離3mでの80インチもいけることだろう。
使い方としては「充電ステーションからユーザーの位置まで呼び寄せて、壁や床などに映像を投射させる」ようなイメージになるという。自走式なので用が済んだら自ら充電ステーションに帰っていく。
モノラルスピーカーも内蔵しているため、音声も本体から再生。音質に拘らなければ外部スピーカーは不要。HDMI入力端子(HDCP対応)も備えるが、基本的にはネットワーク上のコンテンツの再生/表示を想定しているとのこと。
プロジェクタコアは、可動する首先の上、いわば頭部に相当する部位に内蔵されており、ここから投射される映像は3軸の回転に対応している。可動範囲は上下-65度~+90度、左右±90度、時計回り反時計回り±90度で、台形補正にも対応。ピント合わせも内蔵された測距センサーを応用して自動で行なわれる。担当者によれば「屋根裏部屋のような斜めに傾斜した壁などにも対応可能」というから面白い。
720pという解像度は、最近のプロジェクタ製品としては低めという印象があるが、メーカー側としては「メイン画面として活用するのではなく、セカンドあるいはサードスクリーンとしての提案」ということからこの解像度になったという。とはいえ、この部分は純粋にコストだけの問題であり、このTipronが好評であれば、1080p以上で、より高輝度なモデル展開もあり得るはずだ。
プロセッサコア(SoC)は、QUALCOMMのSnapdragon 212(APQ8009)を採用。CPUはCORTEX A7(32bit、ARMv7-A命令セット)のクワッドコア、GPUにAdreno 304(OpenGL ES3.0世代)を採用。OSはAndroidベース。ただし、Tipron本体にタッチスクリーンを搭載していないこともあり、Android端末としての認証は取れていない。
基本的には内蔵された無線LANを使ったネットワーク経由のコンテンツ再生となる。となれば、YouTubeビューワーなどの「アプリはどのようにインストールするのか」、「Google Play ストアは利用できるのか」といった疑問が出てくるわけだが、検討段階とのこと。
ところで、「自走式ロボット」という部分がどの程度の性能を備えているのか気になる人も少なくないだろう。
この部分も、かなり高度なメカニズムが組み込まれている。まず、自身が存在する環境を認識するためのSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)機能を有している。いわばTipron自身が室内環境の脳内マップを構築することができるわけである。イメージ的には最近の掃除機ロボットと同等かそれ以上の性能というイメージだ。
頭部には単眼可視光カメラ(500万画素)、IRカメラとその受光部が実装されている。単眼可視光カメラはシーン内の情景を撮影し、IRカメラはKINECTセンサーのようなシーンの深度分布(奥行き構造)を取得するために用いられる。
また、ボディ部分には超音波センサー、対物ショックセンサーも組み込まれており、これらは近接障害物との衝突検知に使われる。
Tipronは、基本的にはあらかじめプログラムされたルート上を移動するが、これらのセンサー群を使って偶発的な障害物達を動的に避ける機能が備わっている。
発売は、2016年内を予定。可能であれば夏秋あたりを目指したいとのことである。 価格は10万円~20万円を想定。Tipronは移動・変形といった可動部分が多いことから、そのメンテナンス頻度も気になるところだが、この辺り、「どのような料金体系でどう保守をしていくか」についても検討段階だとのこと。
ところで、Tipronの可視光カメラで捉えた映像はネットワークを介したストリーミング出力にも対応しているという。また、Tipronは高度な自走メカニズムは、ネットワークを介しての遠隔操作にも対応する。この2つの機能を組み合わせることで、留守中の部屋の様子の確認、ペット等の健康状態確認といったホームセキュリティロボット的な活用もできるとのことである。そうした機能までを備えるならば20万円という価格もリーズナブルと見なせるのかも知れない。
パナソニック、超低遅延、超高速プロジェクションマッピング技術を発表
先進プロジェクタ関連技術として、パナソニックがブース内で特設シアターを設けてデモンストレーションしていたプロジェクションマッピング技術についても触れておこう。
パナソニックが開発したのは「HIGH-speed Projection Mapping」技術というもので、簡単に言うと「動体への超低遅延・追従型プロジェクションマッピング」技術である。
動体の認識から映像投射までの総遅延時間が「公称1ms以下」というから相当に低遅延である。毎秒60コマの映像の表示間隔が16.67msなので、かなり高速だといえる。
コアとなる技術は基本的にパナソニックの自社開発だそうで、幾つかの要素技術を集約させて構成されている。
1つは、動体認識技術で、独自開発の赤外線型の深度センサーで、投射対象の深度構造とエッジを検出することが出来る。動体の認識所要時間は約10msだとのことである。
2つ目は超低遅延のプロジェクタで、解像度は1,024×768ピクセル。60fpsを大きく越えるハイフレームレートという説明もあったので、DLPプロジェクタだと推察される。ちなみに、このプロジェクタのシステム遅延は1ms程度とこれまた超低遅延である。
「動体認識に10ms」「プロジェクタの表示遅延が1ms」でどうして総遅延1ms以下のプロジェクションマッピングが行なえるのかと言えば、これは動体の動き予測を行ない、事実上の動体認識処理時間を隠蔽できているからである。こうした技術は昨今のバーチャルリアリティ(VR)のヘッドトラッキング技術にも応用されているものになる。
担当者の説明によれば、今回の技術デモのポイントは映像投射と動体認識をほぼ完全な同軸上で行なえているところにあるという。
こうした動体へのプロジェクションマッピングは、KINECTセンサーのような別体型の深度センサーと映像投射用のプロジェクタを横ないしは縦に並べて実践するとが多いが、今回開発した技術は深度センサー部の光軸と映像投射の光軸をほぼ同軸上にアラインしているため、極めて「ズレ」を少なくしたうえで動体へのプロジェクションマッピングができているのだという。
「Perfume」のステージでも、踊る彼女達に映像を投射するプロジェクションマッピングが適用される演出が見られたが、あのパフォーマンスではダンサー側が投射される映像のタイミングに極力合わせて踊る必要があり、実際問題として映像がダンサーからずれる局面も散見された。
今回のパナソニックのシステムでは「振り付けを知っているレベルの動きをしてもらえれば、ダンサーの動きにずれることなく映像が投射できる」と担当者は自信ありげに説明する。
なお、今回の展示システムの動体認識は、深度段差をキーにしたエッジ検出主体のもので、KINECTのような人体のボーン構造までを認識してはいない。しかし、裏を返せば、投射先の動体が想定の範囲内の動きをしてくれるのであれば、それで十分であり、だからこそ超低遅延のプロジェクションマッピングができるということなのだ。
ダンサーが投射映像に気を使わず、しかもマーカーレスで動けて、そこにぴったり映像がはめられるパナソニックのプロジェクションマッピング技術。今後、様々なライブパフォーマンスで活用されるようになるかも知れない。