■ ビデオカメラはどこへ行く?
ビデオカメラの春モデルは一度総括しているのだが、秋モデルについてはまだだった。別に忘れていたわけではないのだが、次々に面白い製品が出てくるので、やるタイミングを逃し続けていたのである。
あと1カ月でInternational CESが始まる。ここでも沢山の新製品が出ると思われるが、その前に一度、技術的なトレンドをチェックしておいたほうが良さそうだ。今回の総括はCESを睨んで、メーカーごとの進化を追ってみることにした。というのも、撮像素子のCMOS化など業界全体の方向性は決まってきて、これからは各メーカーごとにどんな個性が出せるのか、という話になるからである。
特に昨今はデジタル一眼の動画撮影機能がプロの間でもてはやされ、「じゃあビデオカメラなんなの?」という疑問も生まれつつある。ビデオカメラの未来も含めて、今年のトレンドを振り返ってみよう。
■ 下から上に伸ばすパナソニック
コンシューマでは唯一となってしまった、三板式撮像素子を採用するパナソニック。春モデルのマイナーチェンジという形で登場したのが、「HDC-TM350」である。前モデルが2月、そしてこのモデルが6月と、かなり早いペースで製品化してきた。
その背景には、今年2月に出たソニー「HDR-XR520/500V」対抗という戦略がある。裏面照射型CMOSによる驚異的な暗部のS/N、そしてワイド端で大きくレンジを広げた手ぶれ補正は、業界に与えたインパクトが大きかった。それにいち早く反応したのが、パナソニックであったわけだ。
TM350は、メモリ記録型ではあるが、ハイエンド市場を意識したモデルであるため、ビューファインダも搭載している。ただ内容の割にはかなり小型だと言えるだろう。
短いスパンでリニューアルしてきたパナソニック「HDC-TM350」 | 最近のカメラには珍しくビューファインダを残した |
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HDC-TM350サンプル動画。おまかせiAと追っかけ機能で、凝った構図も撮影しやすい |
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撮影モードとしては、おまかせiAやコントラスト視覚補正など、アルゴリズムの多彩さで難しいシーンでも、ユーザーがもっとも気に入った絵で撮影できる。ただ、それぞれの機能の組み合わせが制限されていることもあって、ユーザーは簡単にどれかを選べるようにはなっていない。個人的にはこれらを完全に自動化する方向で行くのではなく、単純にユーザーにどれがいいですか? とわかりやすい形で提案してくれるようにまとめてくれると、面白いカメラになるのではないかと思う。
弱点は、静止画の汚さだ。輪郭のぼそぼそした感じ、RGBがズレた感じが押さえられないのは、勿体ない気がする。撮像素子も十分高画素化したことだし、もうそろそろ画素ずらしをやめてもいいのではないか。静止画として今どき300万画素ぐらいになってしまうのはなかなか受け入れられないかもしれないが、超解像技術などと組み合わせて画素を稼ぐことも可能だろう。
意外に実力派、「AG-HMC45」 |
コンシューマの技術を使って業務用レベルにまで引き上げたのが、「AG-HMC45」である。最初はなんちゃって業務用機みたいに思えたのだが、実際に撮ってみると「あれ? なんかこれで十分じゃん?」という気になってくる。実はコンシューマ・デバイスのレベルって、非常に高かったことがわかる。
もちろんレンズのキレだなんだと言い出すとキリがないが、現実問題としてそこまで映像の質を要求される仕事なら、当然それなりの予算もあるはずなので、このカメラの出番ではない。それよりもこの価格でこれだけの多彩な絵作りが可能、さらにマニュアル撮影時の操作性が高いということで、デジタルシネマの世界をぐっと低コストに引き下げる役割として、実は「中途半端に高いカメラ殺し」なんじゃないかと思う。
たぶんこれがすごく注目されると、パナソニック自体も困っちゃう、そういう立ち位置のカメラだ。
マニュアルの操作性が高く、安心して使える | 菱形絞りの影響が出るのが残念 |
■ 決定打が出せないキヤノン
こちらもやはり春モデルのリニューアルとして、HF S11、HF21をリリースしたキヤノン。手ぶれ補正を強化したダイナミックモード、夜景モード搭載と、ソフトウェアやアルゴリズムでカバーできる部分を追従させてきた。YouTubeが1080pに対応したことから、どのカメラも30p/24p撮影モードを備えるHFラインナップは、映像を作るタイプの人にもっと注目して欲しいシリーズである。
リニューアルにとどまったキヤノンHF S11 | コンパクト機としては高ポテンシャル、HF21 |
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HF S11のサンプル。シネマモード/30pで撮影 |
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レンズの質の良さ、ホワイトバランスの追従性、色の乗り方など、基本的なポテンシャルは非常に高いのだが、この秋の新機能がソニー対抗でしかないというのが残念だった。「ソニーと同じです」ではなく、「キヤノンだから」の訴求ポイントが欲しいところだ。特に虹彩絞りの搭載はすぐには無理だとしても、さすがに来年には追従してくれないと、もはや光学機器専門メーカーとしての立ち位置が揺らいでしまう。
一方地味ながら高いシェアを誇るのが、HF20/21の水中撮影である。コンシューマのビデオカメラで、40mまで潜れるケースをメーカー純正で出しているのはキヤノンしかなく、今のところ他社に追従の気配はない。オフシーズンに向かう時点で強化されてもなかなか取り上げづらい機能だが、このケースをこのまま来シーズンまで引っぱるとなると、HF21はデザインを変えられないので、虹彩絞りの搭載は難しいかもしれない。
Inter BEEで出展された謎のモックアップ |
個人的にはそこまでは行かなくても、HF S11をもっと業務レベルに振った、パナソニックAG-HMC45的なカメラが出てくると、面白いのではないかと思う。現在のキヤノンのラインナップは、上下の間が空きすぎである。
■ 隙のないメモリーモデルで逃げ切りを計るソニー
XRの正常進化形、「HDR-CX520」 |
今年2月の「HDR-XR520/500V」の唯一の弱点は、記録メディアがHDDだったことである。いくら耐衝撃性を高めたとは言っても、サイズと重さばかりはどうしようもない。当然メモリモデルも投入してくると予想されたわけだが、この夏に「HDR-CX520/500V」を投入してきた。
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HDR-CX520動画サンプル。3軸補正まで進化したアクティブモード |
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強化ポイントは春モデルと変わらないが、さらに手ぶれ補正は3軸のジャイロセンサーを搭載し、傾き方向の補正まで行なうようになった。まさに全方位隙のない作りである。また個人の顔を見分ける「優先顔キメビデオ」を搭載し、特定の人物を追いかけるようAFをセットできるのも、新しいチャレンジだ。
もう一つのチャレンジという意味では、ラインナップが大幅に減ったことである。従来のソニーハンディカムは、同じアーキテクチャを使って記録メディア違いのラインナップを揃えるという戦略を取っていた。しかしこの秋冬モデルとしてコンシューマ市場に投入したのは、CX500/520Vのみである。米国市場は価格の上下のバリューが大事なので、いろいろなラインナップが出てくると思われるが、日本ではもはやメモリで決まり、と判断をしたわけだろう。
プロ・アマ共に注目のNXCAM |
またInter BEEで注目を集めたのが、AVCHDフォーマットながら業務用とした、NXCAMである。従来メモリ記録型の業務用機は、XDCAM EXシリーズがあったわけだが、さらにそことコンシューマの間を埋めたわけだ。このレンジはパナソニックもAVCCAMとしてラインナップを拡充しており、先のAG-HMC45もこのAVCCAMラインナップである。
このレンジは、今までHDVが担ってきたわけだが、ワークフローの変質や機器の老朽化で、そろそろノンリニア収録に乗り換える必要が出てきた。編集に弱いとされてきたAVCHDだが、Intel Core i7の登場で、ネイティブ編集も夢ではなくなってきている。
すでに実写モデルも登場している完成度からすると、おそらく来年1月のCESではもっと詳しいことがわかるだろう。まだじっくり触っていないので何とも言えないが、ソニーがAVCHDの業務モデルを出したことで、放送レベルの収録でもAVCHDが使われるかもしれない。特にテレビ番組は笑ってしまうほど予算が削減されており、なりふり構ってはいられない状況にあるのは事実だ。いろんな意味で、NXCAMは楽しみなラインナップである。
■ 元気を取り戻したビクター
スリムボディなフルHD機「GZ-X900」 |
一時期は低価格なラインナップばかりになってしまって、このままお安いビデオカメラのメーカーになってしまうのかと心配されたビクターだが、今年はずいぶんととんがったモデルを出してきた。もう夏前のリリースだったが、Everio Xこと「GZ-X900」は、デザイン面でも機能面でも、気合いの入ったモデルだった。
ビクターのビデオカメラは、DV時代を先鋭的なデザインと小ささで切り開いてきた歴史があるわけだが、その流れを彷彿とさせたのが、GZ-X900だった。小型化ゆえにズーム倍率が光学5倍だったが、もう少しワイド端に振っていれば、不満はなかったはずである。そこが残念なところだ。
手ぶれ補正も、他社がワイド端補強にやっきになっているところを、補正レンズの構造を全く変えて、前玉のさらに前でシフトレンズを動かすという方法をとった。まだこの方式のメリットは、レンズ設計の自由度が高まることである。ずいぶん思い切った手法に出たものだ。
またCMOSの高速読みだしにより、ハイスピード撮影にも対応した。カシオや三洋などデジカメムービー派が盛んに採用しているが、ビデオカメラでありながらそこにフォーカスしたのも面白かった。
久々に手応えのあるマニュアル機、「GZ-HM400」 |
8月にはマニュアル撮影重視のハイエンド機「GZ-HM400」をリリースした。大型ズームレバーを装備し、マニュアル制御用のリングを設けるなど、業務用機に近い贅沢な設計である。マニュアル撮影では、この秋モデルでは一番使いやすかった。レンズの良さ、エンコードの上手さもあり、画質的にも満足できる。ただ残念なのは、これも絞りが菱形だったことである。
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GZ-HM400動画サンプル。無理のないレンズ設計で丹精な描写が楽しめる |
編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい。 |
またビクターの面白いところは、撮った後の処理がダントツで優れていることである。ハイビジョン撮影だけでなく、YouTubeやiPodへのアップロードに対応する専用モードも設けている。また市販BDドライブをカメラに直結してバックアップできる機能など、他社の追従を許さないものがある。そういう意味では、家庭内におけるビデオカメラの立ち位置がよく見えているメーカーと言えるのかもしれない。
■ 総論
コンシューマのビデオカメラは、今年2月のソニーショックが大きく流れを変えた。同じ土俵に乗りたいメンバーはパナソニック、キヤノンで、今年はまだまだウォーミングアップ。来年には新技術の投入でほとんど同レベルまで追いついて来ることだろう。ソニーは3軸手ブレ補正でさらに水を広げたが、実はこの3軸ジャイロ制御も利用分野がものすごく限られる技術でノウハウが必要だ。さすがにここまでやろうというメーカーは現われないかもしれない。
一方ビクターはEverioで独自路線をどんどこ進んで来て、「ビクター圏」とも呼べる市場を作ってきた。例年だとCESでは小型・量販モデルの発表となるはずだが、そういえばデュアルSDスロットによる記録のメリットが未だアドバンテージになっていない気がする。このあたりも機能強化してくるのか、注目したい。
一方で来年CESのニュースに備えて、「Flip Video」という単語を覚えておいたほうがいいだろう。Flip Videoは、以前から米Pure Digital Technologiesというベンチャーが販売しているMPEG-4カメラ(MP4カメラ)で、すでに米国では200万台以上を売り上げている。特徴は、200ドル以下と安く、誰でも使える簡単さだ。これを今年、ネットワーク系の大手Ciscoが買収した。
米国ではあきらかに、普通のビデオカメラよりもFlip Videoのほうが注目を集めている。これまでのビデオカメラユーザーも「これで十分」と乗り換えるだけでなく、YouTubeなどに動画を上げたいティーンという新しい市場も開拓した。Ciscoが買収した理由は、この動きは今後、エンタープライズにも飛び火すると見ているからである。
確かに映像産業における業務用というと、ある程度の品質が必要になってくるが、通信産業における業務用というと、MP4カメラで十分である。そもそもWEBカメラやノートPCに付いているカメラで十分、という市場であり、そこに可搬性が加わった格好だからだ。
Flip Videoに追従するメーカーは多い。今年初めにはSONYのMP4カメラ「MHS-CM1」を紹介したが、ビクターも今年「PICSIO」 ブランドで参入を果たした。そしてその波は、日本にも波及しようとしている。すでに米国では盤石の地位を固めていながら日本では販売していなかったKodak、昨今日本でも復活を果たしたPolaroidといったメーカーが、低価格なMP4カメラをひっさげて日本に上陸してくる。
今後は、最終アウトプットによってカメラの値段、そしてグレードが変わってくることになるだろう。例えばテレビならばビデオカメラ、スクリーンならば一眼レフ動画、WEBならばMP4カメラと、そういう棲み分けが行なわれるのではないだろうか。日本ではなかなか火が付かなかったWEB動画配信だが、昨今はiPhoneの普及やモバイル回線の高速化により、「ダダ漏れ」(笑)がブームとなりつつある。これからは徐々にWEBニュース系でも動画配信が行なわれてくるかもしれない。
そこで求められるニーズと、家庭用ハイビジョンカメラは全然違う方向性である。それは値段ということではなく、サイズ感や可動性、画角のレベルが全く違ってくるということである。しかし日本のカメラメーカーがその技術を駆使して「ダダ漏れ」用のカメラを作ってきたら、大変な事になるだろう。
これからはハイビジョンだけじゃない、ビデオカメラの動向に注目していきたい。