小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

アメリカでスクーター・シェアを「見てきた」

6月のアメリカ取材中、密かにやろうと思っていたことがある。それは「スクーター・シェアリング」を利用することだ。スクーターといっても、バイクの方ではない。日本的に言えば「電動キックボード・シェアリング」というヤツだ。アメリカではヒットしつつも色々課題もあるようで、ぜひ実情を見たいと思っていたからだ。

まあ、結論から言うと「乗ることはできなかった」のだが、どういう状況かは、肌身で体験することができた。

電動キックボードで乗り捨てOK、気軽に移動

スクーター・シェアは、アメリカ、特に西海岸で広まり始めている、日本でいう「キックボード」をシェアするサービスだ。モーターが入った電動のもので、蹴るのは最初だけでいい。最高速度は時速24キロとされているが、そこまで速度を出すことは少なく、自転車ほど高速に走らないが人が走るよりははるかに速い……、というイメージだと思ってもらえばいい。この種の機器は英語では「Scooter」と呼ばれるため、「スクーター・シェア」という呼び方が一般的だ。

街中には、写真のような電動スクーターが多数置かれている。これをスマホアプリから探し、自分が好きなものを選んで「借りる」。会員登録をすれば、乗るのは簡単。スクーターにはGPSと通信機が内蔵されていて、個別のQRコードも記載されている。アプリからは、自分の近くにあるスクーターの場所に加え、そのスクーターにどのくらいバッテリーが残っているかもわかる。

電動キックボード・シェア「Bird」。バッテリーで動き、かなりの速度で走る。これがアメリカの街中に多数ばらまかれている
Birdのアプリ。地図上には、Birdのスクーターが置かれた場所が表示されており、バッテリー残量もわかる

スクーターは「乗り捨て」で、決まった配置場所はない。街中のどこで降りてもいい。見つける側も、それをスマホアプリで見つけて乗る。乗るにも決済をするにも、スマートフォンが必須のサービスだ。

乗る時は、アプリで乗りたい場所の近くにあるキックボードを見つけ、近寄る。キックボードにあるQRコードをスキャンすればそのスクーターがスマホアプリに認識され、ロックが解除できる。

個体識別用のQRコード。これをスマホアプリで読み込み、決済する。スクーター自体が、かなり汚れているところにも注目

あとは、好きなところまで乗っていくだけだ。電動なので、実はこぐ必要はない。走り始める時にだけ「キック」すれば十分だ。複数の事業者がいるが、価格はほぼ同じ。スクーターを使い始める時に1ドル支払い、あとは1分走るたびに15セントかかる。30分乗って5.5ドル(約600円)、というところだろうか。

今回の渡米は、サンノゼ市内の滞在から始まった。サンノゼ市内にはスクーターが大量に放置されていて、いくらでもすぐに見つかる。乗っている人を見かけることも多かった。では筆者も……と思ったのだが、実際に借りるには運転免許のスキャンが必要だったため、その手前まで、アプリでスクーターを見つけ、QRコードをスキャンするところまではやってみた。実に簡単だ。街中をちょっと移動するのにこれが使えると、確かに便利だろう。

サンフランシスコ市内からは「締め出し」、軋轢を生みつつも注目度は高い

サンノゼで「乗るまで」やらなかった理由は、WWDCの取材中で、非常に忙しかった、ということもある。6月6日からはサンフランシスコ市内に移動し、知人に会ったりちょっとした取材をこなしたりする予定だった。ヒマというわけではないが、WWDC取材中よりはスケジュールに余裕ができるので、今度こそテストを……と思い、アプリを開いてみた。

だが、ないのだ。サンノゼではあんなにたくさん放置されていたスクーターが、サンフランシスコ市内にはない。理由は、「Bird」というスクーターサービスのアプリを開いた時にわかった。以下のように、「今、サンフランシスコ市内では規制のために使えなくなっている」というメッセージが出たからだ。

サンフランシスコ市内に入るとこのような表示が。軋轢もあり、スクーター・シェアは6月現在、サンフランシスコでは禁止されていた

サンフランシスコ市内ではスクーター・シェアが議論を呼んでいた。街中に放置されたスクーターが景観を著しく損ねること、スピードの速いスクーターが歩道を走って危険であることなどが理由だ。反対運動が起きた結果、サンフランシスコ市はスクーター・シェアを取り締まり、一時的にサービスを禁止することになった。筆者がサンフランシスコに到着した日(6月6日)は、規制がかかった数日後であったようである。

それも無理ないな……と思ったのは事実だ。放置されているスクーターは、どれもきれいとは言い難かった。街角に薄汚れたスクーターが何台も置かれているのは、あまり見栄えのいいものではない。一部には壊されているものもあった。中国でサイクルシェアが話題になった当初、「乗り捨てによる混乱」が報じられたが、それに似たものを感じた。

アメリカにはすでに複数のスクーター・シェア事業者がおり、サンノゼでは大手と言われる「Bird」「Lime」の姿が目立った。Uberも参入を検討している……との報道があり、それだけ価値あるもの、と見なされているのだろう。

考えてみれば、こうしたサービスが成立するのも、貸し出しているのが「電動」だからだ。バッテリーを積んでいるものならば、スマホでのシェアは簡単にできる。通信モジュールも通信費も、アプリ開発コストも下がった今、モビリティ・シェアリングのミクロ化は、行き着くところまで来た気がする。スクーター・シェアが示しているのはその姿だ。日本では法制度の関係もあり、これをこのまま展開するのは難しいが、「バッテリーが乗っている機器をうまくシェアする」発想を活かし、日本型のシェアリングサービスは生み出せないものか……。ちょっと、頭の体操代わりに「なにがいいか」を考えてみたくなる。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2018年6月29日 Vol.178 <ネット民の民度号>
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01 論壇【小寺】
「GAFAの脅威」はあり得るのか
02 余談【西田】
アメリカでスクーター・シェアを「見てきた」
03 対談【小寺】
デジカメWatch折本編集長と語る、「コンデジ奇談」(1)
04 過去記事【小寺】
一人勝ちから一転、疑問符がつき始めたAppleの戦略
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41