2019年4月2日 07:15
アメリカ・西海岸時間深夜23時。アップルの発表会記事を方々に書くには、もっとも忙しいピークタイムともいえる時間だ。編集者には待たれているし、とにかく書き上げないと明日のホテルチェックインまでに寝る時間すら確保できない。
そんな中、携帯電話が鳴った。日本からの電話だ。相手は週刊誌の記者である。
「すみません、Googleが自動運転のためにゼンリンの地図を使うのを止めたようなのですが、コメントを……」
おっと、そこですか。
正直その時は切羽詰まっていたため、対応は丁重にお断りしたが、ひとことだけ伝えたことがある。
それは「Googleが地図を変えたのは、自動運転のためではない。それを示す要因は一切ないので、そこを軸に記事を作ると大変なことになる」ということだ。
確かに、3月半ばにGoogleは地図データを切り替えた。それまではゼンリンのデータを元に作っていたのだが、どうやら自前で用意するようになったらしい。結果として情報の欠損や不正確な地図が増えたのは事実で、みなさんもすでに体感していることだろう。
筆者が見たところ、都会ではバス路線の情報欠損と細かな道の太さの違和感が主な問題だが、地方の場合、地図の内容そのものに大きな問題がある部分も多く、より深刻である印象を受ける。
例えば以下の図は、筆者の田舎である福井県坂井市近郊のものだ。なにかぷっくり膨れた道になっているが、実際の道はこうではない。下の「ストリートビュー」の結果を見ればおわかりいただけるだろう。
なぜこんなことが起きたのか?
予測はできる。
Googleの新しい地図は、衛星写真からの推測に加え、スマートフォンから得られた「ユーザーの実際の移動情報」を元に作られている。少なくとも海外ではそうだ。これは、地図を効率的に作る方法としてはよく考えられたもので、多くの場合有効に作用する。
ただし、人は必ず道通りに動くわけではないし、写真から道が確実に判別できるわけでもない。時に重要な道でも、歩行者が少なければデータにならないこともある。
前掲の画像は、おそらくだが、「スマホを持っている人が乗った自動車がUターンなどのために路肩に出た」情報と、画像データの情報をマッチしてデータ化する際にミスが発生したのだろう。
都会の場合、移動する人も多いので異常なデータは目立ちづらくなる。一方、人口が少ない地域だと、データが少ないので異常なデータも目立ちやすくなり、地図データがおかしなものになりやすいのだ。
また、これは筆者の推測だが、現在のGoogleマップのデータは「自動車が通る道」と「人が通る道」では前者を幅が広い道に描く傾向にあるようだ。筆者自宅近くで、同じ幅の道なのに、Googleマップ上では著しく幅が変わって描かれていた。片方は商店街で自動車の通行に制限があり、片方はそうではない。おそらく、それが道の幅の違いとして表現されたのではないか。
こうした問題は、おそらく急速に改善されていくこととは思う。だがどちらにしろ、今は「地図のクオリティが劣化した」と言われてもしょうがない状況にある。
では、なぜそこまでして地図を入れ替えたのか? 真相は、Google自身にしかわからない。取材は予定しているが、今は、まだ「予測」しかできない状況だ。
理由はおそらく、単純なライセンス料の問題ではあるまい。ゼンリンの地図ライセンスは安いものではないが、価値とクオリティを考えると、決して意味のない額ではない。Googleのような企業がそれを支払えないか、というとそうではないレベルだ。
だが、Googleがこれからやりたいことを考えると、「そろそろ地図は自分で作りたい」と考えたのではないか、と思える。
冒頭で述べたように、それは「自動運転」ではない。
なぜなら、自動運転に必要な地図は、カーナビとも今のGoogleマップなどのスマホ地図とも異なるからだ。自動車はどのレーンをどう走るべきで、そこの通行量はどうで、店舗や駐車場にはどう入るべきか。自動運転ではそんな情報が必要になる。現在の地図を「元にして作る」のは間違いないが、自動車が求める情報と、人間が見て快適・便利と思える地図の情報とは大きく異なっていて、特に「今回リニューアルしたGoogleマップの情報」は、自動運転にはまったく向かない精度と内容である。
この先に自動運転もあるだろうが、地図を入れ替える理由としては、それだけでは弱い。
おそらく理由は、「地形・建物だけでないデータをこれから充実していく上で、自らイニシアチブをもって進めていくのには、自分達で作った方がいい」と考えたからだ。
我々は地図アプリを通して地図を見ている。その内容は、もはや地図という形だけに止まらない。経路検索のための情報や店舗の情報は当然として、その時間にどれくらいその場所に人がいるか、果ては建物としての立体構造など、より多彩なデータが必要になる。例えば現在のGoogleマップカーは、いわゆるストリートビューの撮影だけでなく、地形の立体形状を図るためのSLAMセンサーなど、今考えられる様々なデータを集めるセンサーが搭載されていて、「地図に付随するデータを日々集積する」役割を果たしている。そこで、「これからの地図ソフト高機能化のために、自分達で構造や内容を考えたい」と思った時、データを提供する相手の事情は忖度したくないのだろう。Googleとしては「諸々の判断の上、いまジャンプしないといけない」と考えたのだ。
これは実は、アップルが地図を自前で整備することにした事情とまったく同じである。あの時の問題と今回の問題は、非常に根が近い。
ただし、アップルの場合とGoogleの場合とでは、問題の軸がちょっと違う。アップルは地図の「形」をパートナーから買っていたのでそこまで問題なく、地点データの量や密度、地図へのマッピングの処理に問題があった。Googleは、地点データについては多くの部分を自分が持っているが、地図データを自ら生成するものに切り換えたが故に、別の問題が発生した。
消費者としては「いつ改善されるのか」が気になる。信頼性を高めるためにも、Googleからのコメントなどが欲しいと思う。取材は依頼しているので、今後の展開にご期待いただければと思う。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。
コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。
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2019年3月29日 Vol.214 <新生活スタンバイ号>
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