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ユニット30個、ヤマハ立体音響車載オーディオを聴く。車で映画を堪能する未来
2022年5月27日 07:30
ヤマハは5月26日、車の中で立体音響を楽しめる車載オーディオのメディア向け体験会を開催した。自動車の中でDolby Atmosの音楽や映像を楽しめる環境を、一足先に体験。これまで自動運転と、それに伴う“自動車のエンターテインメント空間化”には懐疑的だった筆者が「自動運転、楽しみかも」と思ってしまうほどの衝撃を味わった。
同社が2020年より販売を開始した車載オーディオ商品の新たなソリューションとして開発したもので、車のドアや天井、ヘッドレストに高音質スピーカーを合計30個配置。空間的広がりを実現する信号処理なども組み合わせて、車室内に立体音響の再生環境を構築する。電気自動車はもちろん、既存のエンジン車も含め「一般的な乗用車なら対応可能」とのことで、今回の体験会ではSUVタイプの車両が使われた。'22年の量産化を目指しており、今後このソリューションを採用した自動車が登場するように、各自動車メーカーにアピールしていく。
最初に試聴したのは、DolbyがDolby Atmos体験用に制作したデモンストレーション映像。鳥のさえずりや羽ばたき、激しく降る雨音などを立体音響で体感できる。音が出た瞬間に、まず驚かされたのは音場の広さ。今回は助手席に座って体験しており、Aピラーやバックミラー上に設置されたスピーカーには、ほんの少し手を伸ばせば届いてしまう距離だったが、ミニシアターにいるかのような音の広がりを味わえた。
もちろん音の立体感も優秀。鳥の羽ばたきは左前方から左後方を通過し、頭の後ろを回って右後方へ飛んでいくように聴こえ、上から降り注ぐ雨音は実際に車のルーフを叩いているのではと思わせるほど。体験中、車両はテントの下に駐車されていたのだが、この日は小雨が降っており、視線の先には雨で濡れた地面も映るため、一瞬「雨足が強まってきたな……」と錯覚してしまうほどだった。
Dolby Atmos楽曲では、Apple Musicで配信されているものから「Butter/BTS」を試聴。楽曲全体を通して、主にコーラス部分に広がりを感じるのだが、もっとも立体感を強く感じたのはサビ終わりの間奏部分。聴き手の周囲をグルグルと回るように、シンセサイザーの音像が動き回り、その様子が意識せずとも聴き取れた。その際、音像が車室内全体ではなく、助手席に座っている自分の周りを回っているように聴こえたのも、驚きを感じたポイントだ。
続いては「スピーカーユニットの音質も体感して欲しい」とのことで、同じくApple MusicからDolby Atmos楽曲の「I Get a Kick Out of You/トニー・ベネット&レディー・ガガ」を聴いた。フランク・シナトラの楽曲をガガとベネットがカバーした一曲で、ボーカルはリップノイズも聴き取れるほど高い解像感で再生される。ピアノの音も粒立ちが良く、それでいて高域が耳に刺さるような感覚はない。このあたりは楽器も製造しているヤマハならではの音作りを感じられた。
最後はDolby Atmosの映像作品として映画「トランスフォーマー」シリーズのワンシーンを視聴。ロボット同士がぶつかる鈍い金属音や爆発音などの低音は、体の芯にズシンと響くように再生され、自動車の中にいることを忘れてしまうほど。たっぷりとした量感の低音は、単にスピーカーユニットをドアに埋め込むだけでなく、しっかりと振動対策なども施しているため実現しているとのこと。
それでいて、登場人物のセリフは正面中央、コンソール付近から再生され、低音に埋もれることもなくしっかりと聴き取ることができた。
そのほか体験会では、自動車の始動時に流れる起動音やBGM、ナビ音声、通話音声などを立体音響化したデモも実施。ナビ音声では右折アナウンス時に運転席右側から音声が聴こえるよう処理がなされ、感覚的に曲がる方向が分かるといった使用例が示された。
電気自動車や自動運転技術の進歩により、自動車メーカーなどは、将来「自動車が第二のリビングルームになる」や「自動車をエンターテインメント空間にする」といった表現を使うことが多くなっている。今回のDolby Atmos再生環境を自動車に持ち込むというオーディオシステムは、まさに自動車をリビングルームを体現するようなもの。
筆者自身はF1などのモータースポーツファン、大のクルマ好きで、「自動車は自分で操るからこそ楽しい」と思っているため、自動運転技術による「自動車のリビングルーム化、エンターテインメント空間化」という方向性には懐疑的だったのだが、自宅でも整えるのがなかなか難しい高音質なDolby Atmos環境を、移動手段であり、いざとなれば音漏れを気にせずに済む場所まで移動できる自動車で実現できるとなれば、思わず「自動運転に任せて、移動中に映画を堪能できる未来も楽しいのでは?」と考えてしまうほどだった。
Atmos車載オーディオは「4つのシアタールームを自動車に作る」イメージ
体験会の前には、開発に携わったヤマハの執行役員で、IMC事業本部 電子デバイス事業部局長の鳥羽伸和氏や同事業部のCX推進部 CX開発Gの平野克也氏、中島祟量氏による技術説明も行なわれた。
この車載オーディオシステムについて鳥羽氏は「圧倒的な没入感に自信があります。音を聴くというより、音を体験していただくという感覚です」と説明。また平野氏は「車室内すべてのシートで立体音響の圧倒的な没入感を体験してほしい」がコンセプトで、「極端に表現すれば4つのシアタールームを自動車に作るイメージ」と表現する。
しかし、Dolby Atmosリスニングルームの構成をそのまま自動車に採り入れると、スイートスポットが運転席、助手席、後部座席すべてから外れたところにできてしまう。そのため7.1.4chの合計12chの入力ソースを狭い車室内に配置しつつ、運転席、助手席、後部座席の4つのポジションで、それぞれ立体音響が成立するチューニングが必要だったと明かす。
スピーカーユニットについては、単純計算で12ch×4席分で48基で成立することになるが、「そんな数のスピーカーを車の中に置くのは難しく、実際には置けない場所もある(平野氏)」ため、すでに販売されている車で採用実績のある14基構成をベースに、ハイト成分として天井に6基、Dピラー上方に2基の計8基を追加。さらに後方からの音を再現するために各座席のヘッドレストに2基、計8基のスピーカーを加え、合計30基構成を採用した。
車室内という限られた空間のため、スピーカーユニットから距離が取れず、結果として音像が広がりにくい問題には、車載向けDSPチップの開発で蓄積した信号処理技術を応用。離れた場所にスピーカーがあるような聴感を作り上げた。平野氏は「もともと半導体を取り扱ってきた部門なので、DSP、信号処理にはノウハウがあります」という。
また平野氏は、サウンドチューニングで「30個のスピーカーから、耳の位置まで、各方面から音が届いてきます。そのため各スピーカーの音量(音圧)と届くタイミング(位相)を耳元で適切にする必要があります」と、位相コントロールも必要だったと明かす。
そこで、プロオーディオの世界でも利用されるヤマハのFIRフィルター技術を採用した車載専用チューニングツール「Phitune」を開発。ゲインと位相を独立にイコライジングすることで、車室特有の音響課題を解決した。
さらに音の到来方向の知覚モデルを使い、さまざまな場所から発せられるスピーカーの合成音が、どのような方向の音と認知されるかを可視化する「定位可視化ツール」や車室内の音をバーチャル空間内で再現する「Virtual Cabin」を使って、車種ごとに最適なチューニングパラメーターを導き出すという。
しかし、これらのツールを駆使しても「人間が感動する、感性に届くレベルのチューニングには、人間が調整しないと到達しない(平野氏)」ため、その部分を“サウンドマイスター”と呼ばれるスタッフが、自身の耳を使って最終調整を行なった。
そのサウンドマイスターである中島氏は「本物の楽器の音を我々は知っています。そこがヤマハのコアの部分だと考えています。我々だからこそ達成しうる音を聴いてもらいたい。今回取り組んだDolby Atmosについても、我々は3次元空間で暮らしているので、その3次元の音がリアルに聴こえると“本物感”をしっかり感じることができます。ヤマハとして、感性と技術の両方を会社として130年の歴史の中で磨いてきました。今回のデモ車両は、そのふたつが両輪となって組み上がったものだと考えています」と語った。