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物語の全貌記す“バイブル”で撮影をスムーズに。Netflix作品制作の裏側

Netflix プロダクション部門 日本統括ディレクター 小沢禎二氏

Netflixは、オリジナル作品制作10周年に合わせて、グローバルで培ったノウハウや最新技術の導入など、日本の制作者を支援する取り組みについて紹介する「Netflix Studio Day」を開催。制作過程をスムーズに進めるための“バイブル”や、撮影中のオリジナルシリーズ「幽☆遊☆白書」に使われているCG技術などについて説明した。

同社が取り組んだノウハウ共有の例として、スクリプター作業のデジタル化を挙げた。日本の撮影現場において、アナログ作業における負担が大きいのがスクリプターだと、Netflixのプロダクション部門日本統括ディレクターの小沢禎二氏は説明。

スクリプターとは、監督の隣で撮影した内容を細かく記録する仕事。従来は現場で台本や記録シートに手書きでメモを取り、撮影が終わり次第、自宅で清書し、それをスキャンしてスタッフ間に共有するため、「寝る時間がない」との声が上がることが多いという。

Netflixでは、この作業のデジタル化のために、タブレット端末と専用ソフトを現場チームへ提供し、トレーニングを実施。デジタル化により、撮影終了後には記録から共有までの作業が完了するため、大幅に負担を減らすことができたという。

“バイブル”で全スタッフ/キャストが物語の全貌を把握。撮影がスムーズに

Netflix コンテンツ・クリエイティブ部門 マネージャー 岡野真紀子氏

制作過程をスムーズに進めるためのツールとして「バイブル」を紹介。バイブルとは、物語の起承転結やキャラクター設定について詳細に記した資料のこと。脚本完成の前段階でも最後まで物語の展開をスタッフやキャストが共通理解でき、作品づくりをチームワークを向上できるという。また、撮影前の複数シーズン化や正確な予算の決定にも役立つという。

Netflix コンテンツ・クリエイティブ部門 マネージャーの岡野真紀子氏は、バイブルに記載する内容として特に重要なのが登場人物についてだと説明。名前、年齢、在住地や仕事、どのような背景を持っているかまで詳細に記すという。物語の中での行動原理についても把握できるように以下の6項目で作られているとした。

  • 登場人物は何者なのか?
  • 何をのぞんでいるのか?
  • なぜそれをのぞむのか?
  • どうやってそれを手に入れようとしているのか?
  • 中核となる葛藤は何か?
  • どんな結末が待ち受けているか? 行動に危険やリスクはあるのか?

日本のドラマ撮影現場では、物語の最後まで脚本が完成していない状態で撮影が進行することがあり、例えば、サスペンスドラマの犯人役であることを、犯人が明かされる話数の脚本をもらうまでそのキャスト自身が知らない……という事例もあり、キャストが自分の役を把握しきれず、役作りに集中できない事例も少なくないという。

バイブルを制作・活用することで、こういったキャスト戸惑いを解消できるほか、監督や脚本が複数人いる作品でも、全体の方向性を事前に共有しているため、円滑に脚本作りや撮影を進められるとしている。監督や撮影スタッフだけでなく、キャストの意見も取り入れて撮影できるため、多様な表現ができることも利点の1つだとした。

なお、「幽☆遊☆白書」の企画時にはまだバイブルが採用されていなかったため、今回の撮影では活用されていないが、すでにバイブルを採用した作品も進行しているという。

「幽☆遊☆白書」のCGは「北米の1番難しいとされている作品と並ぶ難易度」

「幽☆遊☆白書」の制作にも参加しているスキャンラインVFX社 VFXスーパーバイザー兼CGディレクター 坂口亮氏

Netflixでは、建物の一部のみをセットとして作り、残りの背景を全てCGで生成する「セットエクステンション」や、動物やクリーチャーを毛並みから筋肉の動きまでリアルに再現する高いCG技術や、グリーンバッグではなく、LEDパネルを活用することで現場で目に見える形で風景を投影しながら撮影するインカメラVFXといった世界水準のCG技術を導入している。

妖怪の登場だけでなく、人間と妖怪の戦闘や、変身といった要素も持っている「幽☆遊☆白書」の撮影には、スキャンラインVFXの高いCG技術を取り入れて行なっているという。その技術の難易度や制作環境について、スキャンラインVFX社のVFXスーパーバイザー兼CGディレクターの坂口亮氏が説明した。

坂口氏は、アメリカでキャリアをスタートしており、ハリウッドVFX業界で20年以上にわたる経歴を持っているが、日本での仕事は今回が初めてだという。

「幽☆遊☆白書」への参加が決まったときの想いについて、「日本の作品でなにか貢献ができたらなっとずっと思っていた」とコメント。特に「幽☆遊☆白書」は坂口氏も読んで親しんでる作品だそうで、「日本のチーム連合で世界的に負けないどころか世界で1番の映像を日本人として作りたい」と話すと共に、「(想いを叶える機会を得て)すごく嬉しかった」とコメントした。

「幽☆遊☆白書」浦飯幽助(北村匠海)のキャラクターアート

実際の「幽☆遊☆白書」で求められているVFX技術については、坂口氏が活動している北米でも1番難しいとされている作品と並ぶ難易度と説明。一方で、現場には日本でもトップクラスのスタッフが揃っていることから、クルー全体が「難しい作品だからこそ楽しんで制作できる」印象になっているという。

坂口氏の今までの北米スタイルでの経験と、日本スタイルの撮影技術を組み合わせは、前例がないという点で「思ったよりも難しいことが多い」が、「日本のコンテンツを日本のクルーで作って、世界に負けないどこかよりいい物を作る機会に携われることは光栄で、その中で日々の発見を楽しんでいる」と述べた。

より良い作品作りを支える制作環境にも注力

左から小沢氏、インティマシー・コーディネーター 浅田智穂氏、並木道子監督

Netflixでは、よりよい作品作りを目指し制作現場の労働環境改善や、スタッフ/キャストの意識改革にも注力している。こうした取り組みの一環として、「リスペクト・トレーニング」の導入と、「インティマシー・コーディネーター」の参加について、小沢氏とNetflixシリーズ「金魚妻」の監督を務めた並木道子氏、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂氏がクロストーク形式で説明した。

リスペクト・トレーニングは、全スタッフ/キャストを対象として、互いへの「リスペクト」「尊重しあう気持ち」を現場の共通認識として持つことを目的に実施。実際にハラスメントになりうる前例や、具体例を提示され、参加者それぞれが「その光景を見たときにどう思ったか」を実際に共有することで、「相手への『リスペクト』が前提にある行為・言動なのかどうかを立ち止まって考える筋肉を鍛える」としている。

トレーニング内容は国ごとに違い、適宜調整されながら行なわれているとのこと。さらに、思いやりのカルチャーを周知し続ける方法を見直しながら、内容と合わせて改善を目指しているという。

インティマシー・コーディネーターは、Netflix映画「彼女」で日本で初めて採用され注目を集めているという。アメリカを拠点とするインティマシー・プロフェッショナル・アソシエーションのトレーニングを受けた浅田氏が参加しており、オリジナルシリーズ「金魚妻」や今後配信される作品では、オリジナルシリーズ「極悪女王」「サンクチュアリ -聖域-」でも活躍している。

俳優が肌を露出したり、ヌードや身体的接触のあるシーン(インティマシーシーン)の撮影において、演じる側(俳優部)と演出する側(監督や演出)の意図を事前にヒアリングし、役者と制作チームの意向を共有することで、役者の精神的・身体的な安全を守れるよう調整を図る役割を持っている。

浅田氏は、「私の考えるいい現場は『風通しがいい現場』。一人ひとりがスタッフや俳優関係なく、自分の意見や気持ちを伝えられる、声をあげられる現場だと思う」と述べ、自分の気持ちが伝えられる環境の必要性を強調。

インティマシー・コーディネーターが参加することで、俳優側が想定していなかったシーンの撮影を要求された際に「断ったら次の撮影に呼ばれないかもしれない」といった不安から、監督やディレクターらに本音を言い出せないといった状況を防ぐことができるが、一般的なシーンでも「なるべく全員が本音を言いやすい空気を現場に生みたいと心がけて撮影に臨んでいる」と並木氏はコメントした。

小沢氏は日本の現場の労働時間について言及。Netflixでは撮影時間に上限を設けたという。「我々が現場でしていることは『仕事』です。今の現場の皆さんは、それが『人生』になってしまっているように見えることもあります。Netflix作品に関わるスタッフには『1日ある程度の時間が経ったら、撮影を終わります。残りの時間で自分の人生を楽しんでください』と伝えたい」と述べた。

また、実際に現場のカメラマンが「あと2カット撮影したら今日は終了」と伝えた際に、終わりが見えた安心感からか、スタッフ/キャスト達が一層集中して残りの撮影を終えることができた実例なども紹介した。

最後に浅田氏は「我々個人とNetflixなどの制作現場レベルではものすごく頑張っているので、あとはより大きな力も動くことを願います」と述べてクロストークは終了した。