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技研公開2014開幕。120Hzの“フルスペック8K SHV”対応機器増加、2020年東京五輪を8Kで

NHK放送技術研究所

 日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2014」を5月29日から6月1日まで実施する。入場は無料。公開に先立って27日、マスコミ向けの先行公開が行なわれた。

 6月2日からの4K試験放送が話題となっているが、さらにその先、2016年に実用化試験放送を予定している8Kのスーパーハイビジョン(8K SHV)関連の展示がメインとなり、逆に4K試験放送関係の展示はほとんど見受けられなかった。

 8K SHVは、現行ハイビジョンの16倍の高精細画像(7,680×4,320ドット)と22.2ch音声による次世代テレビのための超高臨場感システム。その撮影、処理、伝送、表示に関する各種研究の成果が披露されている。

 今年の特徴は、8K SHVの最上位映像フォーマットである“フルスペック8K SHV”、つまり60Hzを超える、フルスペック(120Hz)の8K SHVに対応したカメラや伝送技術が増加した事。より現実のSHV放送に近い姿が見え始めている。

 冒頭挨拶したNHK放送技術研究所の藤沢秀一所長は、「2020年の東京五輪開催が決まってから初の技研公開。これまでも大型スポーツイベントが放送技術発展に大きな役割を果たしてきた。2020年東京五輪の時に、“こうした8Kスーパーハイビジョンがあるといいな”、“こんな形にしていきたい”という形を紹介していると、見どころを説明。実際の展示でも、会場入ってすぐの空間に、薄型8K SHV対応テレビでオリンピックを楽しむ、2020年のリビングをイメージした展示が用意されている。

NHK放送技術研究所の藤沢秀一所長
2020年のリビングをイメージした展示

フルスペック8K SHV

 フルスペック(120Hz)8K SHV仕様の映像機器として、120Hz撮影に対応したスタジオ用のカメラと、ケーブル1本での伝送を可能にする映像伝送光インターフェース、表示装置などが展示されている。

 カメラはフルスペック8K SHV用イメージセンサーに加え、SHVの広色域表色系に対応した色分解プリズムを新たに搭載しているのが特徴。センサーは静岡大学と共同で研究しているもので、階調もフルスペック8K SHV規格に準拠した12bit。これで撮影した映像信号(約144Gbit/s)を、光マルチリンクケーブル1本で伝送できる機器間伝送インターフェースも開発された。3月に規格が標準化された事で、各社が対応ケーブルを作りやすくなったという。

3板式のフルスペック8K SHV用カメラ
光マルチリンクケーブル1本で伝送できる

 フルスペック8K SHVに対応する事で、1秒あたりのフレーム数が増え、高解像度なだけでなく、なめらかな映像が表現できる。しかし、信号レートは144Gbpsと、HDの約100倍になってしまうため、従来のケーブルでは機器間の接続に100本近いケーブルが必要だった。

フルスペック8K SHVの映像信号(約144Gbit/s)を伝送するケーブル

フルスペック8K SHVカメラを小型化

 フルスペック8K SHVに対応しながら、カメラの小型化も研究されている。しかし、高画質な8K映像を撮影するためには、赤(R)、青(B)、緑(G)の各色とも3,300万画素の情報が必要となる。これまでは各色に3,300万画素の撮像素子を1枚ずつ、合計3枚用いていたが、光を3色に分けるプリズムが必要となるため、カメラの小型化に向けた課題となっていた。

 そこで、単板式のイメージセンサー開発がカメラ小型化の肝となる。新開発の3,300万画素、120Hz単板カラーCMOS(サイズはスーパー35mmと同程度)を採用した、超小型フルスペック8K SHVカメラは、カメラヘッドの大きさが15.1×13.5×12.5cm(幅×奥行き×高さ)と、片手で持てるサイズ。質量も2kgに抑えられている。レーンやリモコン雲台など様々な設置方法を用いて、従来とは異なる視点からの映像を撮影する事ができるという。

単板式の小型フルスペック8K SHVカメラ
SHVカメラの歴史。右端が初代モデル
3代目はFIFAWorld Cupに出張中だという

 また、専用の光伝送ユニットと接続する事で、ハイビジョンと同じ光複合カメラケーブルでの運用が可能(現時点では60Hz使用時のみ対応)。更に、レンズコントロール・インカム・リターン入力、タリー入力などの機能追加が可能となった。

 ただし、この単板センサーでは8K映像を得るために、色の補間処理を行なっている。1枚の撮像素子で3色の情報を取得する単板カラー方式では、1画素で1色の情報となることから情報量が1/3になり、3板式と同等の画質を得ることが困難であるため。

 補間を行なわずに8K映像を得るために、動画用イメージセンサーとしては世界最高の画素数となる1億3,300万画素の撮像素子も開発された。35mmフルサイズと同等の受光面対角長43.2mmで、画素数は15,360×8,640ドットのCMOS。カラーフィルターはベイヤー配列。ただし、フレームレートは60Hz。

1億3,300万画素の単板式撮像素子
この素子を使ったカメラの試作機
従来の単板カラータイプとの比較
試作機で撮影した映像

 新撮像素子は、従来の4倍の1億3,300万画素で構成されるため、1枚でR、B、Gの各色とも3,300万画素以上の情報を取得できる。これによりカメラの小型化と、従来の単板カラー型で困難であった高画質化を実現できるとする。

 また、市販のカメラと同じ単板式であるため、豊富な写真用レンズが利用できるのもポイント。今後はフルスペック8K SHV撮影を実現するため、120Hz対応も研究していくという。

高感度な8K SHVカメラを目指して

 なお、こうした8K SHV向けカメラの撮像デバイスは、高解像度であるため感度が低いという問題があり、撮影するためには本格的な照明などが必要になる場合が多い。これを打開するため、「光電変換膜積層型固体撮像デバイス」が研究されている。

 光電変換膜に、薄くても入ってきた光を全て吸収できる結晶セレンという材料を使うほか、金属配線の影響で光電変換部に当たる光が減少するのを防ぐため、積層型のデバイスとする事で感度を上昇。さらに、光から生成された信号電荷を安定に増倍させる技術も開発し、現在のHD撮影用カメラと同程度までの高感度対応を実現していくという。

光電変換膜積層型固体撮像デバイスの概念図
左が試作の撮像素子
8K SHV対応「シアターカメラ」

 また、既存の3板式の8K SHVカメラだが、高感度で静粛性を高めた「シアターカメラ」も展示された。

 8Kコンテンツを充実させるため、劇場公演の撮影も行なわれているが、暗いシーンの多い劇場公演の撮影に対応するためには、これまでの8K SHVカメラでは感度が不足していた。

 そこで、2.5型でフル解像度のRGB素子の信号から画素化酸処理で出力する事で、高感度・低ノイズを実現。さらに、放熱方法を改善する事で、音楽ホールで使える機器と同程度に騒音を低減。公演の撮影が可能になったという。

記録装置を小型化

 8K SHVは、情報量が多いため、カメラから出力されたRAWデータを圧縮記録する装置の小型化も重要なポイントとなる。同時に、高画質を維持しながら高圧縮で記録するための技術も必要となる。

 展示された記録装置、カメラと共に移動しながら使う事を想定した装置では、8K SHV単板カメラ信号を、B/R/G1/G2という4色画像として色ごとに圧縮してる。

 それとは異なり、中継車の中など、ミキサー卓から出力された映像を圧縮する装置には、新しい圧縮方式を採用。画質に影響の大きいグリーン信号を補完処理した後、1枚画像として圧縮する新方式で、効率の良い圧縮を実現しつつ、より高画質で記録できるようになったという。

従来方式の圧縮と新方式の比較
8K SHV対応小型記録装置。右にあるのがメモリーパック
ミキサー卓などからの出力を記録する装置。新しい圧縮方式で高画質に記録できる

 さらに、高速大容量な固体メモリーパックに記録していくが、記録制御部とメモリ部を分離することで、メモリーパック単体(205×118×36mm/400g)での着脱を可能にした。内部にはフラッシュメモリが搭載されており、容量は2TB。書込み速度の変動を小さくする記録制御と、大きな記録ブロックサイズで順次記録する効率的な書込みにより高速記録を実現。最大12Gbpsでの記録が可能で、約45分の8K SHVコンテンツを記録できるという。

 今後は実用的な8K SHV小型記録装置の実現に向け、画像圧縮効率の改善と利便性の向上を進めます。また、固体メモリーパックの高速化・大容量化も進めるという。

エンコードと伝送

 2016年の8K SHV試験放送の実現を目指して研究されているのが、映像を効率的に圧縮する映像符号化技術と、大容量の衛星伝送技術。映像符号化方式はMPEG-H HEVC/H.265で、最新リアルタイムエンコーダを開発。レート制御の工夫により画質を改善すると共に、多重化機能も追加した。

 情報の伝送速度を高速化し、伝送パラメータには16APSK(7/9)を利用することで、衛星中継器1チャンネルで約100Mbpsの信号伝送を実現。将来的には12GHz帯衛星放送による8K SHV衛星放送の実用化を目指している。

MPEG-H HEVC/H.265の最新リアルタイムエンコーダー
衛星放送システムのデモ

 衛星だけでなく、ケーブルテレビを使って家庭へ届けるための研究も進んでいる。現行のケーブルテレビの複数のチャンネル(64 QAM/256 QAM)に8K SHV信号を分割して伝送することで、既存の伝送路を変更することなく、8K SHVを家庭に配信できるというもの。

 展示では、J:COMが運用しているケーブルテレビ局のヘッドエンドから、3ch分を使い、8K SHV信号を送信し、伝送路を経由して展示会場で受信。8K SHVを再生するというデモが行なわれた。

 地上放送での伝送技術も研究。偏波MIMO技術、超多値OFDM技術などを適用することで、UHF帯の1チャンネルによる8K SHV伝送を可能にするもので、熊本県人吉市に設置した実験試験局から電波を発射し、27km離れた地点で8K SHVを正常に受信する実験も成功。その模様を紹介している。

ケーブルテレビを使って家庭へ届けるためのシステム
地上放送での伝送技術

 また、移動受信に向けた技術として、偏波MIMO技術と、強力な誤り訂正符号を適用することで、受信環境が時々刻々と変化する移動体においても、1つのTVチャンネルで送信されたハイビジョン放送3番組(H.264)を、安定して受信できた実験結果を紹介。

 今後は現行の地上デジタル放送と同様に、1つのチャンネルで、固定受信向けに8K SHV放送と、移動体向けにハイビジョン放送を同時に受信できる伝送技術を研究していくという。

リアルタイム時空間解像度変換装置で圧縮、伝送、復元した4K映像。左の従来方式と比べ、画質が向上している。転送レートは16Mbps

 「リアルタイム時空間解像度変換装置」は、8K SHVのような情報量が非常に多い映像を効率良く伝送するための装置。映像の精細さ(空間解像度)やフレーム周波数(時間解像度)について、高解像度の映像素材を一旦低解像度の映像に変換してから伝送し、受信側で高画質に復元するのが特徴。

 従来の映像符号化伝送では、送信側の高い解像度の映像に対し、伝送路の伝送容量が小さい場合は、映像を低ビットレートで圧縮符号化する必要があった。だが、それによりブロック状の歪みなど、映像が劣化する要因となっている。

 開発した装置では、映像の細かい模様を補って高解像度化する「超解像技術」と、前後フレームの画像から中間フレームの画像を合成する「フレーム内挿技術」を組み合わせた「時空間ハイブリッド復元技術」を搭載している。

 なお、展示された装置は入力映像が2K120p、4K60p、4K120pまでの対応で、8Kには非対応。入力映像を2K60pに低解像度化して伝送、伝送された2K60p映像を高解像度化し、4K120pといった元のフレーム周波数に復元する。超解像とフレーム内挿の処理に必要な情報を補助情報として同時に伝送する事で、より高画質に復元するとしている。

 今後は8K SHVの解像度にも対応させる予定で、処理回路を増加させる事で対応は可能な見込みだという。放送局の既存設備などを使って、高画質に4K/8Kコンテンツを伝送できる事から、フルHDから4K/8Kへの移行しやすさが魅力だ。

8K SHVでのハイブリッドキャストに向けて

 放送と通信を連携させたハイブリッドキャストサービスは既に実施されているが、次世代の8K SHVにおいても、それに合わせたハイブリッドキャストサービスの実現を予定。そのために必要な、次世代の多重化方式「MPEG-H MMT」に対応した送受信装置が開発された。

 多重化方式のMMTは、NHKが研究開発や標準化を積極的に進めてきたもので、2014年3月にISO/IECの国際規格として承認。現在のデジタルハイビジョン放送で使われているMPEG-2 TSは、放送という単一の伝送路を前提としたものだが、MMTは通信も含め、複数の伝送路で情報を提供できる。

 MPEG-2 TSは映像や音声などを1つにまとめて送信するが、MMTは映像、音声、アプリなどを別々に伝送し、受信機がそれらを選択して受信・表示も可能。開発された送受信装置は、放送や通信といった伝送路の区別なく、送られてきた複数の映像や音声を同じテレビ画面内に同期して表示可能。スマートフォンやタブレットなどとテレビと連携させ、セカンドスクリーンとも同期表示できるなど、多彩な情報表示を可能にするとしている。

MMTにより実現されるサービスのイメージ
MMT多重化に対応した受信装置の表示デモ。メイン映像は放送で、左側の小さな映像は通信経由で取得、同期して表示させている

 コンテンツの権利保護とアクセス制御のためのCAS技術も、8K SHVに向け、研究されている。安全性を高めるために128bitのブロック暗号(AESなど)を採用すると共に、多重化方式のMMTに対応したスクランブル方式を開発。

 また、このCASは放送や通信を使い、受信機に安全にダウロードでき、更新も可能なダウンローダブルCASとして開発されており、保護が破られた場合でも、暗号鍵の更新などが可能。

次世代CAS技術
ダウンローダブルCASの試作機

市販カメラと組み合わせて8K出力が可能なベースバンドプロセッサユニット

 会場には、ソニーの業務用4KカメラのF65と、ベースバンドプロセッサーユニット「BPU-4000」も展示されている。F65は、8K相当のイメージセンサーを搭載しているため、RAWデータをBPU-4000に伝送し、リアルタイムに処理をかけることで、8K DG信号を得る事ができるという。

 8Kだけでなく、4K、2K映像を同時出力する事も可能で、既に購入できる8K用機材であると同時に、4K時代、8K時代のどちらにも対応できるソリューションとしてアピールしていた。

業務用4KカメラF65と、ベースバンドプロセッサーユニット「BPU-4000」の組み合わせによる概念図
ベースバンドプロセッサーユニット「BPU-4000」
4KカメラF65

22.2chの音響を手軽に楽しむために

 22.2chの音響も8K SHVの魅力だが、大量のスピーカーを家庭に配置するのは現実的ではない。そこで、頭内伝達関数を用いて擬似的に後方や側方から音が聴こえるように感じられるヘッドフォンも試作。

 今年は、スピーカーを配置することなくディスプレー周囲に内蔵したスピーカーのみで、22.2マルチチャンネル音響を再現する技術も開発されている。使われているユニット数は12個。

 音源から両耳に届く音は、音源の方向や距離によって左右の耳に届く時間や音量、音色が異なり、この差から人は音源の方向を判断している。テレビ内蔵スピーカーだけで様々な方向からの音を表現するために、バイノーラル信号処理もかけている。

 なお、2chのヘッドフォンで22.2chを再現するバーチャルヘッドフォン技術は既に開発されているが、その2ch化再生技術をベースにした派生技術も展示。椅子の周囲に複数の小型スピーカーを配置し、リラックスした姿勢で22.2chサラウンドが楽しめるという展示で、スピーカーとユーザーの距離が近いため、周囲の家族に迷惑をかけずに22.2chの音響が楽しめるという。

 2chで22.2chを再生するヘッドフォン技術を、左右の耳の近くにあるスピーカーに適用。背後の上部や、腕の先などに設置されたスピーカーは、人によってバーチャルサラウンド技術では感じ取りにくい前方、後方の音を補完的に再生するという。

テレビの周りの12個のスピーカーで22.2chを再生
22.2chサラウンドを満喫できる特製チェア

(山崎健太郎)