レビュー

“自分ダミーヘッド”が身近に、final「TONALITE」をヘッドフォン祭で測定してみた

TONALITE(トナリテ)

あの“自分ダミーヘッド”を身近にする「TONALITE」

先週末に恒例のフジヤエービック主催「秋のヘッドフォン祭」が開催された。今回のヘッドフォン祭で驚かされたのは、直前にfinalが8点もの新作を一挙に発表したことだ。その中でも一際注目は、完全ワイヤレスイヤフォン「TONALITE(トナリテ)」である。なぜなら、これはfinalのTWS新フラッグシップモデルであり、あの「ZE8000」の自分ダミーヘッド方式の流れを継ぐものだからだ。ヘッドフォン祭の会場で、その効果を試したので、レポートする。

まず「自分ダミーヘッド」とはなにかを簡単に説明する。その前提として、人が音楽を聴く時の本来の“音の流れ”は、耳穴にダイレクトに入ってくるのではないということをイメージして欲しい。低音は回り込みやすく、高音は直進しやすいので、耳たぶに当たって反射したり顔面を回り込んで耳に入ったりと複雑な軌道を描いている。しかしイヤフォンではその要素は無視され、耳穴に直接挿入されるので、現実の音と乖離しやすいという問題があった。

「自分ダミーヘッドサービス」を適用したfinal「ZE8000」

finalは会社規模を超えるような研究部門を有する技術志向の会社であり、軽んじられていたその問題にメスを入れた。そしてZE8000において「自分ダミーヘッド」という画期的な解決策を導入したのだ。

それは上半身の画像をスキャンし、耳穴の内部の音の反射を測定する。その個人ごとの違いから「自分ダミーヘッド」という仮想的なモデルを作成して解析し、その結果をZE8000の再生音にファームウェア更新で適用するというまるでSFのような仕組みである。これにより聴く音に対しての身体の影響を加味して、本来の「音色」を再現するというのが目的だ。

final本社で水泳のキャップのようなものをかぶり、2度測定する必要があった
耳まわりの形状を詳細にスキャンしているところ
測定して作り出した“自分ダミーヘッド”をバーチャル空間に配置。その空間の中で、音を仮想的に再生し、ダミーヘッドに音がぶつかった時にどのように変化するかを計算。が「音の空間印象」と「音色認識」を検証し、得られた音響物理パラメーターをZE8000に内部に書き込むのが「自分ダミーヘッドサービス」だ

筆者もそれを体験したのだが、その効果は目覚ましく、音はより鮮明となり、空間再現性も上がる。しかし、なによりZE8000の再現する楽器・声の音色は今まで聴いたことがないほど感動的なものになった。端的に言えば、近眼の人が度のあったメガネをかけたときに感じる感動のようなものだ。

しかしながら、「自分ダミーヘッド」は一度に行なえる人数が限られ、二度も川崎にあるfinal本社に赴いて測定しなければならない。オプション自体の価格(55,000円)も高価で、効果はあるが、コストパフォーマンスを考えるとかなりハードルの高いサービスだった。

TONALITE

今回発表されたTONALITEは、その思想を継いだもので、「自分ダミーヘッド」システムも「DTAS」という新たなシステムに生まれ変わった。DTASではわざわざfinal本社に出向くことなく、スマホのアプリから自分でスキャン・測定が可能となった。その情報をサーバーにリモートで送信して解析、TONALITEに反映するという仕組みだ。これにより手間とコストが大幅に低減した。ちなみに「TONALITE(トナリテ)」という名称はフランス語の「音色」という言葉を元にしたという。

DTASの前に、TONALITEの特徴をチェック

TONALITE自体もfinalの最新の完全ワイヤレスイヤフォンモデルとして、新設計の「f-CORE for DTAS」を搭載、ノイズキャンセリングにおいても圧迫感のない「トリプル・ハイブリッドノイズキャンセリング」を採用している点が特徴だ。

では「トリプル・ハイブリッドノイズキャンセリング」とはどういう意味かというと、一般的なハイブリッドノイズキャンセリングはデュアルハイブリッド方式と呼ばれ、フィードバック方式(内部マイク)とフィードフォワード方式(外側マイク)がミックスされたアクティブノイズキャンセリング(ANC)という意味だ。

finalはそのANCに加えて、イヤフォンメーカーならではのノウハウでパッシブのノイズキャンセリングを強化している。それで強化されたパッシブノイズキャンセリングとデュアルアクティブノイズキャンセリングでトリプル・ノイズキャンセリングというわけだ。
もしかすると、マニアの読者はここで「なんだ宣伝文句か」と思われるかもしれない。だが、ちょっと待って欲しい。

この「パッシブ・ノイズキャンセリング」は“カナル型だから遮音性が良いですよ”という単なる宣伝文句ではなく、finalならではの新しい仕組みによるものなのだ。

ダイナミックドライバーではドライバーの最適動作のためにどうしてもベント穴が必要となるが、それは同時に遮音性を落としてしまうことにもなる。そこでTONALITEではそのベントの仕組みに長いチューブを組み合わせて減衰させることで密閉度を上げることに成功したという。

そしてこの「ダイナミックドライバーで密閉度を上げる」という発想は、あのA10000での開発ノウハウを元にしたもので、密閉状態で低域を稼ぐことで振動版の動きを抑制して低域の歪みを小さくするという効果があるそうだ。これは想定以上の効果があったということだ。

finalの有線イヤフォン最上位「A10000」

このようにパッシブのノイズを低減することで音質を高める効果まで得られるというのが「トリプル・ハイブリッドノイズキャンセリング」に込められた意味なのだ。

DTASの測定手順

さて、肝心の「DTAS」だが、実際にどうするのかというのはリリース文を読んでもよく分からない。そこで筆者はヘッドフォン祭のDTAS体験イベントに参加して、DTASの実際を体験してみることにした。

着座すると、イベント体験用機材の一式が眼の前に置かれた

このイベントはヘッドフォン祭のfinalブースの中で場所を区切って行なわれ、1時間ごとに8人ずつのユーザーが参加、スタッフ(よく知られているクマさん)による分かりやすい説明で進行された。イベントの大まかな流れは、自分でスマホを使用して自分自身をスキャン・測定、結果を適用したデモ機を借用して別室にてじっくりと試聴するというものだ。

finalのクマさんがナビゲートしてくれる

以前「自分ダミーヘッド」と呼ばれていた自分の仮想データは、「DTAS」においては「アコースティック・アバター」と呼ばれる。そこでまずアコースティック・アバターを作る作業から行なう。作業はfinalの用意した試作アプリがインストールされたスマホで行なった。

DTASアプリ

まず頭にARマーカーの印刷されたヘッドバンドを、マーカーが耳の位置にくるように装着する。これはさほど難しくないが、マーカーが髪の毛などで隠れないようにしなければならない。(マスクはスキャン時には外す必要があるが、メガネはそのままでも良いようだ)

ARマーカーの印刷されたヘッドバンド
ARマーカーの印刷されたヘッドバンドを装着したクマさん

次にスマホでの顔認証の設定の時のように、顔を色々な方向から撮影する。スマホが振動することで認識したことを知らせてくれる。これはとてもスムーズにできた。

アプリの指示に従い、顔を色々な方向から撮影する

その次に耳のアップの画像を撮影する。この時にスマホ画面が見えなくなるので、撮影はさきほどより少し難しい。実際にやるときには、鏡を用意しておいた方がやりやすいと思う。

それが終わると、今度はTONALITEにきちんと遮音できるようにイヤーピースを取り付けて耳に装着する。すると耳にキーンというスイープ音が強弱で聞こえ、すぐ測定は終わる。
この次が面白いのだが、今度は「イヤピースを外して」耳に付け直す。これは通常外で開放で聴いている状態を再現するためだという。同様にスイープ音で測定する。この時には周囲は静かでなければならない(イベントではクマさんが周囲に静かにしてくださいと声かけをした)。また、イヤーピースを外すのでイヤフォンを指で押さえなければならないので、安全のために片耳ずつ行なう必要がある。

イヤピースを外したイヤフォンを抑えて測定

こうした作業はアプリの画面のガイダンスに従って行なうのでとても簡単にできた。一方で測定のポイントごとにサーバーに送信が必要となるので多少待ち時間がある。一回の送信時間は3~5分ほどだ。

測定結果をサーバーに送信しているところ

これで最終的に「アコースティック・アバター」が完成し、アプリで指示をすることでサーバー内でそのアバターを使用したシミュレーションが行なわれる。ここでも数分待つ必要がある。

終了するとデータがTONALITEに書き込まれて、いよいよ自分専用のTONALITEを使用できる。TONALITEにも「GENERAL」と呼ばれる汎用の設定もあるので、測定しなくてもTONALITEを使える。そして「自分専用」のDTAS設定のアリ/ナシで比較も可能だ。

ちなみにTONALITEにはゲスト機能もあり、友人に貸して使わせることもできる。

DTASの効果を試す

まずfinalの用意した曲で試聴してみる。「IMMERSED TAPESTRY」という曲だが、まるで「音響系のユーロジャズ」のような前衛的な曲で、様々な音が入り混じった複雑な音楽だ。

DTASの設定のアリ/ナシを比較してみると、音の鮮明さ、明瞭感が大きく違う。DTASアリにすると、たしかに「自分ダミーヘッド」で感じたような音の向上がはっきりと感じられた。DTASナシに戻すととたんに音がぼんやりと霞むような感覚に陥ってしまう。

ここまで確認すると、別室にその適用済みTONALITEを持参して、今度は自分のスマホで試すことができた。ただし自分のスマホにはTONALITE用のアプリはまだないので、DTAS設定が適用された音だけを聴くことができた。

まずTONALITEの基本的な音質だが、音質はとても良い。短時間の試聴なのであまり細かいインプレッションは書けないが、面白いことには持参した「自分ダミーヘッド」を適用した自分のZE8000(JDH)と比べてみると音傾向が異なるのが分かった。

TONALITEはZE3000系の進化版のような少し派手目の高音質だが、ZE8000(JDH)はフラット・ニュートラルなサウンドに聴こえる。TONALITEの音はZE8000(JDH)よりもリスニング寄りで、ウッドベースのピチカートはより弾み、躍動感が感じられる。

TONALITE DTAS適用後(黒)とZE8000自分ダミーヘッドモデル

ZE8000は賛否両論の両極端の意見のあるサウンドであったが、おそらくTONALITEはそうしたことはないだろう。わかりやすく優れたサウンドである。

もう一つ面白いのは、スタッフがすでに作成したTONALITEと、自分専用のTONALITEの聴き比べだ。この「他人専用」のTONALITEを聴くと、同じ音楽でも、甘く濁って聴こえてくる。それだけ個人個人の身体特徴は異なり、聴こえてくる音楽は違うのだと納得できる。

今回は、イベント会場で、見よう見まねでやった割には効果が実感できた。実際に製品が発売されれば、もっとしっかりと静かな自室で、ゆっくり測定できるだろう。

かつては一部のマニアしか体験できなかった「自分ダミーヘッド」が、TONALITEで誰でも手の届く体験になった、それこそfinalらしい進化である。

TONALITEは2025年11月より「GREEN FUNDING」にてクラウドファンディングを開始するとのことだ。価格は39,800円前後で、クラウドファンディングでは先行価格で安く提供されるようだ。興味を持たれた方はぜひこの新しいイヤフォン体験に挑戦してみてはいかがだろうか。

佐々木喜洋

テクニカルライター。オーディオライター。得意ジャンルはポータブルオーディオ、ヘッドフォン、イヤフォン、PCオーディオなど。海外情報や技術的な記事を得意とする。 アメリカ居住経験があり、海外との交流が広い。IT分野ではプログラマでもあり、第一種情報処理技術者の国家資格を有する。 ポータブルオーディオやヘッドフォンオーディオの分野では早くから情報発信をしており、HeadFiのメンバーでもある。個人ブログ「Music To Go」主催。http://vaiopocket.seesaa.net