【レビュー】“ダイレクトトップマウント構造”イヤフォン3機種を聴く
-JVC HA-FXD80/70/60。買いやすく、量感/解像度を両立
バランスド・アーマチュア方式のイヤフォンが人気を集める中、それに負けじとダイナミック型でもより大きなユニットを内蔵したり、複数のユニットを同軸配置で内蔵するなど、様々なタイプが登場している。JVCのアプローチはその中でもユニークで、ユニットを大胆に小型化するというものだ。
そんな「マイクロHDユニット」を採用し、多くの新要素も盛り込んだカナル型(耳栓型)イヤフォンの新シリーズ3機種を一気に聴いてみる。
6月上旬から発売されており、ラインナップは「HA-FXD80」、「HA-FXD70」、「HA-FXD60」の3機種。価格はオープンで、店頭予想価格は「HA-FXD80」が7,000円前後、「HA-FXD70」が5,000円前後、「HA-FXD60」が4,000円前後と、いずれも購入しやすい価格帯だ。
なお、「HA-FXD60」にはスマートフォン用にマイク付きリモコンを備えた「HA-FRD60」も7月上旬に発売される。予想価格は4,500円前後だ。
HA-FXD80 | HA-FXD70 | HA-FXD60 |
■小さくすれば耳穴に入る
大胆に小型化したダイナミック型ユニットを採用した第1弾モデルは、2008年8月発売の「FXC50/70」まで遡る。この頃は「トップマウント構造」と呼ばれる機構だった。今回の新モデルでは、これが「ダイレクトトップマウント構造」へと進化している。
ダイレクトトップマウント構造のイメージ |
通常のダイナミック型イヤフォンでは、筐体に14mmや15mmなどのユニットを筐体に内蔵。そこからノズルが伸びて、そこにイヤーピースをはめ、ピースを耳穴に入れている。つまりユニットから出た音が、ノズルを通って耳穴に入ってくる。
JVCはこのユニットをギュッと小型化。新モデルでは5.8mm径のマイクロHDユニットとし、これをノズルの先端に配置。ユニットの周囲にイヤーピースをはめるような形になり、そのまま耳に挿入する。つまり、ユニットそのものが耳穴に入る形になる。こうすることで、音がダイレクトに届き、高精細で迫力あるサウンド再生ができるという考え方だ。この“基本構造”は、第1弾モデルでも、新モデルでも変わりがない。
進化点は大きく2つあり、1つは筐体。第1弾モデルでは、ハウジングとノズルの間にラバーパッドを使った音筒部が挟まるような形状になっており、ハウジングとノズルは繋がってはいるが、間接的な接続だった。新モデルではいずれも、筐体が一体型になっている。
もう1つは振動板に使われている素材。第一世代のFXC50/70ではフィルム振動板、第2世代のFXC51/71ではカーボン振動板が使われていたが、新世代ではカーボンナノチューブ振動板になっている。これは、2011年4月発売の、2基の小型ユニットを縦に配列した「ツインシステムユニット」を採用した「FXT90」で培った技術を導入したもの。カーボンナノチューブは、軽量かつ剛性が高く、適度な内部損失があり、振動板に適した素材だ。
HA-FXD80を分解した写真。ピントが合っているパーツが5.8mm径のマイクロHDユニット。恐ろしく小さい | 「ツインシステムユニット」を採用した「FXT90」の分解写真。ユニットが縦に2つ配列されている |
■3機種の違い
中央にある金色のパーツがブラスリングだ |
細かな違いは以下の通りだが、最上位のFXD80のみ、筐体に「デュアルシリンダー構造」が使われている。これは、比重の大きいブラスリングを内蔵する事で、振動を抑えるための仕組みだ。
その他の主な違いは筐体の素材。FXD80とFXD70はステンレスのメタルエンクロージャ。「FXD60」は、エンクロージャの素材そのものがステンレス製ではなく、樹脂製になっている。この素材の違いが、音にどのような変化をもたらすか楽しみだ。
なお、装着感だが、筐体がメタルの上位機種では、重みで耳から抜けてくる事がある。耳奥にしっかり挿入し、そこでホールドできるイヤーピースサイズを選びたい。Shureのイヤフォンのように、耳の裏にケーブルをたらすように装着すると安定する時もあった。
HA-FXD80。ステンレスのメタルエンクロージャを採用している | イヤーピースを外したところ |
HA-FXD70 | イヤーピースを外したところ |
HA-FXD60。筐体は樹脂製になっている |
モデル名 | HA-FXD80 | HA-FXD70 | HA-FRD60 | HA-FXD60 |
発売時期 | 6月上旬 | 7月上旬 | ||
店頭予想価格 | 7,000円前後 | 5,000円前後 | 4,000円前後 | 4,500円前後 |
特徴 | ダイレクトトップマウント構造 | |||
カーボンナノチューブ振動板 搭載マイクロHDユニット | ||||
制振フィットブッシング | ||||
ステンレス製メタルエンクロージャ | - | - | ||
デュアルシリンダー構造 | - | - | - | |
出力音圧レベル | 102dB/1mW | |||
再生周波数帯域 | 8Hz~25kHz | 10Hz~25kHz | 10Hz~24kHz | 10Hz~24kHz |
インピーダンス | 20Ω | |||
最大許容入力 | 150mW | |||
ケーブル | 1.2m Y型 | 1.2m Y型 マイク付きリモコン | ||
ケーブルを 除いた重量 | 約8.5g | 約10g | 約5.3g | 約5.3g |
■音を聴いてみる
高いモデルから順番に聴いていこう。試聴にはiPhone 4S直接接続や、第6世代iPod nano + ポータブルアンプのiBasso Audio「D12 Hj」+ 米ALO Audioのクライオ処理されたDockケーブルなどを使用している。
●HA-FXD80
HA-FXD80 |
「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生。すぐにわかる特徴は、“低域の量感”と“中高域のクリアさ”のバランスだ。低域の豊かな量感は、バランスド・アーマチュアと比べ、ダイナミック型が得意とするポイントの1つだが、例えばユニットを大きくするなど、その特徴ばかりを追求していくと、豊か過ぎる低域に音全体が飲み込まれてしまい、ボワボワして、低域過多、不明瞭なサウンドになってしまう。
FXD80の場合は、アコースティックベースの豊かな低域が、ダイナミック型らしい量感を聴かせる一方、ヴォーカルやギターの細かい描写がまったく埋もれず、キッチリと聴き取れる。ダイレクトトップマウント構造だけに、埋もれる前にダイレクトに耳に届くような“鮮度の良い”イメージだ。
低域も際限なく膨らんでいるわけではなく、「ズーン」と沈み込む力強さの中にも芯と締りを感じさせる。FXD80に搭載されているブラスリングによる制動が聴いているようだ。これは、前述の中高域のクリアさにも寄与しているだろう。
中高域がクリアで、解像度が高く、メリハリ良く聞こえるため、一瞬聴いただけだとバランスド・アーマチュアのような印象を受ける。それに豊かな低域が付随するため、マルチウェイの高級アーマチュアを連想させる、迫力とクリアさを兼ね備えたサウンドが実現できている。正直、この音で7,000円は安い。「15,000円です」と言われても、すんなり「はいそうですか」と言ってしまいそうだ。
全体を見渡した傾向としては、フラットバランスと言うよりも、若干低域の盛り上がりが強い。だが、中高域がクリアであるため、“それを感じさせない”という表現がピッタリ来る。そのため、解像度は高いのだが、モニターライクのフラットなサウンドを求める人にはややマッチしない。「クリアさがありつつも、低域の迫力で音楽をパワフルに、楽しく聴きたい」という人に合うだろう。そういった傾向でありながら、低域がブイブイ主張し過ぎない“節度”があるところが良いポイントだ。
気になる点としては、高域に若干キャラクターを感じる。おそらくステンレス製筐体の鳴きだと思われるが、「手嶌葵/The Rose」を再生すると、ヴォーカルが若干硬質で、冷たい音になる。自然な音とは異なるが、独特の爽やかさを演出しているとも言える。
●HA-FXD70
HA-FXD70 |
同じユニットや筐体素材を使っているので当然だが、音はよく似ている。これ単体で聴いているのならば、あまり不満は無いだろう。ただ、FXD80と比べるとやはり違いはある。
例えば先ほどの「手嶌葵/The Rose」は、ヴォーカルとピアノ伴奏のみのシンプルな部分が多いが、ヴォーカルと、その声の響きが広がっていく周囲の空間に注目。FXD80は無音の空間に音が広がり、やがて消えていく様子がわかるが、FXD70は響きがワンワンと広がる音が目立ち、それが静寂に溶けていく部分がよくわからない。
HA-FXD80とFX70 |
音像の輪郭もFXD80は彫りが深いが、FXD70は音の発生源と、広がる響きの境界があやふやだ。つまり、FXD80の方がコントラストが強く、雑味が少なく、クリアである。それゆえ、音像の立体感も感じやすい。
おそらくブラスリングが省かれているため、余分な振動による音がFXD80よりは耳に多く入るのだろう。FXD70の実売は5,000円で、FXD80との価格差は2,000円あるが、個人的にこの程度の値段差であれば迷わず「FXD80」を選びたい。
●HA-FXD60
意外に健闘しているのが、実売4,500円前後と一番安い「FXD60」だ。このモデルもブラスリングが無いため、コントラストの部分ではFXD70と同じような点が指摘できるが、筐体がメタルではないため、FXD80の部分で書いた高域の“硬質さ”が無く、音色が自然なのだ。「手嶌葵/The Rose」のヴォーカルで比べると、3機種の中では最も声に温かみがあり、冷たい声の上位2機種と比べ、“人間の体温”を感じさせる音になっている。
ただ、厳密に聴いていくと、FXD60は上位モデルと比べると低域の量感はあるものの、最低音の沈み込みが少し弱く感じる。しかし、ダイレクトトップマウント構造の利点を損なうものではないだろう。音色を重視する人であれば、FXD80より気に入るかもしれない。「FXD80まではちょっと……」という場合は、FXD70より、FXD60をオススメしたい。
HA-FXD60 | HA-FXD80とFXD60 |
■HA-FXT90とも比べてみる
HA-FXT90 |
気になるのは、同じ“5.8mm口径、カーボンナノチューブ振動板採用マイクロHDユニット”を、2個も搭載している「HA-FXT90」の存在だ。前述のように、このモデルはユニットを縦に2個配置した「ツインシステムユニット」が特徴で、現在8,000円~9,000円程度で販売されており、価格帯的にも、構造的にも「HA-FXD80」のライバルと言っていいだろう。
「HA-FXT90」のサウンドは、昨年レビューした記事を参照していただきたいが、2個のユニットをネットワークを使わず、同じ帯域で再生し、その音を重ねる事で、厚みのある音を出そうというのが特徴だ。
そのため、FXD80と比べると、“豊かな量感と、中高域のクリアさ”という特徴は共通している2機種だが、ツインユニットのFXT90の方が、さらに中低域の張り出しがパワフルだ。
FXT90のレビュー時に、このパワフルに主張する中低域を“個性”とし、「恐らくもっと中低域の張り出しを弱くしたら『ドライバを2基にする必要あるの?』という味気ない優等生サウンドになるだろう」と書いたが、FXD80は、ドライバを1基にして、味気ない優等生……までは行かず、少し“ヤンチャぶり”を残しつつ、そつなくこなせる楽曲は増やしたモデルと言える。FXT90を聴いて、「力強くて面白いけれど、ここまで中低域が張り出さなくても良いかなぁ」と感じた人ならば、新しい3機種がピッタリくるだろう。
Amazonで購入 | ||
HA-FXD80 | HA-FXD70 | HA-FXD60 |
(2012年 6月 8日)
[ Reported by 山崎健太郎 ]