麻倉怜士の大閻魔帳

第47回

“新しい切り口”の製品が豊作。'22年に印象的だったAV製品11選 前編

クリプトン「KX-3SX」。スタンドは別売り

2022年も残りわずか。今年もハード・ソフトを問わず、さまざまな新製品、新技術が発表された。今回はスピーカーやAVアンプ、プレーヤーといったAV関連製品やコンテンツに絞って、麻倉怜士氏が体験したものから、特に印象に残ったもの11選を紹介。今回は前編として、スピーカーとヘッドフォンアンプから6製品をピックアップする。

――今年の秋は、昨年に続いてインターナショナルオーディオショウが開催されたほか、さまざまなイベントのリアル開催が復活してきました。

麻倉:コロナ禍になって3年目、新製品もこれまでに比べてかなり充実してきました。面白いなと思うのは、新しい切り口の製品が多かったことです。単なる従来の延長線上ではなく、デジタル・アナログという観点でもない、まったく違う切り口で生まれた製品が多く出てきました。

クリプトン「KX-3SX」

――それではスピーカー製品から。まず印象的だったというのが、クリプトンのエーススピーカー第6世代「KX-3SX」。「熟練したコアテクノロジーに加え、最新の素材とニューテクノロジーを融合させて感動のスピーカーシステムに仕上げた」というモデルです。

クリプトン「KX-3SX」

麻倉:極端に言ってしまえば、ひとつ前の世代の「KX-3Spirit」と大きな違いはなく、変わったのはキャビネットと内部配線くらいですが、音は劇的に変わりました。

クリプトンは音の解像度が高くて、スーッと音が伸びるんですが、その一方で「伸びが良いだけじゃないか」という声もありました。しかし、このKX-3SXでは音楽性の濃いところが出てきたなと驚きました。“美味しい音”になりました。

音楽が持っている方向性や、コンセプトが色濃く出てきました。通常、色濃いとモッタリとした印象を受けがちですが、KX-3SXはスッキリしていて、なおかつ音楽性が表現されるようになってきたところに大変、関心しました。

歴代のクリプトン製品の中でも、音の変わり方の度合いが大きかったです。過去には構成を大きく変えた製品もありましたが、ここまで劇的に音が変わることはありませんでした。

「密閉型エンクロージャー」「クルトミュラーコーン・ウーファー」「オールアルニコマグネット磁気回路」がクリプトンの“3種の神器”で、この3つをずっと使い続けています。そのなかで例えば外装をピアノ塗装にすると、ピアノ塗装らしいグロッシーな音になりましたし、内部配線が変わると、それも音質に影響していました。

そうやって蓄積されていたものに、「ワンダーローズ突き板」のエンクロージャー、ポリエステルの3回塗り重ねの仕上げ塗装など、KX-3SXで投入してきた新しい切り口のものが組み合わさることで、“3種の神器”がもともと持っていたポテンシャルが、見事に引き出されたんだと思います。

Bowers & Wilkins「700 S3」

――上位モデルから多数の技術を取り入れたBowers & Wilkinsの新700シリーズ「700 S3」も、その進化ぶりに驚いたようですね。

Bowers & Wilkins「700 S3」シリーズ

麻倉:これは本命と言ってもいいモデル。とにかく感心しました。もちろん800シリーズにも感心させられますが、旧モデルより格段に値段が高くなりました。また800シリーズはハイエンドモデルなので“物量投入”はある意味、当たり前です。

それに対して、700シリーズはより一般的な“ディフュージョンモデル”のような位置づけでしたけど、S3では700シリーズ自身の存在感というか、単純に上位機種の技術を持ってきたという形ではなく、これ自体が独立した世界観を持った印象です。

ブックシェルフスピーカーでも707 S3は、空間性がとても良く、立体的な音場感があって、音の切れ込み、粒立ちがいいです。706 S3も倍音成分までしっかり出ていますし、フォーカスの明瞭性もあります。

ツイーター・オン・トップを採用した「705 S3」

そしてB&Wの代名詞とも言える“ちょんまげ”こと、ツイーター・オン・トップを採用した705 S3では、その恩恵が色濃く出てきます。非常に細かいところまで音の情報が描かれていて、特に弦の倍音感が素晴らしかったです。

すべて良くなっているわけですけど、向上の仕方も極端でした。例えば703 S3で聴いたオーケストラの再現性で言うと、パートの位置や、各パートの“進行力”、レンジ感、レスポンスなどが、以前のモデルよりも、とても良くなっている。トータルで音楽の体積感も出てきていて、重層的なところも出ています。ひとつひとつの音もよく分解していて、音楽の美味しいところを出してくれるなという感じがありました。それでいて、驚くほど高いわけでもありません。

――800シリーズが、おいそれと買えない値段になってしまったので、憧れを持って“えいや”と買うモデルが700シリーズになってきた印象もあります。

麻倉:マーケティング的な戦略もあると思います。ハイエンドモデルは、憧れを持ってもらって、おいそれと手が出しにくい存在にしつつ、「欲しいけど、100万円は……」と悩む人に「これがありますよ」と700シリーズを見せるという作戦です。その意味で持っている技術の使い方がうまくなったなという印象です。大人っぽい駆け引きといったところでしょうか。

もちろん、700 S3シリーズを買えば満足感も得られるはず。800シリーズのエッセンスも入っているので、ある部分では800シリーズと同種類を聴いているわけですし、旧700シリーズの長所も、ぐっと良くなっています。

日本メーカーが作る製品には、情報的で、客観的に音楽を見ているような印象があります。それに対して、ヨーロッパメーカーが作るものは、伝統性というか「音楽がそこにある」感じがあります。

しかも例えばイギリスメーカーならイギリスらしい音、デンマークメーカーならデンマークらしい音と、民族性もあります。そういう意味でいうと、B&Wの最新モデルは、ヨーロッパの伝統をしっかり背負っているし、音楽が持っている本質的なソノリティや、音楽性がにじみ出てくるんですよね。それも、これ見よがしに「こうだ」という感じではなく、自然体で出てくるところが素晴らしいと思います。

Piega「Coax611」

――5年ぶりにフルモデルチェンジされたPiegaの「Coax Gen2シリーズ」。そのなかでもフロア型「Coax611」が印象的だったようですね。

フロア型「Coax611」

麻倉:Piegaはスイス・チューリッヒにあるスピーカーメーカーで、リボンツイーターが有名です。スイスの土地柄みたいなものがあって、音を聴く前から「透明で、伸びが良くて、ワイドレンジ」という雰囲気を感じる点が面白いですね。アルミ製の筐体も、その印象を強くしています。

技術的な点では、新開発の同軸リボンユニット「C212+」を採用しました。磁界の使い方、熱処理など、細部も見直されました。

このCoax611自体は、そこまで大きいモデルではありません(編注:外形寸法210×310×1,170mm/幅×奥行き×高さ)。筐体自体は巨大ではないのに、インターナショナルオーディオショウでは、広い部屋に“芳醇な香り”が広がりました。とてもクリアな音で、音像がしっかり立っているけれど、音場の広がりもしっかりありました。これはリボンツイーターの反応の良さ、空間性が高域まで効いている証です。その点を素晴らしく感じました。

非常に丁寧に音楽が描かれていて、解像度も高い。しかも解像度の高さが、キリキリ頑張って出している雰囲気ではなく、自然体で解像度の高さが、そこに存在しているような印象でした。質感もいいです。

先程のヨーロッパ的な民族性・伝統性という視点で言えば、スイス的な、清涼感のある、爽やかな音楽を気持ちよく鳴らしてくれます。スイスのオーケストラは、特に室内管弦楽団の音が“スイス的”なんです。気持ちのいい音がするし、爽やかだし、伸びが良いし、その中に透明感が渦巻いているという。そういった音楽の流れ、生演奏の流れと、音作りの流れが一致しているような印象でした。

これはやはり、自社で作っているリボンツイーターによる特徴だと思います。スピーカーメーカーというのはユニットまで作る会社と、ユニットは外部から買ってきて、自社のエンクロージャーやネットワークで仕上げる会社の2種類があります。

Piegaは、ベースユニットは他社から仕入れていますが、心臓部のリボンツイーターは自社開発していて、そこにしっかり投資もしています。そういった新しい技術開発も効いているなと感じました。

Alare「Remiga2」

――Remiga2は、イタリアのハイエンドオーディオメーカー・AUDIAが2021年に立ち上げたスピーカーブランド「Alare(アラーレ)」の製品です。

Alare「Remiga2」

麻倉:AUDIAはハイエンドオーディオ用のアンプやプレーヤーを作っているメーカーで、これまでは自社のアンプ・プレーヤーの音を他社のスピーカーを通して聴かせていました。しかし、トータルで自分たちの音を作りたいという考えで、Alareというスピーカーブランドを2021年に立ち上げたのです。

イベントで初めて聴いて、その低音の凄さに驚かされました。何が凄いかというと、量感と同時に、切れ味がものすごく良いのです。低音がまったくダレず、パシッと止まるんです。普通、低音はだらだらと漂ってしまうんですが、Remiga2は量感もありつつ、俊敏な低音感でした。

このRemiga2は低音だけじゃなくて、値段も凄い。ペアで1,298万円するので、価格面では一般的ではありませんが、低音の速度は信じられないくらい速い。低音増幅にテーパードトランスミッションラインを採用していて、10インチと8インチという小型ドライバーの反応の良さを活かしている。

聴いたのはサン=サーンスの交響曲第3番。オルガンが出てくることで有名な楽曲で、特に第4楽章では大活躍して、オルガンがオーケストラと対等に張り合うんです。こういった音源を再生すると、音がパシッとこないというか、音の広がりはありつつも、締まりがなく聴こえることが多いんです。しかし、Remiga2で聴くと素晴らしく締まりがいい。

さらにUAレコードの78回転レコードから、小川理子の「Balluchon」も聴きました。Side-Aの「Oh Lady Be Good」という楽曲には、しっかりとしたベースとドラムが、つまり歯切れのいい低音が入っています。そのオリジナルが持つ低音の歯切れの良さを、そのまま出してくれるスピーカーというのは、あまりありませんでした。

しかし、Remiga2でこの曲を聴いてハッとしました。テンポの早い音楽進行と、ベースの進行がうまくシンクロしているんですが、Remiga2で聴くと、眼前でパッと始まって、パッと終わる感じがします。

単に低音域がユニットとしてあって、それを密閉型やバスレフ式で出すのではなく、テーパードトランスミッションラインという、制動が高精度に効く特徴の構造を使っていて、それが想像以上に効果を発揮している。レコードの作り手である私も驚くくらいの制動力、表現力がありました。

普通、制動力がありすぎると、スケールが小さくなります。逆にスケールが大きくなると、輪郭が甘くなるというのが、低音表現で直面する2択ですが、Remiga2では、そのふたつが両立されていました。

先程も言ったように値段も凄いわけですが、こういった技術は、そのうちディフュージョンされたものが下位モデルに搭載されることが常なので、そちらに期待したいです。いずれにせよ、ブランド第1弾の製品で、ここまで完成度を高めてきたことに対し、素晴らしい技術力だと感心しました。

estelon「XB DIAMOND Mk II」

――スピーカー製品の最後は、estelonのフロアスタンドスピーカー「XB DIAMOND Mk II」です。

estelon「XB DIAMOND Mk II」

麻倉:estelonは、エストニアのメーカーで、日本では一昨年くらいから展開されています。非常に人気もありますね。

XB DIAMOND Mk IIで、特に素晴らしかったのは、音楽の空間表現です。“スピーカーがそこにあるけど、ない”、つまりスピーカーから音が出ているけれど、そうは感じさせず、スピーカーとスピーカーの間、もしくは外側の、あるべき位置から楽器の音が出てくる。空気のある一点から楽器が生まれてくる、というような空間表現力の高さでした。

この表現力は、スピーカーの形状から来ています。キャビネットの外側にも内側にも平行面がない、湾曲している構造を採用していて、音が出てきてから、それが空気に拡散する間にエッジがないのです。エッジがあると、そこで渦巻き現象が起きることがよくありますが、それが起きないのです。

非常にSNも良く、ノイズがないので、静粛感があります。音像の安定感、進行の緻密さ、音場のなかにおける音の分離感もあります。たくさんの音が一度に出てくるとき、それが混濁せず、空間性を持ちながら、ひとつひとつの位置を持って、それが同時に出てくるんです。

価格的には、かなりのハイエンド(編注:ペアで638万円)ですが、スピーカーのあるべき姿を体現した空間性です。スピーカーはあくまで音を出すための媒体であって、主体になってはいけません。主役はスピーカーではなく音楽であるという音場感、音像感の描き方が素晴らしかった。

EARMEN「CH-AMP」

――続いてはヘッドフォンアンプ。本体と電源部の2筐体で構成されたEARMENブランドの「CH-AMP」が選ばれました。プリアンプとしても使え、アクティブスピーカーとも組み合わせやすいコンパクトな製品です。

麻倉:とても小さいけれど音が良い。写真で見ると、筐体が小さすぎて高音質なアンプに思えないかもしれませんが、すごく音が良い。具体的には、音の描きが深く、表情が濃密で、細部まで綺麗に音が出ています。音の輪郭・剛性感もしっかりしています。ほかにも押し出し感があって、緻密さもあると、挙げたらキリがないくらい。私自身、ちょっと信じられませんでした。

大きいアンプであれば「こんなものだろう」となりますけど、小さいアンプだと「音が良いわけないじゃん」と思ってしまう。電源などのことを考えれば、据え置き機でここまで小型化する必要はありませんから。

ここまで筐体を小さくしても音が良い理由は、別筐体のしっかりとした電源と、オールバランス駆動であること。ものすごく基本的なところの構造がしっかりしているのです。だからバランスで聴いても、アンバランスで聴いても素晴らしい音でした。

「大きいことは良いこと」がオーディオの基本ですが、「大きくなくても良いじゃん」というのが、今のトレンドでもあります。現在の音楽の楽しみ方の主流はデスクトップなど、限られたスペース、ニアフィールドで高品位に楽しむこと。そして、近くで聴けば聴くようになるほど、高品位なサウンドである必要があります。ごまかしが効かず、あらが目立ちますからね。

そういう点でも、CH-AMPは、とても良いアンプです。ただスピーカーには直接出力できないので、この点は今後に期待したい。それでも、例えばGENELECやKEFなど、音の良いアクティブスピーカーと組み合わせると、抜群の良さが出るかもしれません。

EARMENは「Tradutto」というDACも展開していて、デザイン的な統合性も取れます。これらを組み合わせれば、“高品位ニアフィールドリスニング”が実現できるはずです。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表