西川善司の大画面☆マニア
第276回
発色ヤバすぎ! QD-OLEDブラビア「A95K」は有機ELの常識をコワす!?
2022年9月14日 08:00
有機ELパネルに、“新潮流”爆誕!!
――昨年暮れあたりから今年初旬、映像業界はサムスンから登場した新型有機ELパネル「QD-OLED」をもてはやした。
気持ちは分かる。なにしろ、テレビ向けの有機ELパネルの開発に全ての日本メーカー勢は失敗し、結局実用化できたのは、2013年に世界初の55型有機ELテレビ発売に漕ぎ着けた、韓国のLG電子だけ。この開発競争に敗れて悔しがったのは、日本メーカー勢よりもむしろ、同じ韓国のライバル企業・サムスンだったろう。
日本メーカー勢は、2015年には、さっさとLGディスプレイから有機ELパネルの提供を受けて有機ELテレビ製品を市場に投入したが、プライドの高いサムスンは、「液晶の方が有機ELよりいいんだ」という“謎(?)のキャンペーン”まで展開。決してLGDの有機ELパネルを使って、有機ELテレビの製品化を行なわなかった。サムスンも有機ELを絶賛開発中のときは「有機ELは未来だ」とまで言っていたにも関わらずだ。
そして、ついに2021年。満を持してというか、それまでの“液晶叩き”をこっそり引き出しにしまい、サムスンディスプレイは独自の大型有機ELパネルを発表。翌年には同パネルを使って製品を市場に投入する方針を大々的に披露した。
このあたりの「有機ELパネル開発狂想曲」物語については、以前掲載した本連載の特別編をご覧頂きたい。
'22年はミニLEDとQD-OLEDが熱い! 注目ディスプレイ技術総ざらい
プラズマ盛衰から有機EL戦乱まで~2010年代のテレビ技術を振り返る
ただ、ここで問題なのは“2007年に日本のテレビ市場からサムスンが撤退している”ことだ。
しかもこの新型有機ELパネル。製品の歩留まりがまだ芳しくなく、量産数に限度があると噂されていた。そのため、「サムスングループ内で消費するのが限界。外販する余裕はないのでは?」というのが業界のほぼ一致した見方だったのだ。
しかし、そこはそれ。以前からテレビ事業に関してはサムスンと良好な関係にあったソニーは、日本メーカー勢としては一番乗りで、このサムスンディスプレイの新型有機ELパネルを用いたテレビ製品の製品化権を獲得したのであった。
ということで、今回の大画面☆マニアは話題沸騰の、サムスンディスプレイの新型有機ELパネル“QD-OLED”を採用したブラビア「XRJ-55A95K」(店頭予想価格47.3万円前後)を取り上げることとしたい。
なお、このQD-OLEDについての詳細は後述する。
外観:ユニークなスタンド。前に出すか、後ろに出すか
最近、やたらと重くなっている薄型テレビだが、XRJ-55A95Kもご多分に漏れず、スタンドと合体させると約31kgと相応に重い。
ただ、ディスプレイ部は約21.2kgで、なんとか一人でも持つことはできる。スタンドは単体で約9.8kg。総重量の3分の1がスタンドの重さということだ。
ディスプレイとスタンドの合体は、それほど難しくはない。2本の支柱をスタンドに取り付け、支柱の凸ネジにディスプレイを引っ掛け、付属のビスで固定させる流れだ。
組み立てそのものは一人でも可能だが、スタンドを組み付けた時の総重量は31kgとなり、設置台に上げるのは一人だと危険。どうしても一人で作業する場合は、設置台上でディスプレイとスタンドを合体させよう。
※編集部注:安全のため、組み立てや持ち運び、設置は2人以上で行なってください
なお、本機のスタンド取り付けは、2つのスタイルを選ぶことができる。
1つが、スタンドのせり出しを背面側に向けた「フロントポジションスタイル」。画面が手前に来るため、スタンドの存在感を消すことができる。もう1つは、せり出しを前面側に向けた「バックポジションスタイル」。画面を壁に目一杯押しつけたようなスタイルで設置できる。なお、どちらの設置スタイルを選んでも、設置占有面積は122.2×26.5cm(幅×奥行き)となる。
結構割り切った設置スタイルを採用しているため、ディスプレイのスイーベル機能は皆無。完全リジッドなスタイルなので、位置や向き、設置台の高さなどは慎重に検討したい。また、画面下に空間ができないスタイルとなるため、サウンドバーの設置は難しい。
ベゼルは、実測で上辺・左辺・右辺が約8mm。下辺が約24mmで、かなりの狭額縁デザインとなっている。映像を映すと、ほとんど映像だけがそこに存在しているように見える。
表示面はハーフグレア加工で、室内情景の写りこみはかなり少なめである。全く、映り込みがない……というわけではないが、ほとんど気にならないレベルだ。
サウンドシステムは、同社有機ELテレビのA1シリーズから始まった、画面全体が振動板となって音を出す「アコースティック サーフェース オーディオ プラス(Acoustic Surface Audio+)」機構を採用する。
背面に2基の一般的なサブウーハーユニットを備えるが、メインスピーカーは画面の裏面に組み付けられた2基のアクチュエーターによって発音する。つまり、アクチュエーターが、平面振動板としての画面を鳴らすわけだ。画面が振動するからといって、映像が二重に見えたりすることはない。
音質は、その特殊な構造とは裏腹に、普通に高音質だ。総出力60Wのスペックも伊達ではなく、音量を上げれば上げるほど、迫力を増す出音には驚きを覚えた。ボーカル音域も力強い。ただ、平面振動板ゆえの特性なのか、高音の伸びは普通だ。
とはいえ、テレビ内蔵スピーカーとしてはかなり上級よりの高品位サウンドが楽しめる。日常的な活用主体であれば、サウンドバーなしでも不満はないだろう。
定格消費電力は332W。年間消費電力量は175kWh/年。これまでのLGパネル系の55型有機ELパネルと同程度、65型液晶テレビをやや上回る程度の消費電力だ。この数値だけを見れば現状は、新しいQD-OLEDパネルは消費電力の面では優位性はないようだ。
インターフェイス:HDMI 2.1対応。4K/120Hzは2系統まで
接続端子パネルは、正面向かって左側側面および裏面にレイアウトされている。側面側にはHDMI端子(HDMI入力1)が1系統。ここはHDMI2.0規格準拠で、4K/60Hzまでをサポートする。
側面には、HDMIの他に、USB 2.0、ヘッドフォン、4極ミニジャックのコンポジットビデオ入力兼センタースピーカー入力を用意する。
センタースピーカー入力とは、サラウンドのセンターチャンネルを、本機の「アコースティック サーフェース オーディオ プラス」機構によるスピーカーで再生する機能のこと。
USB 2.0端子は、デジタルカメラ機器、USBメモリーなど記録されている写真や動画などを本機の画面で再生するために活用できる。
側面側には、Googleアシスタントを使う際のマイク入力の有効/無効化を切り替えるスイッチもある。具体的には、スイッチを下にスライドさせると、マイク機能が無効化される。
背面側には3系統のHDMI端子(HDMI入力2/3/4)が実装されている。このうち、HDMI入力3/4が4K/120Hzに対応したHDMI 2.1規格準拠の端子になる。
端子としての物理形状は同じなのに機能差が設けられるのは、一般ユーザーにとっては厄介だ。というのも「繋がるのに映らない」という事態を引き起こしやすいからだ。できれば、全端子を同一仕様にして欲しいところ。
ただ、ソニー側もこのあたりは心得ていて、「繋いだ機器が本当にそのHDMI入力でよいのか」を診断してくれるスマートな機能が搭載されている。
たとえばPlayStation 5をHDMI入力1/2に接続すると、“4K/120Hzに対応したHDMI入力3/4の方がいいですよ”というアドバイスをしてくるのだ。これは、他のテレビ製品では見たことない機能で面白い。
なお、本機のHDMI入力は、HDMIの系統別に、どういったHDMI信号を入れるかを明示設定しておく必要がある。設定は、[設定]→[放送と外部入力]→[外部入力設定]→[HDMI信号フォーマット]から行なうことになる。
設定できる信号形式は下記のラインアップとなる。
・標準フォーマット
・拡張フォーマット
・拡張フォーマット(ドルビービジョン優先)
・拡張フォーマット(VRR)
標準フォーマットは、互換性重視のHDMI1.4以前の信号形式。4K/60Hz以上のHDMI信号を入力させるには「拡張フォーマット」系を選択する必要がある。
拡張フォーマットは、無印の「拡張フォーマット」以外に「拡張フォーマット(ドルビービジョン優先)」、「拡張フォーマット(VRR)」があり、それぞれ入力したいHDMI信号の種別に合わせて的確に選ばなくてはならない。
たとえば、Dolby Vision対応映画やXbox系ユーザーでDolby Vision対応ゲームをプレイする際には「拡張フォーマット(ドルビービジョン優先)」モードを明示設定しなくてはならない。競合他機種では自動判別してくれる機種がほとんどなので、ここはちょっとブラビア特有のややこしい部分である。
この他、背面には有線LAN、USB 3.0(USB 3.2 Gen1)、光デジタル音声出力、アンテナ端子が実装されている。
USB 3.0は録画用の外付けハードディスクを接続するためのもの。本機へのハードディスクは8台まで登録ができ、1台あたりの最大容量は公称16TB以下となっている。なお、USBハブを経由した接続は動作保証対象外となる。
本機の画面上部には付属のカメラユニット(BRAVIA CAM)を接続出来るようになっており、その専用接続端子もある。カメラは人感センサー用、ジェスチャー操作入力用、ビデオチャット(Google Duo)用などに使えるということになっているが、筆者の評価時点では対応ファームウェアの提供が行なわれておらず、まだ試せなかった。コロナ禍以降、テレワークが当たり前の時代、ついにリビング用のテレビ製品にWebカメラが付くようになったとは感慨深い。
ゲーム関連機能:4K/60Hz入力で0.7フレーム遅延
下に、XRJ-55A95KとPlayStation 5を接続した際に、ゲーム機側からどのように認識されたかの情報画面を示す。
PS5では、YUV422形式による4K/HDR/120Hzまでの表示が行なえるようだ。
いつも通り、Leo Bodnar Electronicsの「4K Lag Tester」を用いての入力遅延の計測を行なった。今回は、画質モード「ゲーム」のみ測定した。結果は、以下の通り。
55A95Kは、120Hz倍速駆動パネルということもあり、4K/60Hz入力時の入力遅延は12.3msとなっていた。つまり、60fps換算で約0.7フレーム(≒12.3ms÷16.67ms)の遅延を伴うことになる。
倍速パネルでは、補間フレーム挿入機構を切ったとしても、理論的に8.3ms(≒1/120秒)の遅延が避けられない。実測の12.3msは、この8.3msの遅延に、さらに映像エンジンがらみの4ms遅延が伴った結果だろう。
60Hz映像入力時、倍速パネルが遅延するメカニズムについての解説は、下記記事を参照のこと。
あなたのテレビは遅れてませんか? 知っておきたい“遅延”の話
ちなみに、一部の最新有機ELテレビ(LGやパナソニック、TVS REGZA)では、倍速駆動パネルにおいても、60Hz映像入力時はリフレッシュレートを60Hzにモードチェンジする機構を採用しており、前述の“8.3ms遅延問題”を解消している。QD-OLEDパネルにも、このモードチェンジ機能の搭載を期待したいところだ。
一方、120Hz映像入力時の入力遅延は4.5msだった。つまり、120fps換算で約0.54フレーム(4.5ms÷8.33ms)の遅延を伴うことになる。
結果としては、0.7フレーム遅延(60fps時)、0.5フレーム遅延(120fps時)となり、一般的なゲームプレイにはそれほど大きな支障はないと思われる。ただ、eSport系のゲームでは少々気になるかも知れない。
ちなみに、競合他社の有機ELテレビ製品群は、本機の実測値よりも優れた入力遅延を実現しているので、追い越すとまでは行かなくとも、もう少し肉迫できたら…とは思ってしまう。
そうそう。本機はソニーのゲーム機・PS5と組み合わせた時に、最適なゲームプレイ環境をユーザーに提供するべく搭載されたPS5連携機能「Perfect for PlayStation5」に対応している。
具体的には、PS5側のHDR関連設定を省略できる「オートHDRトーンマッピング」機能、そしてHDMI伝送されてきたコンテンツIDからジャンル情報を認識して自動でモードを変更する「コンテンツ連動画質モード」のことなどを指している。
この「Perfect for PlayStation5」。本連載でも取り上げた、ソニーブランドのゲーミングディスプレイ製品「INZONE M9」にも搭載されたあの機能が搭載されているものだ。これはPS5には嬉しい機能だろう。
操作:洗練されて使いやすいユーザーインターフェイス
リモコンはBluetoothと赤外線のデュアル接続方式。電源オン・オフなどの一部コマンド以外は、Bluetoothでの操作となる。Bluetooth接続状態になると、リモコンを画面方向に向けなくても操作できるので、地味に便利だ。
電源オンから地デジ放送の表示までは、実測で約4.0秒。また、HDMI→HDMIの入力切り替え所要時間も実測で約1.5秒と、一般的なPCディスプレイより速い。
本機は、OSにGoogle TVを採用しており、テレビシステムをこの上に構築している。よって操作系は、この手のテレビ製品にありがちな、“Google端末的な操作”と“ソニーのテレビ的な操作”が混ざり合った、これまたハイブリッドな仕様となっている。
以前のブラビアは、この操作系が少々わかりにくかったのだが、世代も重ねた影響なのか、今回の評価で筆者は、この“ハイブリッド感”が薄まった印象を持った。
どうゆう意味かというと、Google端末的な操作と、ブラビア的な操作を分離し、むしろ「Google端末として使う時はこう、ブラビアとして使う時はこう」と、UXを切り分けてきたようなのだ。
このコンセプト。スマートフォンに慣れ親しんだユーザーからすれば、頭を切り替えやすいし、UXの仕組みも理解もしやすい。
これはある意味、スマートテレビのUXにおける、1つの最適解という気もしてきた。もちろん、競合他社のように、「いかにGoogle TV的なUXを隠蔽して、家電的なUXを表に出すか」に情熱を燃やすのも手だが、今回のソニーのように分離してしまうのも“スマホ世代の現代人”には親しみやすいのかも知れない。
具体的には、リモコンの[テレビ]ボタンを押すと、それまでGoogle端末的なGoogleサービスや、VODサービスを使っていたとしても、瞬時に、直近で見ていたテレビチャンネルを映し出す「テレビ放送受像機のモード」になる。
一方で、リモコンの[ホーム]ボタンを押すと、Google TVのホーム画面に瞬時に移動し、まさにGoogle端末的なメニューが展開する。Googleアカウントの設定やら、Googleアプリ関連の設定やら、様々なGoogle端末としての細かな設定もここから行なう事になる。
55A95Kの本体設定は、[クイック設定]ボタンから行なうのが便利だ。ブラビアとしての詳細設定、一般的な画質設定はここから行なえる。
[テレビ]、[ホーム]、[クイック設定]……この3つのボタンを使いこなせれば、55A95Kのほぼ全容を使いこなせる操作系になっている。
それと、Google TVでありがちなのが、アプリ等のハングアップ問題。これも、リモコンの電源ボタンを5秒以上長押しすると、Google TVのOS再起動を行なってくれる。いちいち電源コンセントを外す必要も無い。
ソニーも、相応に溜まってきた“Google TVの経験値”を製品にフィードバックしてきたということだろう。
以前ブラビアを取り上げた時にも紹介したが、55A95Kにも「ブラビア コア(BRAVIA CORE)」が搭載されている。ブラビアコアは、ブラビア製品を購入した人が2年間、ソニーピクチャーズの映画作品などを、高画質なハイビットレートで視聴できるという特典。
古めの名作はもちろんのこと、今年劇場公開された映画「アンチャーテッド」もラインアップされているなど、新作も数本揃っている。他のVODサービスにまだ加入していない、配信で高画質に映画を楽しみたい、と考えるユーザーにとっては結構な価値があると思う。
画質チェック:こんな色でいいの? QD-OLEDの発色性能に驚愕
冒頭でも触れたが、XRJ-55A95Kの注目ポイントは、採用する有機ELパネルがサムスンディスプレイ製のQD-OLEDだということ。2013年以降、ほぼ全てのメーカーの有機ELテレビがLGディスプレイ製のOLEDだったことを考えると、多くのユーザーがその画質を初めて目にすることとなる。
既にQD-OLDの技術概要については、本連載の第271回で解説済みだが、QD-OLEDパネルの実機を取り上げるのは最初なので、本稿でも軽く振り返っておこう。
'22年はミニLEDとQD-OLEDが熱い! 注目ディスプレイ技術総ざらい
QD-OLEDの“QD”とはQuantum Dot、すなわち量子ドットを意味する。すなわち、QD-OLEDは量子ドット技術と有機EL(OLED)技術を組み合わせた映像パネルだ。
「量子ドット」とは、カドミウム、亜鉛、セレン、硫黄などを組み合わせた数nmサイズの微粒子のこと。量子ドットに光を当てると、その調合の具合や粒子直径に応じて光の波長を自在かつ高効率に変調してくれる。つまり量子ドットとは、“光の色を別の色に変換する”ことができる超微粒子素材ということになる。
なお、ブラビアの量子ドット搭載モデルには「カドミウムは使われていない」(ソニー窓口)という。
量子ドット技術を活用したテレビ製品といえば、第272回で取り上げたシャープのAQUOS「4T-C65DP1」にも採用されていた「量子ドット技術と青色に発光するミニLEDバックライトを組み合わせた新世代ディスプレイ技術」が連想される。
国産第1号の量子ドット×ミニLEDアクオス降臨。輝度も完成度も高し!
「量子ドット×ミニLED」型の液晶パネルでは、光源としては単色の青色で、その青色光を赤色量子ドットや緑色量子ドットにぶつけて赤色や緑色を取り出してフルカラー表現を行なう。
QD-OLEDにおいては、青色単色で発光する有機EL発光層から出力された青色光を、"ほぼ"そのまま利用するのが青サブピクセルとなり、赤色量子ドットや緑色量子ドットにぶつけて作り出された赤色や緑色を赤サブピクセルや緑サブピクセルとする。
なお、QD-OLEDでは「カラーフィルターを使用していない」(ソニー窓口)という。
また、QD-OLEDは「トップエミッション」方式を採用している点も、「ボトムエミッション」方式を採用したLGディスプレイの有機ELパネルに対する差別化ポイントだと指摘されることが多い。
ボトムエミッション方式では、出射光が画素を駆動するためのTFT回路側から出射されるため、有機ELサブピクセルからの光はTFT回路の隙間を通ることになり、画素開口率が50%以下となってしまう。
対して、トップエミッション方式では、TFT回路とは反対側から光を出射させるため、画素開口率を稼げる特徴があるといわれる。
今回評価した55A95Kに採用されているQD-OLEDパネルは、55型サイズで4K(3,840×2,160ピクセル)解像度のものになる。表示面を顕微鏡にて光学30倍、光学300倍で撮影した写真が以下のものだ。
写真を見ると、非常にユニークなサブピクセル配列をしていることが分かる。
このサブピクセル配列は、スマートフォン向けの有機ELパネルによく見られる「ペンタイル配列」に似ているが、実際は違う。ペンタイル配列は、フル解像度あるのは緑(G)サブピクセルだけで、赤と青(RB)のサブピクセルはGサブピクセルの半分しかない。しかし本機の場合、RGB各サブピクセルはきちんと実解像度分(つまり4K解像度分)、フルに存在する。
とはいえ、トップエミッション方式の割には、開口率が予想より低いのは確かで、実際にこの顕微鏡写真から開口率を概算してみたところ、約50%程度であった。これは、LGディスプレイ式の有機ELパネルの開口率と大差ない。
ちなみに、本誌連載・第273回で取り上げた、RGB印刷方式のJOLED製有機ELパネル(AKRacing「OL2701」)の顕微鏡写真も参考までに下に示しておく。
待たせたな。印刷×国産4K有機ELのAKRacingディスプレイ徹底検証!
上写真のAKRacing「OL2701」は、ドットピッチ的には55A95Kの上を行く、4K解像度の32型パネルにもかかわらず開口率は80%に達していた。同解像度パネルの場合、画面サイズが小さい方が開口率を上げるのが難しいにもかかわらず、だ。
ちなみに余談だが、日本企業のJDIは、2022年5月に有機ELパネルの高開口率化に貢献するeLEAP技術を発表している。
有機ELパネルの高開口率化は、省電力化、高画質化の両側面に効くことから、今後、重要度を増すはずである。QD-OLEDパネルも、次世代モデルでは、さらなる高開口率化を実現してくるに違いない。
JDI、“既存有機ELの全特徴を凌駕”「eLEAP」量産技術確立
実際に評価をしていて、設定関連で興味深かったのは「HDRトーンマッピング」の設定だ。
HDRトーンマッピング設定は、[切/明るさ重視/階調重視]が選択可能で、HDR映像の種類によっては、適切に使い分けた方がより高品位な映像体験が楽しめる。
[切]設定は、バッサリと600nit~1,000nit(映像の平均輝度によって変化。この値は「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」で計測した結果を見ての所感。以下同)を超えた階調を飽和させて表示するアルゴリズムのようだ。
逆に言うと、600nit~1,000nit以下あたりの階調表現は、HDR映像の絶対輝度をなるべくそのまま表示しようとするため、パッと見は明るい映像に見える。ただし、非常に高輝度な成分までを含むHDR映像では、高階調が飽和気味になる。表示しようとするコンテンツが、明確に1,000nit未満の絶対輝度で構成されていることが分かる場合には選択するとよいかもしれない。
[階調重視]は、HDR映像の1,000nit以上の輝度……具体的には、1,000nitから3,000nitくらいまでを本機の映像パネルの表現輝度範囲に階調圧縮するアルゴリズムとなる。およそ3,000nit以上の高階調は飽和させてしまうため、“超”高輝度領域の階調は失われる。
全体的に階調が圧縮される関係で、[切]や後述の[明るさ重視]よりは暗めな映像に見えることもあるが、[切]では消失していたHDR映像の1,000nit以上の高階調が見えるようになる。HDR映像自体が記録しているリニア輝度値よりは暗い値にはなってしまうため、映像全体の見た目としては暗くなる印象があるので、この設定を使うならば暗室での視聴は必須だろう。
[明るさ重視]は、基本的には[階調重視]と同じ方針のアルゴリズムだが、一般的な映像表現でよく用いられる輝度レンジを、本機の映像パネルの輝度性能と階調性能が一番優秀なところに割り当てて表現するため、階調もそれなりに再現されつつ、それでいて[階調重視]設定よりは、若干明るい映像になる。暗室でも照明下においても、使い勝手はいいモードだと感じた。
実際に使っていて気が付いたのは、[明るさ重視]と[階調重視]は、映像の平均輝度に応じて適応型の処理系になっているが、そのレスポンスはわざとゆっくりとした遅延を伴ったものになっていること。
これは、適応型の階調処理やコントラスト制御を、ハイレスポンスなリアルタイム階調制御で実践すると、逆に映像が不自然に見える事があるためだろう。
例えば、画面外から高輝度な発光体が突如現れ、瞬間的に映像の平均輝度を著しく押し上げたりする場面が発生した場合、遅延なしのリアルタイム制御では、それまでシーンに存在していたオブジェクトの階調の見え方が突然変わってしまう。人間の視覚システムの「明順応」「暗順応」に似た、遅延を伴った制御にすることで、適応型の階調処理やコントラスト制御をじんわりと変えることで、不自然さをユーザーに知覚されないように工夫しているようだ。
こうした制御は、先日取り上げたゲーミングディスプレイ「INZONE M9」でも行なわれていることを指摘した。INZONE M9では、バックライトのエリア駆動と遅延付きの適応型階調処理、およびコントラスト制御の影響により、さざなみのようなHALO現象を誘発していたのだが、自発光の55A95Kではそのような現象は見られなかった。
参考までに、UHD BD「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」に含まれているTONE MAPPINGテストにて、最大10,000nitの白赤緑青の各色階調バーを、[切][明るさ重視][階調重視]の各モードにて表示させた際に、筆者が視覚できた階調上限(単位はnit)を以下に示しておく。
HDRトーン マッピング設定 | 白 | 赤 | 緑 | 青 |
---|---|---|---|---|
切 | 600 | 400 | 450 | 500 |
階調重視 | 3,000 | 1,000 | 1,300 | 1,400 |
明るさ重視 | 2,000 | 700 | 900 | 1,000 |
映画コンテンツのHDR映像の表現能力テストは、いつものUHD BD「マリアンヌ」と、新発売タイトルのUHD BD「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」を用いて行なった。
映像中の街灯、車のテールライト、各種照明器具などの自発光表現は、やはり自発光パネルらしい、際立ったコントラスト感がお見事であった。
背景が漆黒に近い暗がりの場合、自発光オブジェクトの周りに、液晶パネルのような迷光はない。自発光オブジェクトが放つ、明るい光の1ピクセル隣にある漆黒領域すら“ちゃんと”真っ暗のままであり、それこそ映像全体として見たときには、その自発光オブジェクトの背後には「奥行きのある闇」が広がっているんだ、と納得できる。「コントラスト感が良好」というより、「その後ろの暗闇の奥行き感が良好」といったほうが、本機の映像表示能力の本質を言い表せているかもしれない。
それと、さすがブラビアの色彩設計ということで、人肌の発色が堅牢。明るい場面でも、暗い場面でも、人肌が常に人肌らしい陰影を放っていた。
そして何より、量子ドットの効果もあってか、純色の発色も鮮烈だ。
草花、動植物が放つ、赤緑青の純色は鮮烈。あまりにも鮮烈なので「本物もこんな色をしているのかな」と疑いたくなるような場面もないわけではなかったが(笑)、少なくとも“QD-OLED”感のアピール力は強く感じ取ることができた。一般ユーザーは、この純色達の手応えだけでも満足がえられるのではないだろうか。
前出のHDRトーンマッピング設定は、屋外シーンの多い、明るい表現主体の映像は[階調重視]がしっくりときた。なんとなく、モード名からの印象とは逆の組み合わせのような気もするが。そして、やはり、照明少なめな暗がりのシーンの多い映画……例えば、今回の評価で見た「ファンタスティックビースト」のような映画は[明るさ重視]が好適。このあたりの活用はユーザーの好みにもよると思うが、HDRトーンマッピング設定の各モードを色々と使い分けるのは楽しい体験だった。
最後に、各画質モードごとの白色光の光スペクトラムの計測結果を示しておく。
さすがはQD-OLEDパネル。RGBの各純色のスペクトラムの立ち上がりの鋭さ、そして各スペクトラムの分離感も文句なしだ。
比較参考用に、LGディスプレイ製有機ELパネルのスペクトラムも示しておこう。緑と赤のスペクトラムの出方の違いに注目してほしい。
なお、YouTubeコンテンツなど、一部の映像ソースでは、選べる画質モードは[ダイナミック]、[スタンダード]、[シネマ]、[Imax Enhacned]、[カスタム]の5種に限定されることがあった。
総括:高額なA95K。発色・輝度に惚れたらポチってドヤれ
鮮烈なデビューを果たした、QD-OLED採用の新ブラビア「A95K」シリーズ。QD-OLEDパネルの数が限られているという事実に加え、日本市場ではソニー・ブラビアが独占しており、間違いなく“オンリーワン”の映像体験が楽しめるモデルだ。
そんなこともあってか、A95Kの55型は47.3万円前後、65型は66万円前後と、なかなか強気な価格設定となっている。他社の同型有機ELテレビと比較すると、約10万円から15万円は高額である。実際、QD-OLEDを搭載しない4K有機ELブラビア「A80K」(2022年モデル)と比べても、55型で9.9万円、65型で15.4万円の価格差がある。
10万円から15万円といえば、55型の液晶テレビの中堅機が買えてしまう金額である。コストパフォーマンス的な視点でQD-OLEDパネル採用機を推薦するのは厳しい。
では逆に、あえてQD-OLED機を選ぶとしたら、どこに価格差分の価値があるのか。
それはまず、第一に「発色性能」ということになるだろう。
約10年間に渡るLGディスプレイ製有機ELパネルの独占状態だった有機ELテレビにおいて、誰も見たことがなかった“鮮烈な赤緑青の純色”によって描写されるフルカラー表現を一番乗りで体験できること。ここに価格差分の価値が見出せれば、A95Kを選ぶことに間違いはない。
ときどき「この色、これで合ってるの?」というくらい鮮烈な色に遭遇することもあるのだが、「このシーンでこの色がちゃんと出るんだなあ」というしみじみ納得することも多く、この体験は今のところ、A95Kでしか得られない。
そしてもう一つの価格差分の価値。それは「明るさ」だ。
従来の有機ELパネルでは、白色有機EL発光層からの光に対し、RGBカラーフィルターを通して各RGBサブピクセルを表現する原理から、出力された光エネルギーの1/3しか表示に活かせなかった。これに対しQD-OLEDでは、量子ドット技術によって高効率に色変換し、出力された光エネルギーの大部分を利用できるのだ。
本連載では、光スペクトラムの計測時にその白色光の最大照度も同時に計測しているが、筆者の実測では55A95Kは500ルクス前後、従来の有機ELパネルを採用した21年モデルは270ルクス前後だった。つまり、QD-OLEDの方が二倍くらいは明るいということになる。
とはいえ、明るさの面ではさすがのQD-OLEDも、膨大な数の光源をバックライトに添える「量子ドット×ミニLED」技術ベースの液晶テレビには及ばない。
筆者が実測した「量子ドット×ミニLED」テレビ製品(TCL「55C825」)では1,000ルクスは超えていたので、A95Kの2倍は明るいことになる。明るさを最重要視するユーザーは「量子ドット×ミニLED」テレビ製品も選択候補に入れるべきだろう。
とにかく。日本市場においてはしばらく、QD-OLEDパネル採用テレビはソニーのブラビアが独占状態になりそう。早く手に入れれば入れるほど、鮮烈な映像と共に“初物ドヤ”という高揚を味わうことができよう。購入はお早めに(笑)。