麻倉怜士の大閻魔帳

第48回

「革命的に凄い」finalのTWS。'22年に印象的だったAV製品11選 後編

「CINEMA 50」

2022年も残りわずか。今年もハード・ソフトを問わず、さまざまな新製品、新技術が発表された。今回はスピーカーやAVアンプ、プレーヤーといったAV関連製品やコンテンツに絞って、麻倉怜士氏が体験したものから、特に印象に残ったもの11選を紹介。今回は後編として、AVアンプとUHD BDプレーヤー、完全ワイヤレスイヤフォンなど6製品をピックアップする。

マランツ「CINEMA 50」

――後編の最初はAVアンプです。選ばれた「CINEMA 50」は、新世代のマランツデザインを採用し、機能や音質も現在の最新ニーズを踏まえたものにした「CINEMA」シリーズの第1弾です。

麻倉:デノンとマランツという2ブランドを、うまく棲み分けているなと思います。デノンは伝統的なAVアンプのあり方を押さえていますが、ピュアオーディオとの関係性については、あまり言及しません。あくまでAVというジャンルの中で技術を熟成させているといった開発の方向性です。

それに対してマランツは、ピュアオーディオとの関係を重視していて、ピュアオーディオで培ったノウハウや技術、音作りをいい形でAVアンプにも取り入れています。この姿勢の違いが興味深い。マランツのリビングオーディオのなかにAVの要素を入れる、AVのなかにピュアオーディオの要素を入れるという試みが興味深いです。

“新世代のマランツデザイン”を初採用した2モデル。上からSACDプレーヤー「SACD 30n」、プリメインアンプ「MODEL 30」

その姿勢が如実に表れているのが、筐体デザインです。2020年に発売されたプリメインアンプ「MODEL 30」やSACDプレーヤー「SACD 30n」で始まったクラシカルなデザインを、このCINEMA 50でも採用していて、これがとても良い。まあ、以前のものが使いづらかったとも言えますが(笑)。デザインを、ここまで大胆に変えてきたことに感心しました。

「MODEL 40n」

しかも、この“新世代のマランツデザイン”を、まず「MODEL 30/SACD 30n」というオーディオ製品で立ち上げた後、ピュアオーディオ用2chプリメインアンプ「MODEL 40n」でも取り入れた上、HDMI入力を搭載してきました。

そして“50番台”の「CINEMA 50」で、ついにAVアンプを送り出してきたのです。ピュアオーディオから発して、ピュアオーディオの良いところを持ちながら、AVというものも深く頑張りますというメッセージ性がある、このストーリーも面白いと思います。

――ピュアオーディオの流れの中にあるAVアンプという見せ方ですね。

中央の小さなパーツが大量に取り付けられているのが「HDAM-SA2」部分

麻倉:音作りもまさにそうで、CINEMA 50ではプリアンプ部に「HDAM-SA2」を採用しました。これまでもHDAMを採用したAVアンプはありましたが、それらの回路は、Hi-FiアンプのHDAM回路のデフュージョンでした。しかし、今回はまったく同じものを搭載しています。

想像するに、AV、ホームシアター、ピュアオーディオというジャンルの垣根をなくそうとしているんだと思います。これまではCDやSACD、DVDやBlu-rayといったように、そもそも再生するメディアが違ったので、「音楽はこの機器で、映像はこの機器で再生しましょう」と言えましたが、ストリーミング全盛の時代では、TIDALなどの音楽系サービス、Netflix・Prime Videoなどの映像系サービスが、ひとつの機器に全部集まってくるわけです。

そんな時代において、どういったAVアンプが必要になるかと言えば、基本的な音や画が良いもの。ホームシアターと言うと、「ピュアオーディオではないし、音作りはそれなりで……」という考えが先行しがちですが、そういったことは関係なく「いい音で全部聴こうぜ!」となると、従来よりもひとつ、ふたつ上のレベルで音作りをしなければいけません。

音は素晴らしいの一言です。従来のマランツの延長というよりも、音を引き締めたこと、付加価値をつけたことが分かる、とても良い音です。フォーカスが良くて、透明度も高く、解像度的な伸びも良い。音楽的なエッセンスに加えて、場の表現も素晴らしい。

微小信号の表現も上手です。映画「グレイテスト・ショーマン」のチャプター11、シアターのシーンでも、すごくささいな音が会場に広がっていきます。繊細な音から、ダイナミックな剛性感の高い音まで、非常に表現範囲が広いですね。アンプが良いので、人の声も良い。ダイアログの良さが際立ちます。

「CINEMA 50」背面

音作りの考え方と同じく、筐体デザインについても従来のままでいいのか、考えなくてはいけません。CINEMA 50の場合、前面は良くなりましたが、背面は端子だらけで、まだまだ改善の余地があります。ただ、1990年代くらいから始まったAVアンプの歴史が、30年くらい経って新しい次元に入ってきたなと感じさせてくれました。

――音質面では、音楽モノのBDが見たくなるAVアンプでした。

麻倉:それも本当に素晴らしかったですよ。Auro-3Dが再生できるので、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のライブ映像を収録した「ストラヴィンスキー:春の祭典」を観ました。これはAuro-3Dのなかでも特に音が良い。これをCINEMA 50で再生すると、透明感がものすごい。アムステルダムの会場は、透明度と濃厚度が同時に存在する場所なんです。ふつうは片方が高いと、もう片方が悪くなってしまうのですが、濃密かつ透明な会場です。このアンプを使うと、その雰囲気がすごく良く出てきます。音楽の表現力も素晴らしいです。

REAVON「UBR-X110」

――続いてはUHD BDプレーヤーの名前が挙がりました。SACDの再生にも対応したREAVONの「UBR-X110」です。

REAVON「UBR-X110」

麻倉:これまでREAVONのプレーヤーは「UBR-X200」の評判は高かったけれど、「UBR-X100」は音も、画もいまいちの評判でした(笑)。それがX110になって、画質が遥かに良くなりました。見晴らしの良さや透明度、クリアネスなどが良くなりました。音質も良くなったポイントです。音場の広さとかクリアさ、分離感、透明感もすごくある。

特にディスクを楽しみたい人にとって、OPPO Digital亡き後、プレーヤーの選択肢がありませんでした。パナソニックのUHD BD再生対応BDレコーダー「DMR-ZR1」は22.2ch Atmos変換も含めて素晴らしいですが、SACDが再生できません。そして最近はSACDに傑作が多い。だから、SACDが再生できるプレーヤーというのが、ディスク文化におけるひとつのメルクマール(指標)になっているのです。

REAVONのプレーヤーはSACD、CD、UHD BD、BD、DVDとなんでも再生できる、マルチプレーヤーの理想形です。そして音も画も良いX200に対し、X100は普及型にしすぎたところがあったところに、X110が出てきたわけです。

ちなみに、今入手できる最新のSACD対応プレーヤーとしては、X110のほかにARCAMの「CDS50」があります。不思議なことに、ARCAMはイギリス、REAVONはフランスと、今までSACDを無視していたヨーロッパメーカーが、力を入れている形ですね(笑)。

そして、このプレーヤーの音をさらに良くできるアイテムとして出てきたのが、GeerFab Audioのデジタル・ブレイクアウト・ボックス「D.BOB」です。

GeerFab Audio「D.BOB」

「D.BOB」

麻倉:アメリカ・ウイスコンシン州の新進オーディオメーカー、GeerFab Audioが新開発した、映像と音声を同時に伝送するHDMI信号から、映像と音声の各信号を分ける分配器です。これを使うことで、BDプレーヤーでコンテンツを再生しながら、より良い2チャンネル音声を聴く、つまり高音質化ができるのです。

よくこんなこと考えるなと思いました。通常、プレーヤーからのHDMI信号がAVアンプに入ると、音声信号はAVアンプの内蔵DACがDA変換します。私が持っているOPPOのUHD BDプレーヤー「UDP-205」は、プレーヤー側で2chアナログ出力ができるので、その場合はプレーヤー内蔵のDACがDA変換します。しかし、どちらにせよ、内蔵DACの性能はそれほど凄く良いというわけではありません。

麻倉氏所有のMeridian Audio「MERIDIAN ULTRA DAC」(写真下)

私は高級DACユーザーで、Meridian Audioの「MERIDIAN ULTRA DAC」を所有していますが、これまでBDプレーヤーの再生時にULTRA DACを使うという発想は、まったくありませんでした。というのも、BDプレーヤーからは同軸デジタル出力ができますが、BDオーディオなどのハイレゾディスクを再生しても、オーサリング時の制作者の選択により、48kHzなどのSDにダウンコンバートされてしまうからです。

私が使っているUDP-205はSACD再生もできますが、そもそもDSD信号は著作権保護機能のない光/同軸デジタルでは出力できません。HDMIのみです。そのため、ハイエンドDACがある意味“宝の持ち腐れ”のようになっていたわけです。

OPPO DigitalのUHD BDプレーヤー「UDP-205」(下)
「D.BOB」背面

しかし、このD.BOBを使えば、入力したHDMI信号から最大192kHz/24ビットのリニアPCMやDSD64(2.8MHz)の音声信号を分離して、同軸・光デジタル信号として出力できるのです。映像再生機器用にパススルーで映像用のHDMIも出力できます。HDCPの著作権保護がネックですが、それには変更を加えず、出力を可能にしたそうです。

ULTRA DACを使えるようになるので、音は格段に良くなります。ちなみにDSD信号は、リニアPCMのコンテナ形式のDoP方式で出力されます。

――実際に聴いてみても、信号を変換したことによる劣化をあまり感じませんでした。

麻倉:まったく感じないですね。ただミュートのタイミングが私の機材とは合わないみたいで、「プチッ」という音が出てしまいますが……。しかも、このD.BOBは実売価格が159,500円前後(編注:価格改定があり、2023年1月20日受注分から176,000円前後)で、高級DACを買える人であれば普通に手が届く価格です。SACDの良いプレーヤーはあまりないので、組み合わせるには最適な選択肢ですね。

final「ZE8000」

――製品の最後は“8K SOUND”を謳うfinalの完全ワイヤレスイヤフォン「ZE8000」です。

final「ZE8000」を持つ麻倉怜士氏

麻倉:これは革命的に凄い。音質はホームオーディオの域に達していると言ってもいいと思います。有線の世界を超えている印象です。今年のベスト、すべてのオーディオ製品でベストじゃないかと思いました。

完全ワイヤレスイヤフォンの試聴時、いつも同じ3曲を聴くようにしています。そのうちのひとつ、「イエスタデイ・ワンス・モア/カーペンターズ」では、まったくこれまで聴いたことのないようなクオリティの高さ、しなやかさ、そして音楽的なボキャブラリーの多さを感じました。

「ZE8000」(左)とAirPods Pro(第2世代/右)

まず、冒頭のピアノが端正で、しなやかです。その中に音の粒子が稠密に詰まっているという印象があります。ほとんどの完全ワイヤレスイヤフォンは、この部分で音が尖り、強調してくるのですが、ここまで滑らかなピアノは初めてでした。

カレンの声は表面が大変すべらかで、トゲトゲしたところがまったくありません。解像感は非常に高く、ディテールまでクリアに再現されますが、それは強調した末に無理に浮き彫りにするという方向ではなく、もともと非常に細かな粒子が、1か所に集まって、それが自然の摂理の結果、強固な構築物を作るというようなレトリックで表される、品位の高さがあります。ハイレゾのレゾを「解像度」とすれば、まさにナチュラルハイレゾではないかと思いました。

これほどクオリティが高く、高品位な完全ワイヤレスイヤフォンは、初めて聴きました。音楽がその本質レベルまで掘り下げられ、十全たる表現力を持って正しく再生されるという意味で、史上初の完全ワイヤレスイヤフォンです。

「ZE8000」のイヤフォン

finalの細尾(満)代表に話を聞いたところ、完全ワイヤレスの音の悪さは、Bluetoothが原因ではないことが分かったそうです。Bluetooth経由では良いコーデックでイヤフォンまで信号が来ていて、それ以外のデジタルオーディオ系、電磁変換系に大きな問題があることを発見したそうです。

つまり「Bluetoothの音は悪い」という常識が間違っていた。そして、その常識に基づいていたため、「Bluetoothの音が悪いんだから、いくらやっても悪いまま。それなら周波数特性を強調しましょう」という考えに行ってしまい、それ以外の部分での進化が止まってしまっていたのです。

finalの興味深いところは、5人ほどの専門家による“諮問委員会”の存在。彼らは「音が良いとは?」「どういう音がふさわしいのか?」など、基本的な開発・研究をしていて、その結果、これまで業界で準拠してきたイヤフォン用のリファレンス周波数特性は間違っていたことが分かり、それとは完全に異なるカーブを発見。さらにBluetoothは決して悪くないことも認識したのです。加えて信号処理の合理化、発音ユニット造の改革、配線方法の改善……などにより、圧倒的に自然な音の実現に成功したというわけですね。

つまり、デジタル領域での問題点、アナログ領域での問題点を、狭いチャンバーのなかでどう解決するのか、真正面から突き詰め、それを突き抜けてみたら、この音が完成したわけです。

SACD「SACDベスト・オブ・ベスト」/「The Golden Ring / 楽劇《ニーベルングの指環》ハイライツ」

――最後にコンテンツとして、SACDをふたつ上げています。

麻倉:これまでもソニー・ミュージックやステレオサウンドなどが、邦楽のSACDを出していましたが、これもひとつの流れ、というところで最大手のユニバーサル・ミュージックから「SACDベスト・オブ・ベスト」として、フォーク、ロック、ニューミュージック、シティポップ、フュージョン、アイドル、歌謡曲など、CD時代に発売され、ロングセラーを記録している邦楽の決定盤ベスト21タイトルがSACD化されました。

ポイントは、一切イコライジングされていないこと。オリジナル・アナログ・マスター・テープから、フラット・トランスファーされています。正直、玉石混交ではありますが、良いものを選んで聴くと「邦楽って、ここまでクオリティが高かったのか」と感じられます。

これがCDで発売されていると、従来の延長線上だなと感じますが、SACDになると、SACDならではのグロッシーな音調感が出てきて、それがたいへん効いていますね。

もうひとつはユニバーサル・クラシックの、ショルティによる「ニーベルングの指環」。これはもともと、ジョン・カルショーという有名なプロデューサーが制作した、世界的に有名で“世界遺産的”なクラシックアーカイブです。この2022年盤では1958年と'65年のオリジナルのステレオマスターテープからデジタル変換されたハイレゾ(192kHz/24bit)から変換したDSDマスターが使われています。

1958年において、ここまでの音が収録されていること自体が驚異的で、ステレオ効果を最大限に活かしています。なにより、すごく音が良い。これはデッカ・レーベルの録音手法が効いているからです。

アナログ時代の絶頂期というわけではありませんが、当時のデッカ・レーベルの録音は水準が圧倒的に高くて他を圧倒していました。きらびやかで、音場がそこにあるようで、空気が渦巻いている感じが、イギリス・デッカの音。単なる2chなのに、すごく奥行きがあります。

もうひとつは録音の時にステージ上のオペラの動きをステレオ音場のなかでどう表現するかというとき、広い舞台に網目のように線を引いて、動きの指示を出すのですが、その移動感、空間感の表現が凄まじい。だからこそ、この音源は世界的に有名なクラシック録音のアーカイブになりました。そんな名作を192kHz/24bitでマスタリングしたのが、今回のSACDです。

アナログ時代から高い評判があったので、この作品自体はこれまでも何度かCD、SACD化されていますが、今回のものは決定盤ですね。というのもこれまでのもの各国版はコピーテープ盤を元に作られていました。

それに対し、今回のSACDはデッカのオリジナルステレオマスターテープから作られているのです。38本あるオリジナルマスターテープの中には、一番古いもので65年も経過していたものがあり、編集修理や酸化膜剥離といった作業が必要なものもあったそう。状態の悪いテープは、55度で10時間焼成することで修復に成功したそうです。

元々、音質で高い評価を得ているものを、オリジナルテープからハイレゾを経てSACD化したところが、素晴らしいポイントで、この音場の立体感やふくらみ感、音の切れ味、質感が'58年の録音から蘇ったのです。

もっと言えば、'58年当時でも、ここまでの高音質で聴けた人はいないと思います。当時も、マスターテープからコピーを作って、それをもとに各国でマスタリング、プレスされていたわけですから。SACDでこれほどの内容のディスクが出るというところに、まだまだディスクの将来性を思います。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表