麻倉怜士の大閻魔帳
第49回
LGとサムスンの「有機EL競争」本格化。競争軸は“輝度”
2023年3月2日 08:00
3年ぶりにCESを現地取材した麻倉怜士氏が、LGディスプレイの最新有機EL「META」と、サムスンの最新QD-OLEDの特徴を紹介。激しくなってきた「有機EL競争」の行く末を占った。
――今年はLGディスプレイとサムスンディスプレイによる「有機EL画質戦争」が、さらに本格化しそうです。
麻倉:その競争軸は輝度です。HDR時代になって、高輝度が要求されても、自発光パネルである有機ELでは、むやみに電流を投入することはできません。リミッターが掛かってしまうので、低めの数百nitsという平均輝度で抑えられていました。
また、輝度を上げると信頼性、安定性、寿命という自発光デバイスならではの問題も立ちはだかります。こういった限界をどう乗り越えるかが、ここ数年の有機ELパネルの重要課題でした。
実は輝度対策を初めて行なったのは、LGディスプレイではなく、パナソニックでした。それが「熱を逃がして、電流を流し込み、輝度を上げる」という作戦です。有機ELは自発光素子なので、輝度を高めるために電流量を増やすと必ず熱が出ます。この放熱処理が重要なポイントになります。
パナソニックは、熱を背後から逃がす放熱板インナープレートを、LGディスプレイからの標準品ではなく、より熱拡散作用が大きいカスタム品に換えることで、輝度向上に成功しました。この手法はいまや日本の全メーカーが追随しています。
LGディスプレイとしても、インナープレートについて、そのまま標準品を付けるか、液晶パネルのオープンセルのように、セットメーカーが独自にしつらえるか、のオプションを与えています。
そして昨年、LGは輝度向上に初めて本格的に取り組みました。それが2022年に登場した第2世代パネル「OLED.EX」です。EXとは「Evolution」(進化)と「eXperience」(体験)の頭文字。性能を「進化」させ、ユーザーに新しい「体験」を与えるという意味からのネーミングです。
以前の連載でも紹介しましたが、そのポイントは「重水素」です。この希少元素はベンゼン結合を格段に緊密にさせ、寿命は短いけれど高輝度を出す素材を助け、パネルを電気刺激と熱に強くします。結果としてピーク輝度を30%高め、1,300nitsを実現しました。
しかし、この第2世代となるOLED.EXは1年で終わり、2023年は第3世代の「METAパネル」が登場しました。画質改善の観点で言えば第2弾ですね。今回はOLED.EXで得た技術レベルに加え、「迷光」を徹底的に追放することに挑戦したのです。
OLED.EXまでは、有機ELレイヤーで発光した光の利用効率が悪かった。同レイヤーでは180度、上方に発光するのですが、上の間で反射が起き、本来はまっすぐ上方に行くべき光が、さまざまな方向に飛び散ってしまうのです。その結果、開口率が低くなります。
そこでレンズの力を借りて、不要な迷光を発生させず、光を前方に押し出す仕組みを開発しました。フォトレゾで形成されたマイクロメートルサイズの凸レンズの層、マイクロレンズアレイを有機EL発光層の上に被せ、光を強制的に前方に押し出すのです。この開発には約10年かかったそう。レンズ数は77型(4K)の場合、1画素あたり5,117個なので、合計で424億個になります。
さらに「META Booster」という高輝度アルゴリズムも加えました。シーンごとに輝度情報を精密に分析し、輝度ピーク部分が複数ある映像でも、正しく輝度ピークを表現させるアルゴリズムです。つまり、META技術は「マイクロレンズアレイ+META Booster」ということになりますね。
このMETA技術の最大の収穫は輝度向上です。昨年のOLED.EXはピーク輝度1,300nitsでしたが、今年のMETAパネルでは60%も輝度が向上し、2,100nitsになりました。さらに視野角も改善されています。有機ELは、もともと液晶より、はるかに広い視野角を持っているわけですが、それでも斜めから見ると輝度と色の変化は避けられませんでした。
今年のMETAパネルでは、トンボの目が数百万の凸レンズを通して広い世界を見るように、マイクロレンズアレイ効果により、OLED.EXより30%視野角が拡張されました。
METAパネルのラインナップは8Kの88/77型、4Kの77/65/55型、WQ(3,440×1,440ドット)の45型、QHD(2,560× 1,440ドット)の27型です。このうち45/27型は240Hz駆動、それ以外は120Hz駆動です。
CESでも展示されていたパナソニックの新フラッグシップ4K有機ELテレビ「MZ2000」は、METAパネルの力でピーク輝度は2,000nitsを超す勢いです。CESで行なわれたパナソニックのカンファレンスでは、最前列に座った私の前にMZ2000がありました。白の突き上げが尖鋭で、クリアでしたし、眩しい印象もなく、透明感があり、抜けも良かった。ハリウッドの山頂から撮影した映像は、空気が澄んでいる印象でした。
――ライバルとなるサムスンのQD-OLEDの進化はどうでしたか。
麻倉:おさらいしておくと、QD-OLEDは青色の有機EL光から、量子ドットフィルターを使って、緑色と赤色を生成し、RGB発光として描画する方式です。そして2023年モデルは、改良が著しかった。
サムスンディスプレイのスウィートで取材したところ、'22年モデルは白輝度が1,545nitsで、内訳は緑輝度が1,088nits、赤輝度が335nits、青輝度が136nitsでした。このRGBの値の比率は、緑が人の視感度にもっとも影響度が大きいという理論に当てはまっています。
これが2023年モデルでは、白輝度が2,071nits、緑輝度が1,441nits、赤輝度が427nits、青輝度が186nitsと格段に明るくなりました。
輝度が上がった理由は、QD-OLEDの青色発光層に新材料の「OLED HyperEfficient EL」を採用して光源効率を向上させたことと、ビッグデータに基づくAI技術を使って、各画素の情報をリアルタイムに収集し、それを用いて発光を最適化するためのアルゴリズム「インテリセンスAI」による複合成果です。消費電力についても、この高効率の有機材料とAI技術の適用により、前年モデルから最大25%削減されています。
これだけでも、なかなかよくやっているなと感心するところですが、もっとも面白いのはPRの面でもユニークな訴求方法を開発したことです。それが「XCR(eXperiential Color Range)」という独自の尺度です。
これは、つまり「人の視覚で感じる実質輝度」のことです。担当者によれば「この1年、QD-OLEDをコミュニケートする新しい切り口がないかと模索していた。輝度はセンサーによって画面の明るさを測定して得ているが、QD-OLEDの感覚的な明るさは、数字では完全に表現できないという知見から、H-K効果(ヘルムホルツ-コールラウシ効果)に基づくXCRを打ち出すことにした」そうです。
H-K効果とは、高彩度によって、さらに輝度が上がったように見える(同じ輝度の色では、彩度が増すにつれて知覚明度が増加する)現象のこと。つまり色の高彩度が加わると、たとえ輝度数値は同じであっても、人の視覚の認識では、より明るいと感じるという理論です。
おさらいしたように、QD-OLEDは量子ドットフィルターを使って青色から赤と緑を生成し、輝度も彩度も強いというメリットがあるので、この「PERCEPTUAL LUMINANCE」(認識輝度)をブランディングし、XCRを提案するのです。つまり知覚輝度を前面に押す「戦略的コミュニケーション」ですね。BT.2020の90%、DCI-P3で125%のカラーボリュームを持つQD-OLEDの色性能にふさわしい切り口と言えるでしょう。
ちなみに、私が潜入したサムスンディスプレイのスウィートでは、あちこちでLGディスプレイの有機ELパネルとの数値比較が展示されていて、いかに'23年のQD-OLEDが優れているかというデモが盛んに行なわれていました。
パネルとしては、これまでの55、65型に加え、77型の4Kパネルと、49インチのウルトラワイドパネルをラインナップします。
――新パネルの登場時期は、いつ頃でしょう。
麻倉:LGディスプレイはハイエンドモデルとしてMETAパネル、普及モデルとしてOLED.EXを販売するとしています。METAパネルは4月以降に登場してくるはずです。セットメーカーでは、すでにパナソニックとLGエレクトロニクスがMETAパネル採用を表明しています。
QD-OLEDは、まだ生産効率があまり多くなく、供給面にも問題を抱えています。採用するメーカーも、まだ多くはなさそうです。そういう意味では、LGは性能の良いパネルを2種類備えているので、まだまだLGの時代が続きそうです。
しかし市場が独占状態になっているのは、ユーザーにとっても、メーカーにとっても良くないことなので、サムスンディスプレイの市場参入は歓迎です。健全な競争があることが業界の基本ですから。
また、JOLEDにも頑張ってほしい。2025年にJOLEDと中国TCL CSOTが、共同で有機ELパネルの量産ラインを作ろうと計画しています。JOLEDは今回のCESに出展していませんでしたが、TCLのブースに印刷式有機ELで65型など大型のものが置かれていました。
しかし、JOLEDの印刷方式は部品・部材メーカーがどれだけサポートしてくれるかがポイント。2000年ごろから「有機ELは印刷方式のほうが良い」と言われてきましたが、なかなか主流になりませんでした。だから、印刷用の機械を作るメーカーや、素材を供給するメーカーも「今回はどうかな?」と様子見しているので、そういったメーカーがサポートしてくれれば、今度こそ立ち上がるかなと思います。
過渡期のCES。“ドローン・スピーカー”が印象的
――そのほかCESで印象的だった製品はありましたか?
麻倉:ディスプレイの話からは逸れますが、テレビ画面の“外”に、イコライジングの範囲が広がってきた印象がありました。例えばTVS REGZAはミリ波レーダーを使った自動画質調整を提案しています。
アナログ・デバイセズのブースでは、サウンドバー関連の技術として「VIRTUAL IMMERSION」と名付けられた技術のデモが行なわれていました。これは聴取位置に向けて赤外線を当て、人物位置を特定したら、そこに向けて75度の角度で指向性を与えて音を出すというもの。実際に体験したら、しっかりと音が向かってきましたよ。ふたり同時の視聴も認識できて、この場合は指向性を100度に拡げるそう。
また、これまではBtoB利用が多かった透明ディスプレイが、いよいよ家庭に入ってきそうな雰囲気も感じました。LGが盛んにデモを行なっていて、業界全体として動いているような印象でした。
ソニーの「空間再現ディスプレイ(Spatial Reality Display)」の新しい27型モデルにも感動しましたね。これまでの15.6型(LF-SR1)は、3D空間を覗き込むような感覚でしたが、27型まで大きくなるとヘッドフォンなども実寸で表示できて、「実物感」が出せるんです。
ちなみに27型空間再現ディスプレイのポイントは、ディスプレイ左右にある三角形の“桟(さん)”です。これがないと人間の脳が、ディスプレイに映される3D映像と現実世界の境界を区別できず、あまり立体感を得られないそうです。この桟があることで、脳が「囲まれた世界で表示されているな」と認識できるんです。色が黒であること、桟の形が三角形・90度であることで、効果を確実に感じられるのです。
HMDは軽量なモデルが増えてきた印象です。シャープのものは自社製ですし興味深かった。あとはメガネ型ディスプレイの「Nreal」も意外に画質が良くて驚きました。
映像関連以外では、ローランドが展示していた未来のピアノをイメージしたコンセプトモデルが印象的でした。最大の特徴は、スピーカーにドローンを取り付けて飛行させ、立体的な音場を作ること。実際の展示ではドローンは吊るされているだけで音も出ていませんでしたが、今はヘリウム風船の下にスピーカーを取り付ける実験を進めているそう。将来的には静音ドローンで飛ばす構想です。
この技術を立体音響に活用できたら面白いと思いますね。Dolby AtmosやAuro 3Dは、求められるスピーカーの配置や角度などが違うので、据え置き設置だと苦労しますが、ドローンならフォーマットに合わせて飛ばすだけですからね。
――CESの現地取材は3年ぶりとのことですが、イベント自体の印象はどうでしょう。
麻倉:今年はCES自体のコンセプトが変わったような印象でした。CESは家電ショーから始まって、ITが加わって、車が加わってと変化してきましたが、例えば「新しいテレビが来るぞ」やBlu-rayとHD-DVDの覇権争いのように、“モノ”が見えるイベントでした。
しかし、今年はコンセプトショーに近い。象徴的だったのがサムスンブースで、以前は「世界一のテレビメーカーだぞ」と言わんばかりに、いろいろな製品を展示していましたが、今年はまったくありませんでした。かわりにSDGsやセーフティなど、そういったコンセプトに沿った製品を展示していました。
テレビがまったく置かれていないわけではありませんでしたが「SDGsの観点で消費電力が少ないですよ」という展示の見せ方ですね。
ソニーも、テレビの新製品は発表しませんでした。今年はメタバースや自動車がメインで、従来のオーディオ・ビジュアル系の製品はまったくなくなりました。
サムスンの方向転換が、CESの転機に思えますね。世界各地から面白そうな技術が集まってくるショーになってきていて、「オーディオ・ビジュアルの最先端があるから、見に行かなきゃ!」という印象は少なかったです。
かといってIT技術やスマートフォンの新製品も、「この先どうなるの?」という先行きの不透明さがあります。そしてメタバースも流行っているわけでもないという、過渡期の印象が強くありました。その中では、ショーフロアには決して出ない、水面下の有機ELパネル戦争がたいへん面白かったですね。