本田雅一のAVTrends
第194回
アップル「HomePod」が家に来た! “音質&スマートさ”の実力は?
2019年8月13日 09:00
昨春に米国で導入されながらも、長らく日本では未発売となっていたアップルのスマートスピーカー「HomePod」が、日本でも今夏発売される。すでに海外での評判は聞き及んでいるだろうが、あらためてここで評価したい。
なお、筆者はHomePodについて米国版を評価したことがなかったため(実際に音を聴いたことはあったが、あくまで“鳴ってるね”程度)、今回が音質などを評価する初めての機会だ。日本での価格は32,800円。
結論から言えば、いわゆるハイファイ再生用オーディオシステムとは、まったく異なるコンセプトで作られており、従来の基準で言えば必ずしもパーフェクトなスピーカーではない。
しかし、部屋の中のあらゆる場所でリラックスしながら音楽を楽しめるという点において、HomePodは従来のハイファイシステムとは一線を画す音を出す。もちろん、一般的なスマートスピーカーとはまったく異なることは言うまでもない。
もし、あなたが部屋のどの場所にいても心地よく音楽を浴びたい……音のいいカフェにいるような、音楽が漂う空間にいたいと思うならば、HomePodは他製品にはない価値をもたらしてくれるだろう。
加えて、音質もスマートスピーカーとしては格段に良いばかりでなく、スピーカーを使いこなす上でもっとも難しい“正しい設置”をまったく意識せず使いこなせる点は画期的とさえ言える。
一方でスマートスピーカーとして評価する際、「単独で接続できるサービスの種類」について議論し始めると分が悪い。アップルが提供するサービスや機能とは馴染む製品だが、それ以外のサービスとの接続性は柔軟性に欠ける面もある。その辺りも説明したい。
リスニング位置を問わず“心地よさ”を感じる音質
スマートスピーカーといえども、オーディオ機器の本質は音質の善し悪しだ。まずは音質にフォーカスして評価をしよう。
HomePodはWi-FiやBluetooth 5.0を搭載し、1台の無指向性モノラルスピーカーとして使える一方、2台のHomePodをペアリングしてワイヤレスのステレオスピーカーとしても利用できる。このあたりは、ネットワークスピーカーのSONOS Oneと通じる部分だが、純粋なスピーカーとしてみた時に際立っているのは、その構造だ。
14センチのウーファー用ドライバユニットは上方向に取り付けられ、ディフューザーで360度に放出される。このドライバのダイアフラムは、リニアリティを保ったまま2センチと極めて長いストロークで作動する。
加えて低音専用マイクと360度に配置されたマイクからの集音を処理し、設置状況に合わせて低音特性が補正される。アップルは特に強く訴求はしていないが、ここは極めて重要なポイントだ。
天井や部屋の壁との間に発生する反射音(定在波)による特性のうねりを補正できるためだ。とりわけ定在波により特定周波数帯にピークができると、マスキング効果で隣接する周波数帯が聞き取りにくくなるためだ。特に中低域の質が良いため、音楽にとってもっとも重要な中域の情報を損ねない。
また、中域以上を担当するとみられるツイーターは、7つのドライバユニットを円周状に内下向きに並べ、そこからディフューザーを伝わせながら360度に放出する構造を取る。各ユニットの位相干渉を計算しながら補正をかけているのだろう。確かに“無指向性”に近い、どの方向にも同じように音が拡がる。また、ドライバユニットからの直接音を聴かないためか、耳ざわりな刺激がない。
このシステムに、上述の6つのマイクからの情報を組み合わせ、内蔵するApple A8プロセッサでリアルタイムに周囲の状況を分析、補正しながら動作する。
このため、HomePodは最初に音楽を鳴らしはじめ、二曲目に入る頃から音質が変化するのだそうだ。これはバーンインが急速に進んだからではなく、測定しながら音楽を鳴らすことで、その場の環境へ自動的に、適応的に動作しているからだ。
ただ、実際に使ってみたところ、確かに二曲目から音質が変化したものの、なんだ音がいいじゃないか?と思いはじめたのは半日後のことだった。実際にどう調整しているのかはわからないが、補正が落ち着くまでには多少の時間がかかるのかもしれない。
一般的は音場補正では、インパルス信号やホワイトノイズなどを出し、それをリスニング位置などで測定することで音質を調える。
しかし、HomePodは常に周囲の様子をモニターし、自らが出す音とマイクで測定されている音を比較しながら補正を続けるため、上記のようにだんだんと改善していく様子を感じられるのだろう。設置場所や周囲の環境が変化しても再測定が不要というのは、実はそれだけでも画期的だ。
そして音楽を楽しんでいるうちに、自然にチューニングが変わっていく。たとえばHomePodと壁の間に、吸音しやすい何かを置いたとしても、知らないうちに最適化されている。7つのドライバを用いて、方向ごとに届ける音の強さを変化させることが可能であるため、この調整が効いていると周波数特性だけではなく、部屋の中のどの位置にいても大きな音響エネルギー量の違いを感じない。
これはアップルの他の機器にも言えることだが、刺激を抑えて柔らかな耳当たり。情報量を欲張るのではなく、空間的な表現を心地よく感じさせるタイプの音で、解析的に聴くと物足りないかもしれない。しかし、部屋のどこにいてもそれなりに気持ちよく音楽を浴びることができる。こうした部分は、単に360度に音を拡げる無指向性スピーカーとは一線を画す部分だろう。
豊かなステレオ体験とサービスエリアの広さが同居
明るく快活な音調と耳当たりの良さには強い意思が感じられるが、それ以上に感心するのは「どこに置いても」HomePodの音になることだ。
テーブルの真ん中、壁から遠い位置に置いても、棚の中に置いても、部屋の隅っこに置いても、HomePodの音がする。
オーディオに興味を持っている読者ならば、スピーカーのセッティング次第で音が大きく変化することは体験済みだろう。「好き、嫌い」そういった話を取りのぞけば、どこに置いてもHomePodの音がする……ことに驚かされるに違いない。
スピーカーを中心にどの位置にいても、おおむね同じような音で聞こえる点も評価したい。すなわち、“サービスエリア(音質が維持され音楽が楽しめる有効領域)”が広いということなのだが、これは2台のHomePodを使ってステレオ構成にした場合でも変わらない。
もちろん、左右のスピーカーが均等な距離となるように座って聴けば、豊かなステレオ体験が得られる。無指向性スピーカーを左右に並べ、どういった音になるのか興味深かった。
普段、使っているスピーカーの上にHomePodを配置し、自宅のHiFiシステムと比較してみたが、さまざまな楽曲・映画を楽しんでみるとボーカルのセンター定位が曖昧になることがある……と気付いた。
映画のようにセリフがセンターにキッチリ定位している場合や、音楽でも反射音や残響音が少ない、いわゆるドライな音楽ソースはセンター定位が通常のスピーカーと同じように得られる。
しかし、反射音や残響音の多いウェットな仕上がりの音楽は、ボーカルのフォーカスが甘く散って聞こえる。
メインのシステム(LINN Klimax DSM+Akubarik Aktiv)で同じソースを聴いてみると、明らかに音場が広く密度も濃い。これは360度に音を出すHomePodが生み出す音場の特徴なのだが、自然とは言えない。
しかし、心地よくないかと言えば、考え方次第ではとっても心地いい。オフセンターで聴いても違和感が少ないどころか、スピーカーサイドや裏に回ってもBGMとして、自然に音楽を楽しめるからだ。
優れた自動補正機能を備えたウーファーシステムもステレオとなることでエアボリュームがグッと増し、音の基盤となる低音部(正確には中低音域という方が正しいだろう)が全体を支え、音域バランスはさらに良くなる。
HomePodを2台置くというのはコスト面で大きなハードルではあるが、一度、ステレオモードにすると二度と逆戻りできないかもしれない。
いわゆるハイファイオーディオを想像していると“違う”と感じるだろうが、手軽に良い音楽を浴び続けたいなら、唯一無二の選択肢であり2台分の出費に見合う結果を出してくれる。
“スマート”なのか“スマートではない”のか
一方、HomePodで常に議論となる点が、スマートスピーカーとしての使い勝手だろう。例えば一般的なスマートスピーカーの定義をAmazon EchoやGoogle Homeとし、それぞれのアシスタンスサービスや連動スキルが織りなす機能性、拡張性と比較するならば、HomePodは“あまりスマートではない”と言える。
HomePodの音声操作機能はすべてSiriに依存しており、直接接続されるオーディオサービス(天気やスポーツ情報、ラジオなどを含む)を後から追加することは基本的にできない。
今秋のアップデートでインターネットラジオサービスのTuneInに対応することになるため、日本も含め数千のラジオ局が流せるようになるが、現時点では音楽サービスはすべてApple Musicに依存している。
他のオーディオサービスも同じで、たとえばHomePodはその日のニュースを尋ねるとNHKのニュースが流れるようになっているが、別のニュースサイトへと変更することはできない。
唯一の拡張方法はSiriショートカットだ。
ペアリングしているiPhoneでSiriショートカットを設定すると、そのままHomePodでも動作するようになる(同じLAN内にペアリングされたiPhoneが必要)。
iPhoneにインストールされているアプリがSiriショートに対応していれば、HomePodに登録したショートカットを発話することで、何らかのアプリケーションを実行させることができる。
たとえば(HomePodが対応しているため意味はないのだが)Apple Musicで特定のプレイリストを再生するショートカットを設定しておき、HomePodでそのショートカットを呼び出すと、HomePod側から音が出てくる。ただしこの場合はHomePodが再生するのではなく、iPhone内で再生されている音楽がAirPlay2で再生される。
ただし現状、Siriショートカットに対応したオーディオ系アプリはほとんどない。少なくともradikoやSpotifyなどは対応していなかった。
もちろん、AirPlay2を用いることでどんなオーディオサービスもHomePodへと転送はできる。音声だけではなく、ビデオに関してもオーディオをHomePodへとフィードすると完璧なリップシンクを取ることもできるが、HomePodが自律的にオーディオサービスを再生しているわけではない……という観点で言えば、スマートスピーカーの動作としてやや釈然としない部分もある。
では、HomePodは“あまりスマートではない”のだろうか。
上記の視点ではそうだが、別の切り口ではスマートとも言えるだろう。
設置の容易さと同様に、利用者に余分な知識や使いこなしを(あまり)求めないという点では、スマートな設計ではあるからだ。
アップルの製品とサービスに囲まれていると“スマートに動作”
Apple WatchがiPhoneと共に使われることを前提にしているように、HomePodはアップル製品およびアップル提供のサービスとともに使われることを前提に設計されている。これを“限定的”と思うか、エンドユーザーが細かな設定を行わなくともキレイに連携できるよう、あらかじめシンプルに扱えるように動線が引かれている。
HomePodで音楽の好みをSiriに伝えて自動再生しているとき「この曲を気に入った」「○○のジャンルは再生しないで」「この曲はスキップして」と話していると、徐々にHomePodは嗜好性を学習していき、自動的に選曲する精度が上がっていく。
今年秋、iOSが13になるタイミングで、英語モードのHomePodは「Hey Siri」と発話する人を区別し、呼び出した人の好みに合わせた再生も可能になるという。いずれは日本語にも対応する見込みだ。
AlexaやGoogle Assistantのように、クラウド上で他サービスと連携して機能を拡張することはないが、アップル製品とサービスに囲まれて暮らしているのであれば、他製品にはない音質も含めて魅力的な製品だ。少なくとも1台2万円を切るスマートスピーカーとの比較は噛み合わない。