本田雅一のAVTrends
第198回
Mac ProとPro Display XDRで8K映像編集も。驚きの実力と1つの要望
2020年3月23日 00:00
'19年6月のWWDCで発表されていながらも、12月末まで出荷が開始されていなかった「Mac Pro」と、Retina 6K/32型液晶ディスプレイ「Pro Display XDR」。両製品の実力を映像編集において活用するデモを体験する機会があった。
'19年11月にアップルがMacBook Pro 16インチモデルを発表した際、これらプロフェッショナル向け機器についてもデモンストレーションを経験していたが、その際にはアップル製のノンリニア動画編集ソフト「Final Cut Pro X」で、最大6ストリームの8K映像を軽々と扱っていた。
しかし、それぞれの製品のハイライトは必ずしもパフォーマンスの高さだけではない。
MacProに関して言えば、ベースモデル55万9,800円に対し、メモリやGPU、SSDなどの構成によっては600万円近い金額にまで跳ね上がる“適応範囲の広さ”が特徴だ。
言い換えれば、目的に応じて極めて選べる選択肢が広く、プロフェッショナルユースで機材調達するユーザーでも、どのような構成すればいいのかわからないという意見も多い。
一方、Pro Display XDRは1,000nitsというHDR映像制作に求められる輝度をリニアに表現できる(高輝度部分の面積が小さいなど条件次第で最大1,600nitsまで応答する)6Kディスプレイだ。32インチの大画面内に動画編集ソフトを拡げると、4K映像をdot by dotで表示しながら、Display P3の色域とHDRのダイナミックレンジを確認できる。
アップルは輝度や色再現範囲、リニアリティに関して“業務用マスターモニター並み”と訴求し、デモでは実際に業務用モニターと並べていたが、一方でその仕様は純然たる“Mac Pro用ディスプレイ”であり、入力はThunderbolt 3端子しかない。
両製品とも、パフォーマンスを100%活かせる用途であれば、画期的に安い。しかし一方で、どう使いこなすべきなのか迷っている方も多いだろう。
そこで実際にMac ProとPro Display XDRを導入し、SDIからUSB Type-Cへの8K/HD映像の変換出力が行なえる「Teranex Mini SDI to DisplayPort 8K HDR」を開発・テスト中のBlackmagic Designにうかがって、同社エンジニアにも意見をもらいながら製品を評価してみた。
Mac Proの性能評価のために同社を訪れたのだが、思いもよらずBlackmagic designの新製品に触れることができた。
Pro Display XDRが50万円超でも価値ある理由
まずは「Teranex Mini SDI to DisplayPort 8K HDR」について紹介しておきたいが、デバイスの意味を知るには、ターゲットとしているアップルの32インチLCDディスプレイ「Pro Display XDR」について知っておく必要がある。
前述した通り、Pro Display XDR本来の魅力は、編集画面にあるプレビューでも、ある程度、信頼できる色を再現し、さらに輝度ダイナミックレンジの見え方を確認できることにある。4K映像ならば編集用画面であってもdot by dotでの表示ができるので、編集画面のプレビューで大まかなHDR映像の確認が行なえる。
macOSは、すでにHDRに対応しているため、Macに接続するディスプレイ側の能力が充分ならば、Macのディスプレイ上である程度、映像の仕上げについて確認しながら編集できるという意味では画期的だ。
Pro Display XDRは1,000nitsまでは輝度がリニアに追従し、条件次第で最大1,600nitsまでの輝度を表現できる。しかも、576個のLEDを個別に動かすローカルディミング(576エリアの分割制御)を行ない、ハロ(漏れ光)の発生もかなり抑え込まれていた。
ローカルディミングはアルゴリズムとチューニング、信号処理などがうまく連動して機能しないと不自然な映像になるが、そうした印象はない。とてもよくできたHDRディスプレイだ。今回は動画編集で評価したが、HDRディスプレイで表示することを前提にした静止画RAW現像でもハロはうまく抑え込まれており、そうした意味でもよくできている。
そして、この1,000nitsまでリニアに追従……という部分が、実は映像編集ではとても大切だ。
すでに生産が終了しているとはいえ、業界標準のマスターモニターであるソニー「BVM-X300」は、最高1,000nitsまでをリニアに表示できていたこともあり、実際の映像には小さな輝点が数1,000nitsまで含まれていることもあるものの、映像の印象を確認するための基準として、おおよそ1,000nitsまでの見え味を確認しながら制作することが共通認識になっているからだ。UHD Blu-rayの制作ガイドラインでも、1,000nitsという数字が明示されている。
編集画面で(グラフを頼りにしたり、ゲインを落として階調を確認するといったことなしに)それを確認できることが価値と言えるだろう。
価格は55万9,800円と高価だが、一方で映像編集時に使う機材として考えると、コストパフォーマンスは極めて高い。これだけの高輝度を全画面で出せ、ローカルディミングも優秀となると、他に選べる製品はないのだ。
一方で、そんなに出来がいいのであれば、HDRの映像を楽しむための近接観賞用モニターとして欲しい! とAVマニア的な欲望も生まれてくるかもしれない。実際、32インチというサイズや6Kという解像度の是非を脇に置くならば、これにコンパクトなスピーカーを組み合わせて映像観賞用に使えないだろうか? などと妄想するぐらいだ。
しかし、Pro Display XDRは映像鑑賞用や、まして業務用のマスターモニターとしてはそのままでは使えない。繰り返すが目的が異なるためだ。
Pro Display XDRに“本来の使い方プラスα”をもたらすコンバータ
映像鑑賞用モニターとして使う場合の問題は利便性に尽きる。
かつてブラウン管時代のBVM(ソニー製マスターモニター)で近接視聴していたマニアもいたが、当時はアナログ信号の時代。現在はデジタル接続しか選べない中で、インターフェイスの形式が異なる上、色再現範囲の違いを吸収させねばならないという問題もある。
Pro Display XDRの場合で言えば、通常の映像機器を接続しようとするなら、まずはHDMIの映像出力をThunderbolt 3に変換するアダプタが必須となる。そうした製品を筆者は知らない。DisplayPort 1.4に変換するアダプタと、片側がUSB Type-C端子の変換ケーブルを使えば接続可能かもしれないが、いずれにしろひとつしかない映像入力が埋まってしまうことになる上、色再現域も“映像鑑賞用”には設計されていない。
Pro Display XDRはsRGB(BT.709相当)やDisplay P3(DCI-P3相当)などには対応できるが、“Macで使うこと”を前提としているため、4K/HDR映像の標準的な色空間であるBT.2020は直接表示できない。
あくまでもコンピュータディスプレイとして作られているため、Display P3に合わせて設計されている。BT.2020を表示する場合、色空間の変換はMacなどのカラーマネジメントを通じて表示するため、これで問題が起きることはないが、間にコンピュータが介在しない場合は問題となる。
というわけで、あくまでMacなどThunderbolt 3対応のコンピュータを接続し、コンピュータ上でストリーミング映像を楽しむのであれば使えるが、それだけのために本機を選ぶのはナンセンスだ(こんな話を書いたのはPro Display XDRの画質に驚いて、本気で観賞用に買いたいという人が身近にいたから。もちろん少数派だとは思うが)。
一方、映像制作のワークフローの中であれば、別のアプローチがある。
Teranex Miniは業務用のシリアル映像伝送インターフェイスのSDIを、コンシューマ向けインターフェイスに変換し、その上で諸々の映像フォーマットに関しても変換、整合性を整える製品だ。たとえば、HDMIへとコンバートするTeranex miniを用いるとHDMI入力しかないデバイスでSDIで出力した映像を確認できるようになる。
その中でDisplayPortに対応しているのが、Teranex Mini SDI to DisplayPort 8K HDRだ。12G-SDI 4chでの8K映像を、DisplayPortに変換して出力できる。
DisplayPortの映像伝送プロトコルはUSB Type-C端子を用いるThunderbolt 3でも使われているため、同規格での接続端子しか持たないPro Display XDRに、SDIの映像を映すことができるようになる。米国では1,295ドルで出荷予定だが、日本での価格は発表されていない。
HDRにも対応しているが、そのままHDR情報を変換出力するだけでなく、対象デバイスの能力に合わせて高輝度部をロールオフする設定も選べる(400~1,000nitsの間で選択可能)。
現状、4Kを超える解像度でHDR映像の雰囲気を正確に確認できるデバイスはない。
8Kの現場ではシャープ製の8Kテレビが使われていることがあるが、輝度が延びないという問題もある。Teranex Mini SDI to DisplayPort 8K HDRの価値は、Pro Display XDRと組み合わせることで、多様な信号形式の映像を6K解像度かつ1,000nitsまでリニアに応答するパネルで表示できる点だ。
ただし誤解なきようにお伝えしておくと、Pro Display XDRをマスターモニターとして使おう……というものではない。また、現在のところPro Display XDRはカラーキャリブレーターにも対応していない。今後、サードパーティーによるカラーキャリブレーターが登場するとのことだが、現状はOver 4KのHDR動画を確認しながら編集環境として構築するためのものと考えるべきだろう。
モード切替で8K映像をdot by dotで表示(6Kパネルに一部分を表示)させる機能もある。8K撮影、編集ソリューションのカジュアル化という意味で、Pro Display XDRとの組み合わせは重要な役割を果たすかも知れない。
Mac Proでの8K編集は“Afterburner”の活用が鍵
ここからMac Proの話に入るが、アップル謹製のFinal Cut Pro X(FCPX)であれば、概ねどのぐらいのパフォーマンスが必要なのかについて、アップルからガイドとなる情報が出ている。FCPXはOSに組み込まれた機能をフルに活かしたチューニングが行なわれることもあり、新しいハードウェアが登場すると、そのハードウェアごとのチューニング結果がパフォーマンスに素早く反映される。
とりわけ新Mac ProではFPGAを用いたProRes、ProRes RAWアクセラレータのAfterburnerが話題だ。Afterburnerは8KのProRes RAWを6ストリーム(4Kの場合は23ストリーム)同時デコードする。発表時は8K時に同時3ストリームだったが、発売までにチューニングが進められた。
Blackmagic designに置かれているテスト機は3.2GHz/16コアのインテルXeon Wに192GBメモリ、Radeon Pro Vega II(32GBメモリ)、Afterburnerといった主要構成。これにBlackmagic designのDeckLink 8K Pro(8K対応12G-SDI映像カード)を追加し、そこからTeranex Mini SDI to DisplayPort 8K HDRを用いてPro Display XDRに入力してあった。
通常ならば、Mac Proのメインディスプレイとして編集画面内で4K/HDR映像をdot by dotで表示し、ディスプレイ内でHDR映像を確認しながら編集可能なことが利点と言えよう。しかし今回のケースは「8Kを編集」することがテーマであるため、あえてOver 4KのディスプレイとしてPro Display XDRを用いているようだ。
Blackmagic designのエンジニアによると、同社が開発するノンリニア動画編集ソフトDaVinci ResolveはProResを扱う際にAfterburnerをアクセラレータとして利用できるほか、Metalを通じたGPUアクセラレーションにも対応。GPUはWindowsではCUDAやOpenCL経由でも活用できるが、Metal経由がもっとも高いパフォーマンスが出ているという。
実際、8K/60pのProResを2ストリーム同時にデコードしながら、DaVinci Resolveでふたつの映像を合成するといった場合でもリアルタイムに同期した表示が行なえていた。
「8K/60pの環境を整えるならば、メモリより何より、Afterburnerの搭載と搭載GPUのグレードを意識するのがいい。特にAfterburnerの有無で作業性が大きく変わります」とのことだ。
動画編集を見据えた上でのMacProの選び方
動画編集用にコンピュータを構成する際、考慮すべき性能は主に3つに分けることができる。
ひとつは記録ストレージの速度。映像の情報量に見合う転送速度が必要だ。ストレージ速度のベンチマークプログラム「Blackmagic design Disk Speed Test」は、まさにそのためのベンチマークだ。
もうひとつは映像コーデックのデコード。ここではメインとなるCPUのパワーや映像データを展開できるだけのメインメモリが必要になる。もっともデコードだけでCPUがめいっぱいでは作業性が落ちてしまう。8K編集においては、前述のAfterburnerを活用することProResのデコードを外部ASICにまかせることができれば、CPU負荷をオフロードできる。
最後にカラーグレーディングや映像合成エフェクト、レンダリングしながらの映像書き出しに大きく影響するのがGPUパフォーマンスとグラフィクスメモリ容量だ。余談だが、Blackmagic design製カメラがサポートするBlackmagic RAW形式はGPUデコードに最適化されているので、GPUを強化することで4K、6KのRAW形式を軽々扱える。
こうしたことを前提に、8Kでのカラーグレーディング処理を行なう場合の構成は下記の形が考えられる。
・メインメモリは48GB(それ以下でも問題ないがメモリ帯域を最大化できる6チャネルにモジュールを装着する場合の最低メモリ容量が48GBとなる)
・Afterburnerをオプションで追加
・メインプロセッサは3.2GHz/12コアで充分(Afterburnerを用いない場合は2.5GHz/28コア推奨)
・GPUはRadeon Pro Vega II(32GBビデオメモリ)
Blackmagic Designの見解としては、8K/60Pを扱う場合でも、メインメモリは48GBどころか、32GBや16GBでも充分に動作するとのこと。それでも48GBを推奨しているのは、上述のように6つのメモリアクセスチャネルをフルに活かすためである。
その上で、GPUをRadeon Pro Vega II Duo(2×32GBビデオメモリ)にグレードアップすることで快適な環境が得られるという。なおGPU性能をさらに……という場合は、Radeon Pro Vega II Duoを2枚挿しにすることも可能だ。
一方でProRes RAWで作業するのであれば、Afterburnerによるアクセラレーションが効果的。RAW現像からGPUが解放されるため、8K映像のカラーグレーディングも余裕でこなせる。
“本物のプロ向け”コンピュータとなったMac Pro
先代Mac Proは画期的な設計ではあったものの、一方で特殊な構造は拡張性や汎用性を阻害する側面もあった。一方で今世代のMac Proはタワー型コンピュータのセオリーに沿って設計されており、PowerMac G5/初代Mac Pro時代を彷彿とさせる(それ以上の)拡張性や静粛性、メンテナンス性を備える。
キャスターや横置きラックマウントのオプションを含め、エントリーモデルから(おそらくはCG制作などで使われるであろう)最上位構成まで、幅広い選択肢は魅力だ。
単一ストリームであれば、カラーグレーディング処理を行なっても8K/60pをリアルタイム処理可能。これはAfterburnerの活用でCPU/GPUともにRAWの処理がオフロードされ、その分、グレーディングのパフォーマンスが上がっているからだろう。
モジュールごとの交換性なども考えれば、長く愛せる本当のプロ向けMacがやっと登場(いや復活? )といったところだろうか。
一方、Pro Display XDRは画質面での満足度が高いだけに、もう少し適応範囲が広ければ……という気がしてならない。
このディスプレイがMac Proを念頭に置いたものであることは理解できるが、HDMI端子をひとつ設け、BT.2020からの色空間変換を入れてくれるだけで、コンピュータ用としても映像確認用としても使いやすいディスプレイに仕上がってくれると思うからだ。
アップルさん、次回のマイナーチェンジで検討頂けませんか?