本田雅一のAVTrends

NW-A840を購入してウォークマンに思うこと

アップルと明らかな差を感じる音質と仕様の不思議



 先日、新型iPod nanoの購入記事を書いたばかりだが、今回は年末の人気商品になっているウォークマン「NW-A840シリーズ」について取り上げる。というのも、実際に使う前までは訝しみながら見ていたA840だが、今やiPod nanoを隅に追いやって(家人に強制的にプレゼントし)A840をポケットに入れて取材へと出かける毎日になった、その理由を書きたいと思ったからだ。

ウォークマン「NW-A840」

 加えて昨今、日本市場ではウォークマンシリーズがiPodシリーズを追い上げてきているという。果たして、その背景には何があるのだろう? と思ったのである。

 A840シリーズの発表は9月16日で発売は10月31日。その間にはこの手のグッズの記事を投稿しているブロガー向けのプレゼンなどもあったようで、本誌のような商用媒体、個人のブログを問わず、多くの記事が掲載されていた。

 筆者の場合、記者向けの製品内覧と9月の発表会の両方に直接足を運んでいたので、もちろん機能については把握していたのだが、音質やノイズキャンセリング機能などは自分の持っているソースや利用環境で試したい。

 そこで発表会後、貸出機を2週間ほど使わせて頂いたのだが、そこですっかりこの製品を気に入ってしまい、ユーザーとなった次第。ただし、素晴らしい要素が多々あるA840だが、すべてを絶賛しようとは思わない。A840……というよりも、ウォークマンシリーズ全体に通じる問題も、やはり再認識せざるを得なかったからだ。

 


■ 三つのユーザーシナリオに対応

 現在のウォークマンは、音楽管理の方法に関して大きく分けて三つの利用シナリオがある。

X-アプリ

 ひとつはx-アプリを用いる方法。x-アプリは、ソニーが長年開発してきた音楽管理ソフトのSonicStage Vに動画や静止画の管理機能を追加し、プラグインで様々な機能を追加可能にしたソフトウェアだ。iPodで言えばiTunesに相当する。

 x-アプリには管理している音楽データの転送機能や同期機能があるから、これを用いてウォークマンに音楽データを転送する。オンライン音楽販売サイトのmoraから購入した楽曲を転送するにはx-アプリが必須だ。ところがこのx-アプリ。Mac OS X版は開発されていない。

 ではMacユーザーは使い物にならないのか? というとそんなことはない。BootCampやPCエミュレータを使用する方法以外にも、USBマスストレージデバイスとしてコンピュータに認識させ、対応音楽ファイルを直接、ウォークマン内の任意のフォルダにコピーすることもできるからだ。これが二つめの利用シナリオだ。

 この際、ウォークマンはプレーヤー単体で全曲のメタデータを参照し、データに素早くアクセスするためのインデックスを自動生成する。ただし、moraなどで購入したDRM付き楽曲は再生できない。

PSP向けのアプリケーション「MediaGo」でもウォークマンへ楽曲転送可能
 実は海外で販売されているウォークマンは、上記のように直接ファイルをコピーして利用することがほとんど。PSPgoでも使われているMedia Goを管理ソフトとして今後は利用していくようだが、管理ソフトに依存しない設計は一部で高く評価されている。

 とはいえ、少々問題もある。ジャケット写真の扱いだ。ウォークマンはジャケット写真が埋め込みデータとして入っている場合は正しくこれを処理するが、iTunesでエンコードされた音楽データには、ジャケット写真が埋め込まれていない。ジャケット写真は別途管理され、そのファイル位置を参照することでジャケットを表示。iPod転送時は参照しているジャケット写真をiTunesが変換して転送している。

 ではどうするか? ということで用意されているのが、Content Transferという簡単転送アプリケーションで、これが三つめの利用シナリオとなる。音楽だけでなく、画像、動画などをドラッグ&ドロップでContent Transferに落とすと、自動的に適切な場所へと振り分けてコピーしてくれるツールだ。動画の場合はWMVなどへの変換も実施してくれ、ドラッグ元も通常のファイル操作だけでなく、iTunes上で表示されている楽曲やインターネットエクスプローラ上の画像ファイルが利用できる。

Content Transfer

 このほか特定フォルダ内にあるメディアファイルを自動転送する機能などもあるが、基本的には手動で選んだファイルをコピーするタイプのツールで、直接ファイルコピーする作業を簡単に行なえる。さらに先日公開された最新版ではiTunes上のファイルをドロップすると、iTunesが管理するジャケット写真を取り出して設定してくれる。

 と、すでにかなりの文字数を使ってしまったが、多様な使い方に対応することを前向きに評価する人もいるだろうが、これだけ様々な管理方法が並べられると、ユーザーはどうやって始めていいのか判りづらい。本来ならばx-アプリに一本化するのが良いのだろうが、そうもいかない事情がありそうだ。というのも、x-アプリにはたくさんの問題があると思うからだ。

 


■ アップルとの明らかな”差”を感じる音質

 閑話休題。

 冒頭でも書いたように、筆者はiPodとiPod nanoとiPhoneに囲まれる生活を続けつつも、外出先での音楽をウォークマンで聴くことにした。もう完全に移行してしまい、今はiPod nanoを全く使っていない(家人に押し付けてしまったから手元にもない)。

 発表会などで聴いたデモ用楽曲は、ご多分に漏れず一様に強いコンプをかけた邦楽らしいマスタリングで、とても音質をチェックできるものではなかったが、自分の聞き慣れた曲、使い慣れたイヤホンで聴いてみると、その良さがよくわかる。

NW-A840操作ボタン部iPod nanoとの比較
Ultimate Ears「Triple.fi 10」

 色々と細かい所では文句はある(静的な、すなわち無音状態でのS/Nが今ひとつ)が、音楽が本来的に持つダイナミズムを表現する力は、現行iPod nanoに対して明らかに優れていると感じた。コンプのなるべくかかっていない、素に近いヴォーカルなどを聴くと、なかなかホレボレとした音が出てくる。

 この際の試聴は両方にUltimate Earsの「Triple.fi 10」を用いて行なったが、より高性能なイヤホンを使うほど、その差は歴然としてくる印象だった。アタックの速さ、余韻の消え際のキレイさが全く違うのだが、それ以前に音場全体の密度感が全く違う。あっさりと何も情報がないiPodに対して、ウォークマンはソース楽曲の質さえ高ければ、フンワリとした豊かな音場まで描いてみせる。

 もちろん、そこはポータブルオーディオの範疇は出ない程度なのだが、ここまで差があると、さすがに音質だけでもウォークマンの方がいいなぁ、と思う人が出てきてもおかしくはない。筆者などはまさに、そこにハマってしまった。

 また実際に使ってみると、iPod系のクルクルや画面を弾く操作などによる楽曲探索よりも、十字キーで頭文字を送るウォークマンの方が目的の楽曲を素早く探せる事にも気付いた。こればかりは好みもあると思うが、ジャケットの高速スクロール操作などもスムースで小気味いい。

 筆者のNW-A847には、64GBのメモリいっぱいに1万3,000を超える曲が入っているが、曲探しで困る場面はまだ経験していない。

付属イヤフォン

 また本機に内蔵されているデジタルノイズキャンセリング機能。これも素晴らしい出来だ。ヘッドフォンの「MDR-NC500D」で開発された技術の応用版だが、イヤフォンと耳とのフィット具合によって異なるノイズキャンセリングの微調整にも対応するなど単体のカナル型NCイヤフォン「MDR-NC300D」と同等の機能も含んでいる(ただしモード自動選択機能はない)。デジタルノイズキャンセリング機能はウォークマンX1000でも導入されていたが、イヤホン自身の改良もあり、その効果は上がっている。

 ノイズキャンセリングを効かせると音質自身は低下してしまう(暗騒音の逆位相でノイズを被せるのだから当然、音は悪くなる)が、電車やバス、飛行機の中といった、周囲がウルサイ場所で使う場合は別。静かな場所ではノイズキャンセリング機能オフの方が楽しめるはずだが、交通機関で移動中ならば明らかにオンの方が良くなる。

 耳栓型の中でも、たとえばエティモティックリサーチのER-4シリーズのように特に遮音性の高いイヤホンならば、このノイズキャンセリング機能に近い静けさを得られるかもしれないが、通常のカナル型イヤホンでは到底かなわない。山手線に乗りつつ、クラシック音楽をゆったり聴けるのだから、その効果たるや絶大。

 先日はアメリカに渡航した際にも使用したが、MDR-NC500Dと同程度、ボーズのQuietComort 2よりも高いノイズキャンセリング効果を感じた。ノイズキャンセリング機能をオンにしているとバッテリは8~9時間程度しかもたないが、専用ACアダプタでなければ充電できないMDR-NC500Dよりも、USB充電できる本機の方が使いやすいぐらいだ。外部入力ケーブルを組み合わせることで、ノイズキャンセリングイヤフォンとしても使えるので、旅行の際には音楽プレーヤ+αの使い方もできる。

 ノイズキャンセリング機能は付属の対応イヤホンが必須となるが、このイヤフォンはおそらく数ある音楽プレーヤ付属イヤホンの中でもトップクラス(iPod向けよりは明らかに良い)で、1万円クラスの市販品と比べても悪くない出来だ。3万円以上の高音質イヤホンでなければ……という人以外は充分に満足できるだろう。筆者自身、外出先ではノイズキャンセリング機能を重視してTriple.fi 10ではなく、付属イヤフォンを使っている。

 


■ 所々に見える“不思議”な仕様

 さて話をソフトウェアに戻そう。ハードウェアの出来はとてもいい。ついでに言えばハードウェアに内蔵されているファームウェアも、おおむね出来がいい。ところが、システム全体になると、ちょっと理解し辛い仕様になっている部分が見受けられる。個人的にはウォークマン自身の音の良さや使い勝手、ノイズキャンセリング機能に惹かれて使っているが、より多くのユーザーを獲得したいならば、今後、ソニーはいくつかの点に取り組む必要がある。

 まずウォークマン単体でメタ情報のインデックス情報を生成させるなど、ハードウェア側に豊富な機能と能力を持たせておきながら、ウォークマン本体では曲のレイティングを変更したり、プレイリストを作成する機能がない。Content Transferを用いてもプレイリストはコピーできないので、これは困った話だ。

 結局のところプレイリストを利用するにはx-アプリを使わざるを得ない。このx-アプリ、従来のSonicStage Vを進化させたものという位置付けだが、実際にはSonicStage Vに動画や写真の管理・転送機能などを付加しているだけで、音楽管理ツールとしてはSonicStage Vとほぼ同じだ。

x-アプリ起動時に必ず目立つ位置に広告が表示されてしまう

 使い始めてスグに気になったのが広告。画面の一番目立つ中央に、しかも結構大きなサイズで広告が表示されるというのはいかがなものだろう? この領域はタブをクリックするとアーティスト検索やアルバム検索に利用できるのだが、起動するたびに必ず広告へと切り替わる。ユーザーはウォークマンを無料で使っているわけではない。また、x-アプリユーザーの多くはウォークマンを使うためにx-アプリを使っているというのに、この仕打ちはなかろう。

 x-アプリには管理楽曲数が増えてくると、加速度的に動作が緩慢になってくるというSonicStage Vにもあった悪癖もある。ソフト全体の応答性が緩慢になるため、とても使いにくくなる。またウォークマンとのコンテンツ同期時、同期リストを作るパフォーマンスがまた低い。筆者のように10万曲を超える曲を持っていると、結構な高速プロセッサ搭載PCを使っていても待たされてしまう印象だ。

 音楽を分析してどのような楽曲かを判別するIDを埋め込む、自慢の12音解析も、分析処理時にかなり動作が重くなってしまう(操作しているときには解析を一時中断すればいいだけなのに)。

 また、これはウォークマン内部の機能の話になるが、より速度の遅いプロセッサを内蔵しているウォークマンWは、12音解析IDを認識してザッピングを行なう機能があるのに対し、それ以外のすべてのウォークマンは12音解析IDを見て動的にプレイリストを生成することができない。ウォークマンの商品企画担当者に話をきくと、曲の中にタグとして分析結果が埋め込まれるため、実際にはどんなウォークマンにもそれを活用した機能は組み込めるのだとか。

 A840には64GBという大きなメモリを内蔵するモデルもあるのだから、自動プレイリスト生成はウォークマンWよりも、むしろ重要ではないか? と思うのだが、それに対応しない(前述したように”できない”わけではない)というのは少々解せない。

 Content TransferにもウォークマンW用に12音解析を行ないながら転送する機能もあるので、ファームウェアさえ対応してくれればx-アプリなしでも12音解析を活用できるのだが。アップルがiTunesとiPodがGenius Mixを商品力のひとつとして訴求しているのとは対照的だ。Genius Mixと12音解析を比較すると、技術的には後者の方が優れていると感じる部分は多い。ところが、実際に上手に商品力へと転換できているのはアップルだ。ソニーはなぜこれほど優れた技術を積極的に活用しようとしないのだろう。

 


■ 大人のウォークマン復活のための要望

 こうしたウォークマンに感じるいくつかの問題は、あるいは従来のユーザーにとってはあまり重要ではないかもしれない。ソニーはこの夏までのシェア挽回では、中高生の支持を集めたのが理由と話している。なるほど中高生ならば持っているコンテンツの数も、さほど多くないためx-アプリのパフォーマンス問題もないだろうし、ファイルのドラッグ&ドロップによるコピー管理でも操作性に問題は来さない。12音解析の活用にしても、x-アプリが生成するプレイリストを活用できるので、さほど不満とは感じないかもしれない。

 しかし、この年末にヒットしたA840は明らかに“大人向け”に見える。この製品ならば、もう一度ウォークマンを評価してもいいかな? と思って買っている人たちも多いのではないだろうか。

 またx-アプリ、Content Transfer、それに日本のウォークマンでは使われていないもののMedia Goと、似たようなソフトウェアが複数あることは、複数の利用シナリオに対応していると言えば聞こえはいいものの、ワンストップですべてのニーズに対応できないことの裏返しでもある。今後、ソニーがどうやって音楽を管理させようとしているのか、考え方のポリシー、一本通った筋が見えてこない。

 製品としての質が高まり、iPodから乗り換える気になるだけのパワーをウォークマンが持つようになったことは、iPodユーザーにも恩恵をもたらすだろう。ウォークマンが改良され、存在感を示すようになれば、iPodにも改善が加わっていくはずだ。ウォークマンの復活が、ポータブルオーディオプレーヤ全体に良い循環をもたらせば良いと思うが、その循環を生み出し、継続していくためには、ソフトウェアを含むシステム全体の改善が必要になるだろう。

(2009年 12月 17日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]