本田雅一のAVTrends |
ビクターの最新LSI「FALCONBRID」が目指す未来
4Kや3Dの先を睨み、将来のアップグレードも
FALCONBRID |
ビクターが独自開発したカメラ用の最新プロセッサ「FALCONBRID(ファルコンブリッド)」を取材するため、横浜本社へと赴いた。この春に、3Dビデオカメラの「GS-TD1」や「GZ-HM990」、最新ビデオカメラの「GZ-HM890」、それに2D/3Dハイブリッド構成で高速撮影機能を持つ「GC-PX1」といった一連の新製品を取材した際、FALCONBRIDに関する簡単な説明を受けていたのだが、その汎用性や能力の高さに以前から興味をそそられていたのだ。
ちなみにFALCONBRIDのファルコンとは、ハヤブサのことだ。これに融合という意味のハイブリッドをかけてつけられた造語である。FALCONBRIDは従来にない高速なプロセッサであると共に、2Dと3D、静止画と動画、カメラが捉えることができる、あらゆる映像技術を融合したものとの想いが込められている。
3Dビデオカメラ「GS-TD1」 | Everio「GZ-HM890」 | GC-PX1 |
■ 今後主流となるカメラスペックを幅広くカバーする最新プラットフォーム
ビクターは長らくビデオカメラを主力製品の一つとして販売しており、その中でいくつかの専用LSIを起こしてきた。ハイビジョン向けの初めての専用LSIを起こしたのは2002年のこと。それ以上、一時的に独立系の映像処理LSIベンダーの製品を使ったことがあったものの、基本的に自社で持つ映像技術やカメラ制御技術のノウハウを盛り込んだ専用LSIを、その時代に合わせて作り込んできた。たとえば2003年にはMPEG-2圧縮機能を統合したLSIを作り、2006年にはMPEG-2に加えてH.264の圧縮機能を取り込んだ。
そしてFALCONBRIDは2008年夏にプロジェクトがキックオフ、将来を見据えた設計を行ない2009年末にテープアウト(最終仕様の製品が完成)し、それを元に製品開発を進めてきたものが、今、販売されている製品ラインナップとなる。
このような歴史を持つFALCONBRIDだが、歴代のLSIとは少しばかり毛色が違うように思えた。次世代のカメラを見据え、どんな種類の映像技術にも対応出来るよう、処理能力に余裕があり、将来の進化の余地を残すアーキテクチャとして開発したという。ビクターが挙げたFALCONBRIDのコンセプトは次の3つだ。
まず、フルHDの3D映像、4K2Kの映像、それに静止画に対する高速処理に対応出来るようにすること。すなわち、現在主流の技術ではなく、将来を見据えた能力を持たせていること。もうひとつは高密度の半導体プロセスを用い、映像処理をひとつのLSIに統合。トレードオフの関係にある高性能、低消費電力、低コストの3つを満足させる設計としたこと。最後に、能力的に余裕がある贅沢な設計とし、LSIのプラットフォームを統一して、複数タイプのカメラ(前述したような3D対応、小型軽量型、静止画/動画融合型など)を効率的に開発し、迅速に市場に投入すること。この3つだ。
たとえば、3Dや4K2Kの高解像度映像などは、放送規格はもちろん、市販のビデオパッケージに関しても、新たな国際規格を作り、対応製品を流通させるまでの膨大な時間が必要になる。すでに3Dに関してはBlu-ray 3Dという形で流通は始まっているものの、これが放送となると現状はサイドバイサイド放送にならざるを得ないことからも、容易ならざることはわかると思う。4K2Kとなればなおさらだ。
しかし、自分で作るカメラに関しては、今すぐにでも活用できる。そこで処理可能な画素数を増やし、あるときはそれを3D撮影のために使い、あるときは4K2Kの高画素に活用し、別のカメラでは毎秒120コマ以上の高速度撮影に用いる。
デジタル家電向けの専用LSIは、コストを優先させるため、複数用途に柔軟に対応できる汎用性を意識していない場合も多いが、FALCONBRIDは、そこの部分をかなり幅を持たせて設計しているという。また、後述するようにビクターは静止画の撮影も美しく仕上がるよう意識して設計しており(開発コンセプトの4つ目として入れてもいいほどだ)、ビデオカメラのプラットフォームなのに、十分に使える品質を出力できる。
このあたりが、FALCONBRIDの主な注目点だ。
■ 主要な3つのパートの通信帯域を最適化
FALCONBRIDが従来と異なるのは、ビデオカメラを構成するために必要な、3つの主要パートをそれぞれに高速化、高性能化するだけでなく、それらすべてをひとつのLSIの上に載せることで、信号の通信速度を高め、さらにどんな組み合わせで使う場合でもスループットが低下しないよう作られていることだ。
3つのパートとは、「カメラ信号処理」「動画圧縮処理」「静止画圧縮処理」。静止画用の映像処理LSIの場合、動画圧縮処理はオマケであるため、信号処理から後ろの接続帯域が狭かったり、質の高いフォーマットで転送されていない場合がある。逆にビデオカメラ用LSIは静止画が重視されないため画質や処理速度の面で不十分で、動画処理と静止画処理を並列して進める際に制限があることが多い。
FALCONBRIDは、当初より動画と静止画のパートを高速化し、それぞれのスピードを活かせるよう信号を流れるバスの設計を最適化。動画と静止画、両方のパートに同時に高速転送できるよう設計しているところがポイントとなる。
まずカメラ信号処理だが、ここでは毎秒20フレームのフルHD映像を処理する能力の4倍を実現できるよう設計した。これは当然4K2Kを意識したものだが、単純に画素処理のスループットなので、たとえばフルHDの映像をステレオチャンネルで処理することで二眼レンズの3Dカメラに対応が可能になるなど応用の幅は広い。
もちろん、4倍の4K2K画素で処理を行なっても、現時点ではそれを記録再生するための規格はないが、ビクターはこれを高画質化のために使っている。4倍の処理能力を活かして、4K2K画素のセンサーを採用。映像の入力は4K2Kだが出力はフルHDという処理を採用している。このように処理することで、ひとつの画素ではひとつの色信号しか取り出せないベイヤ配列の欠点を大幅に緩和できる。
また画素数が多いため静止画でも有利であり、デジタルズーム時にもフルHD解像度を維持することが可能だ。フルHDでも毎秒120コマという高速撮影も興味深い。この場合、画素スループットは2倍だが、これは後段の動画圧縮パートの制限で、カメラ信号処理や各パートを結ぶバスの帯域には問題がない。
■ 将来のグレードアップも意識
動画圧縮は回路規模が大きい事もあり、さすがに4倍のスループットとはなっていない。しかし、それでも毎秒60フレームのフルHD映像を、同時に2ストリーム処理する能力を持っている。これを用いて、MPEG-4 MVC(ひとつのストリームに3D映像を収める圧縮手法)の記録にも対応させた。
MVCはマルチビューコーデックの略で、MPEG規格の範囲内で効率よく複数の映像を収めることができる。2D時と同等の画質をキープしながら、ステレオ映像を約1.5倍のレートで収録が可能だ。TD1の場合、最大34Mbpsという高レートの記録を可能にしている。また、そのまま既存のMPEGデコーダに通すと、2D映像として出画するという互換性の高さもある。
MVCは市販ソフトのBlu-ray 3D規格や先日発表されたAVCHD 3Dでも使われている。TD1はAVCHD 3Dのロゴは取得していない。これはTD1が記録ビットレートを高く設定しているためだ。付属するパソコン用アプリケーションソフトウェアからのAVCHD 3Dへの書き出しサポートを望みたいところだが、今後の課題として検討していくとしている。もっとも、AVCHD 3Dへの対応は規格準拠の問題であり、LSIの能力としてはAVCHD 3Dに対応する力は最初から持っている。
【訂正】
記事初出時に「TD1がAVCHD 3Dに対応している」としていましたが、不正確な表現でしたので、訂正しました。(2011年7月25日追記)
3DカメラにおけるFALCONBRIDの効果 |
この高速MPEG圧縮処理は、解像度を落としてフレームレートを上げるという方向でも活用可能だ。VGA解像度ならば毎秒300フレームの高速動画としてリアルタイム圧縮、記録する。リアルタイムの高速圧縮を実現しているため、記録時間の制限もない。
静止画処理部は従来比5.5倍、830万画素のJPEGデータを毎秒60枚生成する能力があるそうだ。ただし5.5倍という数値は、静止画を重視していないビデオカメラ用LSIとの比較なので、あまり大きな意味はないだろう。しかし、1,660万画素と読み替えると毎秒30枚の処理能力があり、一般的なデジタルカメラと同等以上のパフォーマンスを持つことがわかるはずだ。もちろん3D写真の出力機能にも対応している。
重要なことは、この2つのパートには、カメラ信号処理のパートから送られる高レートの映像が等しく並列に分配されることだ。動画記録をしている最中に、高画素の静止画も高速連写で撮影といった機能も、静止画と動画の両方をサポートするプラットフォームとして作られているため、問題なく実装できる。
また、各パートごとの独立性が高く、カメラ信号処理パートのスループットが十分に高いため、後段のパートをさらにカスタマイズ、高性能化することでさらなる発展を目指すことも視野に入れているようだ。冒頭では民生用のビデオカメラとして、3つの製品に使われていると話したが、そのソフトウェア基盤はそのままプロ用撮影カメラにも応用されており、そこでのノウハウを製品サイクルの中で民生用機器に落とし込むこともできる。
現在は動画エンコーダの能力が不足しているが、半導体技術が進歩すれば4K2K対応のエンコーダへと動画圧縮パートを強化することで超高解像度の動画を記録できるカメラを開発できる。FALCONBRIDの上に載せられている様々な機能は、すべて今後のJVC製品で共有できるよう、共通のソフトウェア/ハードウェア基盤の上に実装されているため、それまでの開発成果を引き継ぎながら、製品を進化させていく基盤となっていくだろう。
実際の製品レベルでも、3DカメラのTD1では、ズームや被写体の距離と連動した視差の自動調整機能などが盛り込まれている。この機能は業務用の3Dカメラでも、一部の製品にしか実装されていない先進的なものだ。画角と距離に応じて約1mから4mの範囲で、自由にズームできる手軽さは3D撮影をしたことがある人なら驚くに違いない(それ以上の距離では元々、問題となることはないため、事実上のフルオートと考えていい)。実際に撮影してみると80cmぐらいまで近寄っても、3Dの映像が破綻することはなかった。
この新しいプラットフォームを使い、ビクターはこれからいくつかのユニークなビデオカメラ、あるいは2D/3Dハイブリッドカメラの提案をしていくという。どのように育てていくのか、その今後に注目していきたい。