本田雅一のAVTrends

「ソニー最後の聖戦」 鈴木国正執行役EVPインタビュー

-モバイル、クラウド、NFCで導く新たなユーザー体験




「感動」をキーテーマに新製品を紹介するソニー平井一夫CEO

 ドイツ・ベルリンで総合エレクトロニクス展示会「IFA 2012」が8月31日から開幕する。それに先立ち出展各社がプレスカンファレンスを行なっているが、29日にソニーはグループCEOの平井一夫氏が行なった発表会で「感動」をキーテーマに、いくつかの新製品を紹介した。

 とはいえ、いくつか驚かせたり、あるいはなるほどと納得できるモノの良さを感じさせる製品(84インチの4K2K BRAVIAや新型VAIOなど)はあった。ソニー発表会のレポートは別途参照いただきたい。

 しかし、一方で不調のソニーが、これからどう変化していくのか、新たなビジョンを期待してた方は、やや肩透かしの印象を持ったかもしれない。確かに良い製品も発表しているが、昨年、一昨年などと比較すると、注目すべき製品の数は減ってきている印象もある。

 メッセージに関しても「感動」という言葉で、ソニーが製品を通じて生み出そうとしている価値をについて説明し、創業者二人の考え方など通じての話から、やろうとしていることを抽象的に描いているものの、描いているビジョン(ソニーが得意とするエレクトロニクス製品を通じ、それらをクラウド型サービスで束ね、新たなコンテンツの楽しみ方、ユーザー体験を提供するというもの)は変化していない。

ソニー 執行役EVP 兼 ソニーモバイルコミュニケーションズの社長兼CEO 鈴木国正氏(写真は'11年4月撮影)

 ソニーは変化したというものの、実は2009年から同じメッセージやビジョンを出し続けている。では2009年以降(構想という意味ではもっと前から)、継続して今と同じ方向に舵を取ってきたというのに、現段階でできていることが少なすぎるのはなぜなのか。これまでの数年をかけて出来なかったことが、なぜこれからできるようになるのか。

 これは筆者がこの1年ほど、ずっと感じているソニーに対する疑問だが、同様のなんとも言えないもどかしさを感じている方は、読者の中にもいらっしゃるのではないだろうか。IFAプレスカンファレンス後、ソニー 執行役EVPとソニーモバイルコミュニケーションズの社長兼CEOを兼務する鈴木国正氏に、ストレートに疑問をぶつけてみた。



-- 経営体制が変わったのは今年4月からですが、今回の製品の中にソニーの変化を感じてもらえる、という部分があるとするならば、どこだとお考えでしょう?

「VAIOとタブレットの中にSocialife(ソーシャライフ)というアプリケーションを組み込んでいますが、このアプリケーションは、新しいソニーの二つの側面を表していると考えています」

「ひとつは製品ジャンルを超えてソニー製品に共通するユーザー体験をもたらすこと。ソーシャルネットワークに関連したアプリケーションは、製品ごとに開発をしていました。製品はそれぞれ特徴が異なり、OSも違います。それらに合わせ、製品ジャンルごとに作り込んでいたのですが、Socialifeはプラットフォームや製品カテゴリを超えて、ネットワークソーシャルとの接点を統一していきます。AndroidでもWindowsでも等しく同じ体験を提供しますし、タブレットでもPCでもスマートフォンでも共通の機能として利用できます」

「もうひとつは“ネットワークサービス”という見えざる価値に対してソニーがコミットし、それを各ジャンルの製品を通して体感できるよう製品の魅力として作り込んでいることです。Socialifeはソーシャルネットワークでつながった人たちの中で話題になっている情報を分析し、タイル状に並べるというものです。自分自身のソーシャルでのつながりや発言で、自分のためだけの雑誌が自動生成されるようなイメージです。さらに、どの記事を好んで読んでいるかといった行動履歴も分析材料にしているため、興味をもって使えば使うほど、情報の質が高まっていきます」

「ちょうど自分を中心にソーシャルネットワークの中に流れていく情報が、適切な距離感で俯瞰できます。これはイタリアのあるベンチャーと提携し、共同で開発を進めているサーバ側でのデータ分析技術がキーになっています。FacebookやTwitterはソーシャルネットワークのインフラとなってきていますが、Socialifeはそれらのタイムラインに連動した情報が見えてきます。単にタイムラインを追っているだけでは見つからない情報との出会いを演出するのです。年末にはスマートフォン向けにも実装し、情報の抽出精度を向上させていきます」

-- ネットワークサービスと一体化した商品の価値作り、という考え方は、何も今、最新の流行というわけではないですよね。ソニーはこれまで製品同士をつなごうとして、実際につなぐのだけど、1対1での接続はできても利用シナリオに合わせてかゆいところに手が届くような連動はできていませんでした。これは技術というより、製品が生まれているプロセスの問題ではないですか?

「あらゆる事が、すべて一度に変化として現れるわけではありません。しかし、たとえばNFCを活用する機能を作り込んでいくプロセスには成否が生まれるプロセスの変化を感じていただけると思います」

「NFC対応のBluetoothスピーカーやヘッドフォンを発表会でお見せしました。ここでのポイントは近づける事で二つの機器をペアリングする意思を利用者が示すことで、二つの製品がどのように応答するかという部分です」

「スマートフォンをスピーカーやヘッドフォンに近づけてペアリングする意思をしめしたら音が出てくるのが自然でしょう。もう一度、NFCでタッチすればペアリングがキャンセルされます。一方、パソコンに対してカメラなどを近づけたなら、無線LANを通じてファイル転送を行なうのがいいでしょうね。NFCでのタッチはペアリングの意思表示で、実際にどのような動きをするかは、組み合わせによって変化し、それぞれ期待する動きになるよう動作を組み込んでいます」

ヘッドフォン「MDR-1RBT」もNFCでBluetooth設定スマートフォンとスピーカーのBluetoothペアリングをNFCで実現

「こうした動作は、一方的にスマートフォン開発を行なっている部隊が動作の枠組み、ルールを決めても拡がっていきません。XperiaもVAIOもBRAVIAも、そしてWalkmanやスピーカーなど、多ジャンルにまたがって何が一番利用者にとって価値があるのかを話し合い、すべての製品ジャンルの業務執行を行なっている人間が共通の価値観を持っていなければなりません。ですから、今回のIFAでXperiaを用いて行なっているデモも、モバイル担当である私の部門だけで決めているのではなく、ゲーム、テレビなど他の担当役員もきちんと意思決定に加わり、それぞれの担当する製品に魂を入れています。製品ごと、用途ごとに適したつなぎ方、適した振る舞いがあり、ユーザー体験に直結する部分なのでソニーとしては最重要視しています」

新Xperiaシリーズ

-- 発表会場では、スウェーデンのソニーモバイルコミュニケーションズ担当者が、Walkman Media Playerがメディア横断的に音楽との接点を持てるツールだと説明していました。メモリ内の音楽、DLNAで共有する音楽、ネットワークサービスで聴ける音楽などを統合し、ソーシャルネットワーク的に友だちとの間でプレイリストを共有できるといった話をしていました。コンテンツがある場所を意識させないという点では、大きな進歩だったように思いますが、これは音楽のみに限ったものではありません。他カテゴリのメディアに関しても同様の使い勝手を実現できるのでは?

「スウェーデンの旧ソニー・エリクソンに蓄積されている研究開発のノウハウは、実はとても膨大な量があります。今回はそれをうまく活かした形です。ただし、この機能については自慢話というよりも、これまで多種多様な音楽サービスがあってユーザーにとって使いやすいものになっていなかった、という反省から、音楽を扱うための総合的なユーザーインターフェイスを提供しようということで組み込んだものです」

「もっとも、これから12音解析など独自の技術や機能を用いて、さらに使いやすく洗練されたものにしていきますし、また音楽以外のメディアに関しても同様のソニーならではの使いやすさを追求していきます。中でも写真の扱いに関してはとても重要です。すでにPlay Memoriesというサービス、アプリケーションを提供していますが、さらにより良い体験をもたらせるよう改良を加えてきます。写真に関する取り組みについては、もう少し後、CESぐらいにはお話ができるようになるでしょう」

-- こうして直接話を伺っていると、具体的に組織を変えていこうとしている事例を感じることができますが、普段は社外に対してソニーに変化、ビジョンの変化を見せていないように感じます。多くの人が、“ソニーは何をしたいのかわからない”と思っているのでは?

平井CEO

「社長兼CEOの平井が話しているように、ここ数年は“エグゼキューション力(業務執行能力)”が問題でした。ここ数年、ソニーの目標やビジョンは変化していません。クラウドに対してコミットし、ハードウェアとソフトウェアを駆使して、クラウドを中心に付加価値がつながり製品が滑らかに連動しなければなりません。よくアップルと比較されますが、すでにアップルはネットワークを用いたデジタルエンターテインメントの世界では“インフラ”になっていますから強いのは当然です。ソニーは現時点でそうした立ち位置にはありませんが、自分たちなりに立ち位置は認識しながら、正しい方向へと次へのステップは踏んでいると思います」



 鈴木氏はインタビューでは口にしなかったが、ここで言われている“エグゼキューション力”とは、ソニー首脳陣の足並みの乱れではないかと想像する。電源コンセントにプラグを挿し、電源をオンにすれば使える“目に見える“パッケージ製品しか作ってこなかった家電メーカーは目に見えない“サービス”という付加価値を正しく捉え切れていなかった。それはソニーも同じだった。

-- 現在のソニーの意思決定において、クラウド中心に製品のバリューネットワークが形成される現代的なデジタル製品の枠組みは、きちんと共通の意識が形成されているのでしょうか?

「今年4月からの新しい経営体制では、クラウド戦略を推進してきた者が各分野の業務執行を担当し、平井の判断と指示を元に、それぞれの事業分野において“エグゼキューション力”を発揮できる体制になっています。価値観のブレはまったくありません」

「今のソニーが打つことができる手は何かを見極めながら、難しい状況から抜け出すパズルを解いているところです。今回、いくつかの成果があることを話しましたが、これらは急に出来上がったものではありません。平井以下、新しい経営陣が描いている”大きな絵”を完成させる中で起きていることです」

「4月から何が変化したか? というと、その“大きな絵”を数年前から描いてきた平井が社長となり、すべての業務執行の責任を負っているという点です。絵を描いた本人ですから、自分の言葉としてすべての指示を出すことができます。結果、目標に向かっての動きが加速しています。経営が変わって1年を過ぎてくれば、自ずとその成果は製品という形になって見えてくるでしょう。我々はこれが最後のチャンス、最後の聖戦だと思ってこの2年を戦っていくつもりです」


 なお、鈴木氏にはAndroidへのコミットや、SCEの技術であるPlayStation Mobileやクラウドゲーミング技術のGaikai、ソニー本社の戦略についてなど、別のストーリーでもいくつかの話を聞いた。これらは「本田雅一のモバイル通信リターンズ」の中で触れることにしたい。


(2012年 8月 31日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

 個人メディアサービス「MAGon」では「本田雅一のモバイル通信リターンズ」を毎月第2・4週木曜日に配信中。


[Reported by 本田雅一]