本田雅一のAVTrends

4K/UHD Blu-rayはどうなる? HDRが牽引するハリウッドの次世代画質

 2015 International CES 2015でパナソニックが行なったULTRA HD(UHD) Blu-ray Discプレーヤーの先行デモは、波乱要素をまだ含みながらも「年内に登場しそうだ」という期待から、既存の高品位BDプレーヤーなどの売れ行きに影響を与えてしまっているようだ。

CESに出展されたパナソニックのUltra HD Blu-rayプレーヤー

 前回の続きと言いつつ、少し間が空いてしまったので、まずはこのUHD(4K) BDの最新動向からお伝えすることにしよう。

UHD BDの最新動向

 筆者が最初にUHD BDの話を聞いたのが昨年夏のことで、9月にはスポークスパースンのコメントを取って記事化。基本的なスペックは当時と大きくは変化していない。あの頃、すぐに発表するとの情報だったのが、まだ正式版になっていない理由は、どこかに政治的な駆け引きの要素が残っているのかもしれない。とはいえ、大きな波乱がなければ今月のBDA幹事会でUHD BDのドラフト仕様が固まり、6月ぐらいまでには正式な仕様書が発行されるとみられる。

 そんなわけで、まだ公式発表もされていないUHD BDだが、年内投入に必要な材料は揃い始めてきている。たとえばUHD BDの映像パッケージを提供するために必要となるオーサリングツール。従来のBD向けオーサリングツールとしては、ソニーが開発していたBlue Printが幅広く使われていたが、ソニーはこれのUHD BD対応に消極的だ。

 しかし、カリフォルニア州バーバンクのJARGON TECHNOLOGIESが、UHD BD対応オーサリングツールの開発に名乗りを挙げ、実際に開発を進めているようだ。彼らは元々、ブルーレイ上で高パフォーマンスかつ見栄えの良いユーザーインターフェイスや付加機能を実現するためのツールとビルディングブロックを提供する会社だ。

 また、UHD Blu-rayで記録密度が高まり、また3層ディスクも仕様として追加されたが、3層ディスクの生産はすでに記録型のBD-REで実績があり、BD-ROMを生産するテクニカラーなどの企業も3層ディスクに関して量産に問題ないとの判断を下している。また、全ソフトが3層を使うわけではない。当面は2層66GBが主流になるだろう。それでもピークビットレートの高さ(105Mbpsと言われている)を活かして、高画質な4K映像は確保できる。

 UHD BDには3層ディスクの規格があり、最大の容量は100GB。これまでの2倍となる。映像圧縮方式が理論値で2倍の効率となるHEVCになるため、2倍の容量があれば4倍となる画素数に対応出来る計算だ。もちろん、フルHDの映像をHEVCでエンコードして長時間の映像を入れることもできる。

 一方、収録時間がさほど長くないのであれば、その分画質を高めようというアイディアも盛り込まれているようだ。UHD BDの暫定仕様では、メディア転送レートに関して105~128Mbpsといった表記がある。

 なぜ転送レートに幅があるのか? というと、実はディスク内周の一部を“使わないモード”が存在するためだ。次第の転送レートは内周部の読み出し速度に依存する(外周に行くほど転送レートは上がる)ので、最内周を使わないことで読み出しレートを上げることができるのだ(当然、容量はその分捨てることになる)。

 こうした記録密度向上は、技術面での大きなハードルではないとのことで、対応する新しいBDドライブの生産にも障害はない。

 またUHD BDの検討と並行して、4K映像のネット配信に関するアライアンスも話が進み、さらにはNetflixが日本にも上陸と話題は多い。いずれも使用する圧縮コーデックなどは同様なため、UHD BDの対応製品は、ネット配信も含めた再生機(録画機)になると考えられる。

 ただし、オーサリングツールの整備が進み、近く仕様もドラフト(原案)が出され、映画スタジオ側も(前回のコラムで指摘したように)4K対応のソフトを出せるだけのライブラリを揃えているが、プレーヤーやレコーダを開発するためのLSIプラットフォームは、まだ整っている状況とは言えない。

 今年年末の段階でUHD BD関連機器に対応出来るのは、おそらくパナソニックのユニフィエのみで、ユニフィエユーザー以外の大多数が採用するメディアテック(MediaTek)製のLSIは、来春以降にしか対応出来ないという。登場は今年末、本格的な訴求は来年から……ということで、まだ気が早い話と言われれば、その通りかも知れない。

 しかし、急に新しい映像規格が生まれても、そこに良いソフトは出てこない。良いソフトがないのであれば、そもそもその新規格が存在する意義がない。という初期の混乱を避けるためにも、より良いソフトが生まれる環境は大切だ。

ハリウッドで使われているHDRツールは?

 4Kマスターがすでに存在し、より効率の良い映像圧縮コーデックとしてHEVCが存在する。そこにBT.2020という広色域規格と、光のダイナミックレンジを拡げるHDR技術が加わる。

 HEVCはエンコーダを更新すればいい。色域規格はすでに規格として存在する。しかし、どのようにして対応コンテンツが作られているのか、いまひとつ解らないのがHDRだ。HDR対応ソフトはどのようにして作られるのか。

 映像グレーディングのツールを開発しているFilmLightという会社のハリウッド支社に取材した。彼らは映画スタジオ向けのハイエンドなグレーディングツールを専用の操作用ハードウェアとともに提供している英国の会社だ。

FilmLightマネージング・ディレクターのPeter Postma氏

「我々はグレーディングのツールを提供していますが、もともとデジタル領域で映像調整の作業をするために、HDRデータですべてを管理しようという思想は、かなり以前がありました。HDRデータをコンシューマに届けることが可能になるということで、業界内でもエンドユーザーの方々の間でも話題になっていますが、カラーグレーディングの観点で言うと、以前からあった流れです」

 デジタルシネマカメラが広ダイナミックレンジを捉えるまでもなく、フィルムネガはそもそもが広いラティチュード(明暗を記録できる幅)を持っている。ネガからのスキャンでは、HDRデータとして取り込んでおくのが常識になっていた。

 では何が変化したかと言えば、編集時、再生時ともに、より広い色域、より広いダイナミックレンジを表現可能になり、はじめて目の前で再生可能になったときに「こんなにキレイかつ自然な映像になるの?!?」とみんなが驚いたことが、HDRに注目が集まるきっかけだったとPostma氏は話した。百聞は一見にしかず、といったところだろうか。

 同社のスタジオにはドルビーのHDR対応マスターモニターが導入されていたが、近くソニー製のHDR対応OLED(有機EL)モニターが導入される見込みという。

 現在、HDRに対応したマスターを製作するツールとして、FilmLightのBaseLight Oneという製品が4K、HDR向けの標準的なツールとなっている理由も、HDRを活用した映像制作実験の中でその効果を身近に感じていたからだと話す。その結果、ツールとしての熟成で先んじることができたというわけだ。

試行錯誤で“最適”を探し求めている

 Postma氏はBaseLight Oneを使ってさまざまなデモを披露してくれた。

 カメラ撮影そのままではコントラストが低過ぎるシーン。普通のモニタで見ても、自然な見え味になるようにするには、シャドウを潰してコントラスト感を演出する。これが従来の考え方だ。

 しかし、HDR対応のモニターに切り替えると、そんなことをしなくともレンジを引き出せるため、シャドウを含めて元情報を損なわない映像にできる。

 加えて明暗の表現に関しても柔軟な対応が行なえるようになっているという。HDRの規格上は1万倍ダイナミックレンジを表現できることになっているが、実際の液晶テレビはそこまで広いダイナミックレンジを表現できない。せいぜい1,000倍ぐらいだ。

 そこで、BaseLight Oneは映像上の特定位置が「白トビなのかどうか」指定する機能を持っている。あるポイントを白トビと指定すれば、それに合わせてニーポイント(明暗の表現がリニアではなくなるポイント)が自動設定され、白トビ感をなくしながら、最大限に高コントラストを引き出せ、それは広色域表現を活かせることになる。

RAWファイル(カメラが捉えた全てのDレンジを収めたデータ)から、全輝度データをリニアに表現すると、コントラストが低い通常ディスプレイでは白っぽい低いコントラストの映像になる
しかし、モニターを高輝度モードにしてHDRを表現できるようにすると、このように暗部からハイライトまでがキレイにできるようになる
HDRではないモニターで同じ場面を表現する場合は、黒、白ともに潰しながら中間調の見せるようなトーンカーブをシーンごとに作ることになる

 そこは自分の目で見て納得して欲しい、というアプローチだが、ひとつだけ問題がある。BaseLight Oneは、HDR効果を簡単に見ながら作業できるツールだが、再生環境は一定ではないからだ。A製品とB製品で、後者の方がダイナミックレンジが狭いにもかかわらず、A製品に合わせてグレーディングしてしまうと、B製品ではそのレンジを表現しきれない。では逆ならどうかというと、B製品に合わせてグレーディングすると、A製品ではダイナミックレンジの広さを活かしきれないか、コントラストがキツく見える結果となるだろう。

 Postma氏は「絶対的なリファレンスがないのが一番の問題。そのあたりは戸惑っているが、当面は1,000nitぐらいの明るさを上限にガイドラインを作り、クリエイターのイメージから逸脱したものになるよう調整していかねばならない」と話した。

 もっとも絶対的な明るさのリファレスは必要ないのでは?という気持ちもあるようだ。人の眼はスクリーン全体の光量で「明るい」と判断する面があるため、大画面の映画館ならば輝度は小さい方がよく、小さい画面ならば明るい画面の方が望ましい。

 劇場の大画面なら100~150nitsあれば充分な目への刺激が得られる。暗い劇場だからというよりは、光の総量で圧倒されるからだ。一方、テレビならば平均400nits、ピークでも1,000nitsあれば充分だ。こうしたことを考えずに、明るさのリファレンスを決めるのはナンセンスということだ。

 今後、このあたりは標準化の中で充分に議論されるべきだろう。

 また、明るさがオリジナルのリニアな特性になっているなら、それでOKというわけでもない。なぜなら、全場面をチェックしていかなければ、一瞬差し込む光に対応出来ない可能性があるからだ。「パッと見て、あきらかに眩しい部分が出てくると、眩しすぎてまわりが見えにくくなります。そこで、輝度だけをサッと選択して輝度を落とすなど、明暗の表現に対する操作を簡略化する機能を、この1年でいくつか追加してきている」という。

 ここでは、スタートレックのHDRデモ映像を見せていただいたが、確かに、かなり画質は変化する。全体に立体感が出てくる上、明るい場所の色がしっかりと載る。また、宇宙空間の表現では、宇宙の広さや星ごとの輝きの違いが明確に感じられた。

この2枚はもっと一般的なドラマのシーンで、通常モニター用グレーディングとHDRグレーディングを比較したもの。HDRグレーディングの方が明部、暗部ともにディテールが残った上で、色乗りも良い。カメラでの撮影のため、まだ差が小さく見えるが、実際には圧倒的な差がそこにはある

 Postma氏は「フルHDと4Kの差も小さくはないが、HDR導入による画質差は議論の余地がない」と話した。映画会社も同様の意見で、だからこそ大手ポストプロダクションのデラックスだけで年間200本以上のHDR対応ブルーレイをオーサリングできる環境を作っている。

 そうした確信をFilmLightが持っているのだから、今後も関連機能と品質がどんどん改善していくに違いない。

新生PHLが稼働を開始

 一方、ブルーレイの立ち上げ時には、さまざまな技術検証や高画質コーデックの開発などで知られたパナソニックのハリウッド研究所(PHL)が、場所や位置付けを新たに再始動している。PHLはブルーレイの立ち上げ後、高画質ブルーレイソフトの製作を支援していたが、昨今はその規模が縮小されていた。

 2月5日の開所式では、著名な撮影監督を招待したオープニングパーティも行なわれた。UHD BDの立ち上げを支援するためだ。現在はUHD BDの規格化や、ネット配信を含めた映像ビジネスの枠組みを決めるUHD Allianceの活動などが主なテーマになるという。

 最新の映画製作用バリカム(VARICAM)は、12から14.5ストップの広いダイナミックレンジを持ち、同時に感度特性もいいという。感度特性が良いデジタルシネマカメラは、一方で高輝度時には画質問題を引き起こしやすい。つまり、高感度と広ダイナミックレンジは両立しにくい。ところが、専用に開発したCMOSセンサーには、各画素に蓄積された電荷(情報)を捨てる機能が加わっており、設定された感度に最適なダイナミックレンジが得られる。

 この仕組みを用いて、PHLにおいてHDR映像の製作を支援し、またARRIとソニーが席巻するデジタルシネマカメラの業界に割って入ろうとしている。

 新たにUHD BDが立ち上がろうとしている中、体制もテーマも新たにしたPHLが何をするのかはまた、UHD BDの規格が発表する頃にお伝えすることにしたい。

本田 雅一