大河原克行のデジタル家電 -最前線-
「“憧れ”のオーディオブランドへ」。復活のTechnics第1弾製品、各国での反響は?
(2015/4/21 10:00)
2014年9月に、ドイツ・ベルリンで開催されたIFAで発表され、大きな話題を集めた“Technicsの復活”。第一弾となるリファレンスシステムの「R1シリーズ」と、プレミアムシステムの「C700シリーズ」は、2015年1月には、ドイツおよび英国で発売。2月中旬には日本で販売を開始した。今後、米国や欧州全域へと販売を拡大する予定だ。
昨年9月の発表から半年を経過したTechnicsは、市場からどんな評価を得ているのだろうか。そして、パナソニックはこの間、どんな取り組みをしてきたのだろうか。パナソニック アプライアンス社ホームエンターテインメント事業部テクニクス事業推進室チーフエンジニアの井谷哲也氏に話を聞いた。
ドイツで高い反響
――2015年1月にドイツおよび英国で発売。2月中旬には日本で販売を開始したわけですが、手応えはどうですか?
井谷哲也氏(以下敬称略):ひとつは、ドイツでの反響の高さに、我々は自信を深めています。というのも、もともと欧州では、日本のオーディオメーカーのアンプやチューナに対する評価は高いが、スピーカーに対する評価はそれほど高くはないという傾向がありました。
かつてのTechnicsでもそれは同様で、アンプやチューナに対する評価と、スピーカーに対する評価には差がありました。ところが、今回発売したTechnicsでは、スピーカーの評価が非常に高い。特に、プレミアムシステムとするC700シリーズのスピーカーが高い評価を得ています。
アンプとネットワークプレーヤーに対する評価も高いのですが、これはまぁ、予想通りです(笑)。3月に、欧州でパナソニックコンベンションを開催した際も、オーディオ専門誌の記者が私を見つけるなり、「このスピーカーはいいよ。予想を上回る出来栄えだ」と絶賛していただいた。ドイツでは、C700シリーズのスピーカーだけを購入するという、かつてのTechnicsにはなかった動きも出ています。
――どんな点が評価されているのですか。
井谷:C700シリーズで採用した同軸平板2ウェイユニットにより、点音源化を実現したことが評価を得ています。この仕組みが、ドイツの方々にとっては、理に適った仕組みであると認識してもらえたようですね。
――日本での反応はどうですか。
井谷:あまり多くの台数を販売する製品ではありませんが、その点を踏まえても、我々の想定通りの動きだといえます。最初のスタートとしては、まずまずだといえるのではないでしょうか。実はいま、C700シリーズのアンプが在庫切れを起こしている状況です。C700シリーズでは、アンプとネットワークプレーヤー、あるいはアンプとCDプレーヤーの組み合わせによる購入が基本になると考えていたわけですが、思いのほか、アンプだけを購入するという方が多いようで、その結果、アンプが品不足になってしまったというわけです。
デジタルアンプに対しては、まだ認めたくないというオーディオマニアの方もいらっしゃいますが、東京および大阪のパナソニックセンターの視聴ルーム「テクニクスサロン」で、C700シリーズの音を聴いて、デジタルアンプらしくない自然な音に興味を持ち、購入していただくケースもあります。
また、C700シリーズでは、新たな技術導入や新たな提案をかなり盛り込んでいます。その新たな提案にも注目が集まっています。一例をあげれば、周波数位相特性の平坦化を実現するスピーカー負荷適応処理技術の「LAPC」には高い関心が集まっていますね。
もともとデジタルアンプは、Technicsブランドがない時代にもずっと研究を続けてきた領域ですし、そこに高い評価が集まっていることは、我々にとっても強い自信になります。
いま、パナソニックセンターのテクニクスサロンで試聴イベントを開催しているのですが、ある週は、土日の2日間で来場した48人のうち、2人がすでにC700シリーズのアンプを購入したというのです。購入前に試聴に訪れるのはわかるのですが、なぜ購入した人達が、試聴しにくるのか(笑)。話を聞いてみると、もっといい環境で聴けるのではないかということを、勉強しに来られるんですね。そんなことも起こっています。
かつてのTechnicsユーザー以外も購入
――どんな方が購入されているのですか。
井谷:いまのところは、40歳代、50歳代の男性が多いですね。その点では、C700シリーズで広げたいと思っていた層にまでは届いていないという反省があります。C700シリーズでは、リビングの中にマッチすることを狙ったデザインを採用し、主婦の方にも音楽を楽しんでもらいたいという狙いもあったのですが、そこがまだ顕在化していません。もちろん、旦那さんが購入して、奥さんが一緒に音楽を楽しむということもあると思いますが、まずは、男性層が購入の中心となっていますね。
――購入層は、かつてのTechnicsユーザーなのですか。
井谷:Technicsを持っていた方も多いと思います。ただ、購入者のなかには、他社のアンプから乗り換えたという方もいますね。必ずしも、かつてのTechnicsユーザーだけが購入しているという状況ではないといえます。そして、Technicsの復活は、パナソニックのOBにも喜んでいただいています。古くからTechnicsの音に親しんでいるオーディオ評論家の方からも、「これはやっぱりTechnicsの音だね」と言われました。実は、今回の製品は、かつての音というものはこだわらずに、自分たちがいいと思うものを追求していった。その結果、辿り着いた音が、やはりTechnicsならではの音だったということなのでしょうね。これは私自身も意外でした。
――R1シリーズおよびC700シリーズは、昨年9月のIFA、10月のCEATEC、そして、今年1月のInternational CESという大型イベントに展示してきましたが、その間、音のチューニングに関しては、かなり進展したという評価がでていましたね。
井谷:昨年9月のIFAでの製品発表は、当初計画に比べて、かなり早いタイミングだったこともあり、その後の展示会、あるいは発売までの間に、だいぶチューニングを行ないました。特にスピーカーまわりは、R1シリーズもC700シリーズも、かなり進化しているのは確かです。C700シリーズは進化の過程で、かなり扱いやすいスピーカーになってきました。
構造がシンプルであること、理にかなった設計であるということも影響していると思いますが、どこに持っていっても、いい音が出せるのが特徴です。低音も、朗々としたものがきちっと出ます。
一方で、R1はあれだけ大きなスピーカーですし、進化すればするほど環境を選ぶようになってくる。正直なことをいうと、パナソニックセンターのテクニクスサロンの広さでも、ちょっと狭いかなと感じる状況です。聞き比べると、環境によって左右されるR1シリーズは少し分が悪い状況にありますね(笑)。しかし、それでもR1シリーズの音と、C700シリーズの音の違いははっきりとご理解いただけると思います。
Technicsの音は、どのように作られていくのか
――Technicsでは、テクニクス事業推進室 室長の小川理子役員を中心にしたコミッティで、音を評価し、それを製品に反映していますね。実際にはどんなことが行なわれているのでしょうか。
井谷:IFAにおいて、初めて対外的に、これがTechnicsの音であるということを示したわけですが、そこからのチューニングは、微妙な音の違いを聞き分けて、微々たる差を積み重ねていくという作業になりました。音は部品や素材、工法を変えるだけでも変わっていきます。そのたびにコミッティが集まって調整を繰り返しました。
小川と私、それに2、3人が加わり、発売までの期間は週平均1、2回のペースで、音を聴き、音決めのための議論を繰り返していきました。ですから30回以上はやっていますね。評論家の方々の意見を聞いて、それを反映したり、開発者の意向をもとに修正を加えたりといったことの繰り返しです。スピーカーのキャビネットは、隅木ひとつでも大きく音が変わりますし、ケーブルの配線材などにも工夫を凝らして、音をチューニングしてきました。
開発の初期段階はドラスティックに音が変わりますが、この段階になると、微妙な部分の判断になります。そうなると、抽象的な表現が次々と出てくるんですよ(笑)。例えば、「音の粒立ちがいい」というような感じです。
――「音の粒立ち」という表現がコミッティのなかでは共通言語になっていると(笑)
井谷:いや、それぞれの感性から出てくる表現ですから、共通言語というわけではないですね。議論をしているうちに、表現は違うが、言っていることは同じだね、というようなことが何度もあります。あるときに、小川が「この音は耳に痛い」というんです。確かにそう言われると、「耳に痛い」(笑)。たぶん、さらに長い年月を一緒に仕事をすると、この人がこういったときには、こういう意味だというのがお互いにわかってくるのではないでしょうか。物理特性などは当然測りますが、そうしたものを超えたところの議論がコミッティでは行なわれています。
――チーフエンジニアである井谷氏が、音に関してこだわった部分はどこですか。
井谷:C700シリーズの場合、クリアな音だという評価をいただいています。これはポジティブな意見なのですが、一方で、聴く人によっては、キツく聴こえる部分もあるという声も出ています。ここでは、単純にキツさを抑えるのではなく、それを改善しながら、もうひとつ上のレベルを目指すことにこだわってきました。ここはまだまだ挑戦していかなくてはならない部分だともいえます。
最初のスピーカーの試作機が完成したのが2013年12月。そこから2014年9月のIFAに向けて何度も試作を繰り返してきました。こうした本格的なスピーカーをパナソニックが作るのは20年ぶりのことですから、錆びた刀を磨きながら、音づくりに挑戦しているようなものです。
当時とは使っている材料も違うわけですから、そこにも苦労がありました。今だから言えるのですが、IFAの直前になってようやく、小川が、「音を出すのではなく、音楽が奏でられるようになった」と表現したことがあったのです。私も、そう感じたタイミングがありました。ようやく納得する音が出たのは、本当にIFA開催直前でした。ドイツには1週間以上前に入り、試聴ルームに入りっぱなしで音をチューニングして、これなら聴かせられるという音ができあがったのです。
スピーカーは入ってきた電気信号を音波に変換するわけですが、ここで様々なロスが発生する。周波数特性をはじめとしたスピーカー特性の測定では、様々に変化する信号の一部を捉えているに過ぎないわけです。実際の音楽の信号はもっと複雑に動いており、その信号の一部がスピーカーの中でロスされて、細かなニュアンスが音波にならないといったことが起こっている。気に入らない音になる原因はどこにあるのかということを推測して、そうしたロスをひとつずつ取り除いていくことで、音が変わっていく。データだけではわからないのが、この世界の醍醐味でもあるのです。これこそが、オーディオエンジニアの仕事なんです。現場のエンジニアは何度も何度も試作を繰り返し、Technicsの音を追求していきました。
――ちなみに、音を検証する際には、どんな音楽を用いるのですか。
井谷:コミッティのメンバーやエンジニアは、全員音楽にこだわりをもった者ばかりで、オーディオマニアでもあります。それぞれに普段聴いている音楽があり、それを聴くと、変化がわかるんです。社内のサーバーのなかには、それぞれ個人ごとに試聴用の音楽が入っています。小川用とか、井谷用とか、あるいは楠見(パナソニック アプライアンス社 上席副社長 ホームエンターテインメント・ビューティ・リビング事業担当の楠見雄規氏)用というのもあります(笑)。
楠見はジャズやクラシックが多いですね。ジェーン・モンハイトやダイアナ・クラールといったジャズボーカリストの楽曲で検証しています。声がおかしいな、違うなというのも、この楽曲でわかるようですね。
小川の場合はいろいろなものを聴きますが、やはり自らがプロのジャズピアニストでもありますから、ピアノには敏感なようです。私の場合は、ジャズボーカルや、クラシックのオーケストラ演奏が多いですね。エンジニアたちも、それぞれに自分がわかりやすい音楽というのがあって、このベースギターの音が出し切れていないな、ということを感じるわけです。なかには、aikoやKiroro、松田聖子といったJ-POPで検証するエンジニアもいます。彼は、J-POPで、しっかりとした音づくりをしてきますよ。そういえば、昨日は、中森明菜を聴いていましたね(笑)。
「“憧れ”のオーディオブランドであるというイメージを作り上げたい」
――第一弾となる製品は、Technicsのブランドに恥じない製品が投入できたと考えていますか。
井谷:上を見ると、キリがないのは確かです。もちろん、今でもまだまだ上を目指してします。その点では、誤解を恐れずに言えば、ぎりぎり合格点。落第ではないという感じです。Technicsというブランドを付けた製品である限り、常に上を目指していかなくてはならない。仮に、数年後に同じ質問をされても、同じ回答をしているでしょうね。パナソニックのOBからも様々な意見をいただいていますし、Technicsはこれからも進化を続けることになるのは明らかです。
一方で、ドイツでスピーカーが評価されたことに対しては、我々にとっても自信になりますし、現地の営業担当者からも、「Technicsの新たな地位が築けるのではないか」という強い思いを表明してもらっています。それに向けて、我々は次にどんな手を打てばいいのかということも考えられますからね。
一方で、英国では、正直なところ、あまり評価があがっていません。音の好みがドイツとは違うということが背景にあるのかもしれません。C700シリーズのクリアな高音が苦手なのかもしれませんね。以前のTechnicsは、国ごとに音のチューニングを変えるということはしていませんでしたし、今回の製品でもそれはしていません。ただ、競合他社の動きをみると、同じ製品でも地域ごとに音を変えているようなのです。これは、20年間、我々がスピーカーを作ってこなかったブランク期間に、変化した手法なのかもしれません。Technicsとして、地域ごとにチューニングしていくべきなのか、その際には、どんな地域分けをすべきなのかといったことは、これから検討していくことになります。
既に英国で評価が高い他社製品を取り寄せたり、英国の人たちに来てもらって意見を聞き始めています。また米国でも、やはり音の好みが違うなぁ、というのは感じますね。オーディオは、聴けば聴くほど、それぞれの好みを先鋭化していくことになりますから、以前に比べて、地域ごとに音の違いというのが、明確に出るようになってきたのかもしれませんね。
――Technics事業において重視するのはどんな点ですか。
井谷:Technics事業は、数字だけではない事業目標が求められています。大きな数字は狙わなくてもいいから、Technicsのブランドイメージをきっちりと確立していかなくてはならないという役割があります。その点では、1年目においては、オーディオ専門誌やビジネス誌を中心に訴求活動を行なってきましたが、今後は、それだけでなく、リビング専門誌やファッション誌などにも訴求対象を広げて、「憧れ」のオーディオブランドであるというイメージを作り上げたいですね。
昨年4月にAVCネットワークス社から、アプライアンス社に移ったことは大きな変化です。アプライアンス社は、ユーザーにとって感覚的な価値を提供することにこだわる風土がありますが、AVCネットワークス社は機能追求が中心になりがちな傾向がある。アプライアンス社になったことで、Technicsの出口を模索する上で、いい音を聴くという価値を追求し、提案しやすい環境ができあがったといえます。価値という観点で訴求できる環境が整ったことで、音という切り口から、「憧れ」の製品を作ることができたといえます。
――今後のTechnicsの展開はどうなりますか。
井谷:2014年度はTechnicsをローンチするということに力を注いだ1年でした。2015年度は、オーディオマニア層に加えて、音楽愛好家の方々にも楽しんでいただけるように、新たにラインアップを拡充していく予定です。今までオーディオに親しんでいただく機会がなかった方々に提案していく製品を考えています。
――それは、R1シリーズやC700シリーズの延長線上の製品だという理解でいいですか。
井谷:そういうことになりますね。まだまだ音楽愛好家の方々には提案できていないという反省がありますから、そこを埋めていきたいと思っています。
――Technicsの発表時点では、カーナビやポータブルオーディオといったような領域への展開についても、その可能性を言及していましたが。
井谷:そうしたところに踏み込むには、もう少し時間かかかると思います。これは順次、議論をしていくことになります。
――2015年度はどんな1年になりますか。
井谷:実は、2015年はTechnics誕生から50周年という節目を迎えます。これまでの50年間を総括し、次の50年間をどうするかということを考えたいと思っています。一度やめて、もう一度スタートしたTechnicsですから、これを50年続けることができるような礎や、基本的なビジョンを考える時期でもあります。50周年記念モデルというのはちょっと難しいかもしれませんが(笑)、50周年にあわせて、なにかをやりたいと思っていますよ。