藤本健のDigital Audio Laboratory

第759回

ソニー26年ぶりの新マイク「C-100」が生まれた理由。定番C-800Gとどう違う?

 3月17日、ソニーがプロフェッショナル向けスタジオ録音用マイクとして「C-800G」以来26年ぶりとなる製品を3機種発売した。コンデンサマイクの「C-100」、エレクトレットコンデンサマイク「ECM-100U」、「ECM-100N」の3機種で、世界中のプロオーディオの業界で注目を集めている。

ソニーの「C-100」

 1992年に発売されたC-800Gは今も現行製品として生産されている高級マイクであり、ボーカル用のマイクとして非常に人気が高く、世界中のレコーディングスタジオにはなくてはならないアイテム。それに続く製品が26年ぶりに登場となれば、当然注目も集まる。3製品の価格はオープンプライスで、想定価格はC-100が157,000円前後、ECM-100Uが10万円前後、ECM-100Nが112,000円前後。

左から、楽器用のエンドアドレスで全指向性のECM-100N、楽器用で単一指向性のECM-100U、ボーカル録音に適したサイドアドレスのC-100

 なぜ、このタイミングでプロオーディオの世界に復活したのか、C-800Gと比較して何がどう違う製品なのか、3製品の方向性の違いがどうなっているのかなどを、これらの3つの製品を手掛けたの開発者であるソニービデオ&サウンドプロダクツ V&S事業部 プロジェクトリーダーの今野太郎氏、V&S事業部 商品設計部門 モバイル商品設計部 商品設計3課 エンジニアリングマネジャーの篠原幾夫氏の2人にうかがった。

ソニービデオ&サウンドプロダクツの今野太郎氏(左)、篠原幾夫氏(右)

プロ用マイク開発の背景

――プロオーディオの世界から完全に撤退してしまったと思っていたソニー(編集部注:業務用ワイヤレスマイクなどは継続)が、このタイミングで復活するとは思ってもいませんでした。今回、これら3つのマイクを開発することになった経緯はどんなことだったんでしょうか?

今野氏(以下敬称略):もともとは、プロオーディオ製品を作るといった発想ではありませんでした。2013年ごろ、私はハイレゾの普及、プロモーションといった仕事をしており、各レーベルに行っては「ハイレゾをやりませんか」と言って回っていたんです。当時は、まずはアナログのリマスターを進めていたのですが、当然その先は新録がテーマとなってきます。

 グループ会社であるSME(ソニー・ミュージックエンタテインメント)ともやりとりしながら、「96kHz/24bitでのとりあえずのミックス」ではなく「96kHz/24bitのOKテイクを残していこう」となっていったものの、いろいろ課題もありました。その一つがマイクの特性です。ハイレゾフォーマットで録るのはいいけれど、大半のマイクは20kHzから減衰してしまって、実質的には高域が録れない。これをなんとかしなくては、という問題意識があったのです。

今野太郎氏

――たとえばC-800Gの場合、高域の特性はどうなっているのですか?

今野:スペック上は20Hz~18kHzとなっており、それを超えるとやはりロールオフしてしまいます。そんな議論をしていたころ、ソニー太陽のマイクロフォン機構設計をしている磯村直也という若手エンジニアが面白いものを作ってきたんです。2014年秋に行なわれた社内の技術交換会で50kHzまでフラットに録れる直径17mmのマイクユニットを出してきました。

 その時は、まだどう使えるかなんて分かりませんでしたが、たとえばPCMレコーダのD-100のようなものと合わせて使えないか……なんてアイディアから検討を始めてみました。まずは既存のヘッドアンプに繋いだらどうなのかなど、試していったのです。その初期の段階から篠原も参加して、動き出したのです。とりあえず鳴るものを作ってみようという感じですね。

――なるほど、プロオーディオを復活させるというのが前提で製品企画をしたわけではなく、デバイスとして面白そうなものができたから、どう使うか試してみるという流れですね。

今野:大分県にあるソニー太陽はC-800Gを生産している会社であり、普段から業務用のマイクに取り組んでいる部署からユニークなダイアフラムが1つ生まれてきたという感じです。

篠原:それからすぐにとりかかって、まずはペンシル型のものを組んで試してみたのです。その結果、確かに上の方(高域)はしっかり出たのですが、下の方(低域)がなかなか出ない。いろいろと問題点も見えてきて試行錯誤を始めていきました。

篠原幾夫氏

――C-100からスタートしたのかと思ったら、ECM-100UやECM-100Nからはじまったということですね。ペンシル型のマイクでハイレゾ用というとDPAやSCHOEPSのマイクなどが思い浮かびますが、それほど種類はないし、なかなか高価ですよね。

単一指向性のECM-100U
全指向性のECM-100N

今野:50kHzまでフラットに録れるというものは、測定用のものだといくつかあるものの、音楽用はあまりないんですよね。192kHz/24bitのハイレゾ作品となると100kHzまでフラットというものが求められますが、まずはこの50kHzまでのものでも96kHz/24bitはカバーできるので、これをつかっていこう、と。ペンシル型というと3点吊りや、楽器に差し込んで行なう形となりますが、そもそもそれだけでいいのだろうか……という思いもありました。

 ボーカルが録れるマイク、アコースティック楽器をしっかり録れるマイクが欲しい。とくに事業化ということを考えると、ペンシル型のものひとつでは物足りない感じだし、下までしっかり録れるマイクでないとマーケットへのインパクトがない。そこで、やはりサイドアドレス型のマイクも作ろう、となったのです。

――なるほど、そこからC-100に向けた開発がスタートした、と。とはいえ当然、形状を変えるだけでできるものでもないですよね。

今野:まずは同じ17mm径のユニットで組んでみたのですが、われわれだけの評価ではもう手に負えないので、乃木坂のSMEのレコーディングエンジニアのみなさんに協力していただく形で進めていきました。このサイドアドレス、やはり上は出るけれど、下がダメでした。

篠原:そこで試しに25mm径のダイアフラムのものを作ってみたところ、今度は下は出るけれど、上が全然ダメ。だったら2ウェイだろうということになり、かなり苦労しながら試行錯誤したのです。結果的にはうまくまとめることができました。クロスオーバーポイントは25kHzあたりですね。

上に17mm、下に25mmのダイアフラムがあるのが分かる

3製品の違いと、製品化に向けて解決した課題

――2ウェイのコンデンサマイクって、これまでソニーで作ったことはあったのでしょうか?

今野:試作という形で商品化はされていませんが、SACD時代にマルチウェイは作っていました。それを作ったエンジニアも一人残っていたので彼にも話を聞きながら進めていきました。だから「2ウェイなんてどうすれば」というより「これでなんとか行けるだろう」という自信はありました。

篠原:とはいえ、最初に単に17mm径と25mm径をくっつけただけの状態で乃木坂に持っていきましたが、やはり全然ダメ。そこから約2年間の時間をかけ、かなり調整をしながら何度も試作を繰り返していったんです。

――逆にペンシル型の開発は、スムーズだったんですか?

今野:そうですね、最初に単一指向性のものを持っていき、そこからスタジオ側の要望もあって全指向性のものも作るなどしていきましたが、一番最初の段階から一人の若いエンジニアが某社のものよりも「こっちのほうがいい」と言ってくれたんです。そのときはバイオリンのレコーディングをしたのですが、ラージスピーカーで聴いてみても悪くなかった。

篠原:測定してみると、下は20Hz以下まで録れていたのですが、聴いたときの印象として、「中低域が物足りない」という声があったため、音響調整をしながら改善していきました。

ECM-100Uの指向特性と周波数特性
ECM-100Nの指向特性と周波数特性

――ちなみに、単一指向性のECM-100Uと全指向性のECM-100Nでは、まったく同じ17mm径のマイクカプセルを乗せているのですか?

篠原:C-100のも含め、それぞれ17mm径のダイヤフラムを使用しているということだけで、用途によって調整を行なっているため全部異なる専用のマイクカプセルになっています。

ECM-100U

――でも、やはり一番の注目はC-100ですよね。C-800Gにも近いサウンドであるという話を以前うかがいましたが、このネーミングや音作りはC-800Gを元にして作っていったのですか?

今野:お話をした通り、2ウェイで試行錯誤しながらSMEと一緒に使えるマイクを開発してきたので、C-800Gを元にして作ったというわけではありません。ただ、SMEの現場で使えるマイクを開発していった結果、やはりC-800Gと近い音作りのマイクになったのも事実ですね。ソニーとしては、やはりC-800G以来となるサイドアドレスでもあり、「いい加減なものは出せない」という緊張感を持って開発してきたのも確かです。その点ではソニー太陽の設計も、篠原も非常に苦労してきたところではあります。ある程度でき上ってきてからデザインに出す際には、C-800Gをモチーフにしたのです。一方で型番においては、当社の名前の付け方でDCバイアスのマイクは頭に「C-」と付けるのが決まりで、それを継承しただけのことです。

C-100

 もっともC-800Gは真空管を使っていて、それを安定的に動かすために電気的に冷却を行なうペルチェ素子を使うというものでした。そのため大きな専用電源も装備していたから可搬性という面では厳しい点がありました。それに対し、こちらはソリッドステート。一般の+48Vのファンタム電源で動作するようにしているので、持ち運びもしやすくなっています。また価格帯的にも、手ごろなものにしています。

 やはりC-800Gのころとは時代が違います。数多くのレコーディングスタジオがあって、高価な機材を大量に導入するという時代ではありません。そのため、C-100をはじめ、今回の3機種は楽器店やプロオーディオ店で誰でも直接購入いただけるような形にしました。

C-100の天面
底面の端子部

――強いて、C-800GとC-100の音の違いを表すとどんな感じでしょうか?

今野:やはりC-800Gは真空管で実現しているだけあり、特徴のあるパンチの効いたサウンドです。とくに英語圏の人たちに好まれており、ラップなどはC-800Gがとてもよく使われています。それに対し、C-100のほうは、もっとユニバーサルに使っていただけるものとなっています。50kHzまでフラットという特性だけに、粒が細かく、トップが非常にオープンだというのは、どこに持っていっても言われるますね。

C-100の指向特性と周波数特性

ウインドスクリーンを着けた状態
C-100のセット内容

ヘッドフォンとマイクを両方手掛けるソニーだからできること

――私も昨年のInter BEE、そして今年1月の米国NAMM Showでも展示されていたものを見ましたが、反応はいかがですか?

今野:最初にニューヨークでのAESで出展し、InterBEE、NAMMと出しましたが、プロオーディオへの再参入ということで「Welcome back!」っていう声が一番多いですね(笑)。展示会に出すと同時に、この半年くらい、さまざまなスタジオにも持って行っていますが、評価は上々です。たとえばニューヨークのシアー・サウンドでチーフ・エンジニアを務めるクリス・アレンからは「聴いたことがないほどスムーズな音だ、高域まで音がつぶれない」と単一指向性マイクのほうを使って驚かれていました。また、トッド・ホワイトロックというグラミー賞を受賞しているエンジニアは「ジャズの本当にうまいセッションのレコーディングに使ったけれど、本当にすばらしい。たぶん、これからずっと使うことになる」とおっしゃってくれました。想定していた以上に好評で、こちらがビックリしているくらいです。

Inter BEE 2017での展示
NAMM Show 2018での展示

――改めてプロジェクトスタート時の目的であったハイレゾのレコーディングのためのマイクという意味ではいい製品ができた、と。

今野:そうですね。このマイクを使うことで、上までしっかりと入ってきてくれるので、非常になめらかな音作りができることは確かです。でもこれらを「ハイレゾだから買ってね」というつもりはなく、「ぜひ完成させたこれらのマイクの音を聴いてみてほしい」という思いです。C-100での17mm径と25mm径の2ウェイにより、上と下のトランジェント特性が非常に適した形になっています。そのため使った人からは「すごく速いマイクだね」といった声もいただいています。一方で、ハイレゾとは全く違う映画やゲームの世界でも評判がいいんです。

――映画やゲームでの使い方って、どういうことなんでしょうか?

今野:たとえば、ゲームだと剣を振りかざしたり、抜いたりする「シャキーン」といった音を録音するのですが、そのままだと、あまりリアルな感じにならないということで、ピッチダウンしたりするんです。そんなときも、上までしっかり録れていると、キレイに伸びた音がするんです。ほかにもさまざまな使われ方がされていきそうです。

――最後に、今後ソニーとしてプロオーディオ製品はまだまだ展開していくのでしょうか?

今野:その点は、現時点ではまだお伝えできることはありません。ただ、我々の部署はプロオーディオ専門の部隊というわけではなく、篠原がいるのもMDR、つまりヘッドフォンの部署です。

篠原:普段はリスニング用のデバイスを作ってますが、ヘッドフォンとマイクというのは、結構似た構造ですからね。ウチに限らず他社においても、ヘッドフォンとマイクの両方を手掛けているところは少なくないですから。

今野:プロオーディオであるかどうかはともかく、今後はもっと音楽のクリエイターに使っておらえるようなツールを提供していきたいとはかんがえています。できるところから広げていこうと思っているので、ぜひご期待ください。

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C-100
(サイドアドレス)

ECM-100U
(単一指向性)

ECM-100N
(全指向性)

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto