藤本健のDigital Audio Laboratory

第758回

トイレの音消しにローランドが協力? LIXIL「サウンドデコレーター」の仕組み

 先日、LIXILがローランドと共同開発したトイレ用音響装置「サウンドデコレーター」というものが発売された。最初このニュース記事のタイトルを見たときに「トイレ用のサウンドレコーダー!?」と空目してしまったが、当然ながらトイレで録音するのではなく、トイレで用を足す際の音をかき消すための“音響装置”という製品だ。

トイレに設置して使う「サウンドデコレーター」(上)

 その「サウンドデコレーター」をLIXILがローランドと共同開発したというのだが、どう考えても無関係そうな両社がなぜ? という疑問も湧いてくる。そうした中、先日LIXILとローランドの両社に話を聞く機会があったので、なぜこの2社がタッグを組むことになったのか、この「サウンドデコレーター」にどんな技術が仕込まれているのかなど、うかがってみた。なお、LIXILではこの4月より、トイレ用製品のブランド名をINAXにするとのことだったが、それに先駆けて、今回の「サウンドデコレーター」はINAXとなっている。

「サウンドデコレーター」施工例

なぜローランドとLIXILが協力?

 今回、話をうかがったのは「サウンドデコレーター」の開発を担当したLIXILのトイレ・洗面事業部 トイレ・洗面商品部 販売企画2グループの水谷洋氏と、ローランド開発部の担当者だ。残念ながらローランド側は名前を出せないとのことだが、これまで数多くの製品を手掛けてきたエンジニアだ。

LIXILの水谷洋氏

――今回発売された「サウンドデコレーター」、この製品はもともとどういう意図で企画、開発されたのでしょうか?

水谷氏(以下敬称略):「トイレ用擬音装置」という名前で古くからあったのですが、これまで長期間、製品の更新を行なっておらず、今回単体製品としては24年ぶりのモデルチェンジとなるのです。シャワートイレの機能として擬音装置を内蔵したものはありましたが。せっかく、久しぶりの製品を出すのであれば、効果はもちろんですが、聞き心地のいいモノを作りたいと思ったのです。

左が新しい「サウンドデコレーター」、右が従来モデル

――「聞き心地」ですか?

水谷:はい、せっかく水の流れる音を出すのですから、トイレを使っている方にとっても、心地よく聞いていただける製品にしたいなと。ただ、我々だけでは聞き心地のいい製品を作るというのは困難であったため、他社に協力を仰いだのです。何社かお声がけさせていただいた中でローランドさんからよいお返事をいただけたのと同時に、ご提案いただいた話もよさそうなので、ご一緒させていただくことになったのです。

ローランド:当社としても、電子楽器や音響機器の開発で培った音の技術やノウハウを、異業種の分野で生かせないか……と探していた中、LIXILさんからお声がけをいただいたのです。あまり表には出ていないので、一般の方にはあまり知られていませんが、当社でも他社との協業はこれまでもいろいろとやってきた経緯があります。たとえば通信カラオケであったり、自動車業界などともコラボレーションしてきたので、ほかでもいい案件がないだろうか、と考えていたところだったのです。

――そもそもの製品コンセプトとしては、「音を周りに聞こえなくするため水を流す」行為によって水が無駄になるのを防ぎ、節水するために装置で音を出す、ということですよね。

水谷:はい、その通りです。以前に開発したときは、トイレで水を流す音を録音し、それを再生するようにしていました。考え方としては、トイレを使っているときの音に対して、同じような音を出すことによる「マスキング効果」を狙っていたわけです。しかし、市場調査を行なったところ、「確かに音は鳴っているいるけれど、自分の音が無くなるような感覚ではない」といった声があり、機能性という面で改良が必要だという認識をもっていました。より確実に節水につながる製品にしたいということですね。

従来モデルを使って、トイレで実験

新モデルは、確かに音がマスキングされているのが分かる

――確かに、実際に試してみると、その市場調査で挙がってくる声の意味はなんとなく分かりますね。

水谷:それなりに隠してはいるけれど、隣には聞こえるのではないか……そんな思いがあったのではと思います。一方で、そもそも、この装置があっても気づかなかったり、何だか分からなかったり、操作の仕方が分からない方もいたと思います。そうした操作性の面でも改良が必要だというようにも考えていたのです。

――それにしても1つの製品が24年間も現役製品を続けるというのもすごいですよね。先ほどシャワートイレに機能を内蔵したものもあったということでしたが、そちらは進化してきていたのですか?

水谷:はい、これもやはり録音した音を流していたのですが、シャワートイレと一体型のものはスピーカーの大きさや形状の制約もあり、共振などによって音が破綻していた部分があったのです。どうしてもハード的に出せない周波数などもあったため、そこをカットするなど加工していった結果、徐々にではありますが、よくはなってきていたのです。ただ、今回の製品ではもっと抜本的に良くしたい、という思いもあって、ローランドさんに協力をお願いしたわけです。まずは、ハード的な制約などをお伝えした上で、理想を述べさせていただき、そこにできるだけ近づけていただきたい、トイレの空間価値を向上させたいということをお伝えしました。また、従来「トイレ用擬音装置」と言っていましたが、この呼び名すら変えたいということで、「音響装置」、「サウンドデコレーター」としたのです。まあ、これは公共向けの製品なので、あまり商品名を打ち出したりしないのですが、今回あえて名付けたところ、社内からも「どうしたんだ? 」という反響はありました。

従来モデルの音

新モデルの音

ローランドの音の技術はどうやってトイレに活かされた?

――実際にローランド側にこの話が来たのはいつ頃だったんですか?

ローランド:2年ちょっと前だったと思います。ご要望などをうかがったところ、当社で対応できるだろうという確信はありました。とにかく最重要なのはマスキングであるという点もハッキリしており、そこは周波数特性を十分に吟味した上で対応できるはずだ、と。一方で、「聞き心地のよさ」という点では、試作を作っては社内で女性スタッフにも意見をもらいながらブラッシュアップしてLIXILさんに渡す、という往復を何度も行ないました。またその途中過程においては、大学教授にもご意見をいただくなどして、マスキング効果を保ちつつ、従来のような違和感のないものに仕立てていったのです。

――従来機だと、どの辺に問題があったのでしょうか?

ローランド:最初に聞いてみて、明らかにかき消そうとノイズを発生させているけれど、それが必ずしもうまくいっていないという印象でした。やはり無理やり感がない、鳴っていても違和感のないものを作る必要があるというのは分かりました。このマスキング効果というのは、消したい音と同じような周波数特性の音を出すことで実現させるものです。そこで、われわれとしても、行為音を何サンプルも収録するというところからスタートしました。

 やはり、それぞれ千差万別ではあるけれど、そこから平均値的な特性を出した結果、行為音のピークは400Hz~1kHz付近にあることは見えたのです。それを従来機を比較をしたところ、乖離があったのです。ちょうど、その周波数帯がむしろ凹んだような形になっていたのです。これを補正してみたところ、明らかに効果が上がったことを確認することができました。さらにもう少し上の周波数帯を見てもホワイトノイズ的に伸びているので、そこまでしっかりマスキングできるように調整をしてみました。

「気になる周波数帯」に合わせて音を調整

――なるほど、しっかりとした測定をすることで、周波数的なズレが確認できたわけですね。

ローランド:ただ、周波数特性を直すだけでは「聞き心地」というところにはたどり着きません。そもそも、このサンプリングした音は水の音です、それをトイレを流す音ではなく、山奥の水の流れる音を収録すればいいのではないか、ということで音源づくりに入っていきました。当社は楽器メーカーであり、音源づくりを得意としているわけですから。幸いにして、当社は浜名湖の湖畔にあり、すぐそばがもう山奥(笑)。

 実際に私が収録したのではないのですが、音源系のスタッフに実際に川の音を収録してもらいました。聞いたところによると、本当に幅が1mもない小川での収録とのことでした。機材としては当社のリニアPCMレコーダーであるR-05やR-88を使っていたようです。

――実際に鳴らすと、小川のせせらぎという感じの音に加えて、鳥の鳴き声も入ってますよね。これも、そのときにサンプリングしているんですか?

ローランド:鳥の鳴き声については、LIXILさんからのご要望もあり、サンプリングしておりますが、小川の収録とは別の日に行なっています。聞いていただけるとわかるかもしれませんが、この鳥の鳴き声は全部で6種類収録してあり、それが不定期に、またある程度ランダムに鳴るようになっています。ボタンを押してから、鳴り終わるまで25秒間において、いろいろなタイミングで鳥が鳴くようになっています。

――その小川の音は、ほぼそのまま使っているのですか?

ローランド:マスキング効果がしっかり高まるように調整しつつ、とくにローが弱かったので、ここを出すようにしました。一方、上のほうについては、従来品だとサンプリングレートが低かったので、うまく出ていませんでしたが、それを上げることで高域を出せるようにしています。

今まで置かれなかった場所にも

――その補正を行なうにしても、アンプやスピーカーにどんなものを使うかによって、特性は大きく変わってきますよね。そうしたオーディオ回路部分もローランドが設計を行なっているのですか?

ローランド:ある程度、監修はさせていただきましたが、あくまでもお手伝いであって、「こうした特性をもったスピーカーを採用してください」とお願いした格好です。もっとも、このサイズの製品ですから、限界はあるものの、それなりのものを採用していただきました。また、あくまでも箱に入っての音の評価になるものですから、試作ができ上がったところで、こちらで調整をするという繰り返しを行ないました。

「sound by Roland」と記されている

水谷:今回の製品はバッテリタイプ(単3電池4本)のものと100Vで駆動するものがあります。また100Vのものには壁掛けタイプのものと壁の中に埋め込むものがあり、トータル3種類があります。

――その3種類によって、EQでの補正のしかたを変えたりしたのですか?

ローランド:最初は、それぞれで違うのでは…と気にしたのですが、実際に試してみるとそれほど大きな違いはなかったので、すべて同じです。

――ところで、音の消し方については、同じような周波数特性の音を鳴らすマスキング効果で実現しているとのことでしたが、いわゆるノイズキャンセリング(ヘッドフォンなどで使われる、騒音と逆位相の音を出すことで打ち消す方法)は、こうしたところでは無理ですよね?

ローランド:逆位相での打ち消しは、完全な逆位相じゃないとむしろ強調してしまうことさえあるので、なかなか難しいですね。広がった空間で、リアルタイムに、しかも大きな音量でなると事実上無理でしょう。しかも便器という共鳴する空間においては、使える手段ではないですね。

――一方、使い勝手、ユーザビリティの話も先ほどありましたが、その辺においての工夫ポイントなどあれば教えてください。

水谷:3種類あるうちの100V駆動の製品は、人が入ってきたのを検知して自動的に作動するようになっています。商業施設やオフィスビルなどでの引き合いをいただいていますが、ぜひ外国の方々にも見ていただきたいので、駅や空港などにも積極的に提案していきたいと思っています。人感センサーであれば、言葉が通じない方でも、すぐに使っていただくとともに「何かよかったな」と実感していただけると思っております。

――電池式のものは、手をかざして使うわけですね。

水谷:はい、用途に応じて選んでいただければと思っております。この電池式のものだと、単3アルカリ乾電池4本で約1万回の使用が可能となっているので、そうした点も参考にしていただければと。今回の製品を発表したところ、もう少し小規模なオフィスや物流・工場、またホテルやマンションなどでもニーズがあることが分かってきましたので、そうしたところへもアピールしていきたいですね。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto