藤本健のDigital Audio Laboratory

868回

会議アプリ「Zoom」が音質向上!? 高忠実度音楽モードなどを検証した

先月、オンライン会議アプリ「Zoom」がWindows、およびmacOS用のクライアントアプリをバージョンアップを行ない、高音質通話が可能になったというニュースが流れた。

PC Watchなどの記事によると、「最大48kHz/192kbpsの高音質通話モードが追加」とあったが、どの程度の向上が図られたのか、そして音楽を流すという目的でも使えるようになったのか、実際に実験して試してみた。

Zoom最新バージョンで“高忠実度音楽モード”が追加された

今年4月に「最も音が良い会議アプリは? 声優・小岩井ことりさんと音質比較してみた」と題し、前編後編の2回に渡ってさまざまなオンライン会議アプリの音質をチェックした。やはりアプリメーカーにとって音質は大きなカギの一つとなっているようで、その後も各メーカーともに音質向上に取り組んでいるようだ。

そうした中、先日大きな話題になったのが「Zoomが高音質通話のモードを搭載した」というニュース。

設定画面において、新たなパラメーターが登場。それを設定することで、より高音質になるらしいのだ。ただ、ニュース記事を見ても具体的にどうゆうことなのか、今一つピンと来なかった。さらに、その情報源でもあるZoomの9月1日のニュースリリース(英文)を見ても、基本的には内容は同じ。

ならば情報を調べるよりも、自分で実際にテストして試したほうがハッキリするだろうと、いくつかの実験を行なってみた。

筆者もミーティングや取材でZoomを使うケースがすごく増えているが、実は普段使っているのはiPad Pro。マイクの音質もそこそこいいし、カメラ性能もいいから、下手にPCにWebカメラを付けて、オーディオインターフェイスにヘッドセット……なんて大がかりなことをするより手軽なのだ。

そのため、WindowsやmacOSで、Zoomのクライアントアプリを使うことはめったにないのだが、今回のアップデート対象はWindows版およびmacOS版ということで、小岩井ことりさんとの実験のときと同様、Windowsのアプリを2つ使って試してみた。

めったに使わないとはいえ、これまでメインのWindowsマシンには5.2.0というクライアントアプリが入っていた。改めて設定画面を見るとオーディオのところに、いくつかの設定項目があり、さらに「詳細」ボタンをクリックすると、またいくつかの項目があった。今回、この5.2.0をアップデートして、最新の5.3.1にして試してみたのだ。

WindowsマシンにインストールされていたZoomクライアントアプリ(ver5.2.0)
オーディオ設定画面
詳細ボタンを押すと、さらにいくつかの項目が表示された
実験は最新ver5.3.1で行なった

その結果、オーディオの設定画面の1ページ目は変化がなかったが、詳細ページを開いて、「ミーティング内オプションをマイクから“オリジナルサウンドを有効化”に表示」にチェックを入れると、従来は表示されなかった、下記項目が現れるようになった。

その項目とは……

  • エコー除去を無効にする
  • 高忠実度音楽モード
  • ステレオオーディオを使用

……の3つ。

新たに3つの項目が表示された

実際に試してみないとその効果は分からないが、「エコー除去を無効にする」にチェックを入れれば、相手の声がマイクに回り込むエコーバックをなくす機能をオフにすることができ、エコーバックなどがない環境であれば、下手な処理をされずに音質を保つことができそう。

「高忠実度音楽モード」とは妙な名称だが、英語の設定画面でも「High fidelity music mode」となっている。おそらくは普通に“高音質モード”と捉えればよさそうだが、これにチェックを入れれば、オーディオのビットレートを上げて音質向上が図れるということなのだろうか?

3つ目の「ステレオオーディオを使用」は、ステレオ信号を流すことが可能になるようだ。実は従来のバージョンでもある一定の条件が整えば、「ステレオオーディオを使用」という項目は別の場所に表示されていたのだが、今回のバージョンではここに移動してきたのとともに、標準で表示されるようになったようだ。

どれだけ変化があるか、周波数や波形を測定する

では、実際に各パラメーターがどのような役割を果たすのか、テストしてみることにする。

ここでは小岩井ことりさんとの実験のときと同様、筆者の手元で2台のWindowsマシンを起動。それぞれのオーディオのルーティングを自由に行なえるソフト「Voicemeeter Banana」をインストールした上で、送信側のマシンで「SOUND FORGE Pro 14」の出力をVoicemeeter Banana経由でZoomに渡し、それをZoom通信でもう1台のWindowsPCへと送る方法をとった。

Voicemeeter Banana
SOUND FORGE Pro 14

オーディオが送られてくるほうのマシンも、最新のZoom(ver5.3.1)をインストール。これらの通信を確立した上で、送信側のSOUND FORGE Pro 14を再生すると、その音がこちらのZoomへ流れてきて音を確認できる。これを音質劣化なく録音して検証すべく、Voicemeeter Banana経由でSOUND FORGE Pro 14に渡して録音する体制を整えた。

同じLANのルーターに接続された2台ではあるが、P2Pでオーディオ伝送されるのか、一旦サーバーなどを介しているのか分からない面もあったので、念のため通信速度を確認。fast.comのスピードテストを利用したところ810Mbps程度出ているので、オーディオを伝送する上ではまず問題はないはずだ。

回線速度

手始めに、どちらのPCも44.1kHzに固定した上で、1kHzのサイン波を伝送し、どのような音が届くのかを確認した。

ここでは4つの状態で音質の比較を行なった。

パターン1は、従来バージョンと同様に「ミーティング内オプションをマイクから“オリジナルサウンドを有効化”に表示」自体のチェックを外した状態。

パターン2は、「エコー除去を無効にする」のみにチェックを入れて、「高忠実度音楽モード」と「ステレオオーディオを使用」をオフにした状態。

パターン3はさらに「ステレオオーディオを使用」にもチェックをいれた状態。そしてパターン4では、すべてにチェックを入れた状態で行なってみた。ちなみに、音の伝送が影響するのは送信元の設定のみなので、受信側はすべてにチェックをいれたままの状態にしている。

パターン1
パターン2
パターン3
パターン4

上記4パターンの状況を、efu氏の周波数分析ツール「WaveSpectra」で見てみたのが、以下の結果だ。

パターン1の周波数分析結果
パターン2
パターン3
パターン4

結果を見る限り、どの設定にしてもほとんど違いが見られない。ではスイープ信号を流しての周波数特性はどうだろうか? 送信元のSOUND FORGEで20Hz~22.05kHzの信号を作り、先ほどと同様パターン1~4で流してみた。

SOUND FORGEで20Hz~22.05kHzの信号を作成
パターン1の周波数特性結果(スイープ信号時)
パターン2
パターン3
パターン4

上記の結果を少し補足すると、パターン1の場合、倍音成分が大きくて高域まで出ているようにみえるが、実際に音が出ていたのは16kHzまで。しかも8kHz以上でかなりガタボコしていて、8kHz以上は正確な音にはなっていない。しかも、かなりブチブチというノイズが入る感じでもあった。これをSOUND FORGEで波形を見てもオリジナルと比較して、かなり変質しているのが見て取れるだろう。

オリジナルの波形
パターン1

それよりもパターン2、パターン3、さらにパターン4がよりオリジナルに近くなっているのが分かる。なお、音量は送信元では-7dBだったのがパターン4を見ると、しっかりー7dBで届いているのも分かる。

パターン2の波形
パターン3
パターン4

では、実際に楽曲を流すとどうだろう? 第704回の記事で作ったときのデモ曲で試してみた。オリジナルと、パターン1~4での周波数分析結果が下記の通り。オリジナルと比較すると、やはりパターン4が一番近く、パターン3、2、1と差が開いていく。

オリジナルの周波数分析結果
パターン1の周波数分析結果
パターン2
パターン3
パターン4

波形で見るよりも、実際にその音を聴いてみると差は歴然だ。

パターン1は低域も弱く、高域もないので、音楽的なパンチがない。パターン2になるとダイナミックレンジは大きく広がるけれど、ステレオで送られていないため、空間的な広がりがなく、音楽用途としては厳しい。

しかしパターン3になると、ステレオとなり、かなり聴けるものになってくる。パターン4だとさらに情報量が増えた感じ。やはりすべてチェックしたパターン4が確実によさそうに感じる。実際にその音を試聴できるようにしておくので、ぜひ聴き比べてほしい。

【録音サンプル】
オリジナル
DAL704_demo.wav(6.63MB) 6,954,970Byte
パターン1
demo_1.wav(4.43MB) 4,641,320Byte
パターン2
demo_2.wav(4.48MB) 4,693,060Byte
パターン3
demo_3.wav(6.76MB) 7,088,878Byte
パターン4
demo_4.wav(6.76MB) 7,093,372Byte
※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。また再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

ちなみに、このステレオを有効化するには、Zoomのクライアントアプリでの設定だけでなく、Web上でZoomにログインした上で、「ミーティングにて(詳細)」の設定において、「ユーザーはクライアント設定でステレオ音声が選択できる」をオンに設定しておく必要がある。

ステレオの有効化は、Web上でZoomにログインして詳細から設定する必要がある

筆者の場合、最初これがオフであったため、いくらやってもステレオ伝送ができずに、困っていたのだが、これに気がついてすべて解決した。なお、ご存知の方も多いと思うが、以前もステレオの伝送自体はできたのだが、Zoomのプランを有償にしないとこれをアクティブにできなかった。しかし、現在は無料の基本プランでも使えるようになっているのは多くのユーザーにとって嬉しいところだろう。

最後にもう一つ試してみたのは、送信元も受信側も48kHzに設定したらどうなるのかという実験。

ここまで行なったのと同じ実験を48kHzの設定で繰り返してみたが、結果はほとんど変わらないものだった。高域も20kHz以上が出るわけではないので、44.1kHzと48kHzのサンプリングレートの差もほとんど感じなさそうだ。とはいえ、正式に48kHzをサポートしたので、安心して48kHzを利用できる形にはなったようだ。

以上、音質が向上したZoomを試してみた。

ヤマハのSYNCROOM(旧NETDUETTOβ)のようにリニアPCMの高音質というわけにはいかないが、それなりに音質は向上しているようなので、Zoomを音楽ライブを生中継する手段としてある程度は使っていくことが可能そうだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto