藤本健のDigital Audio Laboratory

869回

リモート合奏「SYNCROOM」とZoomでライブ配信。Areareaの実例テク

オンラインライブがコロナ禍で注目されている

このコロナ禍において大きなダメージを負っているのが音楽のライブ、コンサートの世界。最近ようやく再開されつつあるようだが、収容数や収容率など、さまざまな規制があったり、来場者側も人込みなどを敬遠しがちで、なかなか従来のような状況にはなっていないのが実情だ。

そうした中、注目されているのがオンラインのライブ。

オンラインライブと一言でいっても、すでに収録済の映像を流すタイプのもの、ライブ会場から生中継を行うタイプのもの、スタジオから放送するタイプのもの……などいくつかの方式がある。

今回紹介するのは、ミュージシャン側もメンバーが遠隔地にいる方式だ。先日ヤマハが無料でリリースした「SYNCROOM」というシステムと、オンライン会議アプリのZoomの2つを使って行なっている実験的なオンラインライブについて、紹介してみよう。

リモート環境での“音合わせ”は非常に難しい

SYNCROOMはネット越しでセッションを実現することを目指したシステムで、6月にヤマハが無料でリリースしたもの。最大5つの地点をそれぞれP2Pで接続して、家にいながらにしてバンド演奏などを実現できるというものだ。

ヤマハが提供する「SYNCROOM」

「複数拠点のオーディオ接続なら、Zoomだって、Discordだって、Google meetだって、何でもいいのでは?」と思う人は少なくないと思うが、試しに実験してみると、それが非常に難しいことをすぐに実感できるだろう。

バンド演奏などの本格的なものでなくても、例えば参加した皆で一緒に手拍子しようとしても、うまくいかないのだ。なぜなら通信にレイテンシー(遅延)があり、その時間が0.3秒とか、0.5秒といったレベルであるため、音楽にならないのだ。

喋るだけであれば、電話でもSkypeでもZoomでも、ほとんど違和感はない。それは会話をする際、0.5秒程度の遅れなら気にならないからだが、音楽の場合、0.5秒といえばテンポ120の曲で1拍分に相当し、これで合奏など話にならない。それに対し、SYNCROOMでは、レイテンシーが0.02~0.03秒というレベルであるため音楽用として利用できるわけだ。

もっともこのSYNCROOM、突然誕生したというわけではなく、以前からNETDUETTOβという名前で実験を続けてきたものが、いよいよ正式版としてリリースした形。この連載においてもNETDUETTOは何度も取り上げてきたが、最初に取り上げたのは2010年3月の第410回の記事であり、実に10年も前から開発されているシステムなのだ。

いろいろ説明する前に、そのSYNCROOMを使ってArearea(アレアレア)という女性二人組のユニットが8月30日にYouTube Liveで行なった第1回目のオンラインライブがアーカイブで見ることができるので、それをご覧いただきたい。

Arearea
【生配信】初挑戦!アレアレアのリモートライブ生配信

AreareaはRinoさん(Vo)と、Yukiさん(Piano&Vo)によるユニットで、このDigital Audio Laboratoryでは、連載スタート当初から、ノイズリダクション用の実験素材として「愛のあかし」という楽曲を使わせてもらっている。

長年、二人でステージに立ってライブ活動を続けていたのだが、Rinoさんが結婚した後、宮崎に移住したこともあり、最近は年に数回のライブしかできていなかった。Rinoさんが東京・横浜方面に来るタイミング、もしくは横浜在住のYukiさんが実家のある宮崎に行くタイミングでライブを行なっていたのだ。

お互いが遠くにいる二人のユニットだからこそ、NETDUETTOβが大きな役に立つはず、と以前からAreareaの二人には話をしており、何年か前には実験的なセッションなども行なっていた。そして今年5月、Rinoさんから「リモートセッションについて相談したい」という連絡をもらい、それから何度かZoomを使ったミーティングや実験などを繰り返し、ようやく8月30日に上記の第1回目のオンラインライブを実現したわけだ。

ライブ配信に使ったシステム

「NETDUETTOβのことは、以前から教えてもらっていたので、すごく興味は持っていました。ただ子育てなどもあり、なかなか時間が取れずにいました。しかし、コロナで横浜・宮崎の行き来ができなくなり、ライブハウスも機能しなくなたので、これは本格的に必要だと思ったのです」とRinoさん。

「前々からリモートライブをやりたいと思っていましたが、最大のキッカケはコロナでの自粛生活。東日本大震災のボランティアのときと同じような衝動にかられ、何かしたい、何かみんなが元気になれるようなことをしなくては……と思うようになりました。まあ時間もありますし(笑)」とYukiさん。

相談を受けたときには、二人とも一通りのハードウェアは揃えており、すでにSYNCROOMもインストールを終えていたので、筆者もSYNCROOMとZoomで接続しながら、試行錯誤を繰り返していった。

その際、一つネックになったのがRinoさんのオーディオインターフェイス。Behringerの「UMC-22」というものを導入していたのだが、これは独自のドライバがないため、Windowsの場合、そのままだとASIOドライバが利用できない。そのための回避策として「ASIO4ALL」をインストールし、これで挑んだのだ。状況をシステム図にしてみると、下図のようなものとなる。

Behringerのオーディオインターフェイス「UMC-22」
ASIOドライバーのないオーディオインターフェイスをASIO対応にできるソフト「ASIO4ALL」
システム図

RinoさんはWindows、YukiさんはMacであるが、それぞれオーディオ通信用にSYNCROOMをビデオ通信用にZoomを起動してやりとりする。もちろん、Zoomでもオーディオ信号は通るが、こちらはミュートして、あくまでも映像専用として使う。

オーディオとビデオの取りまとめを行なうのは、宮崎にいるRinoさん。同じPC内でネット配信ソフトのOBSを起動し、ここにZoomのビデオ信号とSYNCROOMのオーディオ信号を送り込み、ここからOBSを利用してYouTube Liveへ配信を行なう仕組みだ。

Zoomのビデオ信号
SYNCROOMのオーディオ信号
OBSを利用してYouTube Liveへ配信を行なう

Rinoさん側は、UMC-22にマイク「RODE M1」を接続。一方のYukiさんはApollo Twinに「nord piano 2」と「SM58」を接続した上で、それぞれヘッドホンでモニターしながら演奏を行なっていた。ボーカルにはリバーブを掛けているが、このリバーブはSYNCROOMになって搭載された、SYNCROOM内蔵リバーブを用いている。

Rinoさん側の機材。UMC-22にマイク「RODE M1」を接続
Yukiさん側の機材。オーディオインターフェイス「Apollo Twin」に、ステージピアノ「nord piano 2」とマイク「SM58」を接続

宮崎・横浜間の“物理的距離”で遅延。機材と回線の工夫で抑えられる?

事前に実験を行なっていた時は、ややネット回線が不安定なところもあり、本当にうまく配信できるのか不安もあったが、上の動画のような感じでしっかりと配信でき、視聴者側からすると、本当にリアルタイムで横浜と宮崎を結んでのリモートライブとは思えないリアルな感じでライブを実現できた。

ただ、聴いていると分かるが、曲の途中で急にレベルが落ちてしまうという事象が発生している。これは、YouTube側によるラウドネス規制に引っかかったためだと思われる。MCの間は問題ないが、曲に入るとどうしても音量が大きくなってしまうため、強制的にレベルを下げられてしまったのだ。

この第1回目のライブ終了後、反省会を実施。基本的に問題はないけれど、音量をもう少し絞ろうという話をし、第2回に挑んだ。10月4日に行なった第2回のライブがこちらだ。

【生配信】アレアレアのリモートライブ生配信、2回目!

今度は音量を下げたので、曲中で突然音量が小さくなるというトラブルは避けられた。しかしMC部分などはレベルが小さく、再生する側が音量を上げないと聞き取りずらいのが難点。やはりリミッターなどを使って音量・音圧の制限を掛けておくか、曲が始まるタイミングでレベルを絞り、曲が終わったらレベルを上げるといった操作をするのがよさそうだ。

とはいえ、ただでさえ、Zoom、SYNCROOMでの接続をしながら、歌い、演奏しながら、配信し、視聴者からのコメントもチェック……となると、音量調整などをしている余裕がないのが実際のところ。その辺の操作をするスタッフがいれば状況も変わりそうだが、現時点においては、この方法が次善策といえるのではないだろうか?

この2回目のライブ終了後、再度、二人にヒアリングを行なったところYukiさんから「前回と比較すると、少し“もたり”がありました。ただ、慣れればできなくはないので、このくらいで演奏すればRinoちゃんが気持ちよく歌えるだろうなと考えながら弾いていました」とのコメント。

確かに、SYNCROOMとはいえ、レイテンシーはそれなりにあるので、前回よりレイテンシーが大きかったのだろうと思い、試しにSYNCROOMの画面をキャプチャして見せてもらったところ、50msec近いレイテンシーが確認できた。

50msec近いレイテンシーになっている

さすがに50msecもあると厳しい。逆に、よくこれだけのレイテンシーがある中、よくうまく演奏できたものだと感心した。以前チェックしたときはもう少しレイテンシーが小さかったはずだが、なぜこうなったのか。

筆者もSYNCROOMに入って、チェックしてみたところ、私とYukiさんの間では下り(Yukiさんから私へ)で15msec、上りで23msecという過去最小値を実現していた。15msecというと、リアルでも5m弱の距離での音なので、十分セッションが可能な距離感だ。

筆者とYuriさんの間では遅延はかなり少ない

一方、Rinoさんとは上り・下りとも50msec以上があり、ちょっと厳しい状況。

聞いてみるとWi-Fi接続だったということで、これを有線に切り替えてもらったところ少しレイテンシーを抑えることができ、下り45msec・上り41msecという結果に。またRinoさんのASIO4ALLのバッファサイズが240sample程度になっていたので、少し下げてもらったところ、ブツブツ言いだすとのことで断念。ASIO4ALLを使っている限り、この辺が限界ということなのだろうか。

「OBSも同時に動かしていましたし、ノートパソコンだし、マシンパワーが足りないせいかもしれません」とRinoさん。スペックを確認させてもらったところ、Core i7-8550U 1.8GHzのCPUで16GBのメモリを搭載しており、それほど問題はなさそうに思える。一方のYukiさんのマシンは、2013年のiMacでCore-i5 3.2GHzで、メモリ8GBとのことなので、こちらのほうが厳しそうなくらいだ。

RinoさんのPCスペック
YuriさんのPCスペック

「放送時、子供が別のマシンでネット動画を見ていたので、これも影響したのかもしれません」とRinoさん。そこで、二人にインターネットの回線について聞いてみたところ、Yukiさんはマンションでの光回線、Rinoさんは一戸建てでの光回線。試しにインターネットのスピードテストを行なってもらったところ、Yukiさんが93Mbpsで、Rinoさんは180Mbpsという結果で、どちらも良好の結果。ちなみに筆者のところは一戸建ての光回線であり790Mbpsという数値になっていた。

Yuriさんの回線速度(マンションの光回線)
Rinoさんの回線速度(戸建ての光回線)
筆者の回線速度(戸建ての光回線)

ここから考えられるのは、やはり物理的な距離だ。

以前、ヤマハに聞いた際、SYNCROOMのレイテンシーは実質的な距離にも大きく影響するとのことだった。正確にいえば、距離が遠いと間にルーターなどが複数入るため、どうしてもレイテンシーが大きくなってしまうのだとか。それに対し、Yukiさんも筆者も同じ横浜市内であり、かつ同じKDDI回線を使っているから、ここまでの低レイテンシーを実現できていたようだ。

Rinoさんと、Yukiさんの通信におけるレイテンシーを下げる方法として考えられる一番簡単な方法をRinoさんのオーディオインターフェイスを新調して、ASIOドライバーに対応したものにすること。これによって、おそらく5~10msec程度は縮められるのではないかと思う。

もう一つのワザとしては、二人のネット回線を同じ会社に揃えること。だいぶ以前、NTT東日本とNTT西日本で揃えて、横浜・大阪間で通信した際、かなりレイテンシーを縮められたことがあったが、たとえばRinoさんもKDDI回線に切り替えることで、もう少しレイテンシーを縮めることができるかもしれない。この辺は試してみないと何とも言えないところだが、今後、ミュージシャンはそうした観点から通信回線を選択するというのもアリではないだろうか。

Yukiさんからは興味深い感想ももらえた。

「SYNCROOMとZoomを併用しているわけですが、Zoomで映像が見えるというのは、演奏する上でも大きな安心感につながります。やはりレイテンシーが大きいと、演奏しても不安になるのですが、Zoomを通じて、Rinoちゃんが歌っている表情を見ることで、歌いづらくしてないか、様子を伺える安心感があります。細かなタイミングは、SYNCROOMからの音で、Rinoちゃんのブレスを聴いて合わせたりしていますが、エンディングなどフレーズレベルのものなら、映像を通じて合図することもできます。慣れは必要ですが、音と映像があるからこそ、うまくライブができるという点はあると思います」という。

SYNCROOMは素晴らしいシステムだが、利用には注意点も

SYNCROOMを利用してミュージシャンがオンラインでのライブを行なうにあたって、一つ注意点がある。現状において、無断での商用利用は利用規約で禁止されている事だ。ただし、「お問合せ頂ければ内容に応じて弊社免責事項に同意頂いたうえで、許諾を出しております」(ヤマハ)という。

今後について二人に話を聞いてみたところ「これまでライブは、その場所に行かないと見ることができなかったけれど、リモートライブが実現できたことで、そうした垣根がなくなりました。ぜひ、初めての人にもたくさん見てもらえるようになると嬉しいです」とYukiさん。また「今後、演奏する側のメンバーを増やして、ギターなどにも参加してもらえると、さらに面白いことができるのかな、と期待しています」とRinoさん。まだ実験段階ではあるけれど、定期的にAreareaのリモートライブは続けていくとのことだ。

ちなみに次回は10月18日の20時を予定しているという。AreareaのYouTubeチャンネルから見ることができるので、ぜひリアルタイムにライブをご覧になってみてはいかがだろうか。

【追記】SYNCROOMの商用利用に関する情報を追記しました。(10月13日3時)

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto