藤本健のDigital Audio Laboratory

第915回

ついにAtmos対応! アップル「Logic Pro」で空間オーディオミックスを試す

「Logic Pro」で空間オーディオの作成が可能に

前回は、作・編曲家の太田雅友氏がDolby Atmosに対応した“イマーシブオーディオスタジオ”を作ったことを紹介すると共に、インタビュー部分で「Appleが年内にLogic ProをDolby Atmosに対応させる」という話に触れたが、記事掲載の翌日、Appleが「Logic Pro 10.7」を配布開始し、待望のDolby Atmos機能を搭載してきた(記事参照)。

実際にどのようなことができるのか、M1 Mac miniを使って試してみたので、紹介していこう。

デモプロジェクトで空間オーディオミックスを試してみる

Appleは今年6月、音楽配信サービス「Apple Music」において空間オーディオの楽曲を提供し始めたが、いよいよその空間オーディオの楽曲を作るためのツールをリリースした。それが、10月19日にアップデートされた「Logic Pro 10.7」だ。

Logic Pro 10.7

これまでは、Avid Technologyの「Pro Tools」とDolby Atmos Rendererの組み合わせや、Steinbergの「Nuendo」を使うことで空間オーディオの楽曲を作成していたが、Logic Pro 10.7の登場により、Dolby Atmosの制作ツールがまた1つ増えた格好となる。AppleのLogic Proであるため当然、使用はMacに限られるのだが、Intel Macはもちろん、M1 Macであれば一段とサクサク動作してくれる。

空間オーディオ、つまりDolby Atmosの楽曲を作る際は、本来であれば、太田氏のスタジオのように、7.1.4chのモニタースピーカーを設置したイマーシブオーディオの環境が欲しいところではあるのだが、そのような環境のスタジオはまだまだ少ないし、ましてや個人のDTMにおいて7.1.4chの環境を整えるなんてほとんど無理な話。今後はそうした環境を構築する方も少しずつ出てくるかもしれないが、7.1.4chの環境がなければ空間オーディオの作品が作れない、となってはLogic Proの新機能も宝の持ち腐れとなってしまう。

しかし今回のLogic Pro 10.7では、バイノーラルミックス機能が用意されており、7.1.4chのモニタースピーカーはおろか、2chのモニタースピーカーすら不要で、ヘッドフォンだけでミックスできるようになっている。

とはいえ、いざ実際に触ってみるとこれがなかなか複雑。一般的な2chミックスと大きく異なることもあってか、予備知識なしに作っていくのは極めて難しい。ただし、あらかじめ2つのデモプロジェクトが用意されているので、これらを使うことで、筆者も概要を掴むことができた。

2つのデモプロジェクト

2つのデモとは、Lil Nas Xの楽曲「MONTERO」のプロジェクトと、Logic ProのLive Pool機能を使ったプロジェクト。Logic Pro 10.5がリリースされた際、Billie Eilishのヒット曲「Ocean Eyes」のプロジェクトがデモ曲として収録されたときにも驚いたが、今度はLil Nas Xの4月リリース曲を収録するなど、Appleだからこそできることなのだろう。

Lil Nas Xの「MONTERO」
Live Pool機能を使ったプロジェクト

まずMONTEROを開いてみると、以下のような画面が現れる。

右側に「Binaural Mix - Headphones Required」とある通り、とりあえず音を聴くにはヘッドフォンが必要となる。試しに再生を開始させて、オーディオインターフェイス経由でヘッドフォンで聴いてみると、確かに立体的に音が動いていることが確認できる。

パッと見で、14トラックの軽いプロジェクトなのかなと思ったら、さにあらず。たとえば、一番上にあるボーカルトラックを見ると、フォルダスタックとなっていて、展開するとここだけで19トラックの構成。その下のバックグラウンドボーカル、ブリッジボーカル、シンセベース……とすべてフォルダ構成となっていて、トータル140トラックもあるプロジェクトだった。

ボーカルだけ19トラック

これらトラックの出力先がMasterトラックとなっているのだが、Masterトラックを見てみると、プラグインとしてAtmosというものが入っている。これを開くと、Dolby Atmosのモニター画面が現れ、再生中、各オブジェクトが動き回っているのが確認できる。画面下にはAngle、Left、Top、Right、Back、Customとあるが、それぞれを選ぶと、左から見た場合、真上から見た場合など、立体空間を見る方向を調整できるようになっている。

Dolby Atmosのモニター画面
左から見た場合
真上から見た場合

画面右上をクリックすると、項目一覧が表示される。

よく見てみると、上にある10個が7.1.2=計10chのBeds。つまり固定されたスピーカーを意味している。そして、その下にズラリと並ぶのが、3Dオブジェクトと呼ばれるもの。たとえば“Lead Vocal Hum”というオブジェクトを選択してみると、そのオブジェクトが空間のどこから音が出ているかを確認することができる。

項目一覧

デフォルトでは、Monitoring FormatがBinauralとなっているからヘッドフォンでバイノーラル再生できているわけだが、これを「2.0」「5.1」「7.1」「5.1.4」「7.1.4」と再生環境に合わせて変更することもできる。

このAtmosというのは、あくまでも3D出力されている状況をグラフィカルに確認するためのもので、どこから音が出るのかを直接いじれるものではない。では、各トラックからはどのようにして音の位置を設定するのか? それはミキサーコンソールを表示させると見えてきた。

ミキサーコンソールを表示させた状態

各トラックのPANを見てみると、大きく3種類があることに気が付く。

ごく一般的なノブはステレオ出力するためのもので、左右に振るとステレオバランスが変化するようになっている。それに対し、丸いスコープとなっているのが、Surround Pannnerというもの。これをダブルクリックすると、そのSurround Pannerが現れてくる。平面表示させるPlanerと、球場表示させるSpercialで表示モードが切り替わるようになっており、どこから音を出すか立体的に設定できるパンナーとなっている。

Surround Panner
平面表示させるPlanerと、球場表示させるSpercial

四角いスコープになっているのが、3D Object Panner。これは画面上部が真上から俯瞰した平面画面で、画面下部は真後ろから見た高さが分かる画面。これを用いて、どこから音を出すかを設定する。

3D Object Panner

このSurround Pannerと3D Object Panner。すごくよく似たもので、だいたい同じような配置ができるのだが、何が違い、どう使い分けるのか。

実はSurround PannerのほうはBedsを指定するもので、3D Object Pannerはオブジェクトを指定するものなのだ。Bedsのほうは7.1.2chあるスピーカーを用いてどこから音を出すかを指定する形になっており、それぞれのスピーカーを使うか、使わないかもON/OFFして指定できる。またサブウーファーについては画面下のLEF Levelで指定できるようになっている。

また各トラックをBedsに出力するのか、オブジェクトとして出力するのかは、それぞれ自由に選択できるようになっており、これで立体的な配置を行ない、必要に応じてオートメーションを利用して曲の進行に合わせてオブジェクトの位置を動かしていくこともできる。

さて、もちろん空間オーディオのミックスは空間上の配置だけですべてが行なえるわけではない。やはりエフェクトも重要になるわけで、今回のLogic Pro 10.7の登場に合わせてプラグインエフェクトも改良されており、エフェクトおよびレベルメーターなど計14種類のプラグインが7.1.2に対応している。

サラウンド=イマーシブトラックになっているマスタートラックのインサーションを確認してみると、7.1.2となっているエフェクトがそれにあたる。

具体的にはIRを使った空間シミュレーターのSpace Designer、既存の音に合わせこむEQであるMatch EQ、DJ的なプレイによる音作りができるRemix FX、さらにはChorus、Flanger、Microphaser、Phaser、Modulation Delay、Tremolo、Limiter、Multichannel Gain、Level Meter、Loudness Meter、Tunerなどが確認できた。Audio Unitsプラグインの中にも、そのまま7.1.2の環境で使えるエフェクトもあるようだ。

Space Designer
Match EQ
Remix FX

ところで、このデモプロジェクトをIntel Macで動かすと、結構重い…ということがSNS上などで見かけたが、筆者のM1 Mac miniで試してみたところ、バイノーラル環境での再生においては、負荷は低く、MONTEROのプロジェクト再生中にアクティブモニタで確認したところ、システムの使用率は3~5%程度とかなり余裕があった。

システムの使用率は3~5%程度

では、このMONTEROのプロジェクトを、Dolby Atmosの納品データである「ADM BWF」で書き出すとどの程度のパワーがかかるのか。

実際に試してみたところ、システムの使用率は2%程度で、やはり安定して動作する。この2分47秒の楽曲を書き出すのにかかったのは3分29秒。ほとんどストレスのないスピード、処理能力といえそうだ。

Dolby Atmosのデータ書き出し時も、大きな負荷はない様子

ちなみに、この書き出したADM BWFのファイルは1つのWAVファイルとなっているが、ファイルサイズ的には1.67GB。これを改めてLogic Proで開いてみると、計57トラックのデータとして見ることができた。

ファイルサイズは1.67GB
Logic Proで開くと、57トラックのデータが確認できた

以上、ざっとではあるが、Logic Pro 10.7に搭載された空間オーディオ制作機能=Dolby Atmos対応機能についてチェックしてみた。

ここまでの機能を搭載し、しかも既存のLogic Pro Xユーザーは無償でアップデートできてしまうというのはスゴイというか、ズルすぎる。これがAppleの戦略であることは承知しているが、DAW業界を淘汰しかねないやり方とも感じてしまう。本来プラットフォームを作るメーカーは、その上で動作するアプリケーションメーカーを育て、より活況にしていくべき立場にあると思うのだが……。

今後、各DAWメーカーがDolby Atmosに対応してくるのかも気になるところだし、そもそもリスナーが本当に空間オーディオを聴くようになるのか、そしてクリエイター側がより積極的に空間オーディオ対応作品を作るようになるのかは注目していきたい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto