藤本健のDigital Audio Laboratory
第912回
iOS 15で空間オーディオの臨場感UP! “ヘッドトラッキング”に未来を見た
2021年10月4日 11:10
前回は「iPhone 13 Pro」について、オーディオ性能やMIDIの機能に前機種から進化や違いがないかをチェックした。結果としては、ほとんど何も変わらないという結論だったのだが、iOS 14からiOS 15へのバージョンアップの過程で、オーディオに大きな進化があった。以前にも取り上げた“空間オーディオ”に関する機能だ。
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具体的には、Apple Musicに提供されている空間オーディオ対応コンテンツに対し、ダイナミックヘッドトラッキング機能が使えるようになり、よりリアルな立体感が得られるようになったのだ。今回のアップデートを機に、「AirPods Pro」を購入して試してみたので、どういうことなのかを紹介してみよう。
空間オーディオの再現を高めるダイナミックヘッドトラッキング
今年6月8日からApple Musicで空間オーディオのサービスがスタートした。ソニーが360 Reality Audioという立体音響技術を用いた配信を4月にスタートしていたが、それを追う形でAppleはDolby Atmos技術での立体音響を始めたのだ。
360 Reality AudioもDolby Atmosも目指す方向性は一緒で、従来のステレオではなく、より立体的な空間で音楽を聴けるようにしよう、というもの。とくに面白いのは、いずれもヘッドフォン/イヤフォンで立体的なサウンドを表現できるバイノーラルに落とし込んでいる点だ。従来のサラウンドのように、たくさんのスピーカーを設置して聴く方法とは異なり、ヘッドフォン/イヤフォンで楽しめるため、より手軽で、場所を問わず聴くことができるという変革が起きた。
ただ、互いに規格が異なり、聴くことができるコンテンツにも違いがある。360 Reality Audioに対応したデータの作り方や、Dolby Atmosに対応したデータの作り方については以前記事にした通りだが、それぞれ別々にミックスしなくてはならないという現状は、制作サイドに大きな手間と費用がかかるのも事実。両陣営ともに、コンテンツの拡充を急いでおり、かなりなお金をバラまいている……というような噂も耳にする。
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ではリスナーサイドはどうかと言えば、正直なところ、あまり盛り上がっていないようにも思う。個人的にはどちらもすごい技術で、面白いことをしていると感じるけれど、一般の人にとっては「言われてみれば、音が広がっているのかもしれない」という程度の関心具合であり、その面白さを伝えても、「ふ~ん」で終わってしまうことがほとんどのようだ。
一方で、これまで360 Reality AudioとAppleが採用するDolby Atmosのどちらが立体的に感じられるかというと、「圧倒的に360 Reality Audioの勝ち」と筆者は思っていた。
とはいえ360 Reality Audioの場合は、あらかじめ両方の耳の形を撮影し、それをサーバーに登録することで自分の頭にマッチした頭部伝達関数(HRTF)のデータを入手して、再生することを前提としている。しかも、ソニーが指定するヘッドフォン/イヤフォンを使って再生することも必須条件であるため、そこまで準備する人がどれだけいるだろうか、とも感じていた。
ソニー「360 Reality Audio」は“立体音楽”の新潮流となるか
逆にAppleは、自社のAirPodsやAirPods Proなどを推奨製品としながらも、iOSのDolby Atmos設定を常時オンにしておけば、Apple製以外のヘッドフォン/イヤフォンでも体験できるとあって、ユーザーにとっては導入のハードルが低い。ただ、こうした設定の違いもあって、条件を整えると360 Reality Audioのほうが立体表現の面で圧倒的に勝っていた。
ところが、iOS15で拡張されたダイナミックヘッドトラッキング機能により、Dolby Atmosを用いた空間オーディオの立体表現が大きく前進したのだ。
同機能を使うには現状、iOS 15/iPadOS 15をインストールしたiPhone/iPadと、AirPods Pro、またはヘッドフォン型のAirPods Maxという組み合わせが必要になる。一般的なヘッドフォン/イヤフォンでは、ダイナミックヘッドトラッキング機能を利用することができない。AirPods ProやAirPods MAXに搭載されている加速度センサーとジャイロスコープのデータを元に、ダイナミックヘッドトラッキングを実現しているためだ。
セッティングは簡単で、設定画面から「ミュージック」を選び、「ドルビーアトモス」の項目で、自動を選ぶだけだ。
AirPods Proで体験してみると、空間オーディオのコンテンツを流している際、頭を動かすと、それに応じて聴こえる方向が変わってくる。たとえば、真正面から音が出ているとき、頭を90度右に向けると、音が左から聴こえてきて、頭を元の位置に戻せば、また正面から聴こえてくるのだ。だからこそ、頭を動かすことで、音像がどこにあるのかがリアルに見えてくる。
ずっと右を向き続けるなど、どこかの位置で固定すると、10秒ほどで標準の状態に戻るというのも便利なところ。可能であれば元に戻らないロックする機能などあってくれたらいいのにな、とも思った。
Dolby Atmosによる音の立体配置だけだと、音がどこから出ているのかはなかなか捉えにくい。動いている音があるとそれについてだけは、ある程度どちらの方向から鳴っているかを認識しやすくなるが、それ以外はやはりボンヤリとしか認識しにくい。かといって、全部の音が動くような作品だと、頭も混乱してしまい、かえって何も認識できなくなりそうだ。だからこそ、バイノーラルへの畳み込みと、実際のリスナーのHRTFが合致することが重要であり、そのために360 Reality Audioが優位にあったのだ。
ところが、リスナーが頭を動かしながら音の位置を確認できるようになると、話は大きく変わってくる。普段の生活環境の中でも、もの音がしたら、どちらから鳴っているのか、頭を動かして確認することが多いわけだが、それと同様の確認ができるとなると、どこから音が出ているかが圧倒的に認識しやすくなり、立体空間の中で音を聴いている感覚を得られる。実際試してみたところ、水平方向の回転だけでなく、垂直方向の回転、つまり首を傾けることで、高さ方向の認知もできるようになっているようだ。従来のヘッドフォンやイヤフォンにはなかった、新しい発想の再生機器であることを十分に実感できる。
ヘッドトラッキングによる音楽視聴は、未来を感じさせる
実は、このダイナミックヘッドトラッキング、iOS15においてはDolby Atmosを用いたコンテンツに限らず、普通のステレオサウンド、もっといえばApple Musicなど関係なく、自分でCDからリッピングしてiPhoneに入れた楽曲データであっても、ダイナミックヘッドトラッキングが利用できるようになっているのも大きなポイント。別の言い方をすれば、通常のステレオも疑似的に空間オーディオ化した上で、ダイナミックヘッドトラッキングを利用可能にしているのだ。
方法はコントロールセンターからAirPods Proのアイコンが表示されたボリューム部を長押しすることで、設定画面を開くことができる。ここで空間オーディオをオンにすると、ダイナミックヘッドトラッキングが利用可能になるのだが、この状態で普通のステレオ音源を聴きながら頭を動かすと、それに応じて音が動くというか、頭を動かしても立体的に音の出る位置が変わらないのだ。
ただし、Dolby Atmos作品に対してのダイナミックヘッドトラッキングとちょっと違いはある。当然ステレオでの音像であるため、水平方向での対応だけであり、首を傾けても垂直方向での作用はない。普通のヘッドフォン再生と同様に音がついてきてしまうのだ。ちなみにApple MusicにおいてDolby Atmosに対応した楽曲はロゴが表示されているので、確認すればすぐにわかるはずだ。
もっともダイナミックヘッドトラッキング自体は、このiOS15で初めて登場した、というわけではない。
iOS14にも、自動でDolby Atmosコンテンツに対応する設定もあるし、iPhone 12 ProでApple Musicから空間オーディオコンテンツの一番下にある「おすすめビデオ」を見ると、ダイナミックヘッドトラッキングに対応しているのを確認できる。そうDolby Atmos対応のビデオコンテンツは、これに対応していたのだ。
ただ、Apple Musicの普通の音楽コンテンツはDolby Atmosに対応していても、ダイナミックヘッドトラッキングは利用できなかったし、もちろんライブラリにあるステレオコンテンツに対しても使うことはできなかったので、iOS15からオーディオコンテンツで利用できるようになった、というわけ。
以上、iOS15で使えるようになった空間オーディオの拡張機能について紹介してみた。こればかりは実際に試してみないことには、なかなか実感できないし、利用するためには、AirPods ProかAirPods MAXを購入するとともに、Apple Musicのサブスクリプションも必要になるなど、iPhone/iPadユーザーであってもそこそこの出費が必要。誰もが気軽に利用できる、というわけではないが、とても未来を感じさせてくれる機能であることは実感できるだろう。
できればソニーの360 Reality Audioにも、こうしたダイナミックヘッドトラッキング機能のようなものに対応してもらいたいところだが、加速度センサーやジャイロスコープなどが必要となると、そう簡単にはいかないのかもしれない。ただでさえ、一般ユーザーがなかなか興味を示してくれていない現状を考えると、これ以上難しくするのは厳しいようにも思うが、ぜひ両陣営とも、よりリアルな立体を感じることができ、かつ誰でも導入が容易な環境を整えていってほしい。