藤本健のDigital Audio Laboratory
第919回
22.2chイスや超低遅延8K&25ch伝送など、InterBEEオーディオ系注目機材はコレ!
2021年11月22日 09:50
11月17日~19日の3日間、千葉県千葉市にある幕張メッセで「Inter BEE 2021」が開催された。昨年はリアルでのイベントが中止となりオンラインのみの開催であったため、会場を使っての展示会としては2019年11月以来2年ぶりとなる。
コロナ禍においてさまざまな展示会が中止を余儀なくされている中で、久々の大型展示会だったわけだが、実際どのような状況なのか様子を探るとともに、オーディオ関連において気になった機材や面白かった機材をピックアップしてみた。
8K&25ch信号を超低遅延で伝送する「ELL8Kシステム」
今年、Inter BEE 2021をリアルに開催するというニュースが5月に流れ、プロオーディオや楽器関連の業界内でも「出展する」「出展しない」と大きな話題になっていた。
夏頃には各社が続々と辞退する方向で調整を始めており、とくにプロオーディオ関連は出展社数が少ない状況になっていることは分かっていたのだが、いざ現地に行ってみると例年とはまったく違う寂しい雰囲気だった。毎年出展していたメーカーやディーラーのブースが少なく、休憩所ばかりが目立つ状況……。実際、今年のプロオーディオ部門でのブース数は37だった。
そのような寂しい状況ではあったのだが、出展しているメーカーの中には、非常に興味深い展示も行なわれていた。
中でも個人的に一番可能性を感じたのが、ミハル通信が展示していた「ELL8Kシステム」なるもの。これは同社と輝日、アストロデザインの3社共同で8K映像とオーディオの伝送実験を行なっていたのだが、内容としては下図のようなもの。
幕張の会場から、8K映像と48kHz/24bitの25chオーディオをハードウェアエンコーダーを通し、フレッツ光回線を使って東京・大田区へと伝送。この大田区にあるデコーダーで8K映像をプロジェクターに表示させるとともに、25chオーディオを11.1chサラウンドにミックス。そして、それを再度エンコーダーを使って幕張会場へ戻して再生するというものだった。
8K映像を扱いながら、片道で150msec、往復で300msecでのレイテンシーとなっているので、例えばライブ会場とパブリックビューイングの会場をつないでのコール&レスポンスなど、アイディア次第でさまざまな活用ができるという。
とはいえ、300msecもズレていると、さすがに2つの会場での音楽のセッションはできないのでは? と質問してみたところ、驚くべき答えが返ってきた。
実はこのシステムはオーディオとビデオの同期をとるために、かなりのバッファを設けており、この同期をはずせば、オーディオにおいて0.1msec以下のレイテンシーを実現できる、というのだ。ヤマハが公開しているSYNCROOM(記事参照)の場合、複数拠点での接続が可能だが、往復で20msec程度のレイテンシーが発生する。ELL8Kシステムは、SYNCROOMと比較して圧倒的に速い。
SYNCROOMの場合、PCで処理しオーディオインターフェイスを介して接続しているのに対し、ELL8Kシステムはハードウェアで処理をしているので、断然高速に通信できるのだとか。
ELL8Kシステムは現状、セットで2,000万円程度するとのことで、SYNCROOMと比較するものではないのかもしれない。とはいえ、専用線を使うのではなく、NTTのフレッツ光回線で実現できていることを考えると、かなり夢は感じる。MADIやDanteと接続するシステムにもなっているとのことなので、応用範囲も広そう。今後レンタルも含め、さまざまな展開をしていくという。
ミハル通信のブースでは、DAWであるStudio Oneから25chのパラデータとして伝送したものを、大田区で11.1chのサラウンド信号にミックスし、それを伝送して幕張に戻したものを再生するためのユニークな椅子が設置されていた。が、その22.2ch版をアストロデザインのブースで体験できるということだったので、そちらにも行ってみた。
222万円の22.2chイス型スピーカーや超指向性スピーカー
アストロデザインのブースに設置されていた「TamaToon SA-1852」は、22.2chのイマーシブオーディオを聴くことができるイス型スピーカーだ。
22.2chものスピーカーを設置するのは非現実的で、もし実際に設置するとしても、かなり大がかりなシステムで工事も大変。そもそも大きな空間が必要だ。しかしこのTamaToonの場合、シェルの内側に22個のサテライトスピーカーと2個のサブウーファーの計24個のスピーカーが埋め込まれており、ソファに座るだけでイマーシブオーディオが体感できるようになっているのだ。
実際に座って、22.2chの作品を聴いてみたところ、とても立体的に音を聴けることが確認できた。これなら家にあってもいいのでは……と値段を聞いてみたところ、22.2に合わせて222万円とのこと。さすがに個人が簡単に変える価格帯ではないが、今後もう少し手頃な価格帯になってきてくれることを期待したいところ。前述のミハル通信でデモしていた11.1chのイスも、この22.2chのTamaToonも、オーディオハートが開発したシステムとのこと。
ちなみに、このTamaToon自体には信号処理やアンプ機能が無いため、音を楽しむにはAVアンプなどに接続して使う必要がある。22.2chを鳴らすために、会場では3台ものAVアンプが接続されていたが、TamaToonを効率的に鳴らすための専用アンプも開発中という。
もうひとつ、スピーカー展示で面白かったのがHSS Japanが展示していた超指向性スピーカーだ。
1kHzの信号において10度未満という鋭い指向性を実現したスピーカーで、限られたエリアだけで音が聴こえるというのが特徴。主に業務用での使用を想定しており、たとえば資料館などに設置し、複数のスピーカーで解説を鳴らしながらも、そのエリアだけで音が聴こえるようにするとか、お化け屋敷などアミューズメント施設に設置して、いきなり耳元で聴こえるようにする……といった使い方が考えられるとのこと。
モノとしては、以前「まるでレーザービーム?! 超音波で音を飛ばすパラメトリック・スピーカーを試した」という記事で製作・実験したことのあった“パラメトリック・スピーカー”の巨大版である。会場に展示してあった「HSS-3000」は12万円程度で、1つの機材でステレオ再生可能な「ACOUSPADE XLS」は20万円程度とのことだ。
モニタースピーカーの展示で人気を集めていたのはゼンハイザーだ。
ゼンハイザーは伝統あるマイクメーカーのNEUMANN(ノイマン)ブランドを社内に持っているが、そのNEUMANNのモニタースピーカー「KH 80 DSP」の試聴スペースを作り、ここで音響特性を調整するデモを行なっていた。
KH 80 DSPはその名のとおりDSPを内蔵したモニタースピーカーで、ウーファーサイズ・4インチの小型機材である。発売自体は4年前で、決して新しい機材ではないのだが、先日これを部屋に合わせてキャリブレーションできるマイクシステム「MA 1」が発売。このマイクシステムとオーディオインターフェイス、専用ソフトウェアを用いることで設置した部屋に最適な音に調整することが可能になったのだ。
ゼンハイザーのこのシステムは、GenelecのGLMに対抗する形となっていたため、高い関心を集めていた。会場ではキャリブレーション前とキャリブレーション後の比較試聴をしたり、USBメモリでWAVファイルを持ってきた来場者は、その音源を聴ける形にもなっていた。
歯擦音を取り除くプラグインやAI活用の波形編集ソフト
日本のプラグインメーカーA.O.M.が参考出品としてデモしてのが、同社初リリースとなるディエッサプラグイン「DESIBILIZER」。
一般的なディエッサの場合、強い歯擦音……つまりサ行やザ行、シャ、シュ、ショなどの強い発音で耳障りな音を軽減するものだが、このプラグインは弱くても長い歯擦音を取り除くことができるという。これによって、従来は取り除くことが難しかった音にも対応する。
発売時期はまだ決まっていないが、年内には出したい、とのこと。価格は16,500円程度を予定。なお、同社ではTotal Bundleという1年間12,100円のサブスクリプション制度を実施しており、すべてのプラグインを使用できる形としているが、DESIBILIZERがリリースされても値段はそのまま。もちろん、DESIBILIZERも対象となるため、現ユーザーはリリースされたらその日から利用できるようになる。
インカムやワイヤレスガイドシステムなどを提供している国内メーカー・ロンクが展示していたのは、5GHz帯を使うカラオケ用のワイヤレスマイクシステム「RWM-5G」。
従来のカラオケ用ワイヤレスマイクは赤外線を利用するのが一般的だが、それだとマイクと受信機が1:1対応となるため、1つしか利用できない。2つのマイクを使うには2つの受信機が必要となり、せいぜいそれが限界。それに対し、今回リリースした製品は電波を使ったデジタル通信のため、1つの受信機で最大65本のマイクが利用できるという。また飛距離は15mほどで、音質も向上するという。
またロンクでは、業務用館内放送や学校の校内放送などに利用できる小型のハイインピーダンスアンプを展示していた。伝送距離が長くても利用できるハイインピーダンスアンプ自体は珍しいものではないが、小型で使いやすく、またBluetooth接続にも対応したため、スマートフォンなどと接続・放送できるのが特徴だという。これまでもOEMで提供していたが、改めてロンクの自社ブランドでの発売を開始するという。
オーディオ編集ソフトとして、これまではかなり違う新しいアプローチの製品を生み出していたのはモアソンジャパンだ。
同社はこれまでラジオ番組編集ツールとして、「PREBiEW」という波形編集ソフトを出していた。これはBWF-J規格に準拠したCueの編集に対応したものだったのだが、ここに、AIを用いた文字起こし機能を搭載し、テキスト化された情報と波形が連動する形で編集をできるようにした。
これにより、キーワード検索をかけることも可能で、見つけたキーワードに相当する波形部分にジャンプして編集作業が行なえる。さらにテキストをデリートすると、その部分の波形も削除され、前後がキレイにつながるというのだ。これにより、ラジオ番組の編集作業が大幅に効率化することができる、という。
市販USBオーディオ活用のAudio Precision製測定ソフト
本連載・Digital Audio Laboratoryで行なっている実験テーマで気になるソフトも展示されていた。オーディオ機器の開発現場で使う測定器として著名な米Audio Precisionが、オーディオインターフェイスで利用できる測定ソフトを出していたのだ。
Audio Precisionは、オーディオ機器の性能を高精度に測定するオーディオアナライザを開発するメーカーで、国内ではコーンズテクノロジーが販売を行なっている。代表的なアナライザである「APx52xB」シリーズは500万円程度と一般のユーザーには手が出せない機材なのだが、今回リリースしたのは、Audio Precisionのハードウェアは使用せず、一般的なオーディオインターフェイスを用いて測定するというものだ。
動作確認をしているオーディオインターフェイスとしては、RMEの「Fireface UC」やLynx「Aurora」「E22」ほか、計測用機材を作っていた米ECHO AIOのオーディオインターフェイス「AIO-A2」「AIO-SA」など。これらを利用してソフトウェア的に分析を行なう仕組み。
ソフトウェア自体は、Audio Precisonサイトから誰でもダウンロードでき、APx52xBシリーズを接続すればフル機能が利用できる形になっている。接続してないとDEMOモードとして動作するが、今回発売されたUSBドングルを挿すことで、一般的なオーディオインターフェイスでも測定が可能になるという。
ここではBig6といわれるレベル、周波数応答、全高周波歪みとノイズ、位相、クロストーク、信号とノイズの比率(SN)のほか、計50種類の測定が可能。ただし、ドングル価格は42万円とのことなので、やはり簡単には導入できそうにはない。なお、Audio Precisonのハードウェアを使う場合と一般的なオーディオインターフェイスを使う場合では、精度に1桁から2桁近い差はあるという。
以上、Inter BEE 2021で見つけたネタをいくつかピックアップしてみた。
かなり出展社数が減ったとはいえ、歩いてみてみるとそれなりの数があり、いろいろな新製品、新情報が転がっていた。今回は筆者の独断と偏見により、気になったネタをピックアップしているので、会場全体を網羅できていない点はご了承願いたい。
なお、今回のInter BEEはコンファレンスがすべてオンラインで開催されたのだが、そのコンファレンスの特別講演で筆者も登壇させてもらった。10月にInter BEE主催である一般社団法人電子情報技術産業協会のAVC部会から依頼を受け、WOWOW エグゼクティブ・クリエイターの入交英雄氏とともに「イマーシブオーディオの現状と将来動向」という形で話を行なった。
内容としては、本連載で取り上げてきたイマーシブオーディオネタ、つまりDolby Atmosや360 Reality Audioなどについてまとめたもの。12月17日までアーカイブしているようなので、興味のある方はご覧いただければと思う。