藤本健のDigital Audio Laboratory
第920回
音楽弱者を救え! ソニーミュージック「ゆる楽器ハッカソン」に行ってきた
2021年11月29日 08:30
11月20日・21日の2日間、神奈川県川崎市にある洗足学園音楽大学で「ゆる楽器ハッカソン2021」なるイベントが開催された。
コロナ禍に入ってからは、ハッカソンもオンラインで開かれることが多くなっていたが、音をテーマにした、リアルなハッカソンは国内でも2年以上ぶりだ。「“ゆる楽器”って何だ?」と疑問を持ちつつも、面白そうだったので2日間取材してみることに。どのような内容だったのか、紹介しよう。
ゆる楽器が世界の“音楽弱者”を救う!? ゆる楽器ハッカソンの狙い
今回の「ゆる楽器ハッカソン2021」。
看板などを見ると、主催は“世界ゆるミュージック協会”となっていて、その下にはソニーミュージック、ソニーのロゴが。どうやらソニーグループが協賛となっているようだが、そもそも世界ゆるミュージック協会とは何なのだろう?
主催者のひとりで、ソニー・ミュージックエンタテインメント EdgeTechプロジェクト本部 MXチーム チーフプロデューサーの梶望氏に話を聞くことができた。
梶氏:世界ゆるミュージック協会は、一般社団法人の世界ゆるスポーツ協会が母体となって設立されたものです。
そもそも、ゆるスポーツ協会は年齢、性別、運動神経にかかわらず、だれもが楽しめるスポーツを、ということでスポーツ弱者のために用意された団体。運動音痴だったり、できない人のせいではなく、それをしてあげられないスポーツのせいだ、社会のせいだ、という考え方から枠組み自体を変えようじゃないか、というのが要です。
そこから派生した、世界ゆるミュージック協会は、まさに音楽弱者、音楽が苦手な人、楽器を昔やっていたけれど挫折ししまった人、楽器をやりたいけどできそうもないので躊躇してしまっている人などが、もっと音楽で楽しめるようにしよう、という協会です。楽譜を発明した人と、社会が悪いんだ、と(笑)。みんなが簡単にすぐに弾ける、楽器や楽しみ方があったら素敵だよね、という思いから活動している団体です。
一方、ソニーミュージックは音楽、エンターテインメントを生業としている企業。今後ビジネスのサスティナビリティを考えた時、もっと音楽好きの人を増やしてく必要があります。
ソニーもクルマをつくったり、ドローンをつくったり、AIBOを作ったりと面白いものをいろいろ作っている中、楽器を作ってみても面白いのでは? という考え方も持っています。もちろん、普通の楽器ビジネスにおいてはヤマハさんやローランドさんにかなうわけがありません。でも楽器が苦手だけどやってみたい、というライトな潜在層をターゲットにした“ゆる楽器”であれば、進出のチャンスがあるんじゃないか、というところからゆる楽器が一つのキーワードにもなっているのです。
とはいえ、楽器を作るのは簡単ではありません。だったら、もっとたくさんの仲間を集めてみてはどうだろうか、という考えから「そうだ、ハッカソンをやってみよう!」ということになりました。
梶:実は、ハッカソン終了の翌日には「ゆるミュージックほぼオールスターズ」というユニットがデビューすることになっています。タレントで歌手のトミタ栞がボーカルで、バンドメンバーにはパラリンピックの閉会式で話題にもなった小澤綾子、アーティスト兼アートディレクターでもある五十嵐 LINDA 渉、インド人珍発明家のラヴィクマール、ドラマなどでも活躍する村木ひらり、そして大福くんで構成されるユニットです。このバンドにとっても、ゆる楽器がたくさん必要になるので、ハッカソンができたら、ちょうどいいのではないか、と。
ちなみに。ゆる楽器には定義があります。それはBETTERとして「誰もがすぐに演奏できること」、「誰とでもすぐに合奏ができること」。そしてMUSTとなるのは「練習するともっとうまくなっていくこと」、さらに「音階の制御ができること」です。今回のイベントは、そんなゆる楽器を作ろうというハッカソンなのです。
そしてこれは、大阪・関西万博の「TEAM EXPO 2025」プログラム/共生チャレンジ第二弾という位置づけでもあります。ですから、ここで優れたゆる楽器が誕生したら、もしかしたら万博で展示される、なんて可能性もあるわけです。
今回ウェブで一般から参加者を募集するとともに、ソニーグループの社内でも広報しながら集めた結果、想像以上に面白いメンバーがいっぱい集まってくれました。ぜひ、どんな結果になるか楽しみにしています。
このような主催者側の思いがどこまで伝わっているかは定かではないが、以前のハッカソンでよく見かけたメンバー含め、50人程度が会場に集結。全体の進行を務めるファシリテーターは、数多くのハッカソンを仕切ってきた伴野智樹氏。その伴野氏の元で、グループ分け、テーマ決めが行なわれ、15のグループに分かれ制作がスタートした。
今回のハッカソンにはソニーグループが協賛していることもあり、ソニーの4つの機材・システムが自由に使えるようになっていた。具体的には、IoTブロックである「MESH」、ロボット・プログラミング学習キットの「KOOV」、小さなキューブ型ロボットトイの「toio」、そしてスマートセンシングプロセッサ搭載ボードの「SPRESENSE」。会場後方には、それぞれのシステムをサポートする窓口も用意され、各チームはこれらを活用しながら制作を進めていった。
2日間のハッカソンがスタート。15チームの発表作品とは?
ハッカソンの参加者を見ると、普段はビジネス系のソフトウェア開発をしているエンジニアや、ハードウェア開発をしているエンジニア、デザイナー、学生など、さまざまな人が集まっていた。2日という短い時間の作業ではあるが、あらかじめある程度のものを作ってから参加している人も多く、ここで方向修正したりして、みな楽しそうに開発や演奏練習をしているようだった。
そして2日目の夕方、各チームの発表が行なわれた。持ち時間は、1チーム3分。デモ演奏なども含め、作ったゆる楽器をプレゼンしていく。
インセンティブも結構豪華なものになっており、1位の最優秀チームには、賞金10万円と前述のユニット「ゆるミュージックほぼオールスターズ」のイベントで演奏する参加権を進呈。また次点の優秀賞にも、賞金4万円とイベント演奏参加権が付与されていた。
各チームのプレゼンテーションをiPhoneで撮影してきたので、ぜひご覧いただきたい。
最優秀賞は、カラダを動かして音を出す「ゆるスポ楽器」
最優秀賞となったのは13番の「ゆるスポ楽器」。今回の審査員長でもあった梶氏からは「われわれのゆるミュージック、ゆる楽器を本気で考えてくれたことに感謝の意を表したいと思います」とインセンティブが書かれたパネルが手渡された。
ビデオを見ると分かるが、この5人のチームは、3種類のゆる楽器を制作しており、スポーツをすると音が鳴る仕組みになっている。
「トレーニング和音チューブ」は、チューブをさまざまな方向に引っ張ることで、傾きセンサーと力センサーが検知してMIDI信号に変換し、iPhoneのMIDI音源で和音を鳴らすというもの。
「腕立てカスタネット」は、KOOVの赤外線フォトリフレクタで腕立て伏せをしたことを検知し、サーボモーターを動かしてカスタネットを鳴らす。そして「ドラムチューブ」は、MESHの「ボタン」と「動き」が身体の動きを検知して、ドラム音を鳴らすものとなっていた。メンバーの5名は、みんな1人ずつこのハッカソンに参加し、会場で意気投合して結成されたチームなのだとか。
次点の優秀賞は、審査が拮抗したことを受け2チームに授与された。1つが6番の「bokuiijima.com」チームによる「ゆるくDJをしたーーい!」。そして、もう1つが8番の「メンント盛」による「おしりトーン」。
「ゆるくDJをしたーーい!」のほうは、DJ機器のように見せかけた機材にtoioやKOOVのセンサーが仕込まれており、ここでの動きをOSCをつかって、touch Designerへデータを送信。その値を元に、DJのように音楽にエフェクトをリアルタイムでいじれるようになっていた。
一方の「おしりトーン」は、バランスボールとロディに乗るとその重心をセンシングして音階を鳴らすというもの。実は、その下には事前に用意していたという中古で安く購入したというWii Fitのバランスボードが設置してあり、その信号をGarage Bandの音源に送って鳴らす仕組み。
審査員特別賞には、11番「音トイ」による「音トイ[teamjJ] ゆるく音楽」、トミタ栞賞として5番「ふじかわ」による「ウンパニーUNPANY」、12番「TEAMぱんなこった」による「しぇいくdeMUSIC」、そしてLINDA賞として「とりさん+みほ」の「手のひら楽器とピカピカ帽子」に賞が贈られた。
すべてが授賞式が終わると、同ハッカソンのハイライト、全員でのゆる楽器合奏が行なわれることに。ソニーミュージックからデビューする「ゆるミュージックほぼオールスターズ」による大阪・関西万博応援ソング「満ちる愛、繋ぐ夢」がトミタ栞さん歌唱で披露され、これに全員が演奏で参加したのだ。下のビデオからも、参加者がハッカソンを楽しんでいるようがお分かりいただけると思う。
もしかしたら、今回の作品の中から、実際にゆる楽器として商品化していくものが生まれるかもしれない、とのことだったが、ぜひこんなハッカソンが今後も開催されていくといいなと思った。