藤本健のDigital Audio Laboratory

第967回

“ハイレゾストリーミング再生”を支える「ITF-NET AUDIO」「Taktina」って何?

残念ながら「mora qualitas」は終了してしまったが、現在「Amazon Music Unlimited」や「Apple Music」、海外では「TIDAL」や「Qobuz」などがハイレゾストリーミングサービスを展開している。そして、Qobuzの傘下となった「e-onkyo music」も、ハイレゾストリーミングのサービスを計画中と聞く。そんな中、BtoB向けの組込みシステム開発を手掛けるインターフェイスが、“ハイレゾストリーミングを実現させるソリューションの提供”を開始した。

その名も「ITF-NET AUDIO」。すでにSFORZATOやSOULNOTEといったオーディオメーカーが、このソリューションを取り入れた製品の提供を始めている。また、これらのシステムをコントロールするiOS/Androidアプリ「Taktina」もエンドユーザーに向けて提供を準備している。

iOS/Androidアプリ「Taktina」

ITF-NET AUDIOおよびTaktinaとはどのようなものなのか。インターフェイスのセールスを担当する森拓也氏と川瀬健太氏、そして開発担当の荒川尚久氏の3人に話を聞いた

写真左から、森拓也氏、荒川尚久氏、川瀬健太氏

ハイレゾストリーミングをしっかりしたオーディオ機器で楽しむ方法は限られている

――ハイレゾストリーミングのソリューション提供について、背景や概要を教えて下さい。

森氏(以下敬称略):サービス開始する「ITF NET-AUDIO」は、実は2019年11月に行なわれた展示会「ET&IoT Technology 2019」で発表していたものです。

USBだけでなく、ネットワークオーディオも国産のシステムが欲しいという声が10年くらい前からあり、どこかのタイミングで出来たら、とずっと考えていました。ようやくUSBオーディオのほうも落ち着いてきたこともあり、3年ほどかけて開発を行なってきました。

森拓也氏
ITF NET-AUDIOの仕様

川瀬:発表当初からストリーミングサービスの対応は予定していたのですが、'19年11月の時点では、環境がしっかり整っていなかったこともあり、まずはネットワークオーディオ対応のみでリリースしました。

川瀬健太氏

――“ネットワークオーディオ”というのは、LANのサーバーを立てて、そこにオーディオデータを置いて……という使い方ですか?

川瀬:その通りです。ネットワークオーディオのプロトコルとして広く普及しているUPnP、DLNA、OpenHome、Direttaのほか、ネットワーク経由でRoon Coreから再生を受けられるRoon Readyの機能を標準搭載しました。

DLNAの場合、フォーマット的にはPCM 768kHz、DSD 24.6MHzまでサポートしています。ストリーミングサービスに関しては、ファームウェアアップデートでの対応をアナウンスしていて、SFORZATO様、SOULNOTE様が、当社のソリューションを採用いただき製品化しています。

DLNAでのシステム構成

――Amazon Musicは、WindowsやMacでも聴くことができますよね。そもそもの話、専用ハードウェアで聴く意義はどこにあるのでしょうか?

森:PCで聴くのが簡単ではありますが、PCで聴く場合、通常はブラウザを通じて再生します。しかしWindowsの場合、ブラウザベースだとWindowsカーネルミキサーを経由するため、音質に問題が出る可能性があります。

また、それをDACなどに接続した場合、サンプリングレートをどのように一致させるかという問題も発生します。PCとDACのサンプリングレートを固定すると使いやすいですが、Amazon Musicは楽曲によって、192kHz、96kHz、48kHzのものも混在しています。その際、逐一設定を変更するのも面倒ですし、勝手にサンプリングレートコンバートをされてしまうと音質劣化を引き起こす懸念があるのです。

――スマートテレビであったり、Fire TV Stickなどのデバイスを使っても、Amazon Musicを再生できますよね?

森:そうですね。ただ各モデルの詳細はブラックボックスな部分があり、われわれも正確に把握できているわけではないのですが、一般的には、48kHzに固定されているケースが多いと思われます。そうなると、やはりハイレゾの性能をフルに発揮することができないわけです。

オーディオファンの方の間では、「Amazon Musicは音が悪い」といった声がよくあがりますが、ブラウザや機材によるダウンサンプリングが要因で、そうした感想になっているのではないかと思っています。

Amazon Echoなど、Amazon Musicに対応したスマートスピーカーはいろいろありますが、しっかりしたオーディオ機器で聴きたいという方も多い。そうした当たり前のことができていないので、ウチがやってみた、というのが実情です。

ITF-NET AUDIOは、変換せずにそのまま再生。しかも高速

――2019年11月の発表から、ハイレゾストリーミング対応まで約3年を要したということになりますね。

森:ストリーミングサービスへの対応は当初から予定していて、早い段階でTIDALと契約を行ない、実装に向けて準備を進めていました。当社の直接のお客様はほぼすべてが日本メーカーです。ただ、そのメーカー様が海外展開しているケースが多く、最終的なエンドユーザーが海外ユーザーであることを考えると、TIDALは大きなターゲットでした。

ですが、TIDALがなかなか日本でのサービスインをしない。そこで、Amazon Musicを対応させなくてはならないと考え、'19年からAmazonに問い合わせていました。しかし、どこが担当なのか分からず、いろいろ問い合わせてもたらい回しで、1年ほどなしのつぶてだったのです。しかしその後、とある突破口を見出し、ようやくつながった状況です。そして並行してQobuzとの契約もできました。

――やはり契約できないと進めない、というわけですね。

森:そうですね。技術的に難しいわけではないのですが、細かな仕様やAPIを開示してもらわないと進められない部分も多いのです。とくにAmazonは暗号化もされているため、契約ができないと何も進められないのが実情です。

なんとか'20年~'21年に契約を済ませ、機器側のファームウェア対応を'21年暮れに完了しました。ただ、楽曲の閲覧や選曲、検索、再生などの操作面をどうするか? という面でも紆余曲折がありました。

荒川:当初は、外部のアプリ会社に頼み、開発しようと考えていました。複数の会社とやり取りしていたのですが、それもなかなかうまく行かず、結局、今年の1月末くらいに「自分たちで作ろう」という判断になりまして。iOS/Android版のそれぞれを半年かけて作り上げました。それが「Taktina」です。

荒川尚久氏

――改めての確認ですが、このITF-NET AUDIOのシステムでは、届いたストリーミングデータをリサンプリングなどはしていないのですよね?

荒川:はい、そこが最大の特徴です。Amazon MusicであればAmazon Musicからとどいた音源を変換せずに、そのまま再生しています。ネットワークオーディオ機器として販売されているものの中には、192kHzを48kHzとか44.1kHzにまるめてしまうシステムをよく見かけますが、そうしたことはしていません。

この評価ボードに取り付けてあるディスプレイにサンプリングレートを表示させていますが、これを見てもそのことがお分かりいただけると思います。また他社のネットワークオーディオプレーヤーで、Amazon Music対応のものもありますが、それらと比較しても操作スピードが圧倒的に速いのも大きな特徴です。

評価ボードでのサンプリングレート表示

――評価ボードとTaktinaの関係も、整理しておきたいのですが、Taktinaはあくまで“リモコン”であって、ここから音を流したりはしてないのですよね?

荒川:その通りです。ストリーミングのデータを受けて再生するまでの処理はすべてハードウェア側で行なっています。Taktinaはあくまでもその操作を行なうためのリモコンです。

荒川:Amazon Music、TIDAL、Qobuzに対応しており、アカウントはユーザー自身で用意する必要があります。ログインしてしまえば、あとは3つともほぼ同じ操作でお楽しみいただけます。iPadで扱う場合、右側がブラウジング画面で左側は再生中の曲のものとなっています。

Taktinaのメイン画面
Amazon Musicを開いた状態
Amazon Musicのディレクトリ
Amazon Musicで、192/24音源を再生した状態
TIDALを開いた状態
Qobuzを開いた状態

――これまで出されていたDAC用のシステムの場合、顧客ごとにドライバを作っていたと思います。Taktinaも各社ごとに違った名称のものが登場する形ですか?

川瀬:現在のところ、各社ともTaktinaのままで問題ないとおっしゃっているので、当社のアプリをそのまま使っていただいています。ただ今後、「自社用にカスタマイズしたい」「名称を変更したい」といった要望があれば、それに対応することも検討しております。

――この評価ボードの構成について、教えてください。

川瀬:システムのブロック図を見ていただくと分かると思いますが、大きい基板であるベースボードは、あくまでもテスト用のものです。実際にはお客さま側で作っていただきます。アナログ回路を含め、色付けはすべてお客様側で決めて頂くものです。我々が提供するのはあくまでデジタル部分のみですね。

システムのブロック図

森:ベースボードの上に載っているのはイスラエルVariscite社のCPUボードです。NXPの「i.MX 8M Mini」というArmコアのCPUですね。ここにウチのファームウェアを乗せて販売しています。

CPUボード

――ファームウェア入りのCPUボードを組み込んで、プレーヤーを開発すれば、デジタル部分はすべてお任せで作ることができ、さらにTaktinaで操作ができる、というわけですね。DAC部分はどうなる形ですか?

森:ITF-NET AUDIOは、USBホストとして機能するシステムです。ネットワークトランスポートという形であれば、エンドユーザーさんがDACを用意して利用可能です。またネットワークプレーヤーという形であれば、各メーカーさんがDAC部分までを内部に組み込んだ上で、アナログのオーディオ出力を搭載する製品になる、というわけです。

――今後、ITF-NET AUDIOの機能拡張や機能強化などは計画されていますか?

森:そうですね。ハイレゾの、新しいストリーミングサービスが登場すれば、それに対応できるようにしていきたいです。またAmazon Musicは、かなり頻繁に仕様を変えてきているので、それに合わせてファームウェアのアップデートを行なっているのも事実です。

もともとAmazon MusicはAACでしたが、Amazon Music HDが出たタイミングでFLACができるようになりました。今はAmazon Music UnlimitedもハイレゾのFLACに対応していますが、その仕様もコロコロ変わっているため、変更に応じてアップデートしています。もちろん、単に追いかけるだけでなく、機能強化も図りつつ、より多くのメーカーさんに採用いただければ、と考えています。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto