藤本健のDigital Audio Laboratory
第983回
“テレビの声”が聞きやすくなる? ミライスピーカーを試してみた
2023年5月9日 08:00
住宅街を歩いていると、ときどきテレビの大きな音が漏れ聴こえてくる家がある。「おそらくご高齢の方が、テレビの音量を上げているんだろうな……」と思いながら通り過ぎるが、“65歳以上の3人に1人が、難聴者である”というデータもあるので、実は大きな社会問題といっていいかもしれない。
そんなテレビの音を聴こえやすくするスピーカーとして販売を広めている製品がある。サウンドファンというベンチャー企業が開発した「ミライスピーカー」なるものがそれだ。
「原音忠実」とか「Hi-Fi」、「高音質」といった謳い文句が使われるスピーカーとは違い、“テレビの喋り声が聴こえやすい”という点に特化したユニークな製品なのだが、実際どんなスピーカーなのか試してみた。
「高齢の方は普通のオーディオより、蓄音機からの音がよく聴こえる」
筆者はミライスピーカーというものを知らなかったのだが、知人がサウンドファンに転職したことからその存在を知り、どのような製品なのかの説明を受けるとともに、機材を借りてみた、というのが今回の経緯だ。
「家族が大音量でテレビを視聴していてうるさい」「周りにちょうどいい音量でも、自分には聴こえにくい」「ドラマや映画などテレビの音声が聴こえにくい」など、テレビの音量にお困りの方にオススメというミライスピーカー。実はこれまで数世代も製品化されているもので、個人向けのほかに、企業・施設向け製品もあったそうだ。
現在市販されている製品は、「MIRAI SPEAKER Home」の1機種のみ。価格は、送料・税込みで29,700円となっている。
さて、このミライスピーカー、横から見ると扇形のような不思議な形状をしており、上部にボリュームノブが搭載されている。リアには、付属のACアダプターに接続する端子と、3.5mmのステレオミニの入力、そして電源スイッチが備えられている。
使い方はシンプルで、テレビのイヤフォン出力とミライスピーカーを付属の3.5mmのケーブルで接続するだけ。これなら、「機械が苦手……」というお年寄りでも、心配なく使えそうだが、これだけで耳が遠い人でも、爆音でテレビを鳴らすことなく、ハッキリとテレビでの喋り声を聴きとれるようになる、というのは色々疑問に感じる部分もある。
冒頭で、“65歳以上の3人に1人が難聴者”という話をしたが、これは日本補聴器工業会による「JapanTrak 2018」(PDF参照)という調査結果からだ。この調査結果によると、日本全体における難聴者は1,400万人になるとしている。つまり、日本の人口から考えると、実に11%が難聴者ということになるのだから、相当な数だ。
このような聴こえ難さがあると、周囲とのコミュニケーションが困難となり、大音量による家族間でのトラブルや近所への騒音問題が起こることもしばしば、という。さらに、テレビやラジオによる音声情報認知が不十分になることで、災害時の緊急連絡が難しくなる可能性もある。
一方、アルツハイマー病協会国際会議(AAIC)ランセット委員会によれば、難聴が認知症の原因になる可能性もあるという。やはり周囲とのコミュニケーションができなくなることで、認知症になりやすくなる、ということなのかもしれない。またコミュニケーションの問題などから活動的でなくなる、という傾向も見えているのだとか。
本来であれば、補聴器をつけるなどの対策をとるべきだが、日本の難聴者の補聴器所有率は14.4%と非常に低いままだ。一言で難聴者といっても軽度、中度のある程度聴こえる人が大半であるため、自らはそこまで必要性を感じていないケースが多く、いろいろと問題になってきているという。
そうした中に登場したのが、今回取り上げるミライスピーカー。聞けば、JVCケンウッド出身のベテラン技術者らの開発した製品らしく、「高齢の方は普通のオーディオより、蓄音機からの音がよく聴こえる」という傾向から開発が始まったのだそうだ。
そういえば昔、筆者の祖父の家にも昭和初期の蓄音機が2種類置いてあった。子供のころに手回しでネジを巻き、竹の針を使って鳴らした経験が何度もあるが、確かに独特なサウンドだったのは覚えている。
が、その音が高齢者にとって聴こえやすい……というのは面白い着眼点だ。この曲がったラッパの構造が、そうしているようだが、ミライスピーカーはその構造をヒントに、平板を湾曲させた振動板を使う変わった構造を採用している。
「曲面振動板スピーカー」と名称が付けられており、その構造はミライスピーカーのスリットからも透けて見える。曲面振動板というのも初耳だったが、その原理を説明するビデオも以下に貼っておく。
動画で登場するオルゴールを使った実験。同じ事を試してもらったが、確かにビデオの通り、音が大きくなる。プラスティックの下敷きのようなものを曲げただけなのだが、音は大きく、さらにスウィートスポットも広くなり、少し離れたり、左右ズレても、同じように大きな音量で聴こえるのはなんとも不思議。ミライスピーカーでは、普通のコーン紙のスピーカーと湾曲したプラスティック板が連結されていて、ここから音が出る仕組みになっている。
何だか少し騙されているような気もしたので、自宅に持ち帰り、PCのヘッドフォン出力をミライスピーカーに接続して鳴らしてみたところ、確かに音量をかなり絞った状態でも、拡声される感じで大きく聴こえ、特にYouTube番組などのトークシーンは一般的なスピーカーと比較して聴き取りやすいと感じた。指向性も広く、左右に少し離れても音量感はあまり変わらない。
サウンドファンの説明によると、一般的なスピーカーとミライスピーカーでは音の伝播仕方が大きく異なるという。
事実、東京都立大学・大久保寛准教授によるシミュレーション解析においても、ミライスピーカーは広い指向性が得られていることが結果に表れている。振動板の曲面の垂直方向に音が伝播するだけでなく、左右にも大きく音が広がっているのが曲面振動板の強みなのだろう。
気になるサウンドは、中域メインのカマボコ型
では、肝心の音質のほうはどうなのか?
冒頭でも記載したとおり、高音質とかHi-Fiといったサウンドではない。正直言って音楽に向くスピーカーとは言えない。ドンシャリの真逆で、いわゆるカマボコサウンド。つまり中域が目立つが低音はあまり出ていないし、高域も出ていない音なのだ。
もっとも音楽を再生させたからといって、音が歪むということはないけれど、心地よいサウンド……というものではないので、音楽のためにミライスピーカーを買うというのはお勧めできない。あくまでテレビでの人の声を聴き取り安くするためのスピーカー、と認識するのが良さそうだ。
では、イコライザーを使って高域と低域を削って中域にすれば、難聴者にとって聴き取りやすい音になるのだろうか?
その実験をしているわけではないため、確かなことは言えないが、ある程度の効果はあるのかもしれない。少なくとも爆音にした際に低音と高音がカットされていれば、近所迷惑などはある程度軽減されるので、悪くはなさそう。ただ、ミライスピーカーは単なるイコライザーというわけではなく、曲面振動板を使うからこそ、効果が出ているようなのだが、その理由まではうまくたどり着けなかった。
ちょっと気になったのが、ミライスピーカーの周波数特性がどうなっているのか、という点。
サウンドファンに確認したところ、周波数特性については公開していない、とのことだったので、簡易的ではあるけれど、手元で特性を測る実験をしてみた。
比較的フラットな特性のマイク、Blue Microphone「Baby BottleSL」があったので、これをミライスピーカーの前に設置して、20Hz~20kHzのスイープを流した上で、それを録音。その結果を解析してみたのが、以下の画像だ。
結果としては、フラットとは違う結果であったが、このような音響特性のスピーカーのようだ。
もうひとつ気になっていたのが、入力が3.5mmのステレオであるということと、このミライスピーカーがステレオペアではなく、シングルであるという点。
これについてもサウンドファンに確認したところ、「お客さんによっては2台購入してステレオにして使う方もいらっしゃいますが、基本的にはモノラルで使用するものです」との回答だった。
あくまでもテレビでの人の声を聴く目的なのであれば、モノラルで問題ないだろう。ただし、ステレオ信号を突っ込むということは強制的にモノラルにしている、ということになる。
単純にLとRをミックスしているのだとしたら、逆相の信号を入れれば音が消えるはずだが、どうなるか? 試しに、サイン波を左右逆相で再生してみたところ、見事に音は消えた。つまり単純なLRミックスということのようだ。
本当に聴き取りやすくなるのか否かは、個人差があるようだが、サウンドファンによれば、実際に使った人の86.2%が聴こえの改善を体感しているとのこと。
サウンドファンの直販ページから購入した場合に限られるそうだが、もし聴こえの改善が体感できなくても60日間は全額返金してもらえるとのことなので、試してみる価値はありそうだ。