小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1115回
「テレビの音がデカい!」を解決する、ミライスピーカー・ミニの技術
2024年3月6日 08:00
「テレビスピーカー」の別アプローチ
テレビに別途スピーカーを接続するなら、サウンドバーが一般的である。だがテレビの音が聞こえづらくなった高齢者向けとして、「お手元スピーカー」もまた1つのジャンルを築いている。
筆者も昔、祖母と同居している頃はテレビの音を大きくしないと聞こえないというので辟易としていたものだが、祖母は日常生活では別に耳が遠いわけではなく、普通に会話できていた。多分肉声と違い、安物のテレビのスピーカーから出る音が聞こえづらかったのだろう。
お手元スピーカーは、こうした問題を解決するスピーカーだ。テレビのヘッドフォン端子に接続し、テレビが聴き取れないという方の近くでスピーカーを鳴らすことで、音量を抑えようというアプローチである。
サウンドファンが開発する「ミライスピーカー」も、こうしたテレビが聞こえづらい問題を解決する製品の1つだ。ただ、得られる結果は同じでも、アプローチが違う。ミライスピーカーは聞こえづらい人の近くに置くのではなく、テレビの近くに置いても同様の効果が得られるという。
特許技術「曲面サウンド」がその秘密だ。これまでは家庭向け普及モデルとして「ミライスピーカー・ホーム」(27,000円)を展開してきたが、2月29日より後継機「ミライスピーカー・ミニ」が発売された。性能はほぼ同じで、価格は19,800円と大幅に安くなっている。この新モデルを聴きながら、曲面サウンドの秘密に迫ってみたい。
曲面サウンドとは何か
ミライスピーカーの特徴は、なんと言っても湾曲した振動板を持つことだ。ミライスピーカー・ホームは振動板が白だったので、その特徴がわかりやすい。曲面サウンドシステムは、通常のドライバユニットがあり、そこに湾曲した振動板の一端が取り付けてある。
簡単な実験をしてみよう。オルゴールは単体では小さな音しか出ないが、その音源である鉄板のピアノ部分にアクリルの下敷きを接触させる。振動がアクリル板に伝わって多少音が大きくなるが、このアクリル板を湾曲させて張力をかけると、格段に音が大きくなる。
この現象が、曲面サウンドの本質だ。ドライバ自体も通常の音が出ているが、この振動を湾曲した振動板に伝えることで、音を大きくしている。
通常音波というのは、低域に行くほど指向性が失われ、高域になるほど指向性が高くなる。サブウーファーをど真ん中に置かなくても、真ん中から鳴っているように感じられるのは、音に指向性がないからだ。
一方高域になるほど音の指向性は強くなるので、スピーカーを横から聞いたり上から聞いたりすると、高域の聞こえ方が変わる。よって音質が変わったように感じられる。かつてソニーに「SRS-X9」という据え置き型スピーカーがあったが、これは正面だけでなく上向きにもツイーターが付けられていた。まだ空間オーディオなどない時代である。
この効果は、直進性が高い高域を正面と上側にまんべんなく分散することで、リスニングポジションによって音質が変わってしまうという問題を解決していた。一方ミライスピーカーではこの曲面振動を使って、高域を無指向性に近い状態で拡散している。したがって、どの位置で聴いてもしっかり高域まで聞こえるというわけだ。
加えてこの振動によって、音に一定の歪みが生まれる事になる。歪みというと悪いイメージがあるが、要するにギターエフェクトで言うところのディストーションである。これによりコンプレッション効果が生まれ、より音圧が上がったように聞こえる事になる。サウンドファンでは、この曲面振動板の材質や湾曲率などを細かくチューニングし、実際に音が聞こえない方に聞いて貰って最適解を求めるという方法で開発しているという。
コンパクト化……はしていないけどミニ
ではこうした技術背景を踏まえて、改めてミライスピーカー・ミニを見てみよう。
名前がミニなので、前作の「ホーム」から小型化されているのかと思ったら、サイズ自体はそれほど変わっていない。むしろ縦横ともに若干大きくなっている。これは大型モデル「ミライスピーカー・ステレオ」を昨年発売したことで、それよりはミニ、という位置づけだそうである。
正面はパンチンググリルで覆われており、正面上部にスピーカーのドライバ部分が透けて見える。そこから繋がっている曲面振動板は黒で、前作「ホーム」よりも目だたないカラーとなっている。これは最適な特性を持つ黒い材質の振動板を散々探したそうだが見つからず、やむなく白い素材を黒に塗装しているそうである。
ドライバとの接合は、横の隙間の覗いてみる限り、ボイスコイルの筒のキャップのあたりに接着されているようだ。このドライバからも普通に音が出ている。周波数特性は180Hz~20kHzとなっている。
上部には大きなダイヤル型ボリュームがあり、今どれぐらいの角度になっているのか遠くからでも認識しやすい。
背面には大型の電源スイッチと、ACアダプタ接続部、音声入力がある。付属のケーブルはステレオミニだが、スピーカー内部でモノラルとなる。アンプは実用最大出力15W。
Bluetoothスピーカーではないので、設定用のアプリなどはない。本当に単にテレビに繋いでスイッチを入れるだけである。
離れると違いがわかる独特のサインド
では実際にテレビに繋いで音を聴いてみよう。
テレビ内蔵スピーカーと明確に違うのは、アナウンスやナレーションの声がかなり明瞭になったところだ。番組中の音を全部聴かせようというわけではなく、声の部分に特化したスピーカーであることがわかる。
とはいえ、音楽やSEや自然音が聞こえないかというと、そういうわけではない。それらは普通に聞こえるのだが、声の部分だけが輪郭がはっきりしている印象だ。一般的に男性の声は500Hz前後、女性は1kHz前後と言われている。つまりちょうど1オクターブ違うわけだが、テレビに出演する男性の声は年々高くなる傾向がある。おそらく今は、1オクターブも差がないだろう。
ただ、しゃべりの周波数のあたりだけを強く再生しても明瞭感は出ない。明瞭感にはフォルマント周波数が支配的だからだ。フォルマント周波数とは、言葉の発音認識に大きく影響する周波数成分で、母音ごとに違った周波数のピークが複数箇所発生する。母音の認識には、このピークを下から数えて第1と第2フォルマントが重要とされている。
これらのフォルマントは基音よりも上に現われるわけだが、各ピークの間隔が母音ごとに異なっており、これを正確に再現することで認知度が上がる。ミライスピーカー特有の明瞭感は、こうしたフォルマント周波数が強く広く拡散させることに起因しているものと思われる。
また曲面振動によるコンプレッション効果も見逃せない。音効として大きくミックスされている人のしゃべりは際立っているが、背景の音楽の中に入っているボーカル部分も一緒に持ち上がるということはないようだ。これはある程度の音量に達した部分だけ、曲面振動に強く影響するという事かもしれない。
一方でコンプレッション効果は歪みによって得られるのは事実だが、音を聴いても歪んでいる、割れているという印象はない。むしろ圧縮効果のほうが高く感じられるのが、特徴である。
少し離れた場所からも聴いてみた。
キッチンで夕餉の支度をしながらテレビを付けていたわけだが、距離にして7m程度離れているにもかかわらず、何をしゃべっているのかが聞こえる。バラエティ番組では、MA作業で「わははは」という笑い声を追加する事も多いが、この笑い声はかなり大きく聞こえてくる。音響に詳しい人であればそうした特徴から、あああの辺が強調されるのか、とだいたいわかるはずだ。
聞いている側としては、単に音量が大きいだけではないのかという疑いもあるわけだが、近寄って聞いても音量としては普段と同じぐらいである。聞こえ方が自然なので当たり前のように思えるが、よくよく考えたら妙なことが起こっている、というのが、このミライスピーカー独特の体験である。
総論
一般社団法人日本補聴器工業会の2022年の調査によれば、日本国内において聞こえに問題がある、いわゆる難聴である人の比率は、およそ10%程度であるという。つまり10人に1人の割合という事になるが、今後高齢化が進むにつれてその比率は増加するだろう。
一方で補聴器の普及は一定数に留まっている。基本的には常時装着するのが望ましいが、我々もカナル型イヤフォンを1日中装着していろと言われればかなりつらい。中にはかぶれたり外耳炎になったりするケースもあるだろう。
補聴器を使わずにテレビを楽しみたいというニーズはそこそこあるわけで、そのために「お手元スピーカー」がある。一方ミライスピーカーは、お手元に置かなくても聴き取れるわけで、聞こえが普通の人とも共用できる。低域が足りないなと思えば、テレビスピーカーからも音を出してミックスすればいい。
ちなみに筆者はポータブルプロジェクタに繋いで、大画面ながら小音量で古い映画を楽しんでいる。プロジェクタは視聴位置よりも後ろに置きたいが、スピーカーも本体内にあるので、後ろから音がする。どうしても音量を上げないと聞き取れなかったのだが、プロジェクタと同じ位置にミライスピーカーを置いても問題なく聞き取ることができた。
一方で特有のデメリットもある。小音量でも遠くまで届いてしまうので、夜に小音量にしても、隣の部屋までセリフ音がそこそこ伝わってしまう。この場合はドアをきちんと閉めるなどして、遮音する必要があるだろう。
過去累計販売台数20万台の販売実績を誇るミライスピーカーは、実はテレビスピーカーとしては隠れたベストセラー機という見方もできる。60日間返金保証もあるので、テレビの聞こえが悪かったり、小音量でコンテンツを楽しみたいという人は、試してみるといいだろう。