藤本健のDigital Audio Laboratory

第990回

オーディオ信号測定もできる。KORGオシロスコープキットが超便利だった

Nu:Tekt NTS-2 oscilloscope Kit

今年1月に限定販売されたものの、ほぼ即日に完売となったコルグのオシロスコープキット「Nu:Tekt NTS-2 oscilloscope Kit」。1月時点では本体と英語のシンセサイザ書籍とのセット販売だったが、ついに6月18日、オシロスコープ単体でレギュラー商品として発売された。価格は27,500円。

同キットは、単4電池2本でも動作するコンパクトなオシロスコープなのだが、楽器メーカーが発売したオシロスコープだけに、楽器の演奏者、とくにシンセサイザユーザーにとっては“必携”といっても過言ではないくらい、よくできた測定器となっている。というわけで、今回はこのキットがどんなものなのかを紹介してみよう。

NTS-2:現代ミュージシャンの為の多機能ツール

はんだ付け不要で組み立てられるオシロスコープキット

Nu:Tekt NTS-2 oscilloscope Kitは、コルグのキット専用ブランド「Nu:Tekt」シリーズの1つとして登場した製品だ。

名称からも想像できるように、NTS-1に続く製品として登場。両方ともスマートフォンと同程度のサイズで、厚さは1.5cm程度である。

NTS-1
厚さは1.5cm程度

NTS-1はSTM32というARMベースのマイコンが入っており、これを使って自分でプログラミングもできるシンセサイザだったのに対し、NTS-2は大きさこそ同サイズながら、まったく異なる方向性の機材で、デジタルオシロスコープとなっている。

ただ、NTS-2は2022年5月に発表され、本来はそれから間もなく発売される予定だったのだが、世の中の部品不足のために生産がなかなかできず、2023年1月の発売開始となった。

このときは、デンマークのシンセサイザ専門の出版社・Bjooksが出した「PATCH & TWEAK with KORG」という英語の書籍とセットで、数量限定での販売だったが、ふたを開ければ即日完売。結果的に、ネット上ではその後、かなりの高値で取引される状況になっていた。

英語の書籍とセットだった「PATCH & TWEAK with KORG」

が、そこから約半年、満を持してオシロスコープ単体のNu:Tekt NTS-2 oscilloscope Kitとして、発売されることになった。本とセットのときはメーカー希望小売価格が30,800円だったが、単体になった今回は27,500円。面白い本ではあるけれど、「英語の本なんていらないので、少しでも安いほうがいい」という方にとっては、かえって好都合かもしれない。

ちなみに、これのどこがキットなのかというと、NTS-1もNTS-2も購入した時点では、組み立てられておらず、各板面もつながった状態。

これを少し力を入れて折って切り離すとともに、説明書にある通りに組み立てて、ネジ留めしていけば完成。そのネジ留めのための小型ドライバーも入っているから、何の工具の準備も不要だし、もちろんハンダ付けも不要。

こうした組み立てに不慣れな人であっても心配いらないし、15~20分もあれば誰でも組み立てることができるキットとなっている。

Nu:Tekt NTS-2 Oscilloscope Kit - Assembly Tutorial

ライン信号を入れれば測定可能。便利なスルー出力も

では、このオシロスコープ、誰が何のために使うものなのか。普通のオシロスコープと比較しながら紹介していこう。

まあ、自宅にオシロスコープ(信号と電圧を可視化できる機器)を持っている方は、きっと日本の人口の1%にも満たないと思うけれど、20~30年前に比較すると、ずいぶん入手しやすい機材になってきていると思う。

筆者が大学生のころは、緑のブラウン管を使ったデカくて、重たい機材だったし、実験のたびに、そのブラウン管にトレーシングペーパー重ねて、上から鉛筆でトレースしたりしていた。当時、自分で買おうなどと思ったこともないけれど、きっと何十万円もする機材だったのだろう。

いまやオシロスコープもデジタル全盛で、中国メーカーのものであれば3~4万円も出せば、かなり高性能なものが入手できるようになっている。

実際、筆者も10年ほど前に3万円で中国メーカーのオシロスコープを購入し、ときどき引っ張り出して使っている。

中国メーカーのオシロスコープ

今も問題なく使うことができているので、とても優秀ではある。が、一般的にオシロスコープといえば、電気的な特性を見るための測定器であり、電気回路をチェックするために用いるもの。実際、そういう目的で使うこともなくはないが、自分で使うのはオーディオの波形を調べるためがほとんどだ。

とくにシンセサイザの波形を見て、喜んでいたりするのだが、そのためのものとしては扱いづらい機材であるのも事実。通常、オシロスコープ本体にはBNCコネクタと呼ばれる同軸ケーブル接続用のコネクタが用意されていて、それに接続するためのプローブと呼ばれるケーブルも付属している。

同軸ケーブル接続用のコネクタ
接続するためのケーブル

このプローブに電極にひっかけるためのフックがあるので、これを測定対象物とつなげるのだが、普通にオーディオ機器の測定をするのに、こんなものを接続しているのは面倒だ。

また現在のデジタルオシロスコープは、超高周波まで扱えるので、この3万円で買った機材でも500MS/s(メガサンプル/秒)といったところまで測定可能。でも、シンセサイザを含め、オーディオ信号を測定するなら、400Hzとか1kHzとか、せいぜい行っても50kHzだから超オーバースペックともいえる。

一方、コルグが今回発売したNTS-2は、まさにシンセサイザユーザーのために誕生したオシロスコープとなっている。

これの入力チャンネル数は4=ステレオ2系統分。BNCコネクタとかプローブなんか使わず、3.5mmのステレオミニのケーブルを2本挿せる形となっていいるから、そのままライン信号を入れれば測定できてしまう。

さらに超便利と感じるのは、ステレオミニで入れた信号をオシロスコープで表示させる一方、それをそのままスルーさせて外部に取り出せるという点。

おそらく一般的なオシロスコープメーカーは、スルー端子が必要な理由すらピンと来ないのでは……と思ってしまうが、このスルー端子があることで、音を波形で見つつ、スルー端子を外部スピーカーなどに接続すれば音として聴くことができるから、とても使いやすいのだ。そのスルー端子も入力それぞれに対応する形で2つあり、どちらも同じく3.5mmのステレオミニとなっている。

この小さなオシロスコープを動かす電源は単4電池2本でOK。デフォルトではアルカリ電池用となっているが、設定を変更することでニッケル水素電池でも利用できる。

単4電池2本で駆動

一方で、NTS-2にはUSB Type-C端子が用意されており、これも電源供給に利用できる。つまり、スマホ充電用のACアダプタなどから引っ張ってくれば、電源としてすぐに利用できるのも嬉しいところだ。

Nu:Tekt NTS-2 oscilloscope Kitで出来ること

では、オーディオ信号を3.5mmのケーブルで接続すれば、すぐさま波形が現れるのか、というとそうではなかった。

最近のデジタルオシロスコープでは接続するだけで、自動でいい感じで拡大表示してくれるが、NTS-2ではそこは基本的に手動。ディスプレイ下のボタンで、垂直方向=電圧、水平方向=時間などを選んだ上で、右にあるロータリーエンコーダーを回していくことで設定していく。

波形表示はロータリーエンコーダーを回して設定する

また前述の通り4chの入力があるわけだが、それぞれ水色、黄色、緑、ピンクで表示され、4つを重ね合わせる「Overlay」、上下に2つずつ重ね合わせる「Separete-2」、4つぞれぞれ表示させる「Separete-4」、リサジュー表示させる「XY」の4つのモードも用意されている。

Overlay
Separete-2
Separete-4
XY

一方、NTS-2はオシロスコープではあるけれど、ほかにもさまざまな測定器として使えるのも便利なところ。

まずはFFT機能があるので、入力されたオーディオ信号をFFTで周波数解析して表示させることもできる。

FFT

さらにチューナー機能があるのもコルグらしいところ。

チューナー

普通にアナログチューナー風に針で表示することもできるし、メーター表示を選択することもできる。さらにキャリブレーション機能もあるので、目的の周波数に合わせていくこともできるなど、普通にチューナーとして使っても便利に使える機材だ。

もうひとつユニークなのがWAVEという機能。これはNTS-2を測定器としてではなく、シンセサイザ用の信号発生装置として使う機能となっている。

WAVE機能

モジュラーシンセなどを使う人にとって、その動作チェックには、そこに接続する機器が必須となる。例えば、VCFなどのフィルターに対し、サイン波や矩形波といった元となるオシレーター信号を入れることで音の加工が可能になるし、そのVCOにLFOを入れることでトレモロやビブラートを発生させることが可能になる。

さらにエンベロープジェネレータからの信号を入れることで音の立ち上がりや減衰といったもの実現させることができるわけだが、そうしたシンセサイザのさまざまな信号を、NTS-2のWAVE機能で実現させることができ、しかも同時に異なる2種類の信号を発生させることができる。

NTS-2のリアパネルには入力の2つ、スルーの2つの3.5mmステレオミニ端子に加え、OUTPUTと記載された出力端子も2つある。この出力端子が、WAVE機能用のものとなっている。

WAVEを選択するとディスプレイにOUTPUT1、OUTPUT2と2つの波形が表示される。

ここでCATEGORYとしてはVCOなどに相当する音源にするためのOscillator、低周波を出すためのLFO、さらにノイズ発生のためのNoise、パルス波発生のためのPulse、そしてエンベロープジェネレータとしてのEnvelopeが選択できる。

さらにそれぞれの電圧を0~10Vppの範囲でいくつに設定するか、その信号を繰り返し発生させるのか、START/STOPのボタンを押している間だけ発生させるのか、一発だけ発生させるのか…といったことも決められる。

Oscillatorなら、それがサイン波なのか、矩形波、三角波、ノコギリ波か、といったことも設定できるし、当然周波数も設定できるようになっているので、かなり便利に活用することができるのだ。

このように、NTS-2はオーディオ測定、とくにシンセサイザ用の測定ツールに特化したオシロスコープで、これまでになかったとっても便利な機材だ。

本機で高周波測定だったり、100Vのような商用電源の測定には利用できないが、音を測定するためにはベストといってもいいものだと思う。2.8インチというディスプレイサイズから、50代の目には厳しいかな…と心配していたが、視認性もよく、まったく問題なし。今後テスター以上に日常的に使う測定器になりそうだ。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto