藤本健のDigital Audio Laboratory
第1048回

FFT解析やSPL測定もできちゃう約33ドルのオーディオ解析ソフト「Inspect」が便利だった
2026年5月25日 08:00
前回の連載で、電子楽器・シンセサイザーに特化した展示会「SUPERBOOTH26」についてレポートしたが、その中でリアルタイムオーディオ解析ソフト「Inspect」というものについて少し紹介した。
このInspectは、オーディオ信号をリアルタイムかつ多角的に可視化するためのスタンドアローンソフト。
FFTアナライザー、スペクトログラム、オシロスコープ、ゴニオメーター、ラウドネスメーターなど、8種類の解析モジュールをひとつのワークスペース上に自由に配置して使用することができる。
パッと見、7年ほど前に記事で紹介したことのあった「FLUX::Pure Analyzer System」にかなり似てるなという印象を持った。
現在は「FLUX:: MiRA」シリーズとしてバージョンアップしているが、プロ御用達のFLUX::ソフトの場合、エントリークラスの「FLUX:: MiRA Session」で4万円程度、フルセットの「FLUX:: MiRA Ultimate(Bundle)」ともなれば13万円以上という非常に高価なソフトである。
それに対して、このInspectは、まだプレリリースのベータ版という位置づけではあるものの、33.33ドル(日本円で5,000円程度)と手ごろだ。「いずれ正式版になったら100ドル以上にする」と言っていたので、安くなっているうちに、という理由で先日個人的に購入してみた。
その結果、想像していた以上によくできていたし、PCオーディオファンにとっても有用なソフトだ感じたので、どんなものなのか紹介してみたいと思う。
開発:DSP Dealer
対応OS:macOS、Windows、Linux
価格:33.33ドル(Early Access価格、itch.io販売)
公式サイト:https://www.dsp-dealer.com/
購入:https://dsp-dealer.itch.io/inspect
FLUX:: MiRAと何が似ていて、何が違う?
まず、Inspectのコンセプトを理解するうえで、著名なソフトであるFLUX:: MiRAシリーズを使って比較してみたいと思う。
両者が共通している最大のポイントは、「スタンドアローン解析ソフト+DAWブリッジプラグイン」という二段構えの設計思想だ。
FLUX:: MiRAシリーズには「MiRA Sample Grabber」というVST/AU/AAX対応プラグインが付属しており、これをDAWにインサートすることでオーディオ信号を解析ソフト側に送り込む仕組みになっている。Inspectにも「InspectBridge」というブリッジプラグインが同梱されており、役割はまったく同じだ。
ただしInspectBridgeはVST3、AU、そして近年登場したオープンなプラグイン規格であるCLAPにも対応している点が現代的。またInspectはWindows、macOSに加えLinuxで動作する点も見逃せない。
DAWからリアルタイムに解析ソフトへ信号を橋渡しするという発想は7年前も珍しかったが、現在でも主流の方式とはいえない。InspectがFLUX::と同じ方式を採用しているのは、プラグインでの実装はしづらい、という点があったのかもしれない。
一方で、FLUX:: MiRAが持つ「Sample Pushテクノロジー」、つまりMiRA Sample GrabberからネットワークのIP経由で別PCの解析ソフトへオーディオ信号を飛ばせる機能は、Inspectには現時点では搭載されていない。スタジオで解析専用モニターを別マシンで動かすような本格的な業務用途では、ここが大きな差異となる。
モジュール構成を見ると、FFTアナライザー、スペクトログラム、ベクタースコープ(ゴニオメーター)、レベルメーター、ラウドネスメーターという基本セットは両者でほぼ重なる。
FLUX:: MiRAはさらに上位グレードにいくと、Dolby Atmos、Auro 3Dといったイマーシブオーディオへのフルサポートやシステムキャリブレーション機能(伝達関数、インパルス応答)を備えており、放送・ライブ音響・ポストプロダクションといった本格的な業務環境での使用を想定した作りになっている。
「MiRA Session」が38,940円(MIオンラインストア価格)、「MiRA Studio」が57,750円(同)、「MiRA Live」が115,610円(同)と、グレードが上がるにつれ価格も上がっていく。
それに対してInspectはあくまでもステレオ2chのスタジオ・制作用途に的を絞ったシンプルな構成だが、現時点では5,000円程度という価格帯にある。求める機能と用途の規模に応じて、どちらを選ぶかを判断するのがよさそうだ。
セットアップとオーディオ入力の設定
インストールはmacOSならdmgドラッグ、WindowsはEXEインストーラー、LinuxはFlatpakとそれぞれのプラットフォームに合わせた方法で行なう。
初回起動時には3ステップのオンボーディングが走り、オーディオデバイスの選択、ワークスペーステンプレートの選択、テーマの選択を一通り行なえば、すぐに解析を開始できる状態になる。
オーディオ入力の設定については少し注意が必要だ。
InspectはDAWやシステムで再生されているオーディオをそのまま解析できるわけではなく、何らかの形でオーディオ信号を“入力”として渡す必要がある。その方法はいくつか用意されている。
もっとも手軽なのはシステムのループバック機能を使う方法だ。Windowsの場合、オーディオ設定でWASAPIバックエンドを選択すれば、出力デバイスのループバック入力が利用できる。
同様にmacOSではmacOS 14.4以降であれば、バックエンドとして「System Loopback (macOS 14.4)」を選択するだけで、現在の出力デバイス(スピーカー、ヘッドフォン、AirPlay、オーディオインターフェイスを問わず)から出ているすべての音を自動的に取り込める。
macOS 14.4より前のバージョンでは、BlackHoleやLoopbackといった仮想オーディオルーティングツールが必要。Linuxでは、PipeWireやJACKのルーティング機能が使えるため、柔軟に対応できる。
このループバック機能は、PCオーディオファンに非常に使い道が広い。
つまりDAWなど不要で、メディアプレイヤーでもfoobar2000、VLC media playerでも、さらにはSpotifyやApple Music……など、一般的なソフトが何でも利用できる。
音楽プレーヤーソフトで再生している楽曲の周波数特性をリアルタイムに見たり、ストリーミングサービスで流れている音のラウドネス値を確認したりといった使い方が、追加のハードウェアなしにできるわけだ。
DAWとの連携を重視する場合は、InspectBridgeプラグインを使うことで、マスタートラックでも特定トラックでも解析することが可能になる。
DAWのチャンネルにインサートまたはセンドとして挿すだけで、Inspectのモジュール側でそのブリッジインスタンスを入力として選択できる。プラグインのUI上でインスタンス名を任意に変更することも可能で、複数のDAWチャンネルをそれぞれ別の名前で識別しながらInspectに送ることもできる。
Windowsの場合、ASIOデバイスはWASAPIループバックで取り込めない。そのため、このInspectBridgeを経由する方法が事実上、DAWオーディオを解析する唯一の選択肢だ。なお現時点でInspectBridgeが提供されているのはmacOSとWindowsのみで、Linuxでは非対応となっている。
オーディオインターフェイスを接続中にInspectを起動していても、インターフェイスを抜き差しした際はバックエンド横のリフレッシュボタンを押せば再認識される。再起動が不要な点は実用上ありがたい。
8つの解析モジュールを使ってみる
Inspectのモジュールはメニューから任意のものを追加でき、複数同時に起動できる。必要あれば、同じモジュールを複数表示し、それぞれで設定を変えるといった使い方も可能だ。そして、それぞれをウィンドウのようにドッキングさせながら配置し、ワークスペースとして保存しておける。
では、モジュールの種類と特徴を順に見ていこう。
1/1、1/3、1/6、1/12、1/24オクターブのフィルターバンクで周波数特性を表示する。アタック・リリース時間、ピークホールド設定のほか、レインボーモードや中高域のカラー閾値なども調整できる。LEDのステップサイズも0.5/1.0/2.0dBから選べる。ラフな周波数バランスを視覚的に把握したいときに便利だろう。
ピーク値とRMS値をリアルタイムに表示するレベルメーター。リリース時間やピークホールド、LEDステップの設定がオクターブバンドアナライザーと同様に設けられており、モジュールのサイズに応じて縦横の向きが自動調整される。
波形を表示するモジュールだが、単純な波形表示以外に「FFT着色モード」と「3バンドモード」が用意されている。3バンドモードでは低域・中域・高域を縦方向に分けて表示でき、各帯域の動きを直感的に把握しやすい。
またBPM連動のビートグリッドを表示でき、タイトルバーのBPMフィールドまたはタップテンポボタンで値を設定するとグリッドが同期する。スクロールモードとオーバーライトモードの切り替えも可能だ。
ステレオイメージを位相空間で可視化するリサジュー表示のモジュールだ。ポイント描画とライン描画を選べるほか、マルチカラーとモノクロのカラーモード、トレイルの減衰量調整、相関係数メーターのオン/オフなどが設定できる。
このソフトの中核ともいえるモジュールだ。FFTサイズ、窓関数、バンドスムージング(Raw〜1/48オクターブまで6段階)、タイムスムージング、スロープ補正(dB/octのティルト)などを細かく設定できる。
2系統のプロットを独立して表示でき、フィルモードとしてOff/Solid/Gradient/Accentを選べる。Accentモードでは最も信号レベルの大きいビンをハイライトカラーで強調表示する、視覚的に面白い表現機能だ。
特筆すべきは「リファレンスブラウザ」との連携機能。
WAVファイルや、スピーカー特性データなどのテキスト/CSV形式のファイルを読み込み、FFTアナライザーにオーバーレイプロットとして表示できる。WAVファイルの場合は波形をプレビューしながら解析に使う区間をドラッグで選択できる。
リファレンス音源の周波数特性と自分の音源を見比べたり、スピーカーの測定データを重ねて確認したりといった用途に活躍するだろう。
時間と周波数の関係を色のグラデーションで表示するモジュールだ。FFTサイズ、窓関数、周波数再割り当て(より鮮明なディテール表示のための処理)、スロープ補正、dBのフロアとシーリング設定などが揃っている。周波数軸は対数/リニアを切り替えられ、BPMグリッドもオシロスコープと同期する。縦方向表示への切り替えも可能だ。
dBFS(ピーク/RMS)、LUFS(ラウドネス値とLRA)、そしてA/B/C/Z特性のSPLを数値で表示するモジュール。
SPL測定については、オーディオ設定画面で測定マイクのキャリブレーションデータを入力・有効化した場合にのみ正確な値が得られる。最大値、最小値、平均値の記録機能もあり、Xキーでリセットできる。テキストサイズはモジュールのサイズに連動して自動スケールされる。
ワークスペースとテーマのカスタマイズ性
Inspectはモジュールの組み合わせと配置を「ワークスペース」として複数保存・切り替えできる。ミキシング用、マスタリング用、PCオーディオ視聴用など、用途に応じたレイアウトをあらかじめ用意しておくと効率が良い。
もうひとつ印象的なのが、テーマ機能の充実ぶりだ。
ダークモードや明るい環境向けのテーマが複数バンドルされているほか、JSONファイルを直接編集するテーマエディタも用意されており、カラーパレットを細部まで調整できる。
UIが変化する様子をリアルタイムに確認しながら編集できるのは実用的。Ctrl/Cmd+右矢印でテーマを順番に切り替える機能もあり、スタジオの照明環境に応じてすばやく切り替えることができる。
Early Accessの現状と今後
現在はEarly Access段階のため、開発者はバグ報告や使用感のフィードバックを積極的に求めている。ベータ版ということでCPU/GPU負荷が高い場面があること、また起動の安定性についても引き続き改善が進む見通しだ。
パフォーマンス設定として「Maximum Performance」「Balanced(30fps)」「Power Saver(15fps)」の3段階が用意されているため、ノートPCで使う場合はBalancedを選択しておくのが無難だろう。
FLUX:: MiRAはプロスタジオで信頼されてきた実績を持つ本格ツールであり、イマーシブ対応やシステムキャリブレーション機能まで含めれば、Inspectとは土俵が異なる部分も多い。
ただ、FFT解析からLUFS計測、SPL測定までを一本のソフトで横断的にカバーできるInspectの使い勝手は純粋に便利であり、コンセプトの明快さ、現状の完成度、そして(現状は)約5,000円という価格帯を考えると、DAWユーザーからオーディオエンジニア、さらにPCオーディオに関心の深いリスナーまで、幅広い層に試してみる価値があるソフトだと感じている。
今後の開発進捗にも注目しておきたい。



















