第447回:ニコニコ生放送で、遠隔音楽セッション

~NETDUETTOを使った「ニコ生セッション♪」に迫る ~


コンサートの入り口

 ニコニコ動画が昨年末から全国各地を回って開催しているコンサートイベント「ニコニコ大会議2010-2011全国ツアー ~ありがとう100万人~」。その5回目となる1月8日の福岡で、ニコニコ生放送の新サービス「ニコ生セッション♪」が発表された。

 これは以前にもレポートしたヤマハのNETDUETTO(ネットデュエット)を使ったサービスで、このライブイベントにおいて実演が披露された。当日は、開発・運営の関係者一同が福岡の会場に集まったので、現場で取材するとともに、実際のシステム内容などについて話を伺った。




■大盛況のニコニコ大会議、全国ツアー

 1月8日、福岡のライブハウス・DRUM LOGOSに到着すると開場30分前だというのに正面の広場に500人は軽く超えると思われる群集。見ると中高生と思われる若い女の子が7~8割と、筆者が想像していた観客層との大きな違いにまず驚いた。関係者枠で一足先に二階席に入れてもらったのだが、上から見ていると開場と同時に、それほど広いとは思えない会場には約750人が収まってしまった。このチケット、募集の10分後には10倍の倍率で売り切れてしまったとのことだから、ニコニコ動画の盛り上がりぶりが見えてくる。

福岡のライブハウス・DRUM LOGOS開場30分前だというのに正面の広場に500人は軽く超えると思われる群集が会場はあっという間に満員に

 当日の出演者は、MCのやまだひさし氏とニワンゴ取締役ひろゆき氏。そしてアーティストは(以下敬称略)UmiNeko、clear、nero、赤飯、けったろ、馬琴(まこと)、ぐり子、Baguettes Ensembleの各メンバー。ニコニコ動画上では著名な歌い手や踊り手達である。

 もちろん、当日の内容はニコニコ生放送でインターネット放送されたわけだが、誰もがすべてを見られるというわけではなかった。すべてを見られたのは、九州地域在住のユーザーと1,000円でネットチケットを購入した人。それ以外の人でもチラチラと見ることはできるようになっていたようだが、発表によるとリアルタイムにネットに見に来たのが76,974人、寄せられたコメントが148、628とのことだ。

 18時のオープニング後、ひろゆき氏によって発表されたのが「ニコ生セッション♪」。これはNETDUETTOをインストールしたユーザー同士でセッションできるというサービスであり、そのセッション内容は、通常のニコニコ生放送と同様、多くの人がギャラリーとして見ることができるというもの。これまでになかった画期的サービスだ。

ひろゆき氏によって発表されたのが「ニコ生セッション♪」「ニコ生セッション♪」の概要


■NETDUETTOとは

インターネットを介してセッションを行なう。システムの構成例

 NETDUETTOをご存知ない方のために、その概要を簡単に紹介すると、ヤマハのY2 PROJECTによって開発されたシステムで、インターネットを介して接続したユーザー同士でオーディオ通信を可能にすることにより、音楽のセッションができるというもの。

 インターネットを使ったオーディオ通信自体は、Skypeをはじめとするネット上の電話サービスでも可能で、珍しいものではないが、ここには遅延(レイテンシー)という音楽にとって大きな問題があった。

 通話の場合、多少のレイテンシーがあっても問題にならないが、タイミングが重要な音楽においては致命的な問題であり、お互いの音を聴きながら演奏するセッションは不可能だったのだ。

 このレイテンシーが生じるのはインターネット上に限らない。一般の電話回線においても同様であり、遠隔地でのセッションは事実上不可能ともいわれてきた。確かに専用線と専用機材を使った高価なシステムを使えば、絶対できないわけではないのだが、一般の人が利用することはもちろん、業務用として考えてもあまり現実的なものではなかったのだ。

 その遠隔地でのセッションを可能にするのがNETDUETTOというわけだ。そのα版は昨年3月に行なわれた「Y2 SPRING 2010」で発表され、その詳細については以前、開発者インタビューも行なったとおり。


 どういう形で公開されるのかが注目を集めていたわけだが、1月6日、ヤマハからNETDUETTO βのWindows版が正式に発表された。一切サポートをしないβ版という位置づけながら、誰もが無料でダウンロードし、無料で使えるという、太っ腹なサービスなのだ。

ヤマハから公開された、NETDUETTO βのWindows版


■NETDUETTOを活用するニコ生セッション♪

 今回、ニコニコ大会議で発表された、ニコ生セッション♪では、そのNETDUETTO βにコミュニケーション機能や放送機能を持ったニコニコ生放送を有機的に結合したというシステム。一般ユーザーには、このイベント終了とほぼ同時の20時にサービスが開始された。

 それに先立ち、このイベント中、NETDUETTOを使ったライブが行われた。メンバーは福岡の会場側はBaguettes Ensemble(バケットアンサンブル)というボーカロイド曲をジャズアレンジして演奏するバンドで、ウッドベースのichi氏、ドラムのmax氏、ピアノのdaji氏の3名。そしてインターネット越しの東京にはボーカルのUmiNeko氏がおり、この4人でのセッションとなった。

ニコ生セッション♪の画面Baguettes Ensembleによるライヴの様子Baguettes Ensembleのメンバー。左からdaji氏、ichi氏、max氏
帰宅後、タイムシフト放送で放送を見ているところ。演奏はドンピシャのタイミングで合っている

 曲は「優しい音色」(Dixie Flatline作)。画面上には、東京・浜町にいるUmiNeko氏が映し出されているのだが、0.5秒程度だろうか、微妙な遅れが感じられる。

 しかし、演奏が始まると、ドンピシャのタイミングであり、見ている限り、まったく違和感はなく、完璧な演奏がなされていた。帰宅後、タイムシフト放送でそのときの放送を見てみたが、やはり完全に合っており、音質的にもまったく遜色のないものとなっていた。

 ライブ終了後、Baguettes Ensembleのメンバーに感想を聞いてみたところ「多少、タイムラグがあるのではと思って、ゆっくり目な曲を選んでみましたが、ほとんど気になりませんでした」(ichi氏)、「曲の構成などを事前に打ち合わせしていたので、問題はなかったです。ただ、映像がやや遅れることもあり、目で合図を送りながら進行を決めるようなセッションは難しいかもしれませんね」(max氏)、「普段、コンピュータを使った演奏とは無縁なのですが、こんなことができるなら、今後活用してみたいですね」(daji氏)、となかなか好評のようだった。


 実は、このイベントでのNETDUETTOやニコ生セッション♪の設定や操作は、彼らアーティスト自身が行なっていたというわけではなかった。やはり発表の場ということもあり、ヤマハのNETDUETTOの開発担当者であるデジタル楽器事業部 技術開発部 システム開発グループの技師補、原貴洋氏が福岡の会場かけつけるとともに、ニコ生セッション♪の企画担当者であるドワンゴのニコニコ事業本部企画開発部 第3セクションの橋本剛志氏がバックを支えた。

 さらに、NETDUETTOチームにはNTT西日本のサービスクリエーション部新サービス部門のの中村良太氏および馬場智史の2名も加わり、4名の体制で行われていたのだ。

ヤマハのNETDUETTOの開発担当者であるデジタル楽器事業部 技術開発部 システム開発グループの技師補、原貴洋氏NTT西日本のサービスクリエーション部新サービス部門の、手前からドワンゴの橋本氏、NTT西日本のサービスクリエーション部新サービス部門の馬場氏、中村氏

 一方、東京側でもヤマハ、NTT西日本、ドワンゴから数名が集まるという万全の体制がとられた。しかし、なぜここにNTT西日本が? という疑問が浮かんでくる。これについて原氏は「NETDUETTO βそしてニコ生セッション♪は、インターネット環境で使うように作られていますが、インターネットの場合、バンド帯域が保障されないため、通信状況によってはどうしてもレイテンシーが発生する可能性があります。そこで、今回はそうした事故を避ける目的もあって、NTT西日本さんのNGNを使った特殊なシステムで動かしました」という。

 実際、画面も公開されているNETDUETTO βのものと異なるものだったが、今後の商品化も視野に入れた実証実験のシステムとのことだ。その結果、レイテンシーは33msecを実現。音速を考えると、ちょうど11m離れた位置でお互い演奏するのと同等という環境なのだ。ちなみにNGNとはNext Generation Networkの略で、インターネットプロトコル技術を利用する次世代電話網。NTTが「フレッツ光ネクスト」の名称で展開しているものだ。

 システムを図に表すと以下のようになっており、NGNを使っていること以外は、非常にシンプルな構成であることがわかる。それぞれにPCが1台ずつ配置され、そこにSteinbergのUSBオーディオインターフェイス「CI2」が設置されているという環境である。福岡の会場のPAにはBaguettes Ensembleの演奏がマイクを通じてそれぞれ入ってくるとともに、東京からのボーカルが入ってくるので、それをバランス調整をした上で、会場のスピーカー、そしてニコニコ生放送へ送られていたわけである。

イベントで使われたNETDUETTOの画面。実証実験のシステムだそうだ今回のシステムを図にしたもの。非常にシンプルだ福岡の会場のPA

 NTT西日本の中村氏は「われわれの目的としては、通信インフラの品質をわかっていただきたいということが第一にあります。せっかく高性能なNGNができたのに、残念ながらまだ使い切れていないのが実情です。NETDUETTOのような低遅延でのセッションというのは、まさにNGNのよさを存分に発揮できるアプリケーションであり、待ち望んでいたものです」と参加の意義を話す。

 自身も現在バンド活動をしている馬場氏は「実は、NETDUETTOが発表になる以前から同様のことを考えており、社内でハードウェアの開発も行ってテストを重ねていました。ただコスト的に高くついてしまい、一般への普及という意味で大きなハードルを感じていたところ、3月にAV Watchの記事でNETDUETTOの存在を知り、すぐにヤマハの広報を経由して連絡をとりました」と経緯を話す。

NTT西日本の中村氏NTT西日本のサービスクリエーション部新サービス部門の馬場氏

 まだ、すぐに商品化という話ではなさそうだが、こうした実証実験を繰り返しながらNGNの活用法を模索しているようだった。



■広まりが期待されるニコ生セッション♪

 イベント終了後、4人のNETDUETTOチームが撤収作業をしている場に現れたひろゆき氏にも、NETDUETTOおよびニコ生セッション♪についての感想を聞いてみた。

ひろゆき氏にもニコ生セッション♪の感想を聴いてみた

 「今回、NETDUETTOを使ったセッション、はじめて見たけれど、予想外によかった。言われなければ、ネットの向こう側で歌っているなんて全然気がつかないから、見ている側は技術のことなんて何も気にせず『あぁいい曲だったぜ』で終わってしまうほど」とレイテンシーや音質について評価する。

 その一方で、「ニコ生セッション♪が広まるかどうかは、コミュニティーが盛り上がるか次第。やはりある程度のリテラシーは必要なので、ネット上でお互い教えあうなどして盛り上がれば、大きな動きになるかもしれませんね」と見ている。

 実際、ユーザーの反応はなかなかのようで、ニコ生セッション♪が公開された直後の20時10分には、3つのセッション放送が始まり、20分には10番組に増えるなど広がりは早い。「ニコ生セッション♪」のタグで検索してみれば、常時いくつかのセッションが繰り広げられてるようだ。

 ヤマハの原氏は「餅は餅屋、ということでNETDUETTOそのものは、オーディオだけを扱うプレーンなシステムにしています。今回、Twitterを経由してドワンゴさんに話を持ちかけたのがキッカケとなりましたが、ニコニコ生放送であれば、コミュニケーション機能によってバンドメンバーを集めることもできるし、セッションを多くの人に聴いてもらうこともできますから、まさにベストマッチングだと思います」と話す。ただ、今回のNETDUETTOとニコニコ生放送のカップリングは排他的な契約というわけではないため、今後Ustreamなど他社との組み合わせが誕生する可能性も否定はしなかった。

 ところで視聴者側も、演奏者側も気になっていた映像の遅れ。これはどうして生じているのだろうか? NTT西日本の中村氏は「映像はフレッツフォンという当社のテレビ電話システムを使いました。簡単に高画質の伝送ができるので、これを使いましたが、今のところ遅延が生じてしまうことは避けられないのが実情です」と話す。

ヤマハの原氏フレッツフォンには東京からの映像が映し出されており、この映像が放送にも使われた

 実際の利用において、Skypeなど、ほかの映像伝送システムが利用できるが、いずれを使ってもNETDUETTOでのオーディオ伝送と比較すると大きな遅れが生じてしまうのは仕方ないことのようだった。

ドワンゴのニコニコ事業本部コンテンツ企画制作部 第一セクション生放送担当の濱屋桃子氏

 今回のイベント全体の現場の音声を担当していたドワンゴのニコニコ事業本部コンテンツ企画制作部 第一セクション生放送担当の濱屋桃子氏は、「NETDUETTOにおいては、何のトラブルもなく、とても扱いやすかったです。ただ私たち現場はいつも音と映像の両方を見ているため、映像とのズレに違和感があったことは確かですね。日常においては、光の速度と音の速度の関係で映像のほうが絶対に速い。でも、それが逆であるため、余計に違和感が出てしまうのかもしれませんね。実際、ユーザーからも『映像が遅れている』というコメントが結構ありましたから」と語っていた。もっとも、これは仕方のないところだろう。




■ニコ生セッション♪を利用するには?

 ここで、多くの人が気になるのは、どうすればニコ生セッション♪ができるのか、という点だろう。これが、なかなか複雑なのだが、ドワンゴの橋本氏によると、次のような条件があるそうだ。

 「まず生放送主としてセッションを開始したい場合は、プレミアム会員になった上で、レベル15以上のコミュニティで放送する必要があります。このレベル15以上のコミュニティで放送するには3つの方法があります。1つは自らコミュニティを作成し、レベルを15に上げる方法、2つ目はレベル15以上のコミュニティに参加し、コミュニティのオーナーに放送権限を付与してもらう方法、そして3つ目は放送権限が全員に解放されたレベル15以上のコミュニティに参加することです」。こうした条件をクリアしている人が放送開始後「新しいセッションを開始」ボタンをクリックすると、セッションを開始できる。

ドワンゴの橋本氏セッションを開始する画面

 一方で、生放送主がいて、すでに放送が開始されている場合、そのセッションに参加するだけであればもっと簡単だ。やはりプレミアム会員であるという条件は付くものの、NETDUETTO βをインストールしたマシンで、番組にアクセスすると「ニコ生セッション♪」というタブがあるので、これを選んで出てくる画面で「セッションに参加」ボタンをクリックすればいいのだ。これによりNETDUETTO βが自動起動するとともに、セッションに参加できるようになる。

 今回、ここではその細かい手順についての説明はしないが、興味のある方は、さっそくニコニコ生放送にアクセスした上で「ニコ生セッション♪」で検索して、実際にセッションに参加してみてほしい。


(2011年 1月 11日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]