第475回:いまさら聞けないDSD/スーパーオーディオCD

~ディスク自作も可能な高音質規格の現状を探る ~


 最近、またひっそりとしたブームが来ているような気がするのがDSD(Direct Stream Digital)。先日、不可能といわれてきたSACD(スーパーオーディオCD)がついにクラックされてしまったことも要因だと思うが、一方でDSD配信も徐々に本格化してきており、個人的には面白い環境になってきたと感じている。

 とはいえ、周りの人達と話をしていても、DSDの認知度は低い。このDigital Audio Laboratoryでは、これまでも何度もDSDを取り上げてはきたが、今回はいつもとは少し趣向を変えてDSDとはどんなものなのか、その現状について分かりやすく紹介してみよう。


■DSD/SACDとは何か

SACDメディアに記載されているロゴマーク

 現在、一般にデジタルオーディオ、デジタル音声といえばPCM(Pulse Code Modulation)のことを意味している。CDやDVD、Blu-rayといったメディアはもちろんのこと、デジタルテレビ、携帯電話の音声通話、PCのサウンド、ICレコーダー、声が出るオモチャ……なんだってPCMとなっている。

 そしてPCMの性能は量子化ビット数とサンプリングレートで決まる。CD性能は16bit/44.1kHzだが、24bit/96kHz、24bit/192kHzと増えていくとデータ容量は大きくなるが、音質はグッと向上していく。

 このPCMとはまったく別の方式のデジタルオーディオ、それがDSDだ。最近あまり聞かなくなったが、一時流行った「1bitオーディオ」というのがまさにDSDの別名。そのDSDを採用した音楽メディアがSACDであり、次世代CD規格とも言われている(SACDメディアにはそのロゴが記載されている)。

 もっとも、SACDがソニーとフィリップスによって規格化されたのは、もう12年も前の1999年のこと。「次世代」という言葉が既に妙な感じになってきているが、現在でも30年前の規格であるCDが圧倒的なシェアを占めているのはご承知のとおりだ。

 読者の皆さん中にも「SACDなんて見たことない」、「存在は知っているけれど、プレーヤーがないので……」という方も多いはず。まあ確かに「CD以上の音質なんて別に必要ない」という人が大半なのだとは思うけれども、せっかく明らかに高音質な技術があり、それを手ごろな価格で実現する機材やソフトも揃っているのだから、もっと広まればいいのに……と思っているのはきっと筆者だけではないはずだ。

 ちなみにSACDが登場した当時は、もうひとつ高音質を謳う別規格があった。それがDVDオーディオというもので、DVDメディアに24bit/192kHzのPCMサウンドを2ch、さらには5.1chで収録したものだった。SACDと違い、PCで再生するソフトやPCでDVDオーディオを焼くソフトも登場するなど、PC側から見ると多少盛り上がるかにも思えたが、ソフトがあまり揃わず、人気も低迷。結局日本の業界団体であるDVDオーディオ プロモーション協議会も2007年にはなくなり、事実上消えてしまった。


■原音をそのまま記録するDSDの仕組み

 ここで話をDSDに戻そう。DSDの基本的な仕組み、PCMとの違いについてはSACDのプロモーションサイトにあるのでそちらに譲るが、一言でいうと「音声信号の大小を1ビットのデジタルパルスの密度(濃淡)で表現する方式」となっている。

 またDSDをPCMのように量子化ビット数とサンプリングレートで捉えて表現すれば1bit/2.8224MHzとなる。サンプリングレートがPCMと比較して明らかに桁違いなのだ。この2.8224MHzというのはSACDで使われているものだが、最近のレコーディング機材ではその倍の5.6448MHzというものもある。

 ではDSDが仕組み的に、PCMと比較して非常に難しいことをしているのか、というとそうではない。PCMとまったく違う考え方、まったく違う仕組みに見えはするが、実はPCMでのレコーディング回路、再生回路の途中過程の信号をそのまま記録、再生するのがDSDなのだ。ΔΣ変換とかオーバーサンプリングといったものを真剣に考えると頭が混乱してしまうが、PCMの回路では必須となっていた間引きするフィルター、補間するフィルター、さらにはノイズシェイピング機構を取り除いた非常にシンプルな構成がDSDなのだ。

 このようにシンプルだからこそ、原音がそのまま記録できると言われており、実際に音を聴いてみると驚くほど生々しい感じになるのだ。だからこそ、クラシックやジャズの作品がSACDで販売されており、それらが一定の人たちに受け入れられているわけだ。もっとも一般的にSACDはオーディオCDとハイブリッドなメディアとなっているため、普通のCDプレイヤーでかければ普通にCDとして聴くことも可能。メディアのサイズは12cmの普通のCD、DVDと同じだ。価格的にも普通のCDと同じか数百円高い程度なので、購入すること自体はそう抵抗はないだろう。


■様々な価格帯のSACDプレーヤー、PS3初代モデルも再生可

 ただし問題になるのは再生環境。これが普及しておらず、だから一般にも認知されていないのだ。とはいえ探してみるとソニー、ヤマハ、デノン、パイオニア、マランツ、アキュフェーズ……とさまざまなメーカーから出てはいる。価格は2万円台からはじまり、10万円強、さらには100万円を超えるものまでいろいろ。ただ、いくら音がいいとはいえ10万円以上のものをポンと購入できる人はそう多くはないかもしれない。

 ただし、安いものもある。ソニーのSCD-XE800なら3万円程度だし、パイオニアのマルチプレイヤーDV-610AVなんて2万円程度で販売されており、筆者も愛用している。さらにすでに多くの人がそれと知らずに持っている可能性が高いのがソニーのPlayStation3だ。初代機に限られるが、これがSACDの再生に対応しており、ゲーム機とは思えないほど結構いい音で聴くことができるのだ。もし初代機があるのなら、一度試してみることをお勧めしたい。筆者自身、ゲームは一切しないのだが、このために中古でPS3を何台か購入したくらいだ。

SCD-XE800DV-610AVPlayStation3 初代モデル

 ここで、多くの人が気になるのがPCでの再生環境だろう。筆者もそれがあれば……とずっと思い続けているのだが、現実には存在しない。というのも、SACDにはハード的にもソフト的にも何重にもプロテクト、暗号化が施されており、容易にアクセスできないようになっているし、そもそもSACD用のドライブがPC用に許可されていないのだ。物理的にはDVDメディアに限りなく近いものであり、片面1層で4.7GBという容量になっている。しかし、PCのDVDドライブにSACDを突っ込んでもまったく認識されず、CD層だけがアクセスされるようになっているのだ。

 このように厳しいセキュリティを持つSACDだが、先日クラックされた。詳細については割愛するが、初代PlayStation 3のファームウェアを書き換える(SCEのサポート対象外の行為となる)ことで、SACDからDSDデータをリッピングする手法などが明らかになっている。


■DSDディスクの録音/再生環境の現状、PS3は全モデルが再生可

VAIOのオーディオチップ、Sound Reality

 そこで2007年に登場したのがDSDディスクという規格だ。これは当時ソニーのVAIOのオーディオチップに、Sound RealityというDSD対応のものが採用されていたことと大いに関連するのだが、DSDで録音したデータを誰でもメディアに焼けるようにと規格化されたのだ。SACDと直接的な互換性はないが、SACD相当のものが、一般ユーザーにも作れるように解放されたのである。ただ残念なことに、ソニーはWindows 7対応のVAIOの新モデルを出すタイミングでSound Reality/DSDから撤退。現在のVAIOにはそうした機能は一切なくなってしまった。しかし、この遺産ともいえるDSDディスクの存在がいま脚光を集めているのだ。

 もともと何百万円もするSonomaやPyramixといったシステムでのみDSDのレコーディングが可能であったが、2006年にTASCAMがDV-RA1000という189,000円の機材をリリースし、同年コルグがコンパクトなDSDレコーダーMR-1を75,600円で発売。その後コルグは据え置き型のMR-1000、MR-2000S、またマイク内蔵のコンパクトレコーダ、MR-2をリリースするなど、DSDでのレコーディングが身近になってきたのだ。実際、筆者もMR-2を1つ購入したが、これで録音すると、リニアPCMレコーダーとはまたちょっと違う、かなりいい音で録れるのが楽しいところなのだ。そしてこの録音したデータは付属ソフトのAudioGateを使うことで、VAIOでない普通のPC(WindowsでもMacでもOK)でDSDディスクとして焼くことができるのである。

DV-RA1000MR-1MR-1000
MR-2000SMR-2AudioGate

 とはいえ、いくらDSDの音がいいといっても、作ったDSDディスクの再生環境がなければ、ただのキラキラ光るコースターでしかない。このDSDディスク対応のプレーヤーというのはSACDプレイヤーと比べても極端に少ないわけだが、前述のソニーのSACDプレーヤー、SCD-XE800がこれに対応している。また、PlayStation3がDSDディスクに対応しているというのも大きなポイント。これはSACD対応の初代機はもちろんのこと、現行機までのすべての機種でDSDディスクに対応している。実際、ディスクを入れればすぐにDSDディスクと認識され、CDと同じように再生することができ、結構高音質な音で鳴ってくれるのだ。

PlayStation3は、初代モデルから現行モデルまでDSDディスクに対応しているDSDディスクを挿入すると認識され、高音質で再生可能

 「そんなことは言っても、レコーディングのプロではないから、自分で録音するなんてあまり現実的ではない……」という人もいるだろう。そんな人たちのために、最近ではDSDでの音楽配信が普及しはじめている。国内ではe-onkyo musicやOTOTOYでサービスが行なわれている。まだコンテンツ数は多くはないが、ここでしか聴けないという優良作品がいろいろあるのだ。ファイルサイズ的には1GBを超える大きなものが中心とはなるが、ブロードバンド回線であれば、ダウンロードもそれほど苦にはならないだろう。こうしてダウンロードしたものでDSDディスクを焼けばいいわけだ。


■無料でDSDディスクをPCで自作/再生する

 ところで、DSDディスクは専用のソフトがないと焼けない規格なのだろうか? 実はこれが非常に単純で、DVDにデータが書き込めさえすれば何でもOKなのだ。たとえばWindows 7なら、書き込むデータをフォルダごとDVDドライブへドラッグ&ドロップし、ディスクの書き込み方法を「CD/DVDプレイヤーで使用する」を選択して書き込むだけだ。

 では、何を書き込むのか? それは「DSD_DISC」という名称を付けたフォルダの中に、書き込むべきDSDのデータを入れておくだけ。これだけでもいいのだが、同じフォルダ内にプレイリストを入れておけば、間違いなくその順番で再生することができる。プレイリストはテキストファイルで拡張子は.ddpとなる。各行の頭に「./」を付けて、その後にファイル名を並べれば完成だ。

DSDディスクはディスクの書き込み方法で「CD/DVDプレイヤーで使用する」を選択して焼くだけ拡張子.ddpのプレイリスト(テキストファイル)を作ってみる

 いま、ファイル名の話が出たので、DSDのファイル名、ファイル形式についても少し紹介しておこう。ここまで単にDSDデータと呼んできたが、このデータには現在大きく3種類が存在する。具体的にはDSDIFF(Direct Stream Digital Interchange File Format)、DSF(DSD Stream File)、WSD(Wideband Single-bit Data)だ。DSDIFFはSACD制作の過程で利用されるフォーマットで、プロの世界で幅広く使われてきたもの。DSFは前述のDSD対応のVAIOが採用した形式、そしてWSDは1ビットオーディオコンソーシアムが策定したもの。実際のところWSDが利用されているケースはあまり目にしたことがないので実質的にはDSDIFFとDSFの2種類と考えてもいいだろう。これはWAVとAIFFのような関係(実際にはもう少し違うらしいが)であり、記述の仕方が異なるだけでデータ精度的にはまったく同じと考えていい。そのため、完全な形で相互変換も可能なのだ。DSDディスクはこのうちDSFを採用している。

 ここで次の疑問として出てくるのが、どうやってDSDIFFをDSFに変換したり、その逆を行なうのかということ。前述のVAIOのバンドルソフトで、以前も何度か取り上げたことがあるSonicSatage Mastering Studioでもできたが、今はもっと手軽に行なえるツールがある。それが先ほども触れたコルグが開発したAudioGateだ。

 これはMR-2をはじめとするMRシリーズにバンドルされているソフトで、MRシリーズとPCをUSBで接続するとロックが解除されるというプロテクトを組み込んだアプリケーションとなっている。以前、当連載でも筆者の個人的要望としてAudioGateのフリーウェア化を求めたが、昨年11月にそれが実現した。Twitterウェアともいうべきもので、Twitterのアカウントを入れると無料で使うことができる。ただし、1度使うごとに、その旨がツイートされるというのがミソなのだが。

SonicSatage Mastering StudioAudioGate

 このAudioGateは単にDSDIFFとDSFの相互変換ができるというだけではない。現在、PCでDSDデータを扱う上で、必要不可欠ともいえる重要なアプリケーションになっているのだ。なぜなら、これを使うことで、まったく別世界のデータであるDSDとPCMの相互変換が可能で、必要に応じて16bit/44.1kHzから32bit/192kHzまで自在なフォーマットに変換できるのである。さらに、バックでリアルタイムにPCM変換することにより、DSDデータを普通に再生させることができる。しかもASIOドライバに対応しているため、かなりいい音で鳴らすことができるのだ。もちろん、PCMに変換するため、本来のDSDの魅力は多少削がれてしまうのだが、それでもCDとは比較にならない高音質が楽しめるのは大きなメリットだろう。

 なお、このPCMへの変換は演算をどこまで細かく行なうかによって結果が多少変わってくる。やはり長時間かけてでも細かく演算したほうが、元のDSDに近い音になる。その点、AudioGateは高速だが、演算を簡略化している面があるので、変換されたPCMのデータの質はVAIOによるもののほうがいいようにも感じた。

 このようにAudioGateはDSD対応のVAIOなき今、重要なツールであることは間違いないが、単純にDSDデータを再生させるだけであれば、ほかにも手段が登場してきている。ひとつはフリーウェアのプレイヤーソフトとして人気の高いfoobar2000を使う方法。これに、DSDIFF Decoderというプラグインを組み込むことで、DSDIFFファイルをリアルタイムに再生することができるのだ。さらには、海外のシェアウェアでHQPlayerなるものもある。99ユーロとそこそこの値段ではあるが、30日間は無償で使うことができる。筆者も使い込んでいないので、まだよく分からないが、かなり細かな設定ができるのが特徴で、リアルタイム再生する上では高音質と評判のようだ。

foobar2000HQPlayer

 ただ個人的にはぜひ行なってみたいのが、PCMへ変換しないDSDのままでのPCでの再生。そのためにはDSDオーディオインターフェイスなりDSD-DACといったものが必要になるのだが、現在市販されているものは存在しない。一部マニアの間ではそうした機材を試作しているようだが、まだ一般の人には手が出しにくい状況だ。つい先日も某社のマーケティング担当者にDSDオーディオインターフェイスを作って欲しいとお願いしたところだが、どうなるか……。

 以上、DSDの世界について改めて紹介してみたが、いかがだっただろうか。今後もDigital Audio LaboratoryではDSDについて、いろいろな角度から取り上げていきたいと考えているが、まずはこの記事がDSDの理解に役立ってくれたら幸いだ。


(2011年 9月 5日)

= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto

[Text by藤本健]