藤本健のDigital Audio Laboratory

第548回:「PITCHMAP」などユニークな電子楽器関連製品

第548回:「PITCHMAP」などユニークな電子楽器関連製品

Musikmesseレポート2。Pro Tools/WaveLab新バージョンも

 ドイツ・フランクフルトで4月13日まで行なわれていたヨーロッパ最大の楽器関連の展示会、Musikmesse 2013のレポートの後半をお届けする。その後も広すぎる会場をいろいろと回ってみたものの、途方もないブースの数にただただ圧倒されるばかり。ただ、毎年参加している人たちに聞いてみると、これでもブース数はかなり減ったのだとか……。特に電子楽器関連のフロアは大幅縮小しているそうだ。とはいえ、やはりネタはいっぱい。引き続き、デジタル機器関連を中心に見ていこう。

会場周辺と内部の様子

再生中の曲をリアルタイムで解析/転調するPITCHMAP

 前回も伝えたとおり、Musikmesse 2013の電子楽器関連のフロアを見る限り、ソフトウェアの展示が少ない。とはいえ、今回見て回った中で一番すごい技術だと感激したのは、電子楽器関連フロアの隅っこに小さく展示していたドイツ・ハノーバーにあるzynaptiqという会社が展示していたPITCHMAPというアプリケーション。

PITCHMAPの画面
泡のような表示で音を視覚化

 「リアルタイム・ポリフォニック・ピッチプロセッサ」という副題がついたこのソフト、展示していたのはMacのLogic Pro上でAudioUnitsのプラグインとして動作しているPITCHMAPであり、Logicのトラックにはマイケルジャクソンの「Beat It」が入っていた。これを再生すると、プワプワと泡のようなものが浮かんでくるのだが、よく見るとPITCHMAPの画面下のほうには鍵盤の表示がある。Beat Itを構成している音をリアルタイムに解析し、縦型のピアノロールのように表示しているわけだ。大きい音で鳴っているものは太く、小さい音は細くなるため、泡の大きさがいろいろになって見える。

 まあ、これだけでもすごいなと思うのだが、驚いたのはここから。zynaptiqのCEO、Denis Goekdag氏がデモを行なっており、曲が流れている最中に鍵盤でコードを押すと、画面上の鍵盤もそのコードが水色に切り替わる。そして、コードに相当する泡に色が付くのとともに、流れている曲のコードがここで押したコードによって転調されてしまうのだ。つまり、本来Amのコードで流れている曲を、CとかFとか別のコードにリアルタイムに変えてしまうことができる。事実、Beat Itが全然違うコードに変わっていくのを確認することができた。会社ロゴの下には、「science、not fiction」と書かれていたが、これが本当にリアルタイムに動いているのであれば、まさにその通りだ。

曲が流れている最中に鍵盤でコードを押すと、画面上の鍵盤も同じ色に切り替わる

 すでに、PITCHMAPの販売はスタートしており、価格は399ユーロ。同社のWebサイトからAudioUnits版のデモ版もダウンロードできるようになっているそうだ。またAudioUnits版に限らず、AAX版、さらにはWindowsのVSTも間もなくリリースするとのことだった。

Pro Toolsはついに64bitをサポート

Pro Tools 11/Pro Tools HD 11は64bit対応に

 Muskmesseの数日前にアメリカでスタートした放送機器展、NAB2013ですでに発表されていたが、Avid TechnologyがPro Toolsの新バージョン、Pro Tools 11/Pro Tools HD 11およびオーディオインターフェイスのFast Track Solo、Fast Track Duoを展示していた。

 Pro Tools 11/Pro Tools HD 11の最大の特徴は、これまでの32bitアプリケーションから64bitアプリケーションへと切り替わったこと。レガシーシステムを捨てて64bit化したことで、非常に高速処理ができるようになったのがウリ。Avid Audio Engineという新しいオーディオエンジンを搭載したことにより、同じハードウェア構成であってもPro Tools 10の数倍の処理能力を発揮するという。とくに、これまでできなかったオフラインのバウンス機能、つまりレンダリングによるミックス書き出しをサポートしたことで、これまでの150倍の高速性能を実現したとのこと。

UIは従来バージョンを継承しているようだ

 まあ、ほかのDAWから見れば、3、4年以上遅れての対応という気がしなくもないが、ついに業務用のPro Toolsもここまでやってきたということだ。ちなみに、ユーザーインターフェイスは従来のバージョンと変わってはいないようだ。ただ、64bit化で切り捨ててしまった部分も見逃せない。多くのDAWでは64bit版と32bit版の選択ができるようになっているが、Pro Tools 11は64bit版のみ。そして、これまで長年培われてきたプラグイン規格であるRTASおよびTDMも切り捨てて、AAXプラグイン1本に集約してしまったのだ。まあ、このこと自体はPro Tools 10がリリースされたときにアナウンスされていた話ではあるが、困るユーザーも多そう。AvidはRTASを利用可能にするブリッジソフトを出す予定はないとのことだが、困るユーザーのために、Pro Tools 10のライセンスも同梱するので、RTASなどの環境が必要な人はPro Tools 10を使ってほしいとのこと。Pro Tools 11と10の共存も可能なようだった。

 一方、オーディオインターフェイスのFast Track SoloおよびFast Track Duoはエントリーユーザー向けの機材。最大24bit/48kHz対応の2IN/2OUT。Soloにはマイクプリアンプ1つとインストゥルメント入力1つを装備、Duoにはマイクプリアンプ/インストゥルメント入力を2つ、ライン入力2つを装備となっている。Mboxシリーズが24bit/96kHz、24bit/192kHz対応であることを考えると、その下の位置づけといえそうだ。またFast Trackシリーズには、Pro Tools 11ではなく、Pro Tools ExpressというPro Tools 10ベースのエントリーソフトがバンドルされている。ユニークなのは、これらがUSBクラス・コンプライアント対応となっており、Camera Connection Kitなどの使用は必須であるが、iPadとの接続をサポートしている点。もっともPro ToolsのiPad版はリリースされていないので、Garage Bandなど既存のCoreAudioサポートアプリと組み合わせて使う必要があるが、これを足掛かりとしてiPadの分野にもっとAvidが踏み出してくるのか気になるところだ。なお国内価格もすでに発表されており、Soloが18,585円、Duoが31,080円という設定になっている。

Fast Track Solo
Fast Track Duo
Fast Trackシリーズには、エントリーソフトのPro Tools Expressをバンドル

スタインバーグはWaveLab 8発表。ヤマハのモニタースピーカーは自社設計ユニット

 YAMAHA(ヤマハ)傘下とはいえ、ドイツが本拠地のSteinberg(スタインバーグ)はMusikmesseのタイミングで波形編集&マスタリングソフトのWaveLabの新バージョン、WaveLab 8を発表した。

 ユーザーインターフェイスを少し変えているほか、ラウドネスグラフ、メタノーマライズ、True Peak対応のラウドネスメーターを搭載。また、マスタリングエフェクトとして、Voxengo CurveEQ、BrickWall Limiter、Tube Compressorなどのプラグインを搭載しているのが特徴。ちなみに、これら3つのプラグインはすべてCubase 7に搭載されているものなので、マイナーアップデートという印象だ。すでに国内でも5月に発売されることがアナウンスされているが、下のグレードのWaveLab Elements 8も同時発売でいずれもオープン価格とのこと。ヨーロッパでの定価はWaveLab 8が549ユーロ、WaveLab Elements 8が99.99ユーロとのことだった。

スタインバーグのブース
WaveLab 8
編集画面。UIは若干変わったようだ

 一方、親会社であるYAMAHAは大きなホールを1社で借り切っての大々的な展示。毎回、YAMAHAではそうしているようだが、さすが世界最大の楽器メーカーといったところだ。ピアノ、ギター、サックス、フルート、トランペット……と数々のアコースティック楽器の新製品を発表すると同時に、PA関連、エレクトリックドラム、新型キーボードなどもリリースしていた。

ヤマハは1ホール丸ごとがブースに
多くの楽器や機材を展示していた

 こうした中で、DTM的な観点で注目したいのは、スタジオパワードモニターのHSシリーズ。以前からHS50、HS80といったものがあり、見た目もそっくりだが、内容的には完全に新開発の別モノなのだそうだ。まずラインナップとして、従来同様の5インチ、8インチ径ユニットに加えて、6.5インチのHS7を追加。また、従来は外部調達していたスピーカーユニットを完全にYAMAHA設計のものに切り替え、再生能力を大幅に向上させているという。アンプ部分も回路をリファインしているとのことだ。国内では6月下旬発売で、価格はオープンプライスで、店頭予想価格はHS5(ウーファ径5インチ)が15,000円前後、HS7(同6.5インチ)が25,000円前後、HS8(同8インチ)が38,000円前後、サブウーファのHS8Sが48,000円前後。

スタジオパワードモニターのHSシリーズ
6.5インチ径ユニット搭載のHS7

 また、リニアPCMレコーダーのPOCKETRAKシリーズも新モデルのPR7を発表。XY型のマイクユニットを、より大きい新設計のものに変え、音質を向上させたとのこと。またサイズ的には従来のPOCKETRAK W24と比較してやや小さくなる一方、少し厚みを出しているとのことだ。また従来製品はCubase LEをバンドルしていたが、こちらは波形編集ソフトのWaveLab LEがダウンロードの形でバンドルされるとのことだった。国内価格は、実売価格でW24よりも少し安い15,000円程度になるとみられる。こちらは入手し次第、レポートしてみる予定だ。

POCKETRAK PR7
XY型のマイクユニットを大きな新設計のものに変更した

UNIVERSAL AUDIO、SPL、Nektra TechnologyなどのDAW周辺機器

 DAWの周辺機器においても、いろいろとユニークな機材が発表されていたので、簡単に紹介していこう。まずは、UNIVERSAL AUDIOが、DSP搭載の新型オーディオインターフェイスAPOLLO 16を会場にて発表、5月に発売される。これは従来からあるAPOLLOの入出力チャンネルを拡張して16IN/16OUTにしたもの。マイクプリやHi-Z入力などはなくしてシンプルにしている分、チャンネル数を増やすとともに、MADIを使ってのカスケード接続も可能にしている。UAD-2としてのDSPを2つ搭載したAPOLLO 16 DUOと4つ搭載のAPOLLO 16 QUADの2種類がリリースされ、DUOのアメリカでの価格はAPOLLOより500ドル高い2,999ドルだ。

UNIVERSAL AUDIOAPOLLO 16(上)、APOLLO(下)
背面

 SPLが出していたCrimsonはオーディオインターフェイス機能と2系統のモニター出力機能を備えたデスクトップタイプの機材。SPL自慢のアナログ回路によるマイクプリを使った入力とS/PDIF、USBからのデジタル信号をミックスし、モニタースピーカーへ出力したり、別系統でヘッドフォン出力するといったことができる。価格は600ユーロで今年の夏に発売とのことだ。

SPLのCrimson
背面

 Softubeという会社が発表したCONSOLE1はCubaseをはじめとする主要DAWのコンソール部分をUK4k、つまりSSL 4000にしてしまおうというユニークな製品。仕組みとしては、まず各DAWのチャンネルプラグインとしてCONSOLE1付属のプラグインを組み込んでいく。そして、CONSOLE1をUSB接続した上で、ボタンやつまみを触ると、組み込んだプラグインが呼び出され、CONSOLE1上ですべてのトラックの音作りができるようになるのだ。プラグイン形式としてはVST、AudioUnits、RTAS、AAXなどをサポートし、この夏から800ユーロ程度で発売される予定だ。

SoftubeのCONSOLE1
DAWソフトにCONSOLE1付属のプラグインを組み込んで、CONSOLE1上ですべてのトラックの音作りができる

 前回のBITWIGの写真の中にもチラッと写っていたキーボードは米カリフォルニアの会社、Nektra Technologyが出していたPANORAMA P4。61鍵のキーボードに12個のパッド、そしてフェーダーやツマミなどがついており、キーボード兼フィジカルコントローラとして使える。またここには液晶ディスプレイが搭載されており、PC側の画面を見なくてもこのディスプレイで内容が確認できるようになっている。価格は399ユーロだ。また、キーボードなしのPANORAMA P1というものも5月1日に発売されることになり、こちらは269ユーロとなっている。さらに、その廉価版で、液晶ディスプレイのないIMPACT LXシリーズがこれから発売になる。まだ発売時期は確定していないが、25鍵モデルが99ユーロ、49鍵モデルが130ユーロなど、安めな価格設定となっている。

Nektra TechnologyのPANORAMA P4
キーボードなしのPANORAMA P1
液晶ディスプレイのないIMPACT LXシリーズ

 最近国内ではあまり見かけなくなったが、ESIもMusikmesseに出展しており、数多くのオーディオインターフェイスを展示していた。非常にコンパクトな4IN/4OUTのUSBオーディオMAYA44 USB+や6chパラ出力のUDJ6、4IN/4OUTのMIDIインターフェイス、M4U XT、61鍵のUSB-MIDIキーボード、KeyControl 61 XTなどなど。ほかにも数多くのDTM機材ラインアップがあるようだ。ちなみに、そのESIとその別ブランドのAUDIOTRAK、韓国系のメーカーだと記憶していたが、いま調べるとドイツメーカーとなっているようだ。詳しい背景は聞いてこなかったが、より多角的な展開をしているのかもしれない。

ESIのブース
MAYA44 USB+
UDJ6
4IN/4OUTのMIDIインターフェイス
KeyControl 61 XT

 同じく国内で見かけることが少なくなっているドイツBehringerだが、同社からも安いUSBオーディオインターフェイスのPOWERPLAYシリーズを4つ展示していた。見た目は、ローランドのCAPTUREシリーズそっくりで、間違える人もいるのではないかというデザインだ。最上位のUMC204は24bit/96kHz対応で2IN/4OUTというもので、ローランドのQUAD-CAPTUREのようなデジタル入出力は搭載されていない。マイクプリ搭載で2つのコンボジャック入力を備え、リアを見るとMIDIの入出力も1系統搭載されているのがわかる。ただし、QUAD-CAPTUREなどと比較すると、プラスティックケースでかなりチャチな印象を受ける。価格は明らかにしてもらえなかったが、近いうちに発売されるとのことだ。

BehringerのPOWERPLAYシリーズ
外見はローランドのCAPTUREシリーズそっくり

低価格な中国製品も多数

 そのほかMusikmesseで気になったのは中国企業の台頭。ブースの上に「CHINA」のマークを付けたメーカーがズラズラと軒を連ね、アコースティックピアノなどを数多く展開。ブースの前を通り抜けただけだが、日本メーカー製品と比較して、かなり安く展開していそうで、今後どんどん成長していくのでは……と感じられた。楽器ではないがホール9には舞台照明やPA関連が集まっており、その2階には、新興国の企業ばかりが集まっているところもあった。その大半が中国企業で、ほかに台湾、香港、そしてインドなどが出ていたが、こちらも今後台頭してきそうな感じだ。

中国メーカーのブース
新興国が多く出展しているコーナー
WORLDEが出展していた小型キーボード製品

 電子楽器関連のフロアにも、やはり中国のベンチャー企業がポツポツと並ぶ。たとえば、コルグのnano2シリーズを強く意識したと思われる機材を並べていたのはWORLDEという会社。実際に持ってみるとnano2シリーズよりは一回り大きいし、チャチっぽい機材だが、このキーボードは20ドル、つまり2,000円弱程度とのことなので、日本企業にとっては手ごわそうな存在。

 もちろん、これ以外にもさまざまなUSB-MIDIキーボードを出していたり、75ドルだというPANDA200という4×4のパッドを出しているなど、面白い機材も展示しており、1社だけで数十の製品を持っているようだった。

PANDA200という4×4のパッドは75ドルとのこと
低価格USB-MIDIキーボードなどさまざまな製品が出展されていた

 国内でもときどき見かけるCMEというブランドも、やはり中国メーカー。今回はXKeyという非常に薄い25鍵のキーボードを展示。これは100ドルでWindowsのほか、iPad、さらにはAndroidでも使えるとのこと。ベロシティータッチはあまり効きそうにないが、デザイン的にも結構カッコよく、ちょっと気になる存在だった。

CMEのブース
薄型25鍵キーボードのXKey

 以上、雑多に各種製品を見てきたが、いかがだっただろうか? 日本の展示会との明らかな違いとして感じるのは、このMusikmesse自体、コンシューマに向けたイベントというよりも、ビジネスの場である、という点。世界中から多くのディーラーが集まり、ここでさまざまな交渉が行なわれているのだ。それだけに、各フロアに世界中からの出展者が集まると同時に、世界中からディーラーが集まっている。ヤマハ、ローランド、ティアック、カワイ、カシオ……楽器の大手メーカーといえば日本ばかりであり、Musikmesseに彼らが集結しているというのに、日本の楽器フェアが、あまり盛り上がらないのは残念でならない。これまでも2年に一度だった楽器フェア、今年は開催が延期され、来年に11月に東京ビッグサイトで掲載されるとのことだが、外国からの来場者を増やし、その環境を整えていかない限り、この先も難しいように感じる。

 ちなみに、楽器フェアが延期になった穴を埋めるようにMusikmesseの姉妹イベントであるMusic Chinaが今年10月に上海で開催されるとのこと。楽器業界だけのことではないと思うが、日本の産業が生き延びていくのには、この先いろいろなハードルが出てきそうに感じた。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto