西田宗千佳のRandomTracking
“Apple独自”だからできた傑作。左右独立型ワイヤレスイヤフォン「AirPods」
2016年9月13日 19:00
iPhone 7とともに、10月下旬発売予定の左右完全独立型Bluetoothイヤフォン「AirPods」の先行レビューをお届けする。アメリカではワイヤレスヘッドフォンの波が来ているが、日本ではまだようやく定着しつつある……くらいのところだろうか。中でも左右完全独立型は、まだまだ選択肢も少なく、使ったことがない人も多いはずである。
ここでは、先行製品である「EARIN」や他の有線ヘッドフォンとも比較しながら、製品の価値を見ていきたいと思う。
非常にコンパクト、「カチャッ」という操作感がクセになる
まず、触って感じるのは「ちっちゃくて軽い!」ということである。箱もずいぶんコンパクトで、充電器を兼ねる収納ボックスも、ちょっとした薬ケースというか消しゴムというか、そのくらいのサイズ感である。そこから出てくるヘッドフォンは、アップル純正のヘッドフォンである「EarPods」の線を取り去ったものとほぼ同じサイズになっている。
これだけ小さいと、「落としてなくしそう……」と思うことだろう。その懸念はたしかにある。とはいえ、ケース内には磁石が入っていて、ケースを反対にしてもAirPodsは落ちてこない。入るときは「カチャッ」という音とともに、吸い込まれるように入っていく。このあたりの気持ちよさは感心せざるを得ない。
左右完全独立型のヘッドフォンは、大容量のバッテリを積めない上に大きな汎用コネクタも搭載しづらいため、充電は特殊なコネクタを使い、専用のケースを兼ねた充電器を併用するのがセオリーだ。例えば、EARINは細長い銀色の筒型のケースになっていて、その中にはめる形になっている。それはそれで悪くないのだが、ケース内に爪でひっかけるような構造なので、AirPodsの持つ「カチャッ」という快感はない。
意外なほど良好な音質、音漏れはかなり少ない
AirPodsはいわゆる「耳栓型」というよりは、外耳に載せる・ひっかけるようなイメージでつけるヘッドフォンだ。形状も耳への付け方もEarPodsとまったく同じなので、お手持ちのもので試してみていただきやすいだろう。
耳栓ではないので外部の音も若干入ってくる。きちんとはまっていれば走っても揺れても落ちることはないが、耳の形によっては「しっくりこない」という人がいるのも承知している。そこはなにも変わっていない。
付け方のイメージも同じで、EarPodsからケーブルがなくなっただけ。見た目は奇異に思えるかも知れないが、その辺は「左右完全独立型」のトレードオフとも言える。EARINの方は黒で目立たないが、耳から垂直になにかが出ているような感じになる。
肝心の音はどうだろう?
構造がEarPodsと似ているため、音の感じもかなりEarPodsに近い。耳栓型ではないので、開放的で広がりがある一方、外部の音も若干入りやすい。その辺は、耳栓型のイヤホンと違うとことだ。
「じゃあ、たいしたことないんだ」と思われそうだが、それは違う。正直、このサイズ・この重量・しかも「左右完全独立型」でこの音というのは、驚きに値する。良く聴けば若干音が鈍っているかな、という気はするが、ワイヤレスとは思えないくらい良好な音である。EarPodsよりもどっしりした音で、むしろ好ましい。
耳栓型のEARINと比べると、静かな場所での音質では、高音から中域に関しての伸びが良く、開放的な音である分、AirPodsの方が良い。一方、EARINのような耳栓型は、電車内では周りの音の影響を受けにくい。そこは、どうしても外界の音の影響を受けるAirPodsとの差が目立つ。とはいえ、トータルの音質ではAirPodsが上、としたい。
耳栓型でないと気になってくるのは「音漏れ」だ。せっかくなので、電車内でAirPodsを聴いている最中に、耳の横で音を録音してみた。(sound leak.wav/2.11MB)
ずっと音量は7割程度で聴いているが、最後にわざと9割〜最大にしている。音量が最大になると音漏れは聞こえてくるが、これは「耳の真横の音」とお考えいただきたい。そもそも、さすがに最大音量は音が大きすぎだが、7割程度まではほとんど音漏れは聞こえない。「常識的な音量なら、音漏れはさほど気にならない」と思っていいだろう。
センサーを生かして使い勝手向上
デザインもいい、音質もいい。
しかも価格は、EARINなどの競合に比べ1万円以上安い16,800円だ。
もうこの時点で「十分合格」なのだが、筆者はさらに別のところも気に入った。それが操作性だ。
AirPodsは小さいので、曲送りや音量調整の機能がない。それは基本的にiPhone側でやることになる。分離型のワイヤレスイヤフォンで、操作も行なえるのは、独Bragiの「The Dash」やサムスン「Gear Icon X」など一部製品に限られる。
一方、AirPodsは赤外線の接触センサーと加速度センサーを応用した「タップ認識」機能を持っている。ケースから出して耳にAirPodsを入れたのを認識すると「ポン」と音がなって再生状態に入り、片方を外すと音が自動的に止まる。そして、再び耳に入れると再び再生が始まるようになっているのである。これは、日常的な使い方を考えても、なかなかに気が利いている。
iOSの場合、音楽再生中は「どのデバイスで再生しているのか」が最下部のセレクターに表示されるようになっている。ここをタップすれば切り換えもできるし、再生するデバイスを確認して再生ができる。また、最上部のBluetoothアイコンは、「音楽が再生できるヘッドフォンデバイス」がつながった時だけ「ヘッドフォンマーク」になるので、そこで「いまヘッドフォンから音が鳴るのかどうか」がわかる仕組みになっている。「ヘッドフォンマーク」になる機器は多くはなく、例えばEARINは変わらない。
また、AirPodsを指で「ダブルタップ」する動作には、機能を割り振れるようにもなっている。デフォルトでは「Siriを呼び出し」になっていて、「曲の再生・停止」にもできる。個人的には「曲送り」にしたいが、そこまでの自由度はない。なお、Siriが使えるということは、声で「曲送り」したり「好きな曲を名前を呼んで再生」もできる。もちろん、マイクを使った通話も可能だ。このサイズで通話可能な左右完全独立型はまだ少数派。飛び出している細い棒は、バッテリを収納する場所であり、充電用の接点であり、指向性マイクでもある。
「片耳でも使える」が嬉しい。アップル製品同士で「最高に簡単な使い勝手」
地味に気に入ったのは、AirPodsは「片方ずつ使える」ということだ。ながらで音楽を聴く場合、片方だけでいい、ということもあるだろう。そうすると、片方ずつ充電しながら使えるので、単純計算でバッテリは倍(ケース全体で48時間!)持つことになる。
片方ずつ聴く、という要素は左右完全独立型には珍しくないのだが、大抵は「右か左」どちらかが主体となり、片方だけ聴く時には主体となる方を使う、ものがほとんどだ。なぜなら、スマートフォンとの接続は「主体」になっている方が担当し、もう一方に引き継ぐからである。出して左右を確認してつけるのは、意外と面倒なものである。
だがAirPodsは違う。どちらを出してもいいのだ。Bluetoothで左右を完全独立で聴く、という製品の持つ「技術的なお約束」をうまく丸めているわけで、地味ながらよくできている。
実はこの辺で、AirPodsの作り方の巧みさが見えてくる。
いままで、「耳に入れるイヤホン」をAirPodsと紹介してきたが、実はこれは正しくない。他の製品以上に「ケースとイヤホン」のセットで成り立っているのがAirPodsという製品だ。
例えば、はじめてパッケージを開け、一度も使ってない時には、AirPodsも「ペアリング」が必要だ。だが、iPhoneで使う場合、Bluetoothの設定を開く必要は一切ない。AirPodsのケースを持ち、蓋をあける。すると、画面に「接続待ち」のダイヤログがポップアップするので、「接続」をタップするだけだ。
こうすると、接続情報は自動的にiCloudで、自分が持っている「iOS 10が動作している機器」と「macOS Sierraが動いているMac」に共有される。あとは、使いたい機器の近く(2cmから5cm以内程度)で「蓋をあける」だけでいい。自動的に「この機器に接続した」というダイヤログが出て、その機器で使えるようになる。Bluetooth機器の接続切り換えは意外と面倒で、機器の側がマルチペアリングに対応している必要があったが、このやり方なら、実にシンプルで、誰でもすぐに出来る。この言葉をあまり簡単に使いたくないが、「最高に簡単」だ。
実は、ケースの裏には「ペアリングボタン」がある。これを長押しすることで、iPhoneやMacなどのアップル製品以外、例えばAndroidなどでもAirPodsを使うことはできる。音質やサイズ、デザイン、バッテリなどの「左右完全独立型Bluetoothイヤフォン」としての価値は、アップル製品以外でも十分に生きる。イヤホンでなく「ケースでペアリングする」というあたりで、「三位一体」なAirPodsの作りがわかろう、というものだ。
しかし、ここで説明したような「簡単なセッティング」「簡単な切り換え」「片耳を外すことによる連動」「Siri連動」といった、ワイヤレスヘッドフォンを簡単に使えるようにする要素は、すべてiOS 10とmacOS Sierra、すなわちアップル製品があることを前提としている。ある意味閉じており、ある意味一体設計の妙でもある。
AirPodsは、この時期に出てきた左右完全独立型Bluetoothイヤフォンとしては、いきなり「傑作」に近い出来だと思う。その要素の多くが「アップル製品同士での独自実装」であるところに、ワイヤレス製品の難しさと差別化要素がある、とも感じる。