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パナソニックに聞く、本格有機ELテレビ時代の勝算。プラズマの伝統と音へのこだわり

 有機EL(OLED)テレビに取り組んだ日本メーカーへのインタビュー、3社目はパナソニックだ。パナソニックの有機ELテレビは、VIERA EZ1000/EZ950の2モデル。日本市場では初投入となるが、他の市場ではすでにLGエレクトロニクスと競争をしている立場だ。満を持して投入された「日本国内モデル」の狙いと、その手応えを、パナソニックの担当者に聞いた。お話いただいたのは、パナソニック株式会社 アプライアンス社 テレビ事業部 商品技術 清水浩文氏と、同コンシューマーマーケティングジャパン本部 AVC商品部 藤永勇樹氏だ。

パナソニック アプライアンス社 テレビ事業部 商品技術 清水浩文氏(左)、同コンシューマーマーケティングジャパン本部 AVC商品部 藤永勇樹氏

「プラズマファン」を引き継いで自発光テレビをアピール

 VIERA EZ1000/EZ950が市場に出てそろそろ一カ月半が経過しようとしている。本インタビューは7月上旬に行なったため、その頃は、まだパナソニックの元でも、正確な数字としての販売実績分析は行なっていなかった。だが、同社としても手応えは感じているという。

清水氏(以下敬称略):市場からの期待感、興味は強く感じますね。

藤永:今のところ、当初の予定していた通りの台数が出ていて、スタートは好評、と言えると思います。

清水:特にEZ1000は、65インチの製品の中でも好評です。生産もギリギリなんとか……というところでしょうか。有機ELはやはりベースの価格が高いので、どうせ買うならばテクニクスのチューニングが入ったEZ1000を……という風に選んでいただいているようです。

TH-65EZ1000

 EZ950とEZ1000は、共に今年モデルのLGエレクトロニクス製有機ELパネルを採用し、スペック的にはかなり似通っている。ただし、EZ1000は「暗部階調スムーサー」と、パネル表面にも室内光の反射を抑える「ブラックフィルター」を搭載している。

 特にブラックフィルターの効果により、ディスプレイ面に映り込む光が「紫色に見える」現象が減り、気になりにくくなる点は大きいだろう。そして、スピーカーはテクニクスの協力によりチューニングしたものが搭載されている。

清水:指名買いの方が多いのかな、という印象を持っています。特に我々の有機ELに関しては、プラズマからの買い換えを期待していた部分があります。液晶と自発光の違いにこだわっておられるプラズマファンの皆様に「やっと来たか」と思っていただけたのではないかと……。

 基本的には、開発の狙い通りの反応をいただけている、と思います。この製品は奇をてらわず「正常進化」を目指しました。絵も音もいい製品を、というところを認めていただいたお客様にお求めいただけているのではないかな、と思います。

TH-55EZ950

 では、有機ELらしさとしてパナソニックが今回の新製品で狙ったところはどこなのだろうか? そこにはもちろん「プラズマからの継承」はあるのだが、同時に「液晶からの継続」でもある。

清水:有機ELは、プラズマでの自発光デバイスのノウハウを活かせるデバイスです。一方弊社はこれまで、4K液晶で色の忠実再現を磨いてきました。EZ950とEZ1000は、プラズマでのノウハウと液晶でブラッシュアップした技術を融合させたモデルです。

 やはり、一番の特徴は「黒が出せる」こと。バックライトを使う液晶では、いくらがんばってもどうしても一定よりも沈み込まない、出せない部分があります。ですから、黒の表現力が一番実力を出せる部分です。

 一方、高輝度ではやはり液晶が強い。HDRは液晶で磨きがかけられる部分です。

 これはどちらが上と、一概に言い切れない部分があります。

藤永:いまはどちらかといえば、「映像をこだわって見たい」「UHD BDの映像で、階調をしっかり楽しみたい」というお客様が有機ELを購入している部分が大きいですね。

自発光の有機ELテレビならではの画質を

 このあたりは、他の有機ELテレビを手がけるメーカーも同じような意見である。有機ELの輝度は液晶よりも劣るため、明るさが強く影響するコンテンツや設置状況では、液晶の方が有利なシーンもある。だが、有機ELテレビが出てから利用者の声を聞いてみると、「輝度の差はそこまで気にならない」という人も多い。最高輝度で、明るい日中にテレビを見る人が有機ELを買う例は少なく、やはり、ホームシアター的に「映像にこだわって見る」人が買っているからだろう。そうしたシーンでは、液晶の利点よりも有機ELの美点の方が目立ちやすい。

暗部のコントロールはプラズマの伝統

 ご存じのように、今の有機ELテレビでは、皆LGディスプレイ製のパネルを使っている。その中でいかに差別化を行なうかが、各社の製品作りでの力の見せ所でもある。有機ELではどのような部分に工夫することで、画質向上を目指したのだろうか?

清水:光始めの部分ですね。限りなく0%に近い、5%切ったような明るさ、0が1にかわるような部分です。

 そもそも、プラズマも「黒の締まり」を特徴としていましたが、その仕組み上、完全なゼロ(黒)にはなりませんでした。しかし有機ELでは完全な黒になります。とはいえ、そこにも(パネルの性質による)特徴量がありまして、黒が沈み過ぎたり色が浮いてしまったり、微妙な「ぶれ」があるんです。

 光始めの部分は非常に狭いエリアなのですが、そこをしっかり、なだらかな制御をすることが、プラズマ時代からのノウハウなんです。

“光始め”の制御にプラズマを手掛けたパナソニックのノウハウ

 各メーカーの関係者に聞く限り、LGディスプレイの有機ELパネルは、明るいシーンでの特性はいいものの、暗いシーンではノイズが乗りやすく、なだらかな階調を保つのが難しい、とされている。清水氏もこの点は認める。

清水:そういう暗い部分での振る舞いについては、信号処理の中に我々独自のアルゴリズムを入れています。そうしてパネルのクセを補正しているんです。各社同じパネルを使っているのでしょうが、そこは独自性が出る部分です。

 では、有機ELの発色全体はどうだろう? 有機ELは発色が良い、と言われる。だが、現在のLGディスプレイ製有機ELパネルの場合、本質的には液晶と同じカラーフィルター式である。黒の締まり・コントラストの良さで発色が変わる部分はあるが、それだけで劇的に変わるわけではない。やはり映像補正も重要になる。そこでの考え方が、テレビセットとしての特性を決める。

清水:有機ELの場合液晶と比べると、暗部の色域がねじれたり、縮んだりが少ないデバイスです。液晶は暗部で「ねじれ」が発生するので、そこをヘキサクロマドライブで補正する必要はあります。一方、有機ELにはその問題がありません。ですから、発色はクセがなく、そのまま出てしまうような印象があります。しかし、その良さを殺さないようにする必要があります。

 有機ELらしい、派手な発色のモードも必要だとは思っていますが、やりすぎるとせっかくのデバイスをだいなしにしてしまいます。

ヘキサクロマドライブにより発色を制御

 弊社の場合、液晶の製品でも同じですが、ハリウッドとも協業し、「どう見えて欲しいのか」というコメントをいただいた上で調整を行なっています。ただ、彼らの要望は、結局液晶でも有機ELでも同じです。「明暗が違っても、色が変わってはいけない」。明るいシーンと暗いシーンで、人の顔の色などが変わって見えてしまってはいけません。その忠実さが重要です。

 暗部は、やはり有機ELの方が作りやすいですね。光始めの部分との兼ね合いで、見え具合のコントロールが、非常に重要になります。

 明るい部分は、やはり液晶が得意です。有機ELは輝度制限がありますので。映像がパワフルなところでは、液晶の明るさが際立つところはあるのですが、コントラスト感のある映像では、有機ELの黒の締まりが際立ちます。

TH-55EZ950

スピーカーへのこだわりは「テレビ」へのこだわり

 有機ELはバックライトがないので薄型にしやすい。他社は薄さを強調し、デザイン面での差別化をする場合が多い。パナソニックの製品には、特にEZ1000で、スピーカーとの接続を工夫することによって「薄さ」を強調するデザインになっている。

藤永:今は、有機ELテレビの薄さが評価されている、という部分もありますが、それ以上に「デバイス自体の新しさ」が評価されているところがあります。そういうところにも気をつかったのがEZ1000で、バーによって下部のスピーカーとつなぐことで、中央の接続部が気になりづらくなっています。ぱっと見「どうやってこのテレビは立っているんだろう」と思っていただけるようです。

TH-65EZ1000は、Tuned by Technicsスピーカーを搭載。総合出力は80W

 一方、こんな声も耳にする。

 最上位モデルを「映像にこだわって」買うような方は、予算に恵まれており、音にも同じようにこだわりがある。外部によりコストをかけたスピーカーをつないでホームシアターを構築する人から見れば、EZ1000の構成はちょっと無駄に見える。EZ950のデザインでパネルと画質回路が最上位と同じものがあれば……という声だ。

Technicsスピーカーの構造

 この点について、清水氏は「想定はしている」と話す。一方で、あえてEZ1000でスピーカーにこだわった部分がある、という。

清水:ホームシアター的に、外部にいいスピーカーをつなぐ……という方々は、もちろん想定はしています。

 しかし、我々が考えたのは「普段使い」の部分です。地デジの音楽番組やスポーツを見る時、いちいち毎回ホームシアターにつなぐだろうか……? とも思うのです。きっとそこまではしない。アンプやスピーカーを立ち上げていくのが面倒くさいですから。地デジをプロジェクターで見るか、というと、それは違うでしょう。

 そんな中で、普段使いの中でも「いい音」はあると思うのです。ぱっと聞いた時にいい音がする、それで事足りるシーンも多いはずです。映像ソースは増えましたが、それでも日常的なメインは地デジでしょう。

 また、放送局の皆さんと話をすると、一般的な2チャンネルのスピーカーで、いかに良い音を聞いてもらえるか……非常に努力していらっしゃいます。薄型テレビになってスピーカーが弱くなったことは、非常に腹立たしいことかもしれません。そこは申し訳ない、と思っています。しかし、全員がテレビに大きなスピーカーを用意できるわけではありません。

 番組を作られている方の思いに応えるためにも、テクニクスと共同でスピーカーを開発しました。こだわったのは「人の声」。セリフや音楽のボーカルなどの質が良くなることを中心にしながら、チューニングをしています。

TH-65EZ1000

 4Kや有機EL、HDRといった要素はテレビの「高付加価値化」を狙ったものだ。もちろんそれは、付加価値の低い製品では利益が出ず、競争しにくい、というメーカー側のビジネスの事情が大きい。

 一方で、こういう考え方もある。

 テレビが家庭で使われる期間はどんどん長くなっている。だとするならば、「なんでもいい」という選び方ではなく、良いものを長く使う、という発想があってもいい。白物家電で高付加価値型が増えたのは、そうした発想に基づく。テレビも現在はそういうフェーズにあり、有機ELテレビも、単に「最新のものを買う」のではなく、「長く満足が続く製品を選ぶ」という観点が求められている。パナソニックの音質に関する考え方は、そうした部分を反映している、と筆者は考える。

清水:個人的には、有機ELはいいデバイスだと思います。ノウハウとしてまだ難しい部分もあり、これからもやるべきこと、進化点はあります。しかしまずは丁寧に商品を作り、市場を作って売っていきたいです。

 いいものが出来たので、皆様にも愛着を持って使っていただき、メーカーとしては長年ご愛顧いただければ……と思っています。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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