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第420回

「8Kはテレビに必要だ」。80型はIGZOで超弩級、シャープの「AQUOS 8K」戦略

12月1日から、新4K8K放送が始まった。放送全体で見たとき、まったく新しい価値といえるのはやはり8K放送だろう。一方で、それを目にする機会はまだ多くない。テレビとしても、8Kをネイティブに表示する製品はまだ少数であるからだ。

AQUOS 8Kは、60、70、80型の3サイズ展開

その「ごく少数」に、スタートからチャレンジしたのがシャープだ。同社はかねてより8Kに注力することを宣言しており、8Kテレビとしては2017年から製品化し、今年も各社のなかで唯一、8Kパネル+4K8Kチューナー搭載のモデルを市場投入している。そんな「AQUOS 8K AX1シリーズ」は、ハードウェア的にも相当に力の入った製品になっている。

8K市場の立ち上がりはどうか、そして。AX1シリーズはどのような工夫の元に開発されているのだろうか? 商品企画および技術担当者に話を聞いた。お話をうかがったのは、シャープ スマートTVシステム事業本部・国内TV事業部 8K推進部長で商品企画担当の上杉俊介氏と、同本部・スマートTV開発センター 8K LCM開発部長の藤根俊之氏、同・8Kシステム開発 部長補佐でシステム周りの開発を担当した橋本充氏だ。

商品企画担当 上杉俊介氏(左)、システム関連開発を担当した橋本充氏(中央)、パネル関連担当の藤根俊之氏(右)

鍵は「角解像度」、8Kらしい解像感はテレビに必要

新4K8K放送がスタートし、そろそろ1カ月が経過しようとしている。4Kチューナー搭載テレビを年内に発売したのがシャープと東芝、ハイセンス、三菱などで、ソニー、パナソニックが居ないという状況もあり、スローペースとの評価もある。AX1も、チューナー搭載製品は75万円から200万円と非常に高価な製品なので、いきなり大ヒット……というわけにはいかない。だが上杉氏は、「高額商品としては、当初の見込みよりかなりの台数の引き合いをいただいています。実数は言えないですが、4Kを含めた新放送対応の製品は、予約だけでも4桁に届く状況です」と話す。

上杉:AQUOS 8Kは75万円からで、さらに値段は上に上がって行く……という価格設定で、流通から見ても負荷がかかる製品であるのは理解しています。しかし、「日本でしか見れない新しいサービスを紹介したい」という流通の方も多く、展示していただける量が増えました。

国内TV事業部 8K推進部長の上杉俊介氏

導入店舗数で言えば、2017年の70型だけの時の10倍、展示台数でいえば20倍くらいの量を、各量販店に置いていただけました。やはり(放送という)インフラが繋がったことで、ご評価いただけたようです。

とはいえ、やはり、8Kの問題はまず、価格とサイズだ。冒頭で述べたように、AQUOS 8Kは「70万円台から」という高価な製品であり、80型モデルについては200万円だ。価格相応の圧倒的な技術を詰め込んだものである、ということはこのあと詳しく説明するが、まず「8Kをいかに消費者に納得させて、買ってもらうか」という点が、なによりも大きな課題になる。

上杉:高額商品は数を売るのは難しい、というのは我々も重々承知です。しかし、なにより、体験をしていただければ違いがわかるはずです。日々開発で8Kを見ている我々からすれば、すでに4Kですら「画質が足りない」と感じます。見ていただければ、わかるかたにはわかるだろう、と思うのです。ですから「とにかく実感体験を」という形で営業施策を組み立てています。

では、技術的・人間工学的な側面ではどうか。パネル開発を担当する藤根氏は次のように説明する。

藤根:ご家庭で8Kを見る場合、2~3mでの距離での視聴を想定しています。ある程度の画角、30度くらいでの利用が適切かと考えます。そう考えると、8Kが活きるミニマムなサイズは60インチくらい、今よりも近づいて見るなら50インチくらいまではいけるでしょう。

スマートTV開発センター 8K LCM開発部長の藤根俊之氏

ここで重要なのは視覚的解像度、角解像度(Cycle Per Inch、CPD)です。この考え方に基づけば、8Kでは100CPDくらいがひとつの目標になります。これは、iPhone Xなどを目の前において映像を視聴した場合と比較し、3倍くらい細かい値です。ちなみに、4Kの場合で60CPDから80CPDくらいです。

この考え方に基づくと、やはりスイートスポットは60から80インチくらいではないか、ということになります。

少し、CPDという単位について補足しておこう。

一般的に解像度の値として使われる「PPI」は、ディスプレイそのものの面積とその中に含まれるドットの密度で決まる。それに対しCPDは、「人間から見た時の解像感」を表す値となる。目で見た際の1度=視覚の中にどれだけのドットが入っているか、という値が「Cycle Per Inch(CPD)」。

主に水平方向での視角の中での解像感を表す。一般的に、「大画面では解像度が高くないと満足できない」とされているのは、解像度の低いディスプレイではCPDが下がり、現実感・臨場感が下がるためだ。テレビ的な視聴距離と画角を維持するならば、サイズ上昇とともにCPDを上げていく必要があり、そうするとディスプレイそのものの物理解像度も上がらざるを得ない……ということである。

上杉:現状、我々は基準を通常視力に置いていますが、「実は人間の目はもっと細かいところが見えている」という指摘があります。HD(1,920×1,080ドット)は3H(テレビの高さの3倍の視聴距離)で見ていました。それが4Kでは1.5H(テレビの高さの1.5倍)になっています。では8Kは? 0.75H(4Kテレビの半分の距離からの視聴)になるか、というとそうではないですし、近づかないと意味がない、というわけではありません。

通常視力の他に「副尺視力」という考え方があります。この尺度では、より細かい分解能があり、人間はそれを見分けています。リアリティを出していこうとすれば、より高い解像度が必要です。70インチ・80インチは8Kがわかりやすいサイズですが、そこにしか居場所がないわけではない、と考えています。これから8Kが広がり人が慣れてくると、70・80インチは「8Kじゃないと耐えられない」サイズ。60・50インチは「慣れれば違いがわかってくる」サイズ、という認識です。

実際、いざ地デジに切り替わって観ると、「こんな画質で見ていたのか」と感じます。我々としても「2Kには戻れない世界」を作りたいと思っています。

80型は「特別」。新パネル+多分割バックライトで差別化

では、その8Kの隔絶した解像感の世界を実現するためになにが必要だったのか、技術的なディテールを見ていこう。

AX1には60型「8T-C60AX1」(実売75万円前後)と70型「8T-C70AX1」(同100万円前後)、80型「8T-C80AX1」(同200万円前後)の3モデルが存在する。60型については4K8Kのチューナーが内蔵されていない「8T-C60AW1」(同50万円前後)もある。「価格が高いため、用意はしたものの、予想以上に引き合いが少なく、90%以上がチューナーありモデル」(上杉氏)とのことなので、8Kチューナーモデルに支持が集中しているという。

80型「8T-C80AX1」

高価なフラッグシップモデルとはいえ、通常は一番サイズが小さい“60型”の構成比が多くなるはず。しかし、現時点では「販売の3割から4割が70型」と、予想以上に70型が人気となっているという。8K放送を求める人は、(買える範囲で)さらなる“大画面”を求めているようだ。

70型「8T-C70AX1」
60型「8T-C60AX1」

ただ、同じAX1でも、60型・70型と80型では製品はかなり異なる部分がある。200万円と高価なのもそうだが、80型だけ使っているパネルやバックライトが別物で、非常に特別な製品となっている。シャープがある意味で“本気”を出したのは80型のモデルである。では、80型はどう違うのだろうか?

藤根:80型では、新型のパネルである「UV2AII」を採用しました。

そもそもシャープは、外部への公表こそ2011年ですが、8Kのパネルやバックライトモジュールなどの開発を古くから行なっています。2015年の85型、2017年の70型と、なにが必要かを分析し、今年の製品に至りました。

8Kでなにが必要か、といえば、やはり「臨場感」です。そうすると大きさが必要になります。80から85インチというと、家庭に入る最大のサイズだろうと思いますが、この場合でも、動画がボケてはいけません。せっかくの解像感が落ちるからです。

そうすると、8Kのパネルではフルハイビジョン・パネルの8倍のスピードで各画素に充電する必要がある、ということになります。かといって、高速充電するときに波形が鈍ってはいけない。非常に電気的制約が多い技術でもあります。

当初、8Kでは「2度書き」していました。そうやって、配線を増やすことで対応していたわけです。これが2015年です。しかし、将来的にはコスト的にリーズナブルな範囲で、大画面に対応することを考えると、単位時間内に均一に充電できる技術が必要になります。

IGZOならば、このニーズに応えられます。ですから我々は、ゴールを「IGZOの120Hz駆動をバックプレーンに使う」ことに定めました。

今回の製品も、60型と70型はアモルファスです。「このサイズならここまできる」という判断です。

もちろん、パネル側だけでなくバックライトも違う。現在はHDRでの画質向上も重要だからだ。

藤根:実は、視野角特性は4K時代とあまり変化していません。というのは、視野角特性の向上は、高精細さの実現と相反する部分があるからです。

また、解像度が上がったからといって、単純にバックライト透過率が2分の1にならないような画素設計もしています。

とはいえ、バックライト面でいうと正直厳しいです。HDR放送でのピーク輝度の要求は、PQ方式だったら1万cd、HLGでも4,000cdくらいは求めており、要求は高くなっています。

現状においてコントラスト感の高さはポイントですので、当然8Kにも入れています。明るさをのばすためにも、ローカルディミングを活用しています。

80型の場合、ピーク輝度は従来製品の4倍程度になっており、HLGでの理想的なディスプレイに近づいている、と考えています。

バックライト分割数は、申し訳ありませんが非公開です。しかし、この種の製品としては「桁違いに多い」とお考えください。60型・70型は、従来製品の中で分割数が多いものと同じくらいなのですが、80型は10倍くらい違います。80型は一般に売られる製品としてはゴールに近づいたのではないか、と思っています。また、ローカルディミングの光の出方も絞ったので、従来よりもさらにヘイロー現象は小さくなっているはずです。

補足しておくが、60型・70型の画質が劣っているわけではない。今年のハイエンド液晶テレビとしては十分以上の性能を持っていると思う。だが、シャープは80型で、それを超えるレベルを、ある意味コスト度外視で投入している。今後、8K製品が低価格化していくと、さすがにこれと同じスペックのバックライトを使いつづけるのは難しいかもしれない。しかし、パネル技術的には、今回開発した新技術の量産・低コスト化が大きな鍵を握っている。80型は、そういう意味で「先行投入」といえるだろう。

4K+8K、2段のチップで8Kらしい解像度を実現、UIは4Kアップコン

ディスプレイだけで8Kテレビができるわけではない。AX1では8Kへの超解像を中心に対応する「AQUOS 8K Smart Engine PRO」を導入した。これも、8Kという解像度での解像感アップを狙ってのものだ。

橋本:半導体は、4Kで使っていた半導体をベースにすると、8Kために作った新しいものは、「8.8倍」になっています。この数字の算定基準は、半導体ゲート規模と動作周波数の両方に依ります。

スマートTV開発センター 8Kシステム開発 部長補佐 橋本充氏

もちろん処理にもこだわり、今回は、テレビ受信やUIなどは4Kのシステムをそのまま使い、その後段に8Kのシステムを組み込む、2チップ構成になっています。アップコンバートなどの処理は、後段の新チップで行なっています。

8Kともなると処理量が膨大で、自社で開発をせざるを得ません。画質もこだわる必要があります。4Kのシステムはそのまま使い、通常の「8K以外の映像」はすべてアップコンバートする。ここにこだわって開発しました。

シャープはハイエンドテレビに、OSとして「Android TV」を採用している。これは8Kの製品も同様である。だが、現状、Android TVは8Kに対応していない。そのため、4Kのためにワンチップ化したLSIをそのまま使い、その映像を8Kではアップコンバートする形になっている。だから、UIはネイティブで8K描画されているわけではない。これは、Android TV側の対応をシャープ1社で行なうのが困難であることに加え、UIを単純に8K化しても、用途やニーズの面で問題があるからだ。「8Kネイティブの番組表がどうなるかは、私も気になるところ」と上杉氏もコメントしているのだが、この辺は、用途も含めてじっくり考えていかなければいけないところだ。

橋本:アップコンバートでは、「精彩感復元アップコンバート」を行なっています。1画素=8Kの世界では、当然より細い線で描写ができます。ですから、もともとの映像で「細い線」は、4Kから8K、2Kから8Kへのアップコンバートでより細く表現できるように工夫しています。特に斜め成分については、ピックアップして高い精度で超解像を行ないます。

この時には、映像の解像度を単純に上げるのではなく、元の映像がどんなものかを勘案し、その情報を4Kチップから8Kチップの側に渡すことで解像度を高めています。従来の4Kチップで4Kにアップコンバートし、それを単純に8Kにしているのではなく、「この映像はフルHDを4Kにしたものなのか、それとももともと4Kなのか」を考えながら補正しているわけです。

この処理は、主に輝度の成分を見て行なっています。色の情報はそもそも解像度が落ちているので、そのまま使うと、アップコンバートの精度が落ちるためです。

アルゴリズム的には、再帰処理的なフィードバックによる高画質化ではなく、エンジニアが目で見て判断したデータを元にしています。弊社ではこれを「匠の技」と呼んでいます。

2チップ構成ということで、「4Kから8K化をシンプルに行なう」と思われがちだが、シャープのシステムはそうなっていない、という。きちんと連携動作することで画質をあげる取り組みがなされているわけだ。

橋本:明るさのアップについては、いままでの4Kモデルでもローカルディミングを手がけてきましたが、フラッグシップですので、精度と明るさのアップに取り組んでいます。弊社では「メガコントランスト」と名付けた要素ですが、輝いていると思われるところを抽出し、突き上げる技術です。

有機EL一辺倒の中、8Kで差別化。未来の要素を「今年出す」のがシャープの戦略

テレビ各社がフラッグシップを有機ELにもっていくのは、コントラスト感の良さと、デバイスが違うことによる「新しさの演出」が容易だからだ。だが、液晶も十分進化している。黒の締まりはどうしてもかなわないが、ピーク輝度や低輝度からのスムーズな色再現では、液晶の方が有利な部分がある。そして、8Kは現状、有機ELには難しい要素だ。

シャープは液晶を軸にするメーカーとして、8Kでの価値向上を目指し、今回は「コストをかけた大胆なフラッグシップ戦略」を採った。その結果が、単に8Kパネルを使っただけでは実現できない画質に繋がっている。

一方で、冒頭でも指摘したように、「8Kという解像度の価値」を消費者に知らしめることこそが、一番の課題といえる。人は解像度という数字で映像を見ているのではなく、目に入った光を見ているからだ。「だから8Kには意味がある」とシャープは主張するわけだが、その差は、まず体感しないとわかりづらい。だからこそ今回、シャープはコストをかけたのだろう。完全に鶏と卵の関係ではある。

筆者は単純に「高解像度がいい」という発想に与するものではないし、家庭に入れられるパネルのサイズにも限界がある、と考えている。一方で、パネル調達の事情でテレビメーカーが均質化していくのも、また、商品力と画質向上の面ではプラスとは思えない。シャープが「8Kで体験できる画質」を追求することには、そこに独自性がある。

やはり、課題は周知と低コスト化だ。今年のAQUOS 8Kは、そのために必要なステップであり、(特に80型は)高価ではあるが、“数年後”を一足先に体験できる製品といえるのかもしれない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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